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「神の子」  作者: 新竹芳
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第73話 襲撃 Ⅰ

「従いなさい。」


 アンドリューが静かにそう言った。

 その言葉に侍女のマテリアは頷き、襲ってきた男が取り付いた側とは、反対の窓から御者に停止を伝える。


 その声を聴いた瞬間、御者の顔が歪んだがすぐに手綱を引き、馬車を停止した。


 馬車に飛び移った男はそのまま馬車の上の荷台に上がり、御者の後ろから持っていた短めの剣を抜き、向ける。


「降りろ!」


 短い命令に、悔しそうにしながらも、御者台から降りる。


 あとから来た馬に乗る二人、先の男と同じクローブを纏った男達が馬を降りた。


「お前らもこの馬車から降りろ。」


 馬車の中のディッセンドルフ達に命じた。

 アンドリューがディッセンドルフを見た。

 ディッセンドルフをはかすかに頷く。


 ディッセンドルフが馬車の扉を開けて降りた。


「手は頭の上だ。」


 魔法が使えるものにとってはあまり意味がないと思いながら、ディッセンドルフはローブ姿の男たちの命じるままに手を頭の上に乗せた。

 ディッセンドルフにとっては魔導の力はイメージするだけで発動できるモノのためそう考えていたが、大抵の魔導士の使う力には詠唱、手印、魔法陣などの補助を必要としているため、手を使えなくすることは一定の効果がある。


 襲撃者たちの行いは一般的なものであることから、彼らが「神の子」及び「聖女」の一向とは知りえないことがセノビックには想像できた。

 その事実を騎士魔導士学校騒乱で思念ネットワークを形成している侍女・御者を除く5人は共有する。


 セノビックの見解に驚くディッセンドルフを気にせずニシムロとアンドリューが支持した。


「この方を「聖女」と知っての狼藉か‼」


 侍女のマテリアが男たちに向かい言葉を発した。


「ほう、威勢のいい嬢ちゃんがいるな。」


 荷台から飛び降りてきた男が自分の持ち剣の柄で、マテリアの胸を押す。

 その圧迫に顔を歪めた。

 その表情に男は満面の笑みを浮かべ、さらにその胸をいたぶる。


 パンッ!


 乾いた打撃音が響いた。いたぶられることに我慢できなかったマテリアが思わずその男の顔をはたいたのだ。

 一瞬後、今度はもっと低い打撃音が森に響く。


 叩かれた男が裏拳でマテリアの右頬を殴った音だった。


 マテリアの身体がその衝撃で地に倒れた。

 結っていた髪が解け、見事な銀髪のロングヘアーが倒れたマテリアの落ち着いた黒い侍女用のロングのワンピースに広がった。


「マテリア‼」


 思わずアンドリューが倒れたマテリアを抱き起す。

 その純白の服にマテリアの口元の殴られて切った血が付いた。


「も、申し上げありません……。」

「女性に手をあげるなんて、この外道!」


 アンドリューが男に向かい言葉を放つ。


「先に手を出したのはその女だぜ。」


 男が下卑た顔でアンドリューとマテリアを見下ろしていた。


 だが、その後ろの二人の男の顔が引き攣っているのが見えた。

 そして、小声の会話がディッセンドルフの耳に届いた。


「なんでだ?ただの商人の娘の馬車じゃなかったのか?あれは……。」

「そ、そうだ。確かに「聖女」だ。さっきの宿場での噂は間違いない。やばいぞ、これ。」

「くそが。バラランカは女をいたぶるのが好きだとは言え…、何故気付かん!」


 状況とこの会話を共有する。


(こいつら、捨て駒か)

(何も知らずに金で雇われたごろつき、いや、傭兵崩れだな。どうしますか、先輩)

(森の潜伏者6名が接近中です。ただ、これは……。魔獣使いがいますね、ディッセンドルフ様)

(魔獣使い?という事は魔獣を先に放つ気か?)


 ディッセンドルフの問いにしばしの間があったのち、セノビックの思念が伝わる。


(牙狼が3、大爪熊が2、舞虎が1。攻撃態勢に入りました)

(アンドリュー、マテリアにゴーサイン)


 ディッセンドルフの指示に頷くアンドリュー。


「ヒトの形をとった畜生にはお仕置きが必要ですね。」


 アンドリューはマテリアを抱き起しながら、こちらを見下ろす男に言い放った。


「ああ、何様だ、おめぇは。」

「やめろ、バラランカ。そいつは…。」


 だが後ろの男の一人が言い終わる前に、既にマテリアが動いた。

 くるぶしまであるスカートの裾に手を伸ばし、脛に巻きつけられたナイフホルダーから投擲用短剣を3本抜き、上半身を起こす勢いのまま地を蹴り、男の足元に接近。

 抜いた短剣を男の両方のふくらはぎに刺した。

 と同時に、動くには不向きな侍女服を速やかに脱ぎ去り、身体にフィットした黒い武装服に変わった。


 対魔導繊維が織り込まれた鎖帷子を上半身に纏い、脛と太腿、上腕部にナイフホルダーを装備し、そこの投擲用のナイフが仕込まれている。

 さらに背中にかなり細くしつらえた剣が鞘に納められている。


 ふくらはぎに剣を突き立てられた男は、何が起こったかもわからず、痛みに絶叫した。

 膝から崩れ落ちアンドリューの前に屈するような形になった。

 そのまま両足を抱えるように痛みに動きが取れなくなった。


 アンドリューは立ち上がりその男を一瞥したのち、冷酷に倒れた男を見下ろすマテリアに近づく。

 腫れた右頬にそっと右手を当てる。

 僅かに光るとマテリアの元の美しい顔に戻った。

 痛みも当然のように消える。


 マテリアはすぐに跪き、首を垂れた。


「ありがとうございます、アンドリュー様。」

「忠義には感謝します。ですが、マテリア、自分の実も大切にしてね。」

「はい、アンドリュー様。」


 マテリアが跪くその後方に、二人の男がオオジコバにより武装解除させられていた。


 オオジコバはマテリアが地を蹴ったタイミングと同時に、後方の二人に向かった。

 二人が「聖女」に気付き戸惑ってる隙に、一人の男の鳩尾に拳をぶち込み、すぐに隣の男の背後から剣を首筋に当てていた。

 鳩尾の拳を叩き込まれた男は、そのまま倒れ胃の中のものを吐き出すと同時に気を失っていた。


 二人ともローブの下に革製とはいえ防具を身につけていた。

 しかし、オオジコバの拳の衝撃波は軽々とその防具を貫通して、男の内臓にダメージを与えていたのだ。


「誰に頼まれた?」


 オオジコバが剣を突きつけている男に聞く。

 既に男の両手首がオオジコバの片手により握り潰される寸前になっていた。


「わ、わかんねよ!さっきの宿屋で金で頼まれたんだ。大きな馬車1台で護衛のない悪徳商人の娘を誘拐しろって。そこにいる女は殺さなければ何してもいいって言われてさ。」

「ほお、「聖女」様を犯すつもりだったのか、てめえらは!」

「「聖女」なんて知らなかったんだよ。レオパルドとこの国で戦争するって言うから、儲けられるって思ったのによお。全然金が手に入んねから、女だって抱いてねえんだ。仕方ないだろう。助けてくれよ。こんなの、話が違うだろう!」


 恥も外聞もなく、聞いてもいないことまで話した男は、さらに力のこもったオオジコバの手とすでに皮膚を切り始めていた件に恐怖していた。


「オオジコバ!無駄な殺生は許しません!」


 アンドリューの声が届くのがもう少し遅ければ、男は首を切断されていたかもしれない。

 「聖女」を汚そうとしたことに激怒していたオオジコバも、その声には逆らえなかった。


 既に恐怖で体から力が抜けた男を蹴り飛ばして、地面に転がした。


 アンドリューが小声で詠唱をかけると、3人の傭兵崩れは見えないもので拘束された。

 聖縄と呼ばれるかけた術者以外が解くことの難しい拘束をかけた。


「どうやら「聖女」が目的か?」


 ディッセンドルフの呟きに、アンドリューが「そのようです」と答えた。


 その時、御者の一人が口を開いた。


「森から魔獣が来ます!」


 セノビックの情報通り6体の魔獣が森から姿を現した。


「ここは我々が相手をします。」

「お願いします、マルス、ウラヌス。」


 アンドリューがそう声を掛けた。


 二人がその言葉に頷く。


 御者姿から騎士へとその姿を変えて、剣を抜きつつ魔獣に対して魔導をかけているのがセノビックにもわかった。


(魔獣の後から術師が来ます。おそらく魔獣を操れる距離は30~50m程度です)

(ふっ、短いな。他は?)

(その後から5人。他には見えません)


 傭兵崩れにこれ以上聞いても答えてはくれないだろう。

 さて、森のモノたちの正体は、この状況からだと「神の言葉」教のジョバンニュ支部の騎士といったところか?

 「聖女」殺害まで考えているかどうかは不明だ。

 頭を掴まえて話を聞くのが早いな。


「マテリア卿、「聖女」の護衛お願いします!」

「私は「聖女」様の侍女です。卿つけせずに、呼びつけてくださいまし。」


 そのマテリアの言葉に苦笑で返した。


「セノビック殿は引き続き監視を‼アンドリューはセノビック、馬車の防護をお願いする。」

「イエス・マイロード‼」

「オオジコバは魔獣使いを始末しろ‼ニシムロ卿‼」

「あいよ!後ろの5人の無力化。特にトップと思えるものは生かして連れてくればいいんだな?」

「頼んだ!」


 ディッセンドルフの指示を受け、オオジコバとニシムロがすぐにその姿を消した。


 それと入れ違うように、恐ろしく大きな牙を備えた狼が3頭、森から宙を舞ってこの馬車を狙ってきた。

 「聖女」の騎士が速やかに行動に移す。

 空中でその3頭と対峙し、剣を抜いた。

 その刹那、その空間は震えた。


 牙狼の魔導、空間振動波が馬車に向かい放たれた。

 1頭でも十分人の身体を硬直させることのできる魔術、それが3頭分。

 しかし、「聖女」の張る防御障壁はその振動波を弾く。

 そのまま何も起こらなかったように自分たちに近づく剣を持った人間に、牙狼は驚き、第二波を打つことが出来なかった。

 その数秒の間に2頭の首が騎士により切断された。

 さらに真ん中にいた牙狼はその身体を縦に切断された。


 空中戦を行った騎士たちは、着地した瞬間に思わず振り返り、馬車の前に凛として立つディッセンドルフを驚きの眼差しで見た。


「これが「神の子」の力…。」

 ディッセンドルフは全く動かずに、そのイメージだけで牙狼を始末した。

 空間断裂。

 手印も詠唱も用いず、思考しただけで操る魔導。


 レベッカ海峡事件、騎士魔導士学校騒乱を難なく鎮めた魔導士。


「確かに、君が一人いれば、我々の出番はないか……。」


 騎士の呟きに、ディッセンドルフは軽く口元をほころばせた。

 が、すぐにその顔が無表情に変わる。


 無表情、いや、真剣な眼差し。


 そのことに気付いた二人の騎士はすぐ後ろで切り刻まれた2体の魔獣だったモノ―大爪熊の死体があった。

 その状態が、大爪熊が起こす魔導である風爪、爪から発する無数の刃が術をかけたものに襲い掛かったことであることを物語っていた。


「ぐるるるる~~~。」


 獣の鳴き声が聞こえた。


 騎士たちはもう一頭の魔獣、舞虎を探す。

 自分の身体を浮遊しあり得ない空中行動をする大型の魔獣は、その動き故、倒すことが難しい。

 その魔獣が発すると思われる鳴き声は馬車の近くから聞こえた。


 あまりの事態に騎士たちは困惑した。

 大爪熊に気を取られている隙に「聖女」に魔獣が迫ったことを意味してると、瞬時に思い、すぐに駆除のために剣を構え「聖女」を見た。


 が、そこには「聖女」を守るために臨戦態勢の侍女、マテリアの姿と、うっすらと光る結界に護られた「聖女」とセノビックがあり得ないものを見る目で横を見ていた。


 人よりも大きい体をした四足の魔獣、舞虎はディッセンドルフの横に座り、懸命にディッセンドルフの足にその頭を擦り付けて、甘えた鳴き声を発していた。


「こ、これは…。」


 騎士は絶句した。

 大型の魔獣が、それも魔獣使いによって操られている筈の舞虎が、何故、ディッセンドルフに甘えているんだ?


「ディッセンドルフ様が強大過ぎるんでしょう。でなければ、こんなことがあるわけがないんです。その強さが圧倒的すぎて、術も無効になり、自らの命を守るために強者の懐に潜り込んだんだと思います。」


 臨戦態勢のままマテリアが自分の推測を騎士たちに話した。


 森の中から緑を主体とした迷彩色のローブを纏った老人が、おぼつかない足取りでこちらに向かってくるのを騎士たちは捉えた。

 すぐに距離を置いて二人の騎士が回り込む形をとり、剣を向けた。

 老人が魔導士であることは一目瞭然だったため、迂闊に接近することを割けた結果である。


 その風貌から、この老人が魔獣使いであろうことは想像できた。

 だが、明らかに戦意がなかった。

 その後ろから剣を突きつけたオオジコバが出てくる。


「先輩!あなたは強すぎますよ。大爪熊瞬殺したために、その舞虎が怖気づいたところを、こいつから魔獣の主導権を奪い取ったでしょう?俺、やることなくなっちゃったんですけど。」


 崩れ落ちるその老人の首元のロープを掴み、倒れることを許さないかのような態度でオオジコバが言った。


「そいつはもう戦えない。ニシムロ卿の支援に回ってくれ、オオジコバ。」

「了解。」


 オオジコバはディッセンドルフの言葉に嬉々として空を飛び、セノビックの示す戦場に向かった。


 ディッセンドルフは老人のローブの下に見える紋章から敵の所属先を掴んでいた。


 さて、今後の計画をどうするか、舞虎の頭を撫でながら、考え始めた。


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