第91話 絆
そのアンドリューの言葉は、オオジコバに鮮烈な衝撃を与えた。
始祖が生きていた時代はもう2000年以上前の話ではなかったのか?
この現代に生きている?
その衝撃にオオジコバの感情と知性が混沌として渦巻いていた。
アンドリューの言葉に、教皇は静かに目を閉じた。
教皇にとってすでにアンドリューの疑問は確信に変わっていた。
セノビックは何も気にしていない雰囲気で、ディッセンドルフを見ていた。
そのディッセンドルフはこの状況を楽しんでいるようにも、これから向かう未知の世界に期待しているようにも見えた。
「ふん、俺が何者かという事は、あまり関係ないと思うがね、教皇猊下。もう、この教会は存続すら危ぶまれる状態だろう。ジョーカー、魔獣の舞虎によって魔導力を魔導人形につぎ込んでいたルートを切断され、逆流した強大な魔導力がこの空間を暴れまわってしまったのだろう?結果的に、法王と枢機卿は死に至り、上級魔導士も全滅した。「神の言葉」教はもう終わりだ。」
「そうなのかもしれません。」
教皇のニシムロに対する言葉遣いが変わった。
「それでも始祖ジーニアス・ソウラング様の名があれば、再生は可能です。」
「わかっているのか、教皇猊下?仮に俺がその始祖とやらだとしてだ。完全に「神の言葉」教に敵対してるんだぞ。それこそ神を殺しに行こうとするこの男、「神の子」の味方をしているんだ。その俺がだ、「神の言葉」教の再生など望むと本当に思っているのか?」
その傲慢な物言いに、教皇も言葉を失ってしまった。
「では、教皇猊下。「神の部屋」への案内をお願いできますか。私と「聖女」の結婚の祝福として。そして新たに開かれるであろう、来るべき新世界を祝って。」
「この秩序ある世界を破壊する者に、祝福など……。」
教皇はそう言ったが、ジョーカーがその顎を開き、唸り声をあげると、悔しそうにしながらその席を立ちあがった。
(ご主人様は神様の使いなの?)
たった今、そのうなり声と威嚇で教皇を脅したジョーカーが、無邪気な想いをディッセンドルフに伝えた。
(神の使いか?神の命令で動いているという意味では、確かにそうだな。でもその命令が「神を殺せ」では、俺は神殺しの罪人となるのかもしれん)
(ディッセンドルフ様について行くと面白いことばかりだ。強力な力も持てるし。僕、参虎のジョーカーはご主人様について行くよ!)
(頼もしい限りだよ、ジョーカー)
教皇を先頭に広大な空間を奥へと歩いていく。
その石板で覆われた床にはいたるところに倒れている魔導士たちがいた。
中にはうめき声をあげている者もいたが、ほとんどの者は静かに息絶えていた。
両脇に重なるように倒れている人々をしり目に、全く人の倒れていない箇所が、まっすぐ続いていた。
その先に仁王立ちのまま動かない魔導人形があった。
「既に3体目が待機していたのか。」
ニシムロがその魔導人形を見て、そう呟いた。
つまり、2体目も倒されたときにすぐに3体目を転送させようとしていたという事だ。
「ここにいる魔導士で、そんなに魔導人形を動かすことが出来るものなのか?」
オオジコバは前を歩く教皇に問いかけていた。
すでに、この「神の言葉」教の上層部の人間に対して、尊敬の念が薄らいでいた。
「ここの上、地上部の各所に中級魔導士を1万人近く配置してある。彼らの力を使えば、動かせたと思う。」
「では地上の人々も、ここと同じ様な目にあっているという事ですか、猊下!」
「そうだ。かなりの人間の命が絶たれていると思う。」
「あなたたちは……。」
「君にわかってもらおうとは思わん。君たち夫婦の力が、それだけ脅威だったのだ。さらに先程の「神の子」の言葉を聞けば、我々の取った行動は正しいと思ったよ。抑えることはできなかったが。」
教皇はまた項垂れたが、歩は確実に進めている。
3体目の魔導人形の脇を通ると、そこには緑に輝く棺が置かれていた。
その周りを強化守護神である魔導人形が9体、棺を守るように置かれていた。
「この「聖櫃」は「神の言葉」教の正当性を示すものだ。この中に何が入っているかはさして問題ではない。ここに「聖櫃」があり、強化守護神である魔導人形が護っている。このような大きな建造物が12体もあれば、如何にあの時代に強大な力があったか、充分理解できるはずだ。」
ニシムロが前を歩く老人、それでもその年齢を感じさせない歩みを見せる教皇に向けて言った。
その言葉に、思わず振り向いてニシムロを見た。
今、その脇を通り抜けた「聖櫃」の周りの9体の強化守護神である魔導人形、さらにその向こう側に膝をつき擱座していた魔導人形が、教皇たちを見送るように見ている。
違う。
彼らが7つの目で見ているのは、顔に大きな傷痕を持つニシムロにであった。
教皇の視線の位置が高いことに気付いたニシムロが後ろを振り返った。
つられてディッセンドルフ達も後ろを見た。
その10体の魔導人形が不器用に右腕を持ち上げ、敬礼を見せたのである。
その光景は、ニシムロを魔導人形の主であることを端的にものがっていた。
「おお、さすがニシムロ卿だな。あれだけの魔導人形を動かすことが出来るのか?」
ディッセンドルフの純粋な驚きと褒め言葉に、ニシムロの顔が皮肉っぽく笑う。
「違うよ、大将。彼らが自らの石で俺に対する敬意を示したにすぎない。」
「あの巨大な人形は自らの意思を持ち、自らの力で動けるのか?」
ディッセンドルフは邪気の無い目で驚嘆した。
自立型魔導人形、なのか?
「そうでなければ守護神などと呼ばれんだろう?あくまでもあの「聖櫃」を守る事が彼らの役目だ。それ以外の俗事には動くことは無い。自らの意志では、な。今回のように外部から魔導力を供給され、神経系統にシンクロできる魔導士がいれば、動かせるというだけさ。」
「なら、さっきのバーニンガウでの魔導人形たちをニシムロ卿は止められたんじゃないか?」
「いや、それは難しい。すでに大勢の魔導士に操られた魔導人形は、俺のことも認識できないし、己が意志で行動することが出来る状態ではなかったのさ。だから俺の結界も、魔導人形の砲撃に、ああいう形で対応するしかなかったんだ。」
涼しい顔でそう言うニシムロに、ディッセンドルフは自分が今まで抱いていたニシムロに対する信頼が何処からきていたのか、腑に落ちた。
ニシムロは、「神」の使者であると同時に、人類を観察してきたものなのだ。
その観察者が自分と共にいるという事が、自分を認めてくれる存在でもあったのだ。
「神」という絶対者に対する魂を共有するものと言い換えてもいいのかもしれない。
自分は独りだった。
サーマルという親友を得て、アンドリューという妻を得た。
そしてその妻の中に、自分の子供も育まれている。
「神」に対する共感できる人物とも巡り合えた。
あとは絶対者である「神」の指示に従い、「神」を殺す。
そして、どんなことがあってもこの世界に戻ってくる。
ディッセンドルフの中に、おそらく初めて自分の命を捨てることなく、目的を達成することを望んだ瞬間であった。
その決意が皆に伝わったのか、アンドリューが、オオジコバが、セノビックが、ジョーカーが真剣な目でディッセンドルフを見ていた。
その様子を始祖と言われても否定しないニシムロが厳しい目で見ていた。
この者たちなら、今度こそ目的を達成できる。
ニシムロは長い年月を過ごした過去を思い出しながら、そう思った。
フシテルム・ヨハネⅢ世教皇を先頭にした一団が、行き止まりに来た。
「ここが「神の部屋」なのか?」
オオジコバが、一昔前なら膝まづいた存在のはずの教皇に対して、そう尋ねた。
「ここは違いますよ、オオジコバ。その床をよく見てごらんなさい。」
「聖女」アンドリューに言われたオオジコバだけではなく、セノビックとディッセンドルフも覗き込んだ。
少し掠れがあるが、魔導構成数式図が描かれていた。
「神の部屋はこの転移法でしか行けないように、周りが固められた密室です。かろうじて空気穴のみが目立たない状態で、地上に出ています。」
その魔導構成数式図を見つめるフシテルム・ヨハネⅢ世教皇が、ディッセンドルフに向き合った。
「本当に「神の部屋」を用いて、「神の世界」に行く気か?」
「そのためにここにいる。」
「「聖女」アンドリューから聞いてはいないのか?神の世界を目指した者たちのことを。」
教皇はアンドリューに視線を送った。
その教皇の視線に真正面からアンドリューは受け止めたのち、その顔をディッセンドルフに向けた。
ディッセンドルフはそんなアンドリューに微笑み、教皇の問いに答える。
「すでに聞いている。過去、「神の部屋」を使って「神の世界」に言って、帰ってきたものはいないという事を。」
「その意味が解るか?」
「神の世界が居心地がよく、この人間であふれた世界には帰ってこない、という事も考えられはする。が、おそらく、その神の世界は生身の人間が生き残れる場所ではないのだろうな。」
「それを承知の上で、神の世界に行く気なのか!「神の子」よ。」
そうディッセンドルフに尋ねる教皇から、自分の周りにいる者たちを見た。
ニシムロは不敵な笑みを終始崩さない。
セノビックも自分の仕える主に従うと決めているようだ。
アンドリューは優しい微笑を向けてくる。
自分を、この新しい命を、「神の子」ディッセンドルフは絶対守ってくれるという信頼感が見えた。
魔獣の舞虎であるジョーカーは一吠えして、自らの主とその命運を共有することを示す。
わずかに怯んだオオジコバだが、そんな自分を奮い立たせてディッセンドルフに頷いた。
「皆、俺と共に「神の世界」に旅立つ意思があるようだ。そして生きて帰って来るさ。」
「バカ者たちが。」
言葉は否定的だが、その教皇の雰囲気はあきらめとも期待とも取れるものだった。
「神の子」ディッセンドルフと共に、「神の言葉」教の始祖がともにいることが、希望に見えたのかもしれない。
「その数式図に入れ。私がその魔導構成数式図に魔導力を送る。その先は「聖女」アンドリューが案内するはずだ。」
教皇の言葉に従い、魔導構成数式図に皆、足を踏み入れた。
オオジコバはこの時、これが教皇の罠ではないかと不安に駆られた。
だが、そんなオオジコバをニシムロが背中を叩いた。
「大丈夫だ、オオジコバ。ここには「神の子」も「聖女」もいる。何かあっても対ソできるさ。」
「それにあんたもいるしな。」
始祖その人と言われるニシムロに対しても、いまさら手のひらを返すようなことはできなかった。
今まで通り。
それをニシムロもわかっていた。
「では行くぞ、「神」を滅ぼす者たちよ。」
ディッセンドルフ達の立つ魔導構成数式図に教皇は手をかざし、集中する。
魔導構成数式図が輝き、ディッセンドルフ達を包んだ。




