第63話 ラスプーチンの野望
「ジェイコブはある国での内戦に傭兵として参加していた。その時にその部隊はほぼ全滅の危機に即した。もともと魔導力はそれほどなかったんだ、このジェイコブというやつは。剣術はまともに使えたんだがな。この内戦、ランス帝国が開発していた強度のある金属を火薬というもので射出する鉄砲という兵器が使われていた。近接戦では剣が有利だったんだが、中距離くらいからこの鉄砲でジェイコブの部隊は狙われたってわけだ。」
ディッセンドルフの話はジェイコブの人間としての最期の時から始まった。
「その敵にラスプーチンに操られていた奴がいた。こいつはもう生物としては生きていなかったが、その周りの何人かもラスプーチンに支配されていた。次の宿主を探していたラスプーチンはまだ生きてはいたジェイコブの身体を奪った。結果的に3年もの月日を生き続けていたということから、ジェイコブの生命力は強かったということだろう。
この闘いは、ジェイコブを乗っ取ったラスプーチンによって、生き残りはジェイコブだけになった。その後その国からこのジョバンニ・クリミアン連合王国に帰ってきて、「神の子」誕生を知った。「神の子」、つまり私だが、結果的にはルードヴィヒ伯爵に買われていき、残った実の両親のもとに莫大な財産が残った。そのアンダストンに巧妙に取り入り、傭兵先で知り合ったメビウス卿を引きずり込んだ。」
「それで、ラスプーチンのこの村での目的は、何だったんだ。まさか、ただ、人を殺して喜んでいただけではあるまい。」
サーマルが事の核心にかかわる質問を発した。
「前にも言ったことがあるかもしれんが、基本的には自分が授かった【言霊】である「心の海」についての実証実験だ。」
「それはどういうことだ?」
「簡単に言えば、ラスプーチンは自分の【言霊】を見誤ったんだ。」
そう、多くの「神の言葉」が降ってきた人と同様、その力そのものを享受し、その意味を考えない。
セノビックの「正義の眼」が、信じる主君により変わったように、
「ラスプーチンは自分の「神の言葉」が人心操作だと見誤った。そして、その者の能力「神の言葉」を吸収できる能力だと思った。確かに人の心に関する能力ではあったんだが。」
【言霊】「心の海」は人が死ぬ際にその心を浄化し、天へと戻すという極めて重要な能力であった。
この時にその人の魂を精査し、そこについている様々なこと、人に対する負の感情が主ではあるが、それ以外にも、特別な能力も「心の海」に沈められる。
非常に聖職者らしい能力のはずだった。
逆に言えば、負の感情を具現化してしまった人物に対して、人心操作を行い強制的に浄化することもできる、両刃の剣でもあった。
その自分に都合のいい力のみを用いて、ラスプーチンの本体は精神寄生体となりはて、貪欲に生を、欲を渇望していたのだ。
だが、このことはディッセンドルフは語らなかった。
「だからこそ、その能力、「心の海」の人心操作の限界を知ろうとした。すでに、ウロボロスの印、蛇が自らの尾を咥え、飲み込むことによってつくられる円、これは永遠を象徴すると言われているのだが、ラスプーチンの術によりこの印がその身体に浮かび出ることが、絶対服従の証となっていった。」
(大丈夫だよ、サーシャ。君の身体のどこにもその印はない。僕が消したんだから)
サーマルがサーシャネルの悔恨に対して、優しい言葉をかけていることが、ディッセンドルフの心に染み込んでくる。
「この印はどうやら10人以上には出現しなかったようだ。つまり、信用できる人間は、9人以下。そこでラスプーチンは違う方法で人の心を操るすべを見つけようとした。それが「傀儡の術」というものだ。」
「先輩、それって、確か死人、というか死んだ動物を使役させる術ではなかったんですか?」
リエナンティがディッセンドルフの説明に疑問を呈した。
「その通りだ。死人を使役させたが、それでも10人くらいしかコントロールできなかったようだよ。これは「心の海」とは全く関係ない魔導力の術の一種だからな。全く動かないものの四肢を動かして、さらに攻撃させるとなると至難の業だ。まだ「人血影身」のほうが使い勝手はいいだろうとさえ思える。そういうことからも、この方法は断念した。」
「なぜ、奴はそういう手法に執着したんでしょうか。」
リエナンティが続けて質問してきた。
「そこら辺は奴自身、明確な思いはなかったようだ。ただ、自分の思い通りの国を作り、王としてやりたいことをやりたいようにしたい、なんてところだった。」
「それ、明らかに子供の発想ですね。」
まだ15歳のリエナンティがボソリと零した。
「その考えは、たぶんかなり近いんだろうな。それでマルヌク村で、突如大金持ちになったアンダストンに囁いたんだ。「この村の王になれ」と。」
ディッセンドルフは全くの無意識で使ったこの言葉が、他の人間には奇異に感じた。
マルヌク村をこの村と表現し、そこには全く愛着というものが感じられなかった。
だが、[サーマル/サーシャネル]だけは、ディッセンドルフが両親から売られてから、この村で起きたことを完全に他人事として捉えていることを知っていた。
「唆され、金を使って、マルヌク村のほぼすべてをアンダストンは手に入れた。さらに賭場を設けて、違法な薬物も使い、この村で得られた収益のほぼすべてがアンダストンのもとに転がり込むようにまでしていった。この過程で、当然村人たちの心は荒んでいく。ラスプーチンはそれこそが狙いだった。」
「ディッセンドルフ様が言っていた「欲」を作ったということですか?」
ナターシャがおずおずという感じで発言する。
「そう、その博打のせいで、君の父親、カザフす・ジェルネンコは借金を負った。その借金を清算するために妻、ナターシャの母親を売ったんだよ。」
「行方不明って……、それは…。」
ナターシャの声が切れ切れに聞こえてくる。
すぐにリエナンティがナターシャの肩を抱き、[サーマル/サーシャネル]も横からナターシャを抱きしめた。
「つらいことは解っている。ただ、君の母親が今は何処にいるのかまではわからなかった。もう5年以上前のことで、この国にはいない、ということしかわからない。申し訳ない。」
そのまま涙を流し始めたナターシャに、[サーマル/サーシャネル]がハンカチを渡す。
ひとしきりナターシャは泣いた後、きっとした顔でディッセンドルフに向き直った。
「ご迷惑をおかけしました。……もう、大丈夫です。母のことは、もうすっかり忘れていま、した、し……。」
少し涙ぐみそうになるのを懸命に抑えているのが、痛いほど[サーマル/サーシャネル]にはわかってしまった。
ディッセンドルフに視線を移したが、ここで話を止める気がないらしいことはその瞳の力強さで思い知る。
今更ながら、ディッセンドルフに焦りがあることがサーマルにはわかってしまった。
「ナターシャには辛いかもしれないが、話を続ける。村人たちに大きな「飢え」と「欲」を刻んだラスプーチンは、その計画を実行した。この計画の目的はどのくらいの人間をある一定の条件下で操れるかということだった。」
誰も口を挟まない。
多少の疑問はあるのだろうが、早くこの話を終わらせたいと思い始めていた。
聞くのがつらくなってきていたのだ。
「人心操作でも、「傀儡の術」でもなく、大量の人間をある目的に自動的に動かす。これは攪乱操作とでもいうようなものと思ってくれればいい。同時に多発的に多くの人間が狂気に走る。そういう状況を作れればいい。そう考えたようだ。」
「つまり、それは…。」
リエナンティの考えはそのままディッセンドルフが言おうとしていることと同義だった。
「ああ、国家転覆だよ。」
この騎士魔導士学校の学生会議役員室でするような話ではなかった。
だが、すでにその首謀者がディッセンドルフに吸収された状態で、危険は事実上去ってはいるのだ。
だからこそ、ディッセンドルフは残していく優秀な学生たちに、この事件にかかわった少女たち同様に話しておこうと思ったのである。
「奴は、自分の念を込めた微粒子、黒い霧をマルヌク村にばら撒いた。そして、「欲」の強いものがそれを摂取して、その「欲」の命じるままに、奪い、犯し、殺した。全く統制はできていなかったようだが、それなりの成果はあったとみている節はあった。だがそこで、もっと大きな獲物を見つけ出したんだ。」
「「神の子」という訳か。」
サーマルがディッセンドルフの言葉を受ける形で、そう言った。




