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「神の子」  作者: 新竹芳
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第62話 国家騎士団ディグ卿の生死

「もう一度確認の意味も込めて、この穀物集積所、いわゆる交易センターでの死闘では、メビウス卿、バネッサ嬢、国家騎士団所属の騎士キレヒガラ・ディグ卿は死んだ。彼らを襲った、傭兵のオックスもジェイコブも死んだ。この時点で生き残ったのは、ナターシャ・ジェルネンコのみのはずだったんだ。ただしジェイコブの身体に寄生した精神寄生体ラスプーチンはまんまと逃げおおせた。私の術は、メビウス卿の死に際してその力を完全に失ってしまった。」


 サーシャネルとナターシャの瞳は今、揺れに揺れている。

 それは心の揺れそのものであった。

 彼女たちの中で形作られている騎士ディグの偶像は、いくら説明を聞いてもそう簡単に崩れるものではないだろう。

 サーシャネルにはサーマルが完全な形でサポートしているのだから心配はいらないと思っている。

 だがまだ12歳のナターシャがどこまでこの話に耐えられるのか?


 インデルマン卿を呼んでおくべきだっったか?


 だが、ここは耐えてもらう必要があるだろう。

 でなければ、これから、ナターシャは自らの力で幸せをつかむことが出来ない。


 幸いというべきか?

 最後のディッセンドルフとの闘いまで、ナターシャは完全に心を犯されたことがなかったはずだ。

 おそらくだが、ナターシャは処女のままのはず。

 そういう意味ではサーシャネルとは異なり、深いところまでの精神の損傷はなかったはずだ。


 ラスプーチンはマルヌク村で戦った者の中に、ディッセンドルフの影を見ていたのだろう。

 その時からナターシャに力だけを与えて、騎士魔導士学校に入学させたのちに、ディッセンドルフの体ごとその力を手に入れる算段を整えていた。

 だからこそ、おおっぴらにナターシャを支配することをせずに、その心の片隅、ディッセンドルフのへ復讐という闇にその身を隠し続け、他のモノを操り、自分の存在をディッセンドルフから隠し通したのだ。


 これから話すことは、本来誰も知らないことであるはずだった。

 だが、ラスプーチンを完全に吸収し、その人格を消し去ったのちに、ラスプーチンの持つ【言霊】と技量を含む魔導力と知識・経験・記憶を完全に掌握していた。


 そう。

 ラスプーチンが考え、実行していたこともすべてディッセンドルフ走ることになった。そこにあるおぞましい腐ったような行いも含めてすべて。その時に感じた恍惚な快感も…。


 その通常のメンタルの保有者であれば発狂してしまうような記憶すらも、ディッセンドルフは内包した。

 それはすべての人類の清らかさも、汚物まみれのごみのような感情もその身に受け止めるという意志でもあった。


 ただし、それを他人、特にその行為をしたものと、そんな耐えられぬような行為を想像すらしたことのない少女を目の前にして、真実を語ることを良しとするべきかどうか…。


 だが、それはこの目の前の少女に対して、しっかりと伝えねばならない情報に付随する事柄であった。


 ディッセンドルフは再び口を開いた。


「ここから私が語ることは、先とは立場が違うということを君たちの胸に刻んでほしい。なぜなら、先の話は間接的とはいえ、私が一緒の経験した事象だ。だがこれから話すことは、今はもうその人格を消し飛ばしたラスプーチンの記憶だ。つまり、ラスプーチンの視点で語られる。極力皆の気分を悪くしないように努めるが、奴の感情もその記憶に乗っている。それを前提として聞いてほしい。」


 [サーマル/サーシャネル]はそのディッセンドルフの言葉に、いまさらながらディッセンドルフの強大な力を思い知らされた。

 人の心を吸収すると言ことすらとてつもないことなのに、その人格の身を消去し、その知識・記憶・力を自らのモノにする。「神の子」にしかできない神技。


「奴はメビウス卿がその命と引き換えに繰り出した魔導により、その寄生していた宿主、ジェイコブの身体を倒した。だがそれが限界だった。精神寄生体ラスプーチンはその時わずかだが息の合ったディグ卿の身体に強制的に寄生した。ディグの心に必要以上の欲はなく、その心は正義に満ち溢れていた。しかし死を前にごくわずか、生への執着が出てしまった。そのわずかなスキをラスプーチンに突かれてしまった。」


「その騎士は生きていたのか?胸を、心臓を剣で刺されていて。」


 サーマルと思われる言い方でサーシャネルの声が聞こえた。

 サーシャネルの顔は真剣にディッセンドルフを見ているが、その表情とは別に動く口は、何故か腹話術を思わせた。


「ぎりぎりだったが、何とか心臓への直撃は免れた。」


「そんな都合よくはいかんだろう、普通。」


「偶然ではない。こちらもかなりの規制がかかっていたが、ディグの心臓を少しだけ動かすことが出た。」


「…………やっぱり、ディッセンドルフの力か。本当にとてつもないんだな、「神の子」の力は……。」


 その強大な力が、何のために俺にもたらされたか。

 もし、知ることがあれば、他の者はどう思うのだろうか?

 そんなことも考えてしまう。

 ディッセンドルフのため息が部屋に伝わる。


「結果論になってしまうが、そのためにラスプーチンに乗っ取られてしまった。あいつは死体でも文句なく操るだろうが、生きている、しかも今にも死にそうなものが一番制御しやすく、長く寄生できるからな。」


 ディッセンドルフのため息はこの発言により、ディグをかろうじて救ったことによる、新たな悲劇の発生に対するものだと皆、信じたであろう。

 それが、さらなる未来に起こるであろうことに関するため息とは誰も思わなかった。


「ディグ卿は、そのままラスプーチンに身体を乗っ取られていた、ということですか?」


「そういうことだ、ナターシャ。通常のディグ卿であれば、ラスプーチンの心への潜入は不可能だった。彼はこの国と人民にその身を捧げる正義のヒトだったからな。だが、もう命の炎が尽きかけている状態で、侵入を許してしまった。最後まであがなったんだが…。」


「では途中までは、生き続けていたのですね、ラスプーチンという悪魔の影で。」


「そう、ハーマス交易所で地下牢にサーシャネルが酷い状態で監禁されているということを知るときまでは。」


 その言葉にサーシャネルの身体に電撃にも似た強い痺れが体中を駆け巡った。


「あれは、あの時の騎士様は、まごうことなき聖騎士だったんですね。」


 サーシャネルが立ち上がり天井の先、空の向こうに想いを馳せながら、その言葉を放った。


 ディッセンドルフは天井の先を見ているサーシャネルを、静かに見つめていた。


「サーシャの言うとおり、君を最初に救ったのはディグ本人だ。だが、そこで力尽きた。のちの様々な行いはすべてラスプーチンなんだが。時系列順に説明させてもらう。いいかサーシャ?」


 上を見上げていたサーシャネルが、ゆっくりとその顔をディッセンドルフに向けた。

 大きな涙が机に落ちる。


「はい、お願いします。」


 サーシャネルがそのまま席に着く。

 どうやら気が抜けているサーシャネルの代わりにサーマルがその身体を強引に座らせたようだ。


「話を戻す。さっきも言ったけど、わずかに息のあったディグの身体にラスプーチンが寄生した。奴はその魔導力で傷ついていたディグの身体の隅々までを治した。さらに自分で割った対魔導繊維の組み込まれた甲冑も直して、ナターシャが最後に見た国家騎士団のディグ卿の形を取り戻した。で、ナターシャを匿っていた倉庫の扉を開いた。」


「あれは、私にとって唯一の光でした。」


 ナターシャが小さな声で、そう呟いた。


「あの、血と死の匂いの世界で、君がそう思ったのは間違ってはいない。君の手を取り、すでに用意してあった食料と、水を背嚢に詰めて歩き出したんだな。」


 微かに少女は頷いた。


「夜の闇の中、ハーマス交易所のあるカムチャイル町に向かって君を引き連れて進みだした。ナターシャ、確か君のペースにあわせて進んだよね。疲れたと言えば野営しながら。だが、あまり怖い目には合わなかった。」


「はい、不思議なほど。夜の暗い道でも微かな明かりをディグ様は灯しており、魔獣も強盗も地被くことはありませんでした。


「結界を張ったのと、おそらくマルヌク村の検証を行っていたのだろうな。」


 項垂れるようにしていたサーシャネルが急に顔を上げた。

 それがサーマルに変わったためであることはディッセンドルフには普通のことであった。

 だが、先ほどから激しく[サーマル/サーシャネル]の主導権が変わってることに、オオジコバあたりは驚きを隠さなかった。


「ラスプーチンの目的、実験という言葉をディッセンドルフはよく使っているが、ラスプーチンはマルヌク村で何がしたかったんだ。単に虐殺だけか?」


「しっかりと伝えたことはなかったな。では、このラスプーチンがマルヌク村でやろうとしてたこと、それについて説明しておこう。本線からは外れるが、確かに知っておいたほうがいい。その結果を踏まえてこの騎士魔導士学校を襲撃したわけでもあるし。」


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