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「神の子」  作者: 新竹芳
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第78話 「聖女」争奪戦 Ⅲ

 マルスとウラヌスは半裸のアンドリューを抱え、誰もいない道を走っていた。


 既に自分たちのいた宿泊所からは10分以上走っている。

 だが重い甲冑を纏い、アンドリューを抱えては思うように距離は稼げていない。


 自分たちもその体が異常に重い事は解っていた。

 普段であれば自らの魔術に反応して、この甲冑は絹のように軽くなる魔導武具のはずであった。

 背中に装備された剣と盾も重さを感じることは無い。

 さらに、動かしている体自身に常日頃鍛え抜かれた動きをすることが出来ないでいた。


 その苦しさが今の自分たちの状況を冷静に考えさせ始めていた。


 なぜ自分たちは「聖女」様を攫うようなことをしているのか?


 自分たちにとって「聖女」アンドリュー様は神と等しき存在だったはずだ。


 確かに人と結婚していたという事に驚いたのは事実である。

 だが、生き神様であっても、「聖女」様は純粋に人間の女性だ。

 その子を残すことは不思議ではない。

 「聖女」崇拝者の中には、子供を身籠ることによってその「聖なる力」を失うというものもいたが、だからと言って「聖女」様自身が決めた生き方を誰も咎められるはずがないのだ。


 だが自分たちは「聖女」様の結婚の事実と、男との肉の交わりに我を忘れた。

 心の奥から聞こえたその「言葉」のままに動いてしまった。


「このままでは「聖女」様は力ある者の奴隷として生きることになる。「聖女」様を助け出せ!」


 「聖女」アンドリュー様の結婚の事実を知り、その事実にどう向き合えばいいか悩んでいた時だった。

 その声が二人の心に響き、同時に「聖女」が獣に犯されているイメージが頭の中に広がった。

 それを夢と思うにはあまりにも生々しかった。


 マルスとウラヌスが重装備を着用し、「聖女」の部屋にほぼ無意識で扉を開け入り込んだ。


 そこには一糸纏わぬ姿で、その美しい体を晒しながら眠る「聖女」アンドリューと、その侍女が陰に隠れて自分の股間に自らの手指を動かしている姿であった。


 その時には理性が弾け飛んでいた。


 気付けば侍女を重装備で固めた足でその腹を蹴り、「聖女」様を抱えて逃走していた。


 その心の声は、自分たちが向かうべき位置をはっきりと示していた。


 このまるで粘りつくような靄のようなものに、体の自由を制限されたまま、歩を進めるには異常な体力の消耗を感じていた。

 そして、その力は前に進むほどに強くなっているようだった。


 気付いた時には二人とも荒い息をしていた。


 その脇に抱えられたアンドリューはいまだ目覚めることが出来ずにいた。

 自分を追って来てくれている「神の子」ディッセンドルフ達の意識を捉えることが出来るのに、自分の身体はいまだ動かせずにいたのだった。






 マテリアの損傷した身体だけではなく、その汚れをも清浄し、さらに詳しく事の次第を聞いた。

 さすがに自分が二人に後れを取った理由は誤魔化そうとしたが、セノビックの目を誤魔化せたかどうか、マテリアには自信がなかった。


 セノビックの「正義の目」はそのままディッセンドルフの思念と同調している。

 ディッセンドルフは、既にマテリアが自分たちの行為に好奇心を隠そうとせずに見つめていたことを実感している。

 その結果がセノビックの「正義の目」を経由してみることが出来たのは、よかったのかどうか疑問の余地の残るところではあった。

 だが、マテリアがその行為に夢中になったために、広範囲の結界に抗えたことも理解していた。

 でなければ最悪、侍女と騎士二人がアンドリューの誘拐を行い、事情を知るすべが大きく制限された事であろう。


 マルスとウラヌスが「聖女」を神格化していることはディッセンドルフ達は知っていた。

 が、崇拝するという事ではないと理解している。


 今回の「聖女」誘拐に走った理由が、この都市を覆いつくす結界に由来しているであろうと、ディッセンドルフは確信していた。

 オオジコバの不得意な治療に用いる魔導はこの結界に吸収された。

 だが、その吸収できる魔導力には限界があり、なおかつ「神の子」ディッセンドルフの力をもってすれば、その魔導力の吸収の方向を変えることが出来る。

 すでにマテリアの重度の内臓損壊すら直したことによって明らかである。


「俺の妻に情欲を持つなど、我慢できんところだ。が、どうやら奴らのスピードもこの結界によりかなり遅くなっている。もう少し泳がせて、敵勢力の根絶を行う。各人、そのつもりで。さっらにアンドリューを無傷で奪還することが、最大の目的だ。仮に何人でもアンドリューを傷つけたもの、汚した者にはこの世での最大の苦痛を与える。自らが殺してくれというような、徹底した苦しみを!」


 ディッセンドルフのこの言葉はその場の4人を凍り付かせるほどに激烈であった。


 敵勢力の結界は、この街の周辺に展開する10人の魔導士がベースを作り、この街に拡散した6人がその結界を強化していた。

 「正義の目」はその位置を完全に特定していた。

 その者たちに、カウンターをかけることが、ディッセンドルフたちの宣戦布告となった。







 ディッセンドルフは今、この闇夜の中、バーニンガウの上空にいた。

 そして眼下を見渡す。

 この街が深夜という事もあるが、大規模な結界によりあらかたの人々は強制的な眠りに就かされている。

 そんな中に蠢く人影が数体。

 明らかに「聖女」崇拝者たちであることが分かった。


 すでにディッセンドルフはこの結界を強化している魔導士に魔導のカウンターを行っている。

 だが気付いているようには見えない。

 単純に結界の補強というだけであり、大規模の結界本体が正常に機能しているために分かりづらいようであった。

 だが、この結界を弱める効果は確かに出ていた。


 アンドリューを攫った二人の身体が少し楽になってきていたのである。

 逃げるスピードが上がっていた。

 もっとも、当のマルスとウラヌスは気付いていないようだが…。


 「聖女」崇拝者たちは、結界の中で自由に動ける魔法を自らにかけている。

 そのため、結界が少し弱くなっていることに気付いていない。


 マルスとウラヌスの逃げるスピードが上がったとはいえ、「聖女」崇拝者達に比べれば、圧倒的に遅い。

 とすれば、やはりマルスとウラヌスはいいように操られたことになる。


 この状況を上空から見ていて、流石にディッセンドルフは考えてしまう。


 マルスとウラヌスが我が妻に抱いた不浄な情欲。

 それは断罪されるべきことである。

 が、どうやら「聖女」崇拝者に操られていた公算が強い。

 その動きの遅い二人に、二つの影が追いつこうとしている。

 ニシムロとオオジコバだ。


 このままオオジコバがあの二人に追いつけば何が起こるか、想像に難くない。


 それよりもこの一団を殲滅するのであれば、一つところ、つまりアンドリューが連れていかれるところに集めるべきなのだが…。

 ニシムロの言葉も気になった。

 子供を身ごもったと知った時の奴らの行動。


(ニシムロ卿、オオジコバ。もう二人の姿を捉えてると思うが、そのまま泳がせろ!二人を操っている奴らを知りたい)

(大将、了解だ)


 ニシムロからはすぐに答えが返ってきた。

 だが、オオジコバからは返答がない。


(オオジコバ‼お前の怒りは解ってる。俺もはらわたが煮えくり返っている。だが、あいつらは本当の敵ではない。二人を餌にして、本当の敵を引きずり出す)

(わ、分かりました、先輩)


 追っている二人のスピードが落ち、建物の陰に隠れた。

 どうやらそこから監視して、ついていく気だろう。

 ディッセンドルフはそう解釈した。


 だが、その二人に近づく姿を3人、発見した。


(大将、追手が来たみたいだが、どうする?)

(今は接触を避けてくれ。奴らがマルスとウラヌスに対して、どういう行動をするか確かめたい)

(おお、了解だ。オオジコバも手を出すなよ)

(わ、わかってます)


 3人はみな同様の白いローブを纏っている。

 その下にも教会の騎士服を着ているだろうことは、ディッセンドルフには充分想像できた。


 ここにいる教会関係者はセノビックの「正義の目」によって完全に把握していた。


 そのすべての息の根を絶つことはできるが、その裏がジョバンニュ支部にどれほど関わっているのかが、今のところは不明であった。


 アンドリューの身をロメン法国の「神の言葉」教本部に預け、一旦、ジョバンニュ支部を一掃するという魅惑的な考えも浮かんだが、本部にその一派がいない保証はない。

 さらに、これからその「神の言葉」教本部と事を構えることも考えると、やはりあまりいい手とは言えなかった。


 できれば自分の子を身籠っている女性には、安全なところでゆっくり養生してほしいと思っている。

 当初、「聖女」と呼ばれるような存在と、こういう関係になるとは考えていなかった。


 騎士魔導士学校で出会って、アンドリューがやたら自分の傍にいたがるのは、自分が「神の子」だからだと思っていたのだ。

 いつの頃からか、献身的に自分に尽くしてくれるこの女性をかけがえのない人だと思うようになっていた。

 だが、あくまでもアンドリューは「神の巫女」である。

 彼女が自分に人間の男性として想っているとは思わなかった。


 だが、こうして契りを結んだ。

 ディッセンドルフに久しぶりにできた家族なのだ。


 守りたい。

 心からそう思う。


 それでも、「聖女」は本来の「神の子」ディッセンドルフにとって、目的のためにはどうしても必要な女性だった。


 それでも、ある意味、自分が妻を危険な目に合わせた原因であることは承知していた。

 が、だからと言って、本当に愛する人を危険な目に合わせる奴らを許す気は毛頭なかった。


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