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「神の子」  作者: 新竹芳
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第93話 「神の部屋」

 自分を包んだ光が消えた後に微かに小さな淡い光が見えるだけだった。

 それ以外は闇。


 先程まで照らしていた魔導の照明は一切なく、周りのモノの息遣いだけ聞こえる。


 ディッセンドルフは自分の周りの状況を探索してみた。

 あまり遠くまでは自分の力が及ばない。

 ただその限られた空間には自分以外に5つの生命体の反応が見られた。

 4つは人間。

 もう一つは妙な雰囲気である。

 かろうじてこの世のものと思えるが、どちらかと言えばその反応は薄く、大部分のその靄のようなものが空間全体に存在するような不確かさ。


 魔獣の舞虎であるジョーカーの生命反応であることは理解できたが、この空間に来る前とはいささか様相が変わっている。


 さらに探索をかけたディッセンドルフは、魔導の照明が数か所に配置されていることを認識した。

 その中で淡い光を放っているモノは、照明とは違う魔導のための装置の様であった。


 ディッセンドルフは照明に魔導力を少し注いだ。


 いきなり恐ろしい光の奔流が生じ、目を開けていた者の視力を奪った。


「ディッセンドルフ様の魔導力は大きすぎます。こんなところで大量の魔導力を使えば、照明は必要以上の輝きを放つに決まっているではありませんか‼」


 アンドリューの叱責する言葉に、ディッセンドルフ自身も同意し、頭を下げた。


「すまん。これでも抑えたつもりだったんだが…。」

「だから先程の空間でも私が照明に力を注いだのですよ!」

「申し訳なかった。アンドリュー、悪かった。」


 ディッセンドルフは自分の注いだ魔導力を打ち消すと、ほぼ同時にアンドリューが照明をつけた。


 狭い場所だ。先程の広大な空間からの異動に認識がうまく同調しない。


 先程の強烈な光から、何とか視力が戻ってきたが、極端な空間認識の差が眩暈に似た感覚を生じさせた。


 足元には光が消えているが、似たような文様が描かれている。


「ここが「神の部屋」の前室になります。」


 「聖女」として過去に訪れたことのあるアンドリューが説明した。

 そして、ここに来てから仄かな緑の光のある場所の横に、文字のようなものが刻まれている。


「この神代文字の場所の奥が、神の部屋か。」


 ディッセンドルフの呟きに、アンドリューとニシムロが同時に頷いた。

 それにオオジコバが驚く。


「やっぱりニシムロ卿はこの場所を知っているのか?」

「始祖がどうとか、関係ねえぞ。この教会本部には昔、何度も来てるんだ。」


 その言葉に、アンドリューが何かを考えるような顔で、ニシムロを見た。


「教皇がこの部屋を使って「神の世界」に言ったものが帰ってきたものはいないと申していましたが…。まさかとは思うのですが、ここ以外でも「神の世界」に行ける場所があるのではないですか?」


 その問いにニシムロは答えなかった。


「アンドリュー様は、この場所から、その「神の世界」に行った後、ほかの場所から帰ってきたものがいるのではないか?そうおっしゃるのですか?」


 珍しくセノビックがそう聞いた。

 アンドリューが頷く。


「または、ここは入り口だけで、出口が別にある、そう考えました。」

「お嬢ちゃんは面白いことを考えてるな。まあ、可能性と言いうものは否定できないが。」


 ニシムロが、もうその顔に張り付いてしまったような皮肉っぽい笑みを浮かべる。

 その言葉は肯定とも否定とも取れた。


「ニシムロ卿はこの「神の部屋」を何度も使われたのではないですか?」

「どうしてそう思う?」

「ニシムロ卿が傭兵という身分を語っているからです。」


 この言葉には、皮肉めいた笑顔が引きつ攣る。


「この世界の何処から出てきたとしても、傭兵という身分は別に不思議には思われません。」


 その言葉にはセノビックもそしてオオジコバも虚を突かれたようだ。

 ニシムロの表情は、笑顔と呼べるものではなかった。


 だが、そのアンドリューの話にディッセンドルフは動じなかった。

 その様子にアンドリューは、ディッセンドルフが前からこの「神の部屋」の意味を知っていたのかもしれない、と思った。

 そして、今回は自分がいるけれども、この部屋を使った者たちにはニシムロがついていたのではないか、という疑問が出てくる。


「発想は非常に興味深いものがあるが、単純に俺の状況を当てはめて、強引に結論を見出してるような気がするな。俺はこの扉を開けることはできない。」


 ニシムロがアンドリューがたった今思いついたことに、すぐさま反論してきた。

 完全に心を読まれている。

 そう思えた。


 始祖たるジーニアス・ソウラングであれば容易いのかもしれない。

 私なんかの能力に比べて…。


「疑うのであれば、試してくれてもいいんだぜ、俺を。この神代言語の書かれた扉を開けられるかどうか。」

「意味ありません。開けられるかどうかという試しは、故意にその力を封じられる相手には意味がありませんから。」

「まあ、そうだな。」


 二人のやり取りに、ディッセンドルフの言葉が割って入った。


「ふん。」


 ニシムロが引きつっていた表情を、また皮肉めいた表情に戻す。


「で、ニシムロ卿。この文字、読めるんだろう。」


 薄明るい光の中、浮かび上がる文字を指さしてディッセンドルフが問う。


「大将には敵わんな。ああ、読めるよ。」

「ここにいる他の者には神代言語は読めない。読んでみてくれないだろうか?」

「わかったよ。」


 ニシムロがその文字の前に立つ。

 軽く指を鳴らすと、その文字の周りの光が増して、文字が鮮明に浮かび上がる。


『警告する。この部屋に入る資格のないものは即刻立ち退け!この奥は、許されたもののみの地である。この場に立ちることが許されぬものの命は保証しない。

この場から彼の地に赴こうとするもの、さらに警告する。神聖なる地に相応しくないものは、恐怖のみがそこにある。繰り返す。その地に赴こうとするものは、死を受け入れよ!』


 そう言ってニシムロが振り返った。


「という事だ。で、どうする、大将?」

「今更ニシムロ卿が何を言っている?おれをその「神聖な地」とやらに案内するためにここにいるんじゃないか。」

「いや、大将が行くかどうかを聞いたわけではないぜ。その嬢ちゃん、お前さんの子供を宿した人を本当に連れて行くのかって聞いてんだ。」


 ニシムロの問いかけに即答せず、ディッセンドルフは後ろに控えるアンドリューを見た。

 その見事に磨かれた絹のような銀の髪が揺らぐ。

 アンドリューの顔が左右に振られていた為だ。


 その青い瞳が強い意志で輝く。


「わたくしも、夫であるディッセンドルフ様に付き従います。ことを成し遂げ、皆で帰って来るだけのこと。帰りの道案内もよろしくお願いしますよ、ニシムロ卿。」

「はっ、肝の座ったお嬢様だな、大将。こちらに戻ったら尻に敷かれそうだ。」

「確かに、アンドリュー様は、旦那様の操縦は完璧のようですね。私も本当にうれしい。」


 セノビックも本音か冗談かわからない口調で微笑んだ。


 オオジコバはこの人たちは、神代言語が語る警告を意に介さない豪胆な者たちであるように思った。

 だが、同時に、この警告があるからこそ、この地に戻った時のことを話すことにより、不安な気持ちを払拭しようとしているようにも見えた。


 ふと足元を見ると、そんなディッセンドルフたちを見つめるジョーカーの姿が、妙にもの哀しげに見えた。


「では、とっとと終わらせて、帰ってくるとしよう。アンドリュー、頼む。」

「はい、旦那さま。」


 そう答えて、アンドリューは仄かな緑の光の場所に移動する。

 左手をその光に差し出し、その中にかざした。


 暫くすると、その緑の光が消えた。


 同時に、神代言語の書かれた場所の中央に光の線が現れた。

 ゆっくりとその扉が左右にスライドを開始する。

 完全に開き切ると、そこには台座のように一段高くなった、馬車が馬ごと乗れるほどの大きさを有する円形の魔導構成数式図が書かれた場所があった。


「これが、「神の世界」の入り口というわけだ。」


 ディッセンドルフがアンドリューを見た。

 その問いに戸惑ったような表情をディッセンドルフに向けた。


「さすがにお嬢ちゃんにその質問は酷だろう。この部屋に来たことはあっても、この先には進んだことが無い。この転移陣が「神の世界」に繋がってるのか、地獄に繋がっているかはわからんよ。」

「では聞く相手を変えよう。ニシムロ卿、この場所は「神の世界」とやらに繋がっているのか?それとも貴君の言う地獄に繋がっているのか?」


 ディッセンドルフの問いに、ニシムロはもうそれがデフォルトになっているような、人の悪い笑みを向けた。


「つながっているさ。その両方に。」

「どういう意味だ?」

「行ってみれば解るぜ。どうせ、もう戻る気はないんだろう、大将。」


 ニシムロの問いかけに、しばし瞼を瞑り、しばし考えた。


 そして、ゆっくりその瞼を開き、ここにいる4人と一頭を見る。


「ああ、戻るつもりは全くない。」


 そう言って、その一段高くなった転移陣の描かれた魔導構成数式図の上に立つ。


 そこからアンドリューに手を差し出し、アンドリューの身体をその場所に引き上げた。

 他の者も、続く。


「では、この先へ、行こう。」


 その言葉を待っていたかのように、開かれていた扉が閉まり、魔導構成数式図が輝き始めた。


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