第76話 「聖女」争奪戦 Ⅰ
二人の激しい睦み合いをしっかり観察していたマテリアは、興奮状態にあった。
若干の眠気はあったが、それを上回るように自分の中の獣の欲望が疼いている。
「聖女」の侍女になってすでに3年以上が経過していた。
「聖女」アンドリュー・ビューテリウムが「神の子」ディッセンドルフに対して、「神の巫女」以上の感情を抱いていることは着任後すぐに思い知らされた。
もともと「聖女」には常時3人の侍女が仕えている。
四六時中その傍らにいるため、3交代でその任を任されている。
また、護衛として2名以上の騎士がその任についているが、あくまでも護衛であり、通常の身の回りの世話は侍女に託されていた。
その中でマテリア・ソンタイジュは異質であった。
ソンタイジュ家は十数代続いた「神の言葉」教の護衛を役目としてきた家系である。
多くの神聖騎士も出してきたが、女性の多くは教会のジョバンニュ支部の上層部の侍女として仕えてもいる。
その中でマテリアは【言霊】持ちではないが、魔導を充分に使いこなし剣の腕も持つ。
だがさらに特性が高かったのが隠密行動であった。
教会の騎士として10代で上級騎士として認められたが、その隠密行動の能力の高さ、そして幼少のころからの侍女としての教育も相まって「聖女」の侍女として認められたのだ。
総計15名になる「聖女」の侍女として頭角を出し、アンドリューがジョバンニュ支部の聖長なった時には3交代制のチームの長になっていた。
ジョバンニュ支部を離職するにあたり、その隠密行動の高い騎士としての特性を持つマテリアはアンドリューから直々に「神の言葉」教総本部への転属を請われたのだ。
これは御者として同行する神聖騎士マルス、ウラヌスも同様に信用のおける者としてアンドリューが認めた人間だった。
マルス・フォン・ダーマニアム。ダーマニアム子爵の3男にあたる。
ダーマニアム家は代々騎士の家系である。
故に物心が着いた時から、剣を握って生きていた。
貴族でありながら騎士魔導士学校に進学した。
これは貴族学園がその中での力の付け方が、かなり政治的なものであることに由来する。
あくまでも騎士であることをその家訓とするダーマニアム子爵家では、騎士魔導士学校で学び、一流の騎士に育てることを是としていたのだ。
マルスはその考えのもと、騎士魔導士学校を優秀な成績で卒業し、そのまま「神の言葉」教ジョバンニュ支部騎士団に入団した。
そこでしっかりと実績を上げ、「聖女」騎士隊と呼ばれる30名のエリート騎士隊に入隊する栄誉を得たのである。
ウラヌス・ガルオスは平民の家の出であった。
比較的裕福な商人の家に生まれたウラヌスは剣の成績がその地区で突出していた。
「聖女」とは血に由来するものではない。
その時の聖なる力を持ち、救済の純粋な心の女性がなることが多い。
その時に相応しい人物がいなければ、「聖女」の地位が空くこともあった。
アンドリューの前に「聖女」と呼ばれたアマルフィー・クライストとの間には10年空席となっていた。
アマルフィー・クライストは終生独身で、88歳で息を引き取った。
その死ぬまで「聖女」として人々の救済に心を砕いた人物だった。
ウラヌスは5歳の時にこの「聖女」アマルフィーより直接、「祈り」を受けていた。
そのことが彼の未来を決定した。
ウラヌスはマルスより2歳下である。
が、同じく騎士魔導士学校に通い、年齢は違うがマルスとウラヌスの馬が合った。
ともに、「聖女」騎士隊に入隊し、今も「聖女」アンドリュー・ビューテリウムを崇拝している。
マテリアはそんな二人をよく知っているため、隣の部屋で「聖女」のために待機していることに心強く思っていた。
だが、二人の騎士の「聖女」に対する想いをマテリアは読み違えていた。
二人の想いは先代の「聖女」アマルフィーを基準にしていた。
アマルフィーは結婚はおろか、一度も男性と交わすことは無かった。
マルスとウラヌスはその「聖女」らしさをアンドリューにも求めていたのだ。
いま、アンドリューは全裸でベッドに寝ている。
かなりの体力を消費したようで、満足げな顔で寝息を立てていた。
その相手であるディッセンドルフはそのベッドから出て、簡単な衣装で表に出ていた。
それはおそらく汗だくとなっている身体を清めに行ったものと、マテリアは判断していた。
それはマテリアには都合がよかった。
既に体がほてり、自分で慰めねばどうしようもできない状態に陥っていたのだ。
ベッドからは死角の位置に移り、侍女服は着たまま、下半身を包むショート丈のパンツと下着も脱ぎ捨てて、自らの手でその部分をまさぐり、一気に果てた。
その時だった。
この部屋のドアがノックもなく、いきなり開かれた。
マテリアはその状況に、一瞬判断が遅れた。
そこには完全武装したマルスとウラヌスがいた。
そしてその目が汚いものを見るようにマテリアに向けられていた。
尋常な雰囲気ではなかった。
明らかに二人は怒っていたのだ。
そして、それが何を意味するのか、マテリアには察知できなかった。
いつもの人の機微に敏感で、勘の良いマテリアはそこにはいなかった。
「聖女」と「神の子」の激しい行為を目の当たりにして、自らの獣欲を満たしてたばかりのマテリアの脳細胞は活性の度合いを確実に落としていたのだ。
「この下賤なものが!」
マルスはその言葉とともに、スカートの下が濡れそぼった場所が丸見えになっているマテリアの頬を平手で張り倒した。
ウラヌスはベッドで眠るアンドリューを憤怒の表情で見下ろし、その体を隠していたシーツを剥ぎ取る。
そこには一糸纏わぬ姿があった。
その姿を見たウラヌスが、そして後ろから覗き込んだマルスが、大粒の涙を流していることを張り倒されて動けなくなったマテリアはしっかりと見ていた。
その瞬間、マテリアは二人が何に憤っているのか、はっきりと理解した。
「聖女」に処女性を求めていたのだ。
マルスが倒れているマテリアの胸倉を掴み、引き上げる。
身長がマルスより劣るマテリアの脚は宙に浮いていた。
「お前は何をやっていた!今、明らかに「聖女」様に向かい下劣な視線で汚していただろう!」
マルスのその口調は尋問でさえなかった。
「聖女」を守るべき侍女が、「聖女」の痴態に欲情していることを責めていた。
マテリアの実力であれば決してマルス相手に後れを取るようなことは無い。
胸倉を掴まれ、自由を奪われた上に罵声を浴びることなどなかったはずであった。
だが、マルスの罵声はほぼ事実であり、下着をつけていない股間から漏れた露はまだ乾いていない。
その事を責められたことにより、羞恥により決断がつけられなかった。
「マルス、そんな不潔なメスに拘わっていると、お前の高潔ささえ穢されるぞ。この状態に怒りは感じるが、「聖女」様を助けるのが先決だ。「神の子」などともてはやされたが気に純潔を散らされてるとはいえ、我々が護るべき「聖女」様であることは間違いないんだ。」
ウラヌスが憤懣やるかたないという表情ではあったが、マルスに対し、いま優先すべきことを忠告した。
「この盛りのついたメス豚が!」
マルスはそう叫び、マテリアを叩きつけるように放り投げた。
高潔をもって「聖女」に尽くしてきたという自負がマテリアにはあった。
それだけに同僚であるはずのマルスとウラヌスから浴びせられる罵詈雑言に、心が耐えられなくありつつあった。
そのため、自らの防御すら思うようにいかず、投げられた身体が壁にぶつかり、その痛みに声を上げてしまった。
倒れ込むマテリアにマルスは渾身の力で腹を蹴った。
防御の出来ないマテリアは、その衝撃に、口から吐瀉物と鮮血が床を汚した。
さらにマルスはその苦痛にゆがむ顔に唾を吐きかけた。
「下衆が!」
シーツで全裸の無防備なアンドリューを包んだウラヌスは、念のため催眠をかけた。
苦痛に横たわるマテリアを蔑むように一瞥し、窓側に移動したマルスが大きくその窓を開く。
その夜の闇に向かい、アンドリューを抱えたウラヌスが飛び、続いてマルスもその闇に身を投じた。
「うう、アンド…リュー様あ~。」
動こうとして右手を窓に向かって突き出したが、何とか繋ぎ止めた意識が、アンドリューをまんまと奪われたという事実に、マテリアの最後の力が尽きた。




