第75話 魔獣ジョーカー
5人を「聖女」のもとに連れて行き、「聖女」から自らの行動を話してもらい、少年たちへの「祈り」を与えた。
少年たちは感極まって泣き崩れてしまったが、「聖女」の言う事を信じ、今後も教会に、そして人々のために尽くすことを誓約した。
イルアスに対してはアンドリューは全く違った顔を見せた。
自分の欲のために純真な少年たちを騙し、罪のない魔獣たちを簡単に使い捨てた。
特にジョバンニュ支部の長の職からは離れたものの、「神の言葉」教の「聖女」であることは変わりない。
その協会のシンボルたる「聖女」を襲撃したことは教会内では重罪である。
ジョバンニュ支部の教導刑務部の者がすぐに先の宿屋街に赴くこと依頼し、その身柄は5人の少年に託した。
3人の傭兵崩れはただの盗賊であるため、現地の領主の警務隊に引き渡した。
人為的に土砂崩れを起こしたとして、その場に居た2名の人間もまた道路往来妨害の罪で警務隊に引き渡された。
彼らは土木作業者であって、教会とは何の関係もないものだったのだ。
道路に関しては「神の子」ディッセンドルフによってすぐさま修繕されたのではあるが。
ただ、このことが公になることを好まないディッセンドルフは、「聖女」の奇跡とするように演出を施していた。
ディッセンドルフ達を乗せた馬車は、その後、数匹の魔獣に襲われたものの、横を並走する舞虎の存在により苦も無くソルトシュガー大森林を抜けることが出来た。
だがここで問題が出た。
舞虎がディッセンドルフから離れようとしないのだ。
完全に懐かれてしまった。
「さて、どうしたものかな…。」
馬車を止めて森林のすぐ横で舞虎の頭を撫でながら、ディッセンドルフは考え込んでしまった。
御者の二人は、そのまま御者台で待機。
ディッセンドルフを含めた6人が、地に伏せている大型の魔獣、舞虎を見つめている。
相変わらず舞虎はディッセンドルフの足元に頭を擦り付けるようにして、甘えていた。
魔導を使える獣である魔獣をペットとして飼ったり、狩猟用に持つ者は確かにいた。
だが、舞虎のような大型の凶暴な魔獣を飼っているという話は聞いたことがない。
前例のあるなしというよりも、この大型の魔獣を伴っての旅が目立ちすぎるというのが一番の問題だ。
この先にある中規模の地方都市、バーニンガウで宿をとるつもりでいるのだが、馬車を馬ごと預ける施設はあるが、魔獣を預けられる施設は聞いたことがない。
だからといって宿に魔獣と共に泊まるなどは論外なのだ。
(大丈夫だよ、ご主人様)
その思念波にディッセンドルフは驚いた。
「お前、人の言葉が分かるのか?」
(だから、あのじじい…おじいちゃんに掴まったんだ)
「まあ、変な使われ方をしていたから口が悪くなるのは仕方ないとして、俺がご主人?」
(そう。僕をあのじじ…おじいちゃんから解放してくれたし…、何よりディッセンドルフ様は誰よりもお強いもの。僕のご主人様以外に考えられないから。迷惑はかけませんので、お供させて欲しい。)
「う~ん。」
ディッセンドルフが舞虎と会話をして悩んでいると、アンドリューがディッセンドルフの傍らに寄ってきた。
「旦那さま、この魔獣は意思の疎通が可能なんですか?」
「ん?ああ、そのようだ。俺に直接話しかけてきた。」
「私には何も聞こえません。」
「そうなのか?」
ディッセンドルフが舞虎に視線を向けた。
(僕はご主人様としか話さない)
「他の者の言ってることは理解できるんだな?」
(できる)
「そう来たか。だが、前のご主人とも話はしていたのか?」
(あいつはご主人様ではない。ただの術師。奴の魔導に絡み取られてしまっただけ。僕にとってはディッセンドルフ様だけがご主人様)
「どうやら俺以外と話す気はないそうだ。」
「まあ、そうなんですか。ですが、流石は旦那様ですね。こんな強力な魔獣すら、配下にしてしまうなんて。」
周りの4人はディッセンドルフとアンドリューの会話から大まかなことは解って、そこで甘える舞虎に視線を移した。
一様に困惑した顔である。
アンドリューほどには感心はしていないようだ。
というか、かなり迷惑そうな顔であった。
(僕は結構使えると思うよ。奴らの裏で何が進行してて、ご主人様がどんな手を使っていたかも、分かっている)
「そうか、そこまでわかってるのか。俺に逆らったらどうなるかは分かったうえで、そう言っているんだな?」
(ごめんなさい、言いすぎでした)
舞虎の脳裏に切り刻まれた大爪熊の姿が焼き付いている。
ディッセンドルフはイルアスという老人に指揮された少年兵たちは単なる囮であることを知っていた。
「聖女」が襲われれば何人かは我々の手で殺していたはずだった。
もし殺された者たちが年端も行かない子供であったら?
「聖女」は激怒するはず、と奴らは見ているのだろう。
その場で護衛であると思われているディッセンドルフと「聖女」達が決裂すればよし。
しなかったとしてもしこりは残る筈である。
次に寄るであろう都市、バーニンガウか、港町サウス・ガウスで仕掛けてくるはずだ。
その時にそのしこりは楔となり、分断も容易にすることだろう。
そこで「聖女」を誘拐する。
そういった計画である筈だった。
ソルトシュガー森林での少年兵がいたところは、比較的魔獣が少ない地帯であったが、さらにその奥の魔獣たちが多数存在する地点に、20名以上の騎士や魔導士がいたことをディッセンドルフは知っていた。
セノビックも当然分かっていたことだが、あらかじめディッセンドルフが口止めをしていたのだ。
計画を立て、それに賛同して準備をした者たちは「神の言葉」教ジョバンニュ支部の反体制派の連中である。
そして、「聖女」の熱狂的な崇拝者で構成されていた。
その者たちが、「聖女」がこの国からいなくなるという事実に、耐えられなかった。
その想いが利用された。
彼らは「聖女」が体制派からロメン法国に売られたと、本気で考えている。
正確にはそう考えるように誘導された者たちであった。
誰に?計画を立てた首謀者に、である。
イルアスは当然その計画を知っていて少年兵を騙した。
自分は6頭もの魔獣に囲まれているから大丈夫と思った事なのだろう。
最大の魔獣、舞虎に独り言のようにこの計画を喋っていたに違いない。
そして、聡明なこの魔獣、舞虎は裏で操る人物までをも予想していたようだ。
「仕方がないな。お前さんには光学迷彩の魔法をかけて、馬車に寝てもらう事にする。いいな。」
ディッセンドルフはそう言って舞虎を睨んだ。
その視線の圧は恐怖であった。
舞虎は皆が解るくらいに震えながら頷いていた。
「となると、舞虎と呼ぶのもおかしな話だな。名前を付けるか。」
その言葉に舞虎が、さっきまでガタブルであったのに、急に喜んでさらにディッセンドルフにすり寄り、甘えてきた。
「現金なものだな、この魔獣は。」
ニシムロが皮肉の籠った口調で言った。
「ジョーカーがいいかと、ディッセンドルフ様。」
ディッセンドルフの執事を自任するセノビックが静かにそう言った。
あまり我を出さない人物には珍しい。
「ふむ。ジョーカーは悪い意味でも使われるが、切り札という意味もあったな。よし、お前は今からジョーカーだ。」
その声に、舞虎のジョーカーは喜びの咆哮をあげた。
一行がバーニンガウに到着したのは、陽が沈みかけの頃であった。
本来の行程であれば、もっと日の高いうちにつき、ゆっくりするはずだったのだが、ソルトシュガー大森林での一件があり、かなり遅くなってしまったのだ。
ジョーカーは馬車上の荷台に光学迷彩を施されてゆっくりと寝ていた。
この事実は、「聖女」の護衛騎士でもある御者二人にも秘匿された。
魔獣を隠しているという事実を知るものは、少ないに越したことはないためである。
光学迷彩で道行く人々には見えないのだから、併走させるべきだとオオジコバが主張したのだが、見えないからといって通行者に激突してはたまったものではない。
人の体重の優に3倍はあるのだ。
その質量がかなりのスピードでぶつかれば、どんな悲惨なことが起こるか、想像すらできない。
預かり屋に馬車と馬を預ける。
その時に馬車の中に光学迷彩をしたジョーカーを伏せさせた。
既に来る道すがら、他の魔獣を襲い食らったので食事は大丈夫であることをディッセンドルフは聞いていた。
必要がある場合は、ディッセンドルフに直接思念を送ることは取り決められている。
この預かり屋は宿屋も営んでおり、そのまま部屋を取った。
一応、ディッセンドルフとアンドリューは新婚であることを考慮して一部屋となったのだが、侍女であるマテリアも同室を希望した。
いわく、自分は「聖女」の侍女であり、「聖女」の身の回り全てに責任がある。
従っていつでもお傍にいる必要がある、という事だった。
これにはさすがにアンドリューも異を唱えたが、マテリアは頑として聞かず、アンドリューは根負けしたのである。
「ご夫婦の営み時には、私はいないものと思ってください。」
そう言い切ったマテリアであった。
ディッセンドルフとアンドリューはただ笑うしかなかった。
食事も終わり、皆寝静まった頃合い。
一つの影が宿屋から馬車の置かれている預かり屋に移動する。
そして馬車の扉を開けて中に入った。
既にそこには二つの人影があった。
後、光学迷彩された魔獣。
「遅くなってすまない。」
ディッセンドルフが、先にいたニシムロとセノビックに謝る。
「しょうがないさ、新婚なんだからな。で、侍女はずっと見てたのかい。」
「まあ、そんなところだ。」
ディッセンドルフはニシムロの揶揄いにそう答えた。
アンドリューはそういう生活に慣れているのだろうか。
そこに好奇の目があるにもかかわらず求めてきたのだ。
ディッセンドルフは何故、こんな仕打ちを受けるのかはわからないまま、若さを爆発させてしまった。
「で、真面目な話をしよう。」
ディッセンドルフは変な空気になったのを打ち消すべくそう言いだした。
「アンドリュー様はいざ知らず、オオジコバ様には話さなくてよろしいのですか?」
「オオジコバは裏表の使い分けが出来ん。この話を知れば、何を言いだすか見当がつかん。特に今回の件、アンドリューのためとはいえ、教会の反体制派を炙り出すためにこちらから仕掛けているんだ。オオジコバは知らん方がいい。」
「確かにそうだな。奴さん、非常に素直で正義感が強い奴だ。腹芸など混乱させるだけだ。」
「ニシムロの言う通りだ。で、セノビック殿。どうだ?」
「この街には森林にいた23名中14人が潜伏しています。他はこの街の出入り口の監視に入ってると見ていいと思います。」
セノビックの「正義の目」が常時彼らの動向を探っている。
かなりの年齢の者にこんな無茶をさせていいのかは、ディッセンドルフ自身も疑問に思っていたが、本人の強い意志でお願いすることになった。
「大将の大事な人を寝かせたまま離れてよかったのか?その好奇心満々の侍女は信頼できるのか?」
「護衛としての腕前はかなり高い。何か起こっても我々が到着するまでは守ってくれると期待している。」
「いや、ガードマンとしてではなく、裏切りの方だ。」
「俺がアンドリューとことをしてる時に目を爛々と輝かせていた。その状況で心を読んだ。あれだけ好奇心を膨らませておいて、自分の心のガードが出来るとしたら、俺がそばにいても、気付かないうちにさらわれてしまうと思う。」
「つまり、そういう意味では邪心はないと。夫婦の営みにはめいいっぱいの邪心だらけだったとしても。」
もういい加減、人の下半身事情をネタにするのは止めろ、とディッセンドルフはニシムロに対して胸の内で発していた。
それに呼応するかのように、ニシムロは下品な顔をディッセンドルフに向けてきていた。
「やはり今夜が、動くのに最適と思います。ただ、騒ぎを大きくする気があるのかどうか…。」
「できれば、一網打尽にしたいところなんだが。」
ディッセンドルフは後顧の憂いを断っておきたいと考えていた。
「とすれば、もう一方の勢力と連携を取って、サウス・ガウスが最適なはずだ。」
(そうとも言えないよ)
ディッセンドルフの頭に思念波が流れ込んできた。ジョーカーである。
「どういうことだ、ジョーカー。」
(あのじじ、いや、おじいちゃんが、この国のことはこの国だけで行うべき、といってたから)
「本当か、ジョーカー。」
(間違いないよ。捕まる前の行動をするとき、子供たちに言っていた)
「ディッセンドルフ様、奴らが動きました。」
セノビックの警告とほぼ同時に、アンドリューの心の叫びが、ディッセンドルフの脳に響いた。




