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「神の子」  作者: 新竹芳
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第94話 月

 そこは漆黒の闇だった。


 ディッセンドルフは瞬時に異常を悟り、全員を包む結界を展開した。

 その中を空気で満たす。

 どう考えても、今まで知っている環境ではなかった。


「さすがは大将だ。この環境を瞬時に理解して、完全な結界を展開、さらに呼吸を確保するための空気を充満させるとはな。この世界に飛ばされたもののほとんどは、ここで息絶える。ある意味、地獄の世界だ。」

「こ、ここは何処なんだ、ニシムロ卿。」

「きっといつも見ていると思うよ。夜の空、見上げたことくらいあるだろう?」


 ディッセンドルフが展開させた結界の中にはかろうじて全員の顔を確認した。

 ほぼ闇の中、かすかな光が半透明の中に漏れてくれる。


「宇宙、なのか?」

「ああ、我々がいた地上からはるか離れた場所だ。あの大きな星が見えるだろう。」

「ああ、岩、なのか。ひどく荒れてるようだが。」

「その向こうに蒼い星が見えるか。」

「綺麗な星だな。あんなもの、見たことが無い。」

「あれが我々の住んでいる星、地球だ。」

「あれが、あんなに蒼いもの、なのか?」


 ディッセンドルフは自分たちの世界を思い出していたが、どうしてもあの蒼い星と結びつかなかった。

 自分が生きていた場所を思い描いたが、やはり違和感しかない。


「ほとんどが海の色、と言えるだろう。何故青く見えるかについては、ちょと面倒くさいので省略させてもらうが、紛れもない我々の星さ。で、その前のこの星。今どんどん近づいているんだが、何か、想像つくだろう、大将。」

「これが、月、か。こんな荒れ果てた岩の地が。」


 他の者も意識を取り戻したらしい。

 おそらく、この空間に放り出されたときに、酸素の欠乏に陥ったようだ。


「月って、あの夜空にひときわ大きく輝くあの月なのですか?」


 アンドリューが呆然と呟いた。


「遠くから見れば美しく見えるものも、近くから観察すると荒れ果てている。よくある事さ。地球も、この月もな。」


 月とは反対側にひときわ輝く星、太陽を見ながらニシムロは言った。


「そう言えば、寒くはないのか?」

「あ、いえ、全然。」

「結界を張ってすぐにこの中の気温は上げた。この外は異常に寒かったからな。」


 ニシムロの問いかけにアンドリューが否定してすぐに、ディッセンドルフが応えた。


「想像以上に優秀だよ、大将。」

「そう言うニシムロ卿は苦ではなかったのか、こんなところに転移しても。」

「知っているからな。すでに俺の周りにはごく薄く防御壁を張ってる。だから大将たちのように、気温は制御されている。」

「汚ねえな、ニシムロさんよ。」


 オオジコバが悪態をつく。

 だが、ここがどういう世界かはよく理解できていなかったが、言っていた地獄の一種であることは理解していた。


「ここはまだ「神の世界」ではない。その前に、資格の無いもののふるい落としの場だ。」

「振るい落とす?だが、資格、もしくは許されたものが、あの転移陣で送られるのだろう。」

「それはこの場までだ。ここには次の転移陣が仕掛けられている。この程度の困難を乗り越えられなくて、「神」のいる世界になど行けようはずもない。」


 オオジコバの反論に、ニシムロは整然と答えている。

 だが、この広い闇の中、どこに次の転移陣があるというのか?


 だが、ニシムロは当然として、「神の子」ディッセンドルフもまた動揺はしていないようだった。


「旦那様。旦那様は何処に次の転移陣があるか、ご存じなのですか?」

「ああ、解ってる。」


 アンドリューの不安そうな問いかけに、ディッセンドルフは淡々と答えた。


「既に目の前にある。「神」が試すのはこの空気も何も存在しない宇宙とやらで生き残れるかどうかだ。このあまりにも広すぎる空間、そして酸素の欠乏も考えられる中で、そんなに時間がかかるようなところには設置しないはずだ。」


 そのディッセンドルフの弁は正論だと皆思った。


「であれば、最初に目につくこの天体の何処かだ。そして、この月の目立つ場所に転移陣はあるはず。違うか、ニシムロ卿。」

「大将の推察には恐れ入るよ。その通り、この月のどこかに次の場所への転移陣がある。」


 ディッセンドルフはこの結界のまま、月に降下し始めた。


「ここは、本当に天にある月、なのですか、ニシムロ様。どう見ても自然にできたと見るには、不可思議なものが多数見受けられます。」


 セノビックが降下している結界の外、月の地表を見ながらそうニシムロに問いかけた。


「そうだな。我々の時代には不釣り合いな人工物が多数あるな。オオジコバ、これらは何だと思う?」

「屋根、がある。住居か?いや、でも、こんな材質、見たことが無い。大体、俺達の星から飛び出したもんって、何もないはず…。では、誰が…?」


 そこには、かなりの土砂を被ってるようではあるが、確かに人が住むための住居にも見えた。


 降下は続き、その月の表面がはっきりしてきた。

 そこには確かに人工物はあったが、まるで破壊された後、戦争でもあったような残骸が散見された。


「オオジコバの感想は半分正しい。大昔、ここに人が住もうと計画したことがあった。だがその計画途中、この場だけでなく、いたるところで戦闘が始まった。この月の地表だけでなく、宇宙区間でも、そして地球でも。」

「そんな話は聞いたことが無い!」


 オオジコバが、吠えるようにニシムロに食い下がった。


「まあ、お伽話とでもして聞いてくれ。遥かな過去、もしくは遥かな未来かもしれない時代。あの蒼い星、地球を納めていた皇帝がいた。」

「それはレオパルド帝国の皇帝のことを言っているのか?」

「あんなちゃちなものではない。その肯定も魔導力を持っていて、力で支配したのさ。そして、その力の支配、恐怖政治は市民の反感を買った。結局は国を、この地球を負われた。」


 結界は降下を続けながら横に移動し始めた。


「この月に作ったあるもので、この太陽系から逃げようと画策した。」

「あるもの?」


 オオジコバが聞き返した。

 既に事情を知っているのか、ディッセンドルフはその会話に入る気がない。

 ただすでに乗り物のようになっている結界の行きつく先を見つめている。


「ここが戦場になった理由でもる。巨大な兵器、あの強化守護神たる魔導人形の5倍にも達する機械人形が、ここに居を構えた人類に攻撃を仕掛けてきた。そこには人の姿はなく、純粋な悪意のみ。生き残りをかけて、この月に住んで居た人類は共同である作戦を用いた。」

「何の話をしているんだ?そんな話は聞いたことがない。大体ここには空気がないんだろう?」


 ニシムロの語りが唐突過ぎて、そしてあまりにも荒唐無稽に思えた。

 月に人が住んでるなど、聞いたことがない。


「言ったはずだ。ここは我々が生きている時代よりはるかな過去、または遥かな未来だと。既に我々が住んで居た世界ではないんだ。そして、これから向かう転移陣のある場所。それこそが、先ほど人類が排除しようとした機械人形を葬った場所だ。」

「いったいこの世界は何なんだ。」

「おそらく、今後我々の世界が魔導力に頼らず、レオパルド連邦のように機械を開発していけばめぐってくるはずの時代だ。」


 その言葉に、オオジコバのニシムロを見る目が畏れに変わり始めた。


「ニシムロ卿、あんた、一体…。」

「ああ、見えてきたあの巨大な穴の中に、我々の目的のモノがある。」

「そうだったな。この中か、その機械人形を落とし、そのまま超光速射出機ワープ・カタパルトを作動して、あの世界に飛ばした……。」


 真剣な目でその巨大な穴、広大な空間を見ているディッセンドルフが言った。

 そして彼らを乗せた結界がその中に吸い込まれるように落ちていく。


「アンドリュー、前方に光をくれ。」

「分かりました、旦那さま。」


 結界の落ちる方向に光が点された。


 そこは巨大な方針の中を彷彿させた。

 メタリックで覆われた外装に、何筋もの溝が走っている。


 そのはるか下に円形の場所が見える。

 紋様が微かに見えた。


「あれが次に転移に用いる魔導構成数式図か。」

「ああ、そうだ。」


 ニシムロが皇帝の言葉を口にする。


「ニシムロ卿、さっきから言ってた話。皇帝が逃げるためってのと、機械人形を排除するっていう奴。それとこの巨大な穴は何が関係するんだ?」

「この穴は、宇宙船を光速以上に加速して、別の空間に射出するために作られた。その動力源はこの月が持つ質量。それをエネルギーに変換させて放出する装置でもある。そして、皇帝と機械人形は、どこかに飛ばされた。この時代に会ったことで、我々の時代とは違う時代の話だ。」


 そうニシムロは締めくくった。


「だが、俺たちが「神の部屋」からここに飛ばされ、その遺跡のような機会の底に転移のための魔導構成数式図が描かれている。「神」が意味もなく、そんなことをするようには思えない。」


 ディッセンドルフが接近する魔導構成数式図の意味を探るようにその底を食い入るように凝視しつつ、そう言った。


「つまり、その皇帝や機械人形は、「神の世界」に言った、という事かしら。」

「おそらく。何が目的かは解らないが…。」


 アンドリューが導き出した答えにディッセンドルフはそう答えた。


 ゆっくりとディッセンドルフ達を乗せた結界が、その底に降り立った。


「では行こう、「神の世界」へ。」


 魔導構成数式図が光り始めた。


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