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「神の子」  作者: 新竹芳
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第81話 「聖女」争奪戦 Ⅵ

 ニシムロはその周囲を見た。

 バルトロマイからアンニキサスと呼ばれた男はすでにニシムロの強烈な内部破壊により、その心臓が破壊され、絶命していた。


 この男は「聖女」を保護することと、「聖女」を拉致しているマルスを殺すことを同時にやろうとして、本来、戦闘時には必ず行わねばならない、わが身の防御を怠っていた。

 自分の内部にかけれる魔術を無効化する魔導力を展開せねばならないのに、疲れ切っていたマルスのみを相手にしていると思い込み、疎かにしていたことが仇になったわけだ。


 これくらい簡単に相手を倒せると苦労はないんだが。


 ニシムロはそう胸の中で呟いた。


 「神の子」ディッセンドルフより、このバルトロマイ支部枢機卿は絶対に殺さずに、また自害させないように厳命されている。

 この「聖女」誘拐の主犯ではあろうが、その裏にいるロメン法国の上層部の人物を割り出したいらしい。


 ニシムロは、そんなまどろっこしいことをしなくても、この誘拐に参じたものすべてを無力化した後、さっさとロメン法国に赴いて、ディッセンドルフの命令を聞かない奴を片っ端から殺していけばいいのではないかという気持ちになっている。


 最初に「神の子」ディッセンドルフと共にこの旅に出たときには、それなりのゆったりとした時間の中で、久しぶりに戦闘を考えなくていいかと思いもしたが、結局こうなるのであれば、全滅した方が手っ取り早い。

 そして、ディッセンドルフはそれをいとも簡単にできる力を持っている。

 「神の子」とはそういうものだ。


 そう思いながら、かなりの出血をしているマルスを見た。


「どうした?自分で血を止められないか?」


 ニシムロの問いかけに、全く反応がなかった。

 顔から血の気が引き、土気色になり始めていた。


「これはちとまずいか。」


 だが、そのニシムロを警戒しながら、もう一人の白ローブの者が少しずつ間合いを詰めてきていた。


 ニシムロは試しに、先ほどの者を殺した内部破壊を使ったが、全く手ごたえがなかった。

 さすがにニシムロの足元に倒れている者になにが起こったかを分かっているようであった。


 相手も似たような魔術をニシムロとマルスに仕掛けてきたが、簡単に跳ね返した。


 だがその一瞬をついて、その白ローブが一気に間合いを詰めた。


 持っている剣を突き刺してきた。


 ニシムロは自分の腕に一応装着してある腕あてでその剣を弾く。

 その剣が上に弾かれると、その陰からクナイが3本ニシムロの胸に飛ぶ。

 が、ニシムロは難なくその3本を剣を弾いた手でキャッチした。


 攻撃してきた白ローブは、後方に跳躍した。

 が、その後にニシムロを大きな壁を感じるような空気の塊が次々と襲う。

 その衝撃はニシムロには全く効かなかったが、足は止まったままである。

 さらにマルスを治療する時間も与えられず、マルスの足元に多量の血のたまりが出来ていた。


 ニシムロは後方にシーツにくるまっているアンドリューを、そして右手で重傷のマルスを抱えている。

 さらに空圧を利用して、ニシムロをその場に動けないようにした。


 そのまま大きくジャンプして、ニシムロを超えようとする。

 つまり「聖女」アンドリューを奪う目算であったのだろう。


 面白い。


 ニシムロは馬車の待機場付近から出向き、間合いギリギリのところからこちらを見ているバルトロマイに視線で威嚇し、自分の上方を飛び越えようとする白ローブに照準を定めた。


 白ローブは体術、魔術ともに上位の力を持っているのだろう。

 死期の迫った者をかばった男に、自分と互角に戦えるとは思っていない行動だ。

 仮にこのニシムロの場所から、上に向けた攻撃を受けた場合に、宙空にいるという不利がわかっているだろうに、その身をニシムロに晒しているのだ。

 おそらくだが、ニシムロの攻撃をかわし、「聖女」を捕獲(白ローブの立場から言えば「保護」なのだろうか)、出来ると思っているようだ。


 下からの攻撃には対策しているだろうが、さて、さらに上からではどうだろう。


 ニシムロの思考が新たな現象を導く。


 星の見える天空から光が白ローブを捉えた。


 雷。


 全くの晴天の慎哉を、その光が周りを一瞬照らし出した。


 直撃を受けた白ローブの身体が地に落ちた。

 包む白ローブには対魔導繊維が使われていたが、物理的な雷には抗う事が出来なかったようだ。


 ところどころから小さな火と煙が出ている。


「下だけでなく、上にも注意した方がいいぞ、聖魔導士さん。」


 少しづつ体の自由が戻りつつあるアンドリューには何が起こったか、理解していた。


 きっとニシムロ自身にも使える魔術なのだろうが、精度がディッセンドルフに劣る。

 だから空からこの状況を俯瞰していた「神の子」に思念を送り、弱めの電撃を用いたのだろう。

 ディッセンドルフからバルトロマイを生きたまま捕獲するよう、命を受けていたニシムロは代わりに助けを要請したと言ったところだろう。


「アンドリュー様。この騎士の命をお救いください。」


 シーツにくるまれ、横たわりながらも瞼を開いていた「聖女」にニシムロが抱えている重症の騎士を隣に寝かした。

 アンドリューが微かにほほ笑み、目の前の、今にも最後の生を手放そうとしているマルスに微かに開いた口から祈りの言葉を唱えた。


 通常の「聖女」アンドリューであれば、そのようなことをせずとも回復が可能のはずであったが、まだ完全に隠せていない肉体で行うことに不安を感じたのだ。


 その祈りの効果はすぐに現れた。


 刺され出血する箇所がすぐさま修復されると同時に、垂れ流されていたマルス自身の血液が、まるで意志を持つかのごとく出血していた場所に動き、その修復されつつある傷口に入って行ったのだ。

 結構な量が土に吸収されていたが、土気色の顔色が少しはまともになってきた。

 荒い息も落ち着きを取り戻してきた。


 バルトロマイ支部付枢機卿は、その光景を邪魔することも出来ずに、ただ見ていた。


 星の輝く晴天からの雷。

 すでに死んでもおかしくない体をいとも簡単に修復する力。


 「聖女」をこのジョバンニュ・クリミアン連合王国の「聖女」として留め置く。

 唯一至高のこの大義。

 だが、目の前で見せられた奇跡ともいえるその所業に、バルトロマイは自分が取るべき道が全くわからなかった。


 本来であれば、この世界には「神」もその使いである「聖女」も一人でよい。

 さらにその力を具現化できるものが支部にいれば十分と言っていい。

 実際に魔導力を持つ自分を含めた上位の者たちがいるのだ。

 象徴となる人物がいれば十分なはずだった。


 だからこその「聖女」の保護を試みたのだ。


 確かに今は正式に「神の言葉」教ジョバンニュ支部の支部長もやめて、総本山たるロメン法国に向かう旅程のさなかであった。

 「聖女」自身からすれば、それは自然な事だろう。

 だが、残されるものは「聖女」に見放された想いしかない。

 一歩間違えば、ジョバンニュ支部に名を列ねる自分を含めた次期支部長、次期大司教ともどもみすみす「聖女」を手放した無能者の誹りを受けかねない。

 

 この国の「聖女」が「神の言葉」教の「聖女」になるという栄誉も、そう言った否定的な意見にかき消されてしまうことが我慢できなかった。


 それでも、今まさにシーツで身を覆いながら立ち上がる「聖女」の何と神々しいことか!


 その姿にただ膝まづき、平伏することしかできなかった。


「バルトロマイ枢機卿ですね。」


 優しい声音でアンドリューが語り掛けた。


「はっ、はい!」

「今回のこの計画は、あなたが皆にさせたことと理解してよろしいですか?」

「あ、いえ、それは……、はい…、わたくしが計画したことでございますが…、ですが、「聖女」様!」


 アンドリューは微笑を絶やしてはいない。

 だが、その瞳は人を凍り付かせるほどに冷たい。


「私が、いつ、このようなことを頼みましたか、枢機卿。」

「いえ、ですがお聞きください!「聖女」様は「聖女」様です。この国の、「聖女」様なのです。「聖女」アンドリュー様がこの「神の言葉」教ジョバンニュ支部の長を務めるからこそ、この国は平和で秩序の保てた幸せな国でいられるのです。アンドリュー様がその地位を退き、ロメン法国の「聖女」におなりになるのは…。ましてや一人の男性の伴侶となるなど、たとえそれが「神の子」ディッセンドルフ様だとしても、あってはならないことなんですぞ!」


 アンドリューの微笑みはいつしか冷笑に変わっていた。


「つまり、「聖女」というものは、この世界すべてのもののためでなく、さらに一人の女性としての幸福も夢見てはならず、ただ、このジョバンニュ・クリミアン連合王国のためだけに生きよと申しますか?「神」でもない、「神の子」にすら劣る、ただの支部の枢機卿でしかないあなたが!」


 激烈な言葉であった。

 その言葉は魔導力をもって、バルトロマイにぶつけられた。


 この「聖女」保護計画はこの男、バルトロマイ枢機卿単独のものではない。

 だが、この計画の実施に伴う責任者であることは間違いなかった。


 シーツの身を纏う「聖女」アンドリューの怒りは、明らかな物理的な力をもってバルトロマイに降りかかっていた。


 バルトロマイは平伏し、「聖女」の怒りにその身を晒しながら、考えを巡らしていた。


 このまま逃げを打つことはできない。

 自分の保身どころか、命の危険さえある。


 枢機卿の守護騎士はあまりにもあっさりとこの顔に傷を持つ大男に倒された。

 眠らせていたはずの「聖女」は覚醒し、自分にその怒りを向けていた。

 この二人に自分の魔導力が勝てるとは思わなかった。

 とすれば、今は命を取り留めた聖騎士を盾にして逃げる以外の道はなかった。


「バルトロマイ枢機卿に問います。わたくしたち、「神の子」の下に集うものに対して敵対行為を続けるのか。それとも今回のことを悔い改め、「神の子」に膝まづくことを選ぶか?」


 もし、自分がディッセンドルフに膝まづき、(コウベ)を土に擦り付けたとしても、許される公算は低いように思った。

 たとえ「聖女」アンドリューが懇願したとしても、自分の女に手を付ける賊に対し、永劫の苦しみを与えると、その猛々しい思念がバルトロマイにも届いていたのだ。

 その配下であるこの傭兵如きでさえ、雷を自在に扱えるのだ。

 どのような地獄が待っているのか、想像することすら恐怖だった。


 だが、だからと言って、「聖女」の騎士となるその男、マルス・フォン・ダーマニアムは我々の奸計に陥り、「聖女」誘拐の実行犯である。

 その男を確かに「聖女」は助けてはいるが、人質として捉えてもその実効性は低い。


 バルトロマイは懸命に自らが助かる方法を模索していた。


 ここで唯一頼れるのは、自らの能力しかないことがわかっている。

 この真の能力は「聖女」や傭兵が知りえている確率は低いように思えた。

 この枢機卿となってから、一度たりとも他の者に見せたことは無い。

 だが、魔導力を貯め、その能力を行使するには一瞬とはいえ、相手の油断する時間が必要であった。


 空間転移法。


 古代より言い伝えられるその手法は、実際の使い手がいないために、半ば忘却の魔法とまで言われていた。

 だが、いきなり消えるわけではなく実態が揺らぎ薄れ、そして消失。

 転移先に同じように揺らぎと共に実体化するのだ。

 つまり消失時と、転移先での実体化の時を狙われると、容易く命を失う危険があった。


 しかも、この空間転移には多大な魔導力を必要とする割りには、移動距離が短い。

 簡単に言えば目くらまし程度の効果しかないと、バルトロマイは考えていた。

 だが、今この時、この場所なら待機させている馬車までは転移可能だ。

 目の前から消失した時点で、活路は見いだせるのではないか?

 バルトロマイは愚かにもそう思ってしまった。

 「神の子」ディッセンドルフどころか、オオジコバも、目の前の傭兵ニシムロにも簡単に、そしてバルトロマイより華麗に空間転移が出来ることを全く気付かずに。


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