第95話 「神の世界」
今度は白い闇の世界がディッセンドルフの周りを支配していた。
まるで周りが見えない。
が、人の気配はしっかりと感じる。
アンドリュー、ニシムロ、オオジコバ、そしてセノビックがディッセンドルフの回るに浮いている印象だ。
だが、少し実態を捉えにくい気配がある。
中心にはしっかりとそれが魔獣のジョーカーであることは解るのだが、その周りに靄のようなものが包んでいる。
さらに、それとは別に、自分たちの周りに所々濃淡はあるものの、大きな靄がこの一帯を満たしていた。
ジョーカーの気配はそれに似ていた。
「ここが、神の世界?」
アンドリューの言葉であることはすぐに気づいた。
その気配のある方向に視線を向けてみたが何処までも白い闇であった。
「ニシムロ卿!いるんだろう。ここが目的地なのか、それとも新たな地獄なのか?」
オオジコバだった。
その気配の先にも、そして何もしゃべろうとしないニシムロの気配の先にもただ、白い闇が際限なく続いている。
誰の姿も見ることが出来ない白い闇は、それでも、何者かの気配に満たされている。
(セノビック殿、この思念は伝わるか?)
(はい、精神波は問題ありません。だからこそ、そこに皆さんがいることは解ります。ただ、ジョーカーの気配が異常です。その中心にあった核のようなものがどんどん縮んで、靄が広がっていて…。もともとここを包んでいる者と同化しそうです)
(ジョーカー聞こえるか!聞こえたら応えてくれ)
ディッセンドルフの精神波がこの白い闇の中をすさまじい衝撃波となって全方位に放たれた。
(助けて…、ディッセンドルフ様…。何者かが、侵入して、自分がわからなく……。)
ジョーカーの声が徐々に小さくなっていく。
この靄のようなもの。すべてを包むこの靄の正体…。
≪皆、久しぶりであるな≫
唐突に、その言葉が自分を震わせた。
決して強い波動ではない。
だが、確実にこの場の者の心を抉るように突き刺さった。
(なに、何者、だ…。この波動、心を引き千切られるような想いが、俺を、……)
オオジコバが苦痛とも歓喜とも取れる思念を周りにぶちまけている。
「この世界そのもの。お前たちが求めた「神」だよ、オオジコバ。」
ニシムロが、今の波動をものともせずに、その意味を伝えた。
≪相変わらずだな、ニシムロ。だが、一応礼は伝えておこう。ここまでの案内、誠にご苦労だった≫
「別に礼を言われる筋合いはない。案内したのは事実だが、俺はディッセンドルフ側に立っている。充分わかっているだろう?我が「神」よ。」
≪十分認識している。お前のお役目を≫
「だったらいい。まるで俺が「神」側の人間だと思われちまうからな。」
(いや、明らかにニシムロ卿は「神」側だろう?今の会話一つでそれが証明されているじゃないか?)
「確かに俺はここに何度も仲間と共に来た。そして、敗れた。だが、この「神」という奴は俺を好き勝手に動かしているだけだ。俺たちが「神」を葬り去ろうとするときに、俺を裏切りに者にしたことは無い。それは大将、ディッセンドルフもよく承知している。」
(そうなのですか、旦那さま?)
不安げなアンドリューの思念がディッセンドルフに届く。
(そう、それは間違いない。今までこの「神」に挑んだ者たちの負け方は研究している。それにはニシムロ卿が絶対に必要なんだ)
白い闇の中の靄が、一点に向かい集中し始める。
そして小さくなっていたジョーカーの精神の核にも、靄が絡まるように集まり始めた。
巨大なこの白い闇の隅々まで満たしていたその靄のようなものが一転に収縮した瞬間風景が変わった。
そこは、低樹木が間隔をあけ、草地が茂る平原だった。
唐突に5人の人間が崩れ落ちるように出現する。
さらに白い清らかな布を纏った老人が、大きな石に腰かけて倒れているディッセンドルフ達5人を見下ろしている。
その足元に舞虎のジョーカーが伏せていた。
老人の手がジョーカーに触れると、喉を鳴らし喜んでいるように見える。
「こ、ここは…。」
オオジコバが崩れ落ちた衝撃でできた痛みに顔を歪ませながら、周りを見渡して言った。
「先程とは打って変わった風景だな。アンドリュー、大丈夫か?」
ディッセンドルフがそばに倒れているアンドリューを抱き起す。
アンドリューの纏うベッドのシーツが、今はその老人のような聖衣にすら見える。
「大丈夫です。ニシムロ卿、これはどういうことで、あの老人は何者ですか?」
「それは、この空間を作った張本人に聞いてくれ。」
そう言ってその老人に視線を送る。
「もうわかっているだろうに…。本当に人間とは不便な生き物だ。」
老人はそう言うと、座っていた岩から立ち上がった。
「あの空間ではどうも話が進みそうになかったのでね。このような人の形になった。言うなれば君たちのレベルに、私の存在を落として、コミュニケーションの円滑化を図ったと思って欲しい。」
立ち上がりそう嘯く老人の足元に寝ていた舞虎のジョーカーがその老人に顔を擦り付けるように甘えていた。
以前ディッセンドルフに甘えていたように……。
こんなにも簡単に主を変えてしまうモノか……。
そう考えた時に、先ほどの自分に助けを求めるジョーカーのか細い声を思い出した。
そう、ジョーカーは「神」に乗っ取られたのだ。
いともたやすく。
「つまり、あんたは「神」の仮の姿、という事で認識すればいいのか?」
「そんなところだよ、「神の子」ディッセンドルフ。ここに集まったものはすべて私から君たちの言葉だと【言霊】だったかな、私が与えた特殊な能力の持ち主だ。」
老人はディッセンドルフの言葉を肯定し、そう告げた。
「確かに、先ほどの精神だけの状態は、非常に不安定だった。しかも、周りをあんたが取り巻いていて非常に気持ち悪い。正直、この個を確立してくれている方がやりやすい。」
「のようだね。私はその感覚が解らないので、そのために君たちの世界だけではなく、私が法則を確定した世界全てに、その世界の姿をした分身を送ることにしているんだよ。その行為が、どうも誤解を招く結果になることもあるようだ。君たちが通り抜けてきた廃墟があっただろう?」
その老人がディッセンドルフを含め全員を見渡す。
皆、先ほどの宇宙空間から月の穴の中に入ったことを思い出していた。
「あの世界の住人たちの中には私の姿をもとに、自分たちが作られたとする宗教を作った輩もいたんだ。原因と結果が逆転した思想はずいぶん私を楽しませてくれた。それこそ、彼らは自分らのことを「神の子」などと呼んでいたよ。私がそこのディッセンドルフに与えた「神の子」という言葉の意味とはずいぶん違う解釈になっているんだよ。」
「では、あなた、「神」様が旦那様に与え「神の子」という意味は、その能力にあると…。」
老人の言葉にアンドリューがそう聞き返した。
「神」と発言するときのアンドリューの様子がおかしい、とディッセンドルフは思った。
「それだけではないがね。ただ、私がディッセンドルフに伝えた言葉に間違いはない。」
「先輩が言っていた、「私を殺しに来い」という、言葉、ですか?」
オオジコバも、「神」と自ら認めた老人に対して、どういう態度をとっていいか、決めかねているようであった。
「神殺し」という【言霊】がオオジコバを苦しめ、結果的にディッセンドルフに殺し合いを仕掛けた過去が蘇る。
この老人が本当に「神」という事であれば、「神殺し」の名のもとに、老人を殺すべきなのか、それとも信じてきた「神の言葉」教の「神」に対して従うべきなのか?
「間違ってはいないよ、「神殺し」という力を与えたオオジコバよ。」
オオジコバは、その言葉に、また混乱した。
「この老人が「神」本体ではないが、分身ではある。聞いておきたいことがあれば、聞いておいた方がいいぞ、今のうちに。」
どこか達観したようにニシムロがそう言った。
皆、聞きたいことは無数にある。
だが、どう聞けばいいのか、迷いがあった。
「では、わたくしは一つだけ、その「神」様にお聞きしたい。」
「うむ、「正義の目」を与えた、セノビック・マハイルか。どうやら、ちゃんとした主を見つけることが出来たようだな。」
「お陰様で。わたくしはディッセンドルフ様に仕えられたことは、至上の喜びでございます。こうやって「神」様に会え、さらに疑問の一つに答えて頂けるようですので。」
「それはよかったな。で?」
「では改めまして。「神」とはどういった存在なのでしょう?我々人間との関係を含めて答えて頂けると、分かりやすいのですが。」
セノビックはそう言うと、右手を胸に当て、老人に向かって綺麗な形で腰を折り、頭を下げた。
そんなセノビックを見つめ、老人は顎に生えた、それは大層な髭を触る。
「一つと言いながら、2つの質問を絡め寄って。人間との関係性はどのみち話すことになるから、いいがな。」
そう言って、老人は自らのことを話し始めた。




