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「神の子」  作者: 新竹芳
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第64話 ディグ卿の強い意志

「奴は闘いの中で不協和な力の源を調べたようだ。本来、メビウス卿が持つはずのない力。それが「神の子」の力だと気づくにはそれほど時間がかからなかったようだ。そして、この「神の子」そのものを乗っ取る計画を立て、その準備に入った。そのためにナターシャを自らが「神の子」に近づくための手段とした。」


「騎士魔導士学校に入学、ってことか。」


「年齢的にもぎりぎり間に合う。サーマルの言う通り騎士魔導士学校に入学すれば、機会はいくらでもあるという事だ。奴にとって思った以上にいいように進んだ、と思ったことだろう。」


「だろうな。ディッセンドルフは学生会議の会長になってるんだ。1年も待たずに、入学式をターゲットにすればいい。」


 サーマルの言葉にディッセンドルフが頷く。

 他のものも、実際にその場にいたのだからわかりやすい。


「奴はそれ以外でもいろいろ動いていた。それがレオパルド連邦内の若者たちの扇動だろう。しかもレベッカ海峡事件では俺が出て行って、さらなる力を見せつけてしまった。ラスプーチンの喜ぶ顔が目に浮かぶ。」


 レベッカ海峡事件はレオパルド連邦にとっては致命的な事件であり、今もってその被害は拡大してる。

 あの近辺の港は今でも立ち入り禁止だ。

 謎の病気で死んでいく人が多いと言われている。


「話を戻そう。あの惨劇の時、唯一の生き残り、ナターシャはラスプーチンにとって、非常に魅力ある駒だった。だが自分がナターシャの心を支配すれば、俺に確実に見つかる。そこでまだ息のあったディグ卿を利用した。」


 ナターシャはディッセンドルフの語る言葉に胸を締め付けられる思いであった。


 すべてはラスプーチンとやらの悪意にのせられたことだ。

 実際には、ナターシャはディッセンドルフとの決闘以外、具体的な悪事は働いてはいない。

 だが、自分がやったことは、その悪辣なものの言葉に乗ってしまい、多くの人の命を奪う結果になっているのだ。


 震えているナターシャに気付いたサーシャネルがそっと握りしめたナターシャの手に自分の手を重ねた。

 その温かさにサーシャネルの顔を見た。

 静かな温もりを持つ笑顔がナターシャの心を包んだ。


 その様子を見ていたディッセンドルフは、視線を外し話を再開した。


「ディグ卿を乗っ取ったラスプーチンはそうこのナターシャを救い出した。抱き上げたままカムチャイル町に向かった。その時にディグ卿は自らのことを語ったと思うがその半分はでたらめだ。後はディグ卿の記憶を引っ張り出し、ナターシャを安心させる言葉を羅列していった。そうだな、ナターシャ。」


 ナターシャはサーシャネルを見た。

 優しく頷くその顔に勇気を貰った気がした。


 たとえ騙されてやってしまったことでも、そのことに正面から向き合い、立ち向かう。


 そんな言葉がナターシャには聞こえたような気がした。


 サーシャネルは、ナターシャの自分に向ける力強い瞳が、その言葉を受け止めている事を嬉しく思った。


「彼の語った何が嘘で、何が本当のことかはわかりません。それでも、あの倉庫の扉が開いた時の絶望は、今も私の胸の奥に確実にあります。」


 開かれた扉の前に立っていた甲冑姿のディグ卿。

 その立ち姿にゆるぎない頼もしさを感じた。

 しかし、その騎士の後に見える光景。

 交易センターの中で寄り添うようにして倒れている二人。

 血の海の中にメビウス叔父さんとバネッサお姉さんが倒れている姿を見た時の衝撃。

 後は訳の分からない巨大な肉の塊とバラバラになった死体。

 鉄臭い血の匂いに、腰から下に力が入らなかった。


 甲冑姿の騎士は、そんなナターシャを抱き上げ、移動を開始した。

 そこで語られた中でも、「神の子」ディッセンドルフへの憎しみを吹き込まれた。

 ナターシャの弱い心はその憎しみと復讐にすがった。

 でなければ、自分で立ち上がることなど出来なかったのだ。


 それが間違いであることは今ならわかる。

 それでもその時の、それこそ生きがいだったのだ。


「幼いナターシャを連れた騎士、ラスプーチンに操られたディグ卿はハーマス交易所に辿り着く。そこで、「神の子」の実の両親が行っていた行い、主に悪事について語り、それに対して村人が蜂起し、パニック状態になったことを伝えた。そうだな、サーシャ。」


 ナターシャを抱きしめていたサーシャネルが、確認を求めるディッセンドルフに首肯する。


「私は直接は聞いていません。その時は地下牢で生活していましたから。」


「悪かった。そうだったな。その時は君の父がディグ卿に対応していたんだな。そして、ディグ卿は君の小さな助けを求める心を見つけた。」


「そうです。私はずっと、心の中で助けを求めていました。」


 そう自分の心を痛めながら、絞り出すようにサーシャネルが言葉を紡いだ。

 苦しさ、痛ましさは聞く者の心に闇を落とすかのように見えた。

 しかし、今はサーシャネルにはサーマルがしかっりとその傍らにいて、抱きしめるかのようにサーシャネルの心を包み込んでいく。


 この場にいる者は皆、魔導力の感知能力に秀でた物ばかりである。


 ディッセンドルフの言葉に崩れそうになるサーシャネルにはいつもサーマルがそばで守っていた。

 そのことを誰もが分かっている。


「皆まで言う必要はない。ただ、そのディグ卿の仮面をかぶった悪意の塊が、その時のサーシャネルにとって確かに救いとなった。それは十分承知している。」


 ディッセンドルフはサーシャネルの心情をそういう形で表現した。


「サーシャの実兄はディグ卿が与えたブレスレッド、そこに秘めたディグ卿の命そのものの魔導力、によって簡単に殺された。」


 その時のディッセンドルフは、あえてラスプーチンに関わる単語を排除した。

 そして[サーマル/サーシャネル]はそれに気づいた。


 サーシャの顔が驚きの表情で会長を見る。


「そう、そのケダモノたちを葬ったのはラスプーチンではない。まだ、かろうじて意識をとどめていたディグ卿の強固な意志だ。」


 自分は何を見ていたのだろう。

 ディッセンドルフの言葉が、ディグ卿の姿を鮮明に思い出させた。


 サーシャネルが二人を惨殺した時、甲冑の頭部を脱いで見せた青年の笑顔と言葉。


「強く生きろ!」


 自分はそれを信じた。

 その信じる心をラスプーチンに利用されたという事に、気付かされた。


「奴にとってはサーシャネルの実の父親も、二人の兄も、その強い残虐性を持つ欲望を利用できると考えていたんだよ。そんな奴が、あっさり二人を殺すはずはないんだ。どうやらその時のラスプーチンはえらく慌てたようだ。ほとんど死んでいるディグ卿の精神力が、己の支配下で勝手に体を操り、いい駒として使えそうなケダモノを殺してしまったんだから。」


「そんな、そんな事って……。」


 サーシャネルの中に浮かぶ穏やかな青年の笑顔が、サーマルにも見えた。

 その後にラスプーチンが入れ替わったとしても、幼いサーシャに解ろうはずもなかったのだ。

 サーマルは泣き始めた愛しい女性の心を優しく包む。


 今度は泣き始めた[サーマル/サーシャネル]をナターシャが抱いて、髪を撫でていた。


「それがディグ卿の限界だったのだろう。その後は完全にラスプーチンに乗っ取られた。サーシャネルを抱いて精を放ったのも、兄を殺し父の命を奪わなかった理由も、自分に都合のいいようにサーシャネルに話したはずだ。」


 サーシャネルは泣きながら頷いている。

 この涙が途切れるとき、サーシャネルはさらに強い女性に生まれ変わるであろうことを、ディッセンドルフは知っていた。


「奴はディグ卿のふりを続け、カーサライト家との橋渡しをサーシャネルの父親に頼んだ。すでに恐怖と欲望で完全にラスプーチンの操り人形と化していたハーマス商会代表はラスプーチンの手足となって動いた。また、カーサライト家の当主も、その騎士団団長も欲にまみれた外道だった。ラスプーチンは大喜びでカーサライト家をその手中に収めた。ただ、この家には難敵がいた。」


「「優剣翁」マンチェス・インデルマン卿。」


 ナターシャが、ディッセンドルフの言葉を受けて答える。


「このころには、ディグ卿の体の自由が利かなくなり始めていた。そこでラスプーチンはナターシャに言い聞かせた復讐心という闇の中に潜り込んだ。確かディグ卿がインデルマン卿のもとへの訪れた時だったはずだ。急に力を失って倒れ、そのまま息を引き取ったのは。」


 サーシャネルとナターシャが、まだ涙の痕が残る顔で、それでも力を込めて頷いた。


「ディグ卿は国家騎士団に所属する騎士でしたが、マルヌク村の事件の後は行方不明ということになっていました。正式に騎士団を退団するためには、首都ルジオンの国家騎士団本部に赴かねばなりませんでしたが、それはリスクが高すぎました。その頃にはハーマス交易所を通じて「マルヌク村の惨劇」ではただ一人の少女が生き残り、カーサライト家が養女として引き取ったことにはなっていましたが、そこには一切ディグ卿の名は出てきてはいません。もしディグ卿の存在を知られれば、当然事情聴取を受けねばなりませんが、ラスプーチンにとっては正体がばれる危険性が高く、とても本部に出頭はできませんでした。このためディグ卿のご遺体はカーサライト家が内密に処理をしています。もともと領内での妙齢の婦人の失踪が多い場所でしたが、全て変態領主によるものでしたので、その遺体の処理に関しては慣れたものでした。」


「サーシャネルさんの説明はよくわかりましたが、二人はそれで納得できたのですか?」


 フォルテが黙って聞いていたが、自分の愛する人を失う辛さを一番に感じている女性でもある。

 だからこそ、自分たちを助けてくれた人の遺体を、粗末にはされたくはないだろう。


「フォルテさんには隠しようがないですね。できれば、彼の信じる神の名の下、あちら側にお送りしたい気持ちはりました。ですが、臨終に際して、自分のことは誰にも話さぬように言われました。」


 サーシャネルの告白にナターシャが同意する。

 と同時に、サーシャネルは胸元の学校の制服の上着の裏に手を入れて小さなカプセルを取り出した。

 ナターシャはスカートから同じようなものを取り出す。


「このカプセルの中に、ディグ卿の骨の一部を入れてあります。カーサライト家の地下での火葬時に、火入れ番の目を盗み、採取して、二人で分けました。」


 二人とも愛おしそうに、そのカプセルを見つめている。


 その時、この学生会議役員室の扉をノックする音が聞こえた。


「開いていますので、どうぞ入ってください。」


 ディッセンドルフが、その扉の向こう側にいる人物に向けそう言った。


 その声に反応するように扉が開いた。

 そこには燃えるような赤い髪の毛をショートカットにした、国家騎士団の制服を着た女性がいた。


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