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「神の子」  作者: 新竹芳
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第79話 「聖女」争奪戦 Ⅳ

 マルスとウラヌスの目指す場所は、このバーニンガウの外れにある、馬車の待機所だった。

 そこまで「聖女」を連れて行けば、「聖女」は本来の自分を思い出すはずだった。


 だが追手がすぐ後ろに迫っているのがわかる。


 それでも重い体を懸命に進めていた。


「マルス、「聖女」様を頼む。俺が時間稼ぎをする。」


 立ち止まったウラヌスが息を整えている。

 一度足を止め、振り向いたマルスに笑顔で右手の親指を立てる。


 マルスは一度顔を歪めたが、思い直して「聖女」を肩に担ぎなおした。

 少し体の中から力が漲ってきたような気がした。

 ウラヌスから顔を逸らし、進行方向へと向ける。

 両脚に力を入れた。

 その自分の足が、今までが嘘のように反応した。


 振り向かずにマルスが走り出す。


 それを見届け、ウラヌスは後方から迫って来る者たちに向け、剣を抜き、盾を構えた。


 相手が「神の子」ディッセンドルフであれば瞬時に殺されかねない。

 そして「神殺し」の【言霊】を持つオオジコバでも、どのくらい持たせられるか。

 だが、「聖女」様のために、力の限り時間を稼ぐ必要がある。


 迫り来る追っては3人だった。

 だが、その姿はウラヌスにとって思いがけないものであった。

 ディッセンドルフやオオジコバが纏う事のない純白のローブ。

 まごう事なき、「神の言葉」教の神官が纏うローブであった。


 一人剣と盾で身構えるウラヌスに対して、3人が間合いのぎりぎりのところで止まる。


「「聖女」様の聖騎士、ウラヌス・ガルオスだな。では「聖女」様を解放したもう一人が前を行くマルス・フォン・ダーマニアムか。」

「いかにも!私はウラヌス・ガルオス、「聖女」様の騎士だ!貴様たちは何者だ!」


 剣を3人に向け、防護障壁を張った。

 いつもより力が吸われていく感覚があったが、張ることはできた。


「ほう、我らの最強守護者たちによる結界の中、魔術の展開が出来るか。噂以上に出来るという事かな、アクツルミ祭司。」

「うむ、そうなるかのう。できれば闘いたくはないな。我々と志を同じくする者であろう?」

「そうでしょうとも。「聖女」様をお連れした者なのだから。悪魔とさえ思える力を持つ「神の子」。だが奴は、戦いしか行っていない。そうですね、祭司。」

「左様。ルードヴィッヒ邸での長男の死、「神殺し」との戦い。魔獣を騎士魔導士学校内に導いての殺傷。レベッカ海峡事件。そして騎士魔導士学校騒乱。すべて「神の子」を名乗るディッセンドルフが仕組んだこと。そして今まさに、我ら世界の至宝ともいえる「聖女」アンドリュー様の誘拐。すべてが奴の欲望の証拠。一説にはマルヌク村虐殺すら、奴の仕業だという噂すらあるのだ。」


 滔々と述べる白装束でその身を固めた3人。

 その顔もフードで隠されている。

 だが、この追跡はアクツルミ祭司と呼ばれたものがリーダーのようであった。


 白いローブの左胸には、「神の言葉」教の紋章がこの闇の中浮かび上がっている。

 その紋章の右下にはジョバンニュ支部を意味する文字。


 アクツルミ祭司。

 名前だけは聞いたことがある。

 「聖女」崇拝者として2度の懲戒処分を受けた不良聖職者。

 「聖女」としてのアンドリューに焦がれるあまりに、司教の地位まで上がりながらも堕とされた人物だ。

 そう、「聖女」アンドリューを諦めきれないこの者が「聖女」を捕まえようとしている。


 この時に、ウラヌスは自分たちが何をしたか、何をさせられそうになっているのかを完全に理解した。


 「聖女」アンドリューに欲望を滾らせてしまった結果、「敵」の術中にはまってしまったことを。


 だとすれば、本来なら逃げるマルスを追い、留めなければならない。

 そしてすぐにでも「神の子」ディッセンドルフに事の次第を伝えるべきであった。

 だが目の前の敵に背を見せることは、即ち死を意味する。


 ウラヌスはその身を追おう靄のような気配に対して、自らの力を行使した。


 淡い光がウラヌスを包み、消えた。

 そこには今までウラヌスに纏わり付き、その力を吸収していたものが霧散した。

 視界も、思考も、クリアになる。


 その先の白いローブ姿の3人が、酷くおぞましい者に映った。


 きっと、ディッセンドルフ達は「聖女」を奪回するために追っ手を回しているはずだ。

 それまでの間、ごく短いかもしれない時間を作る!


「ウラヌス・ガオルス。「聖女」様、そして「神の子」のため、おして参る!」


 それは白いローブを纏う者たちに対するウラヌスの宣戦布告だった。







 マルスは後方で行われていることを全く察知していなかった。


 自分が抱える「聖女」を「敵」のもとに送り届ける最中であることなど、露ほども意識していない。


 今は追手から逃げることを最優先に考えていた。

 追手は「神の子」の手の者であるはずだった。


 「神の子」ディッセンドルフはゆうに及ばず、「神殺し」オオジコバも傭兵であるニシムロも、自分よりも高度の魔導士であることは解っていた。

 であるからこそ、残したウラヌスの身を案じてしまう。

 さらに現実的には、足止めをしっかりしてくれなければ、「聖女」を目的の場所に連れて行くことが出来ない。


 仮に「聖女」が真の意味で目を覚ましてくれれば、自分たちがやろうとしていることも理解して、協力をしてくれるに違いないとさえ思っている。


 「聖女」アンドリュー・ビューテリウムが「神の子」を名乗るディッセンドルフに惑わされただけという事に。


 だが、その言葉に心の奥から否定的な想いが溢れた。

 自分たちの信じる「聖女」はもう何処にもいないという事を。

 そこには一人の男を愛する普通の女性がいるという事実を。


 マルスは混乱しながらも、この街の外れの馬車の待機所へ向かった。


 何故か、自分の体が軽くなっている気がしてきた。

 甲冑の重さも、肩に担いでる「聖女」の重さも自分の負担にならないような感覚だった。

 移動のスピードも上がっている。


 両側に並ぶ石造りの住宅や商店、宿屋などの建造物がまばらになってきた。

 その先を示すように置かれていた街灯の数も減って、周りが暗くなる。

 月明かりがわずかに周りを照らしているのみだった。


 そんなマルスの走る道の先に白く光るように馬車が待ち受けていた。


 その純白の馬車は、この国の「神の言葉」教所有の「聖女」専用の馬車である。


 ドアに「神の言葉」教の紋章と、聖女をかたどった乙女のシルエットが並ぶ純白の馬車は、「聖女」が公用で移動する際に使われ、マルスとウラヌスはその両脇を馬に乗って護衛していた。

 マルスが見間違うはずはなかった。


 そして、この馬車がここに置かれているという事は、マルスの行為が正当なものだという証明でもあるかに思えた。


 その瞬間、マルスの感覚をこれまでにない警戒感が、全身を覆った。


 あの馬車に「聖女」を乗せてはならない!


 その胸の中に湧き上がった警告に、今は息一つ乱れずに走っていた体を止めた。


 警告と同時に、自分の中に緊張と魔導力が一気に前方に対して向けられた。


 純白の馬車の前には、白いローブを纏った3人が、近づいてくるマルスに視線を向けていた。

 その中央の人物が顔を隠すように被っていたフードを外し、その素顔を晒した。


「バルトロマイ支部枢機卿!」


 「聖女」アンドリュー・ビューテリウムが離職する前、「聖女」がジョバンニュ支部の支部長にあたる聖長の職に就いていた。

 これを補佐する副支部長にフィリポ・オーガスタ支部大司教、顧問にバルトロマイ・ミリオニア支部枢機卿がその職を任されていた。


 アンドリューがその功績で聖長になる前は、フィリポ支部大司教が支部の責任者として、その任を行っていた。

 が、アンドリューの強大な功績は聖長以外にないと主張したのが、このバルトロマイ支部枢機卿であった。

 それ以前からも、年若いアンドリューを推す「聖女」支持者として知らされていた。


 この「聖女」崇拝者をまとめる人物としては納得ができる。


 結界を弱め、マルスに力を注ぐと同時に監視を行っていたディッセンドルフはそう考えた。

 この結界の力を浴び、自分を見失っていたマルスの心の奥に問いかけていたのもディッセンドルフであった。

 だが、このディッセンドルフの問いかけは、マルスの頭の中のマルス自身の信念と同調(シンクロ)し、マルスの心を操る力から解き放っていた。


「マルス同志よ。よくぞ「聖女」を解放してくれた。既にここに「聖女」様専用の馬車も用意してある。首都ルジオン市へ参ろうぞ。」


 バルトロマイがそう言ってマルスに手を広げた。その顔は恍惚の笑みを浮かべていた。


 気持ち悪い。


 その笑顔にマルスはそう思った。

 その感情は、マルスを完全に正気に戻した。


 何故、俺はこんな畏れ多い事をしてしまったのだろう。


 マルスは肩に担いでいた、シーツに包まれたアンドリューをそっと道に丁寧に置く。


「アンドリュー様、本当に申し訳ありませんでした。このような場所に寝かせねばならないことを、謝ります。ですが、私たちが行った愚かな行為の代償には、あまりにも釣り合いませぬが、この件の首謀者の首を持って我が心を汲んでもらえれば、この上ない幸せです。すぐに終わらせます。誰にも指一本触らせません。」


 マルスは、横たわるアンドリューにそう語りかけた。

 いまだ、術にかかっているアンドリューの身体は起きることがなかった。


 それでも。


(あなたの忠誠、しかと心に刻みました。その言葉、ここで真の正義として行われることを祈ります)


 その声がマルスの肉体の全細胞に行き渡る気がした。


「貴様!今の言葉、悔いはないのだな。」


 バルトロマイ支部枢機卿が口汚くマルスに問うた。


 マルスはその言葉には一切答えず、背中の愛剣の柄を握り、引き抜く。

 そしてその剣先を醜い老人に向けた。


「「聖女」様の騎士、マルス・フォン・ダーマニアム。「聖女」の言の葉に従い、この身を捧げます。」


 その宣言と共に地を蹴り、バルトロマイに剣を振りかざし、跳んだ。


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