第80話 「聖女」争奪戦 Ⅴ
セノビックの「正義の目」で、敵勢力は23人と思っていた。
だが眼下の状況を確認すると24人に増えていた。
この街、バーニンガウに潜伏し結界の補強と幻惑を担当している6人は既にディッセンドルフの魔導の管理下にあり、その力は無力化されている。
街周辺から広域結界を展開する魔導士は10名。
当初、9人と判断されていた者たちに町に潜伏していたものが加わった。
特に、自分たちの居た宿屋から町はずれの馬車待機所まで、結界の強化のために補充されたようだ。
ウラヌスが対峙しているものが3名、さらにウラヌスを挟むように1名ずつが裏道から接近している。
そして、アンドリューを拉致したマルスの前の3人。
このうち一人が後から加わったと思われる。
きっとこの街で我々が来るのを待っていたという事だろう。
バルトロマイ・ミリオニア支部枢機卿。
この勢力をまとめている人物という事だが…。
マルスと対峙するその人物に対し、首謀者の一人であるとはディッセンドルフも認めた。
だが、その裏にさらに繋がるものがいるはずだ。
バルトロマイのみで、ジョバンニュ支部の主流派に気付かれずにこれだけの魔導士を動かすのはかなり難しい気がする。
カモフラージュとして、「聖女」の安全を守るために街道沿いに配置する、という様な名目が必要だ。
だが、既にジョバンニュ支部から離職しているアンドリューを守護するには、もっと上の命令が必要なはずだ。
おそらく、それを発動できるのは、ロメン法国の「神の言葉」教総本部の重鎮と考えられるわけだ。
ディッセンドルフの足元で2つの戦闘が始まる。
それを見ながら、自分たちが進むべき道を模索していた。
ウラヌスは何とか持ちこたえていた。
3人とも魔導士としてはウラヌスより格が上であったが、この結界を無効化するための魔術を自らに課しているため、攻撃への魔導力を注ぐ量が格段に減っているようだ。
3人が仕掛けてきた魔導力、体内への攻撃と、外側からの攻撃。
ウラヌスはその攻撃に対して、無効化の魔術が外から掛けられたことを感じた。
それは「聖女」様の加護だと信じた。
実際には「神の子」ディッセンドルフが行っていたのではあるが。
それでも、連続した空間を波打つような振動を盾でしのぎつつ、3人に接近しようとすると、散開され、なかなかその剣を生かせない状況が続いていた。
アクツルミ祭司と呼ばれる男は一旦退き、両脇の二人が迫ってくる。
その前に自分の動きを止めるような力が自分にかかった。
それを振り払い、自分の持つ魔導力をその剣に込めた。
左から接近してきた白いローブが待った。
ウラヌスはついそちらに視線を奪われる。
その視界を大きな白いローブが奪う。
その一瞬に右側から短剣が襲った。
咄嗟の判断で右腕に魔導力で皮膚を強化する。
そこには石畳の道路から上半身を出した男が短剣を突き出していた。
対魔導繊維を編み込んである鎧と、強化された腕にその短剣を突き刺さることはなかった。
だが続いて左のローブの陰から槍が左肩の肩当てにぶつかってきた。
肩当てが弾き飛ばされ、左肩を切り裂いた。
激痛がウラヌスの痛覚を襲った。
その隙に、石畳の地下に消えたもう一つの影がウラヌスの後ろから出てきた。
そのまま背中に痺れ薬の付いた短剣を突き刺した。
その刃は、背中と胴の甲冑の隙間に綺麗に突き刺さった。
痛みと共に痺れがそこから体全体に広がってきた。
その痛みと痺れに耐え、その半身を回転させ、後ろに現れて背中に短剣を突き刺した男を見る。
背中から攻撃を的中させた男はそこに油断が出来た。
すぐに石畳の中に退避すべきだったのだ。
半拍遅れて、ウラヌスの剣が簡単にその襲撃者の首を跳ねた。
だが、それが限界だった。
左肩、背中を刺され、さらに前進を包む痺れに身体を動かすことが出来なくなった。
そこにさらに、ウラヌスを挟撃するように二つの新たな白いローブの者が、走ってきたのである。
ここまでか……。
ウラヌスは死を覚悟した。
出来れば、「聖女」様を「神の子」に取り戻したかった。
それでも自分を殺すために速度を上げて近寄ってくる白いローブの者の一人は道連れにするつもりだった。
右手にある剣を握る力にもう一度ありったけの魔導力を注ぎ込む。
今、切り落とした男の首の血がついたまま、剣を石畳の所から頭上に振り上げる。
そこから半円の光る刃が、高速で近づく白いローブの人物に向かった。
すでに死に体だと侮っていたウラヌスに油断があったのだろう。
防御もまともに出来ず、まともにその光刃を受けてしまった。
袈裟状に肉体が切断された。
これで悔いはない。
後は頼んだぞ、「神の子」。
自分たちの仲間があっさりと殺されたことに、ウラヌスの左側から近づいて来た白いローブの者は激怒していた。
ウラヌスの前で大きく跳び、その長剣を振りかぶった。
「死ね!「聖女」様にあだなすものが‼」
「何を言っている!俺たちは「聖女」様の騎士だ!」
言い返すのが精一杯だった。
もう激痛と痺れに指一本動かすことが出来ない。
だが、自分の矜持にかけて、死の瞬間までこの目を逸らしはしない!
その思いで襲撃者から目を逸らさなかった。
だが、その瞬間信じられないことが起こった。
襲ってきた白いローブの者の身体に、太く大きな刃が横から刺し貫いて、そのまま石材で出来た構造物の壁に突き刺さったのだ。
「ほ~。間に合ったぜ、「聖女」様の騎士、ウラヌス・ガオラスだな。」
そう言って暗闇から大柄な男が現れた。
馬車で「聖女」と共にいた大男、「神殺し」の【言霊】を持つ、オオジコバ・ゴルネイエフであった。
「我々に剣を向けるか、マルス・フォン・ダーマニアム。」
迫るマルスに対し、バルトロマイは右手で軽く手印を組んだ。
瞬間、バルトロマイの身体が後方に大きく跳ぶと同時に、マルスの身体に岩でも当てられたように打ちのめされ、既に整備された土になった道に叩きつけられた。
そして、両脇にいた白いローブの者たちが動く。
左にいた者は両刃の剣を振りかざし、地に伏したマルスに切りかかってきた。
と同時に、右の者がシーツに包まれた「聖女」を獲得するように動いた。
マルスは左から襲い掛かってきた者の攻撃をかろうじて除け、そのまま「聖女」の前に立った。
だが右の者は速度を落とさず、そのままマルスにぶつかっていく。
マルスはその身体を受け止めようとしたが、懐のナイフが胸と胴の甲冑の隙間に刺し込まれた。
熱い痛みが脳を乱す。それでもその場を動かなかった。
「「聖女」様は俺が守る。」
「心意気は良いが、その「聖女」様の居るべきは、首都ルジオンだよ。ロメン法国ではない。」
戦闘に全く参加しないバルトロマイ支部枢機卿が、見下すように蔑む。
襲ってきた者をそのまま押さえつけるようにしているマルスは、自分を見下ろしているバルトロマイを睨みつけた。
「その瞳、癪に障るな。アンニキサス、勅命だ、その男を殺せ。」
死んでも「聖女」様は守る!
死を覚悟しながらも、マルスはそう心に刻む。
しかし、それ以上自分を刺しているものは動かなかった。
いや、そのまま崩れ落ちた。
ナイフもそのまま抜け、自分の横隔膜あたりからドロッと血が噴き出すのが分かった。
自分の身体が崩れそうになった。
だが倒れることはなかった。
誰かが自分の腕を持ち、倒れないように支えている。
「まあ、よく頑張ったとは言っておこう。だが、お前さんが「聖女」を誘拐しなければこうはならなかった。わかっているな?」
「ああ、充分、骨身にしみているよ、ニシムロ卿。」
そこには顔に大きな傷を持つニシムロがマルスを支えながら立っていた。




