第82話 「聖女」争奪戦 Ⅶ
「なんだか寄ってたかって弱いものいじめか。あまり感心出来んな、そういう行為は。「聖女」様もこんな君たちの姿を見たら、悲しむだろうな。」
ウラヌスを支えつつ、オオジコバが自分たちを見る8つの目を見回しながら言った。
すでにオオジコバが刺し貫いた者は絶命している。
オオジコバはその肢体を貫いている槍を戻した。
多量の血液を流しながら崩れ落ちた死体のローブから、戻った槍の長さは通常時と同じくなる。
軽くオオジコバが息を吹きかけると、べったりついていた血がみるみる消え、元の綺麗な槍となった。
槍が伸びるという異常さも、槍についた多量の血痕が息を吹きかけるだけで消えてしまうという事も、尋常ではない。
4人の白いローブの者たちはオオジコバに対する認識を改めざるを得なかった。
「と言っても、俺様がお前達とやり合うと、結局のところ弱い者いじめになってしまうんだよな、どうしたらいいと思う?」
オオジコバが言い終わるとほぼ同時に、槍を持つ右手に衝撃が伝わる。
隙をつく形で突進してきた3人の中央の白いローブで顔を隠した者の胸をその槍が貫いていた。
「おや、おや。自分からこの槍に突き刺されに来るとは見上げたもんだな。確かにこうされてしまえば、この槍は使えんからな。自分の身を挺して仲間の役に立つとはな。」
むろん、そんな事をこの者はしていない。
ゆっくりと喋る隙だらけに見えた「神殺し」の【言霊】持ちを殺すべく、そのローブの下に隠し持って毒を塗った短剣で突こうとしたのだ。
が、オオジコバは揺らめくような動きでその剣を躱し、長く小回りの利かないはずの槍をその強襲者にタイミングを合わせた。
それだけでこの者は命を失った。
フードがずれたその下には髪の毛を剃り、「神の言葉」教の紋章と、重犯罪を犯した者に入れられる焼き印が後頭部に刻まれていることを、オオジコバは確認した。
「噂はあった。異端者を抹殺する部門があると聞いていたが、こいつらがそうだという事か、ユーマニア司祭。」
最初の一人を葬った際に、オオジコバは心を読み取った。
この場にいるのが、自分に【言霊】が降りてきたときに痛烈に非難した「神の言葉」教関係者の一人であることを知った。
オオジコバの口元が歪に動く。
「俺は幸運の持ち主だったという訳だ。」
名指しされた人物が一歩下がった。
それを庇うように左の白いローブの者が動く。
「神罰を恐れぬ馬鹿者が‼」
路地にいたもう一人がそう叫びながら、数発の火球をオオジコバに放つ。
そのまま白いローブを投げつけるようにオオジコバに向かって脱ぐ。
オオジコバの視界を奪い、石の建造物を駆けのぼった。
火球が来る方向に死体を指したままの槍を向ける。
全ての火球がその死体を直撃し、次々と爆発、死体が四散した。
「拭う手間が省けたな。」
そこに白いローブが拡がりながらオオジコバから視界を奪う。
その白い影の上空から頭を剃った青白い顔をした無表情の男が片刃の剣をオオジコバ目掛けて振り下ろされた。
同時に石畳の地面が盛り上がり数本の土槍がオオジコバの足元から襲い掛かった。
「うっ!」
土槍の一つがオオジコバの右足の足裏から甲にかけて突き抜ける。
その痛みに耐える顔に青白い顔の男の口元に微かな笑みが浮かび、そのままオオジコバの槍を持つ右手に片刃の剣、刀を振り下ろした。
何の抵抗もなく、オオジコバの左手が肘から切断された。
「ぎゃああああああ―‼」
オオジコバの口から絶叫が迸る。
顔が上を向いたタイミングで、数本の土槍がオオジコバの身体を突き上げた。
ウラヌスはあまりにも信じられない光景に、瞬きも忘れ土槍に突き刺さり中空に持ち上げられたオオジコバの大柄の身体を凝視していた。
立ち上がることもできないほど重傷を負っているウラヌスは、横に転がる槍を持つオオジコバの右手が消えていくことに気付いていなかった。
「神の子」ディッセンドルフと互角に戦えると噂の「神殺し」オオジコバが、いともあっさり殺されたことに、無力感が拡がっていた。
だが、オオジコバが敗れたのであれば、自分が数分でもこの男たちをこの場にとどめなければ、「聖女」をディッセンドルフ達が助けることが出来ない。
そういう思いが、最後の力を振り絞って立ち上がり、上空から降りて来る青白い顔の男を見上げた。
青白い顔の男、異教徒殲滅部隊に所属する者たちからNと呼ばれるその男は、今しがたの剣の手ごたえを不審に思っていた。
あまりにもその手応えがなさ過ぎたのだ。
が、立ち上がった死にぞこないの騎士に注意が移り、真剣にその手応えの無さは一旦意識の外に置かれた。
すぐにオオジコバを切った刀をその騎士に向けた。
騎士の剣がNに向けて伸ばされた。
それが今ウラヌスに出来る精一杯の力であった。
だが、その剣速は遅く、Nに簡単に弾かれる。
そして、無防備な体をNに晒す。
そのウラヌスの首を跳ねようとして、違和感に気付いた。
刀が綺麗だった。
その刃に汚れが全くなかった。
オオジコバの腕を切り落としたはずなのに、血が一滴もついていない。
そして、Nは決定的なミスをした。
そこに力尽きそうではあるもののまだ生きている敵がいるにもかかわらず、背を向け土槍が突き上げたはずのオオジコバの死体を見上げてしまったのだ。
弾かれた剣をもう一度両手で持ち直したウラヌスが、そのがら空きの背中に突き上げた。
そして、そのまま意識を失い、剣を離しながら石畳の地に倒れて行った。
Nは見上げた先の光景が信じられなかった。
ウラヌスの剣は背中から胸を貫き、心臓を刺し貫いていた。
だが、そのことすらNの意識にあったかどうか疑わしかった。
その視線の先には、ある筈のモノが忽然と消えていた。
オオジコバの死体。
オオジコバに揮った刀の手応えの有無は別にしても、明らかに数本の土槍に刺し貫かれたオオジコバの身体は確認していたのだ。
そこでふいに息苦しさを覚えた。
同時に口から大量の血が吐き出され、その時はじめて自分の身体を貫く刃に気付いた。
「刺されていたのか、俺は…。」
今まで多くの者の命を葬ってきたその光景がフラッシュバックとなり、脳内に蘇る。
「ああ、そうか。俺は死ぬのか…。」
そのまま倒れているウラヌスの上に崩れ落ちた。
「何が起こっているんだ!」
ユーマニア司祭が前を守る魔導士の男に言った。
目の前でNが自分がその身分を奪ったはずのオオジコバをその暗殺手段で無事に殺せたと思った瞬間、そのオオジコバの身体が消え、そのまま土槍の向こう側に消えた。
何事も無ければNはウラヌスを始末してすぐに自分の所に戻ってくるはずだった。
だが、オオジコバの死体消失、Nの未帰還は ユーマニア司祭に大きな不安を湧きあがらせていた。
何と言ってもオオジコバは自分が裏から手をまわしてその身分を奪ったのだ。
オオジコバ・サランド・フォン・ストラトスティー。ストラトスティー侯爵家の次男。
ストラトスティー侯爵は教会で大きな権力を持つ。
ユーマニア司祭、ユーマニア・フォン・サンドラ伯爵にとって、非常に大きな障壁だった。
さらに親戚筋に「聖女」アンドリュー・ビューテリウムがいる。
そこにさらに【言霊】持ちの出現は非常に都合が悪かったのだ。
オオジコバをストラトスティー家から放逐できた時は、心底安堵していた。
さらに「神殺し」という【言霊】もストラトスティー家の信用を落とすには都合がよかった。
だが、放逐され、もう関係ないと思っていたところでのレベッカ海峡事件。
その場に居たオオジコバは人命救助を「聖女」と共に行い、防国十字勲章を受けるに至った。
「神の言葉」教からも勲章が贈られ、その実家であるストラトスティー家の汚名もかなりそそがれた。
そしてオオジコバを弾劾していたのが自分であることをユーマニア自身がよく解っていた。
なんと言ってもそれを大声で喧伝した居たのだ。
ここで最低限オオジコバを亡き者にしたうえで、「聖女」アンドリュー・ビューテリウムを保護することが、ユーマニアにとっては自らを守るために必要だったのだ。
Nにより、とりあえずオオジコバを始末できたと思っていたのだ。
それが、自分の目の前でオオジコバの死体が消えた。
あってはならないことだった。
「てっ、撤退だ。一旦ここから離れるぞ、マエストロフ‼」
そう言って前の男のローブを掴んだ時だった。
その前の男の首が落ちた。
「ひっ!」
慌ててローブを離し、後ろを振り返って、逃げようとした。
「どうされました、そんなに慌てて、ユーマニア司祭。」
逃げようとした先に大男がいた。
そして、にこやかに笑いながら、そう声を掛けた。
オオジコバ・ゴルネイエフだった。




