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「神の子」  作者: 新竹芳
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第70話 旅立ち

 目を覚ました時に視界に入ってきたのは、ニシムロの傷の目立つ顔だった。


「やはり歯が立たなかったか。」


 誰に聞かせるものでもない、ただの独り言だった。


「そうでもないぞ、オオジコバ。大将の頬にかすかだが傷を作った。本気の奴さんにそんなことが出来ただけで、お前さんの強さは証明されたようなもんだろう。」


 ニシムロがベッドに寝ているオオジコバに向かい、そう告げた。


 気休めにもならない。

 ディッセンドルフに自分は使える男だとアピールせねば、ディッセンドルフが向かおうとしている場所に、共に向かうことなど出来ないのだ。


 オオジコバが、ディッセンドルフが何処に向かうかという事は知りようもない。

 それでも、この学校でのすべてのことを処理している姿には悲壮感さえ漂っている。


 きっと、死地に赴く気だ。

 そんなディッセンドルフの足手まといにはなりたくない。

 ディッセンドルフを助けられる力を持たねば、一緒に行くことなどありえないのだから。


「いや、お前さんは充分に戦ったよ。空間転移が出来なかったはずなのに、ほぼ独学で自分のモノにした。分身にしてもそうだ。大将も満足していたよ。だが、本当に対象について行きたいと思っているなら、自分から行動しろ。声がかかるのを待っているような奴には、ディッセンドルフは必要ないとみなす。というよりも、幸せとは反対の境地にいるからな、大将は。お前さんをその場に引きずり込むのは、躊躇しているはずだ。」

「ニシムロ殿。あなたはついて行く気なんだろう?」

「当然だ。そのために大将のもとにいる。すでに騎士団とは契約を解除している。」


 ニシムロの迷いのない言葉が羨ましく感じていた。

 いや、だが、オオジコバは思う。

 自分の幸せなど、「神の言葉」が降りてきたときに、なくなっていたんだ。


「私の今の幸せは、きっと、ディッセンドルフ先輩と共に戦うことだと、信じております。」


 そう言って、自分が臥せっていたベッドを降りた。


「先輩は今どこに?」

「おそらく校長室だろう。プレミネンス校長に退学届を提出しているんじゃないかな。」

「でも、一応この学校で学んだ分の国家に対する職務に就くことが規則としてあるはず…。」


 オオジコバの言う制度は、この学校を卒業した者に課せられる職務についての規定である。

 これはその在学年を基準に設定されているため、卒業した者は騎士団や魔法師団、または公務員として6年間以上を従事する規定である。

 退学者にもその規定は適用され、国家に奉仕しなければならい。

 例外事項として、その就学年分の学費の納入、またか国家に対する功績により、免除される。

 当然、ディッセンドルフの功績は、十分すぎる程で、お釣りがかなりの高額になる公算だ。


 ニシムロには全く関係ないが、仮にサーマルが今の状態でなければ、ディッセンドルフに付き従うことは明白だった。

 その点、[サーマル/サーシャネル]という状態になり、容易くディッセンドルフと共に同じ道を行くことは諦めたのである。

 サーマルにしても、オオジコバにしても、今回のことに起因して学校を辞めても、公職に就く必要はなく、金銭を払う必要のない立場ではあった。


 だが、学校側、しいては国家として、ディッセンドルフを失うことは非常に大きな損失となる。

 学校側の代表、プレミネンス校長としては思いとどまって欲しいところだろう。


 それが無理だと承知の上で。


「では、校長室の前で待ちましょうか。ニシムロ殿。」

「決心がついたのか、オオジコバ。」

「ええ、つきました。フォルテ姉さんとゴルネイエフ家の者たちにも挨拶をしないわけにはいきませんから。」


 いい顔つきになった。ニシムロはそう思った。







 校長との会話はそれほど長くはかからなかった。


 プレミネンス校長が、ディッセンドルフをよくわかっており、自らが決めた道を進むこの若者に、自分の声など届かないことも知っていたのだ。


「ディッセンドルフ学生。確かにこの自主退学書は受理された。この学校の敷地を出た瞬間から、君の身分から騎士魔導士學校の学生という肩書はなくなる。もっとも、今の君には全く不要な物だろう。当然中途退学時に君が負うべきペナルティは、全くない。それどころか、様々な名誉ある勲章が君には与えられるべきなんだが…、君自身が辞退してしまっているからな。」

「そのことについては、申し訳ないとは思っています。ただ、その私がやったことは「神の子」という【言霊】故のもの。自慢できるものではありません。それよりも、今後の学生会議役員メンバーのことと、先ほど頼んだことを、よろしくお願いします。」


 ディッセンドルフが頭を下げた。

 その姿に微笑みを向けながらバスター・プレミネンスは軽く頷いた。

 それを確かめると、敬礼をして校長室を出て行った。

 アナザミリー・ウエスト教官が出ていくディッセンドルフの後ろ姿に、なにも言えず、ただ視線を動かせずにいた。


 校長室の扉が閉まると、疲れたように自分の椅子にプレミネンスはその身体を、半ば投げ出すように座り込んだ。その机の前にアナザミリーが立つ。


「よろしかったのですか、校長。彼を行かせてしまって…。」

「ディッセンドルフを止められるものなど、どこにもいないよ。下手すればこの国の二つの島が地図から消えてもおかしくない。」

「確かに、彼の「神の子」としての力は…。ですが、彼は破滅に突き進んでいるようで…。」

「彼の入学時の噂。「触れ得ざる者」。だが、彼は自分でも認めないかもしれないが、強大な力を持った者の奢りは全く感じない。それどころか優しさが彼の心の奥底に溢れている。それでも、彼は…。」

「ええ、そうですね、校長。」

「願わくば、無事に帰ってきて欲しい。彼の力を考えれば、そんなことを考えること自体、バカげているんだが。」

「それでも、先ほどの彼の表情に、死地に向かう兵士の影を見てしまいました。」

「ああ、私も、その意見に同感だ。」


 二人はディッセンドルフが出て行って閉められた扉を、ただ見つめていた。







「さて、あとは侯爵家に帰ってからか。」


 騎士魔導士学校の正門前にセノビックが馬車の前で待っていた。


 ディッセンドルフだけであれば、空間転移によってすぐにでもルードヴィヒ家に変えることは出来た。

 しかし、今回の話を義父に通すには正式な形をとるべきであることを、ディッセンドルフは了解していた。

 そのためにセノビックに連絡し、ルードヴィッヒ侯爵家の馬車を迎いに来させたのである。


 セノビックが慇懃に礼をディッセンドルフにした。


 そして、馬車の前から体をずらす。

 と、その後ろから大男が姿を現した。


 オオジコバである。


「どうした、オオジコバ。体は大丈夫か?」

「ええ、お陰様で。先輩とニシムロ殿に処置をしていただきましたので、完璧に回復しています。」


 そう言ってセノビックよりも前に出て、ディッセンドルフと相対した。


「そうか、それはよかった。俺は一度、義父の所に戻らねばならん。後のことは頼んだぞ。」


 そう言ってオオジコバの横を通り抜けようとした。


 すると、ディッセンドルフの方をオオジコバがつかんだ。


「待ってください、先輩。」


 オオジコバが肩を掴んだままでディッセンドルフの顔に視線を向けた。


「もう、この学校には戻ってこないんですよね、ディッセンドルフ先輩。」


 ディッセンドルフはオオジコバの手を払い、もう一度オオジコバの顔を見る。


「何が言いたい、オオジコバ。」


 すると、そのまま地面に突っ伏すように頭を下げた。


「俺を、連れて行ってください。足手まといになるかもしれませんが、お願いします。」


 まさか、オオジコバがこんな行動をするとは思わなかったディッセンドルフは、一歩引いて土下座するオオジコバを見下ろしたまま動けなかった。


「ディッセンドルフ様、このままでは何ですので、馬車の方に入っていただいては?」

「あ、ああ、そうだな、セノビック殿。オオジコバ。そんなことせずにこの中に乗れ!話は中で聞く!」


 俺の言葉にオオジコバが顔を上げ、言われるままに馬車に入った。


「ジュナログ、出してくれ。」


 俺とセノビック、オオジコバが馬車に入り、御者のジュナログに命じた。


「何故、俺が騎士魔導士学校に戻らないと思うんだ?」

「プロミネンス教官、あ、いや、校長から、先ほど…。」

「校長にも困ったものだな。そう、ぺらぺらと…。」

「学生会議の役員としては、それを知る必要性があります。まだサーシャが会長になるまでは日があります。」

「そうだったな。」


 だからこそ、このタイミングで身を眩まそうとしたのだ。

 でなければ、会長職を正式に辞めた後では、このオオジコバのように付いてきてしまう奴が出てくると思ったからだ。


「オオジコバ、お前の未来がなくなるぞ、俺についてくるという事は。」

「百も承知しています。私は、「神殺し」の【言霊】を持ってから、この学校に入るまでは、針の筵の上でもがいているようなものでした。でも、先輩に完全に負けてから、心は平静になった。この3年、かなりの大事もありましたが、ディッセンドルフ先輩といる事こそが、俺の居場所であると、そう思っております。だから、先輩!先輩と共にどこまでも、地獄までもお供します。」

「お前は、俺の嫁にでもなる気か?」

「先輩に、その、あっと、その気があるのなら…。」

「ないわ、ボケ‼」


 セノビックが二人のやり取りに吹き出した。


「ディッセンドルフ様。オオジコバ様は本気ですよ。男が漢に惚れる。そういうもんでしょう。わたくしも、ディッセンドルフ様についていく所存ですから。」

「お前らなあ…。は~、分かった。だが、俺が行くところは、地獄すら極楽に思える場所だ。それを重々わかっていてくれ。」


 二人は大きく頷いた。


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