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「神の子」  作者: 新竹芳
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第61話 バネッサの幸せを想う

 メビウスの手引きにより、虐殺の始まる前に村を離れ、ゴルネイエフ家に救われたフォルテ。

 彼女が途中で何度も命の危険にさらされながらも、たった一人でカムチャイル町近くまで逃げおおせたのはその剣の技術、魔導力、さらにはその彼女の肉体に欲望を優先させた男の性を巧みに使うことが出来たゆえであろう。

 でなければ夜道の逃避行は成功などしなかっただろう。

 当初の計画ではメビウス卿とバネッサの3人で逃げるはずだったのだ。


 カムチャイル町のハーマス交易所から帰路についていた馬車にゴルネイエフ家の当主、サーチカルド・ゴルネイエフとつい先だってストラトスティー侯爵家から養子縁組をして引き取ったばかりのオオジコバ、そして護衛の騎士が一緒乗っていた。


 馬車の通る道の横で倒れていたフォルテを見つけたのは、実の両親に事実上捨てられたも同然の状態で気落ちしていた子供を不憫に思ったサーチカルドが気分転換にこの度に連れて来ていたオオジコバだった。

 実のところ、気落ちしていたのは事実だが、大人たちの商談が子供にとって面白いわけがなく、退屈していた馬車の外の森を見ていた、という偶然から見つけたものであった。


 サーチカルド・ゴルネイエフは商才に関してはかなりのものを持っている。

 オオジコバとの養子縁組はその最たるものであるが、と同時にあまり知られていないことであるが、人情味の強い男でもあった。


 フォルテが単純に行き倒れの旅人、または魔獣などの襲われた被害者であるのなら、手厚い看護ののちにしかるべき場所まで送っていたであろう。


 だがフォルテの事情はかなり複雑であった。

 持っていたメビウス卿のノートも彼女の証言を肯定する重要な証拠となった。

 その後に伝えられた「マルヌク村の惨劇」も相まって、そのまま養子に迎えたのだ。

 ここでもサーチカルドの人を見る目の鋭さが光った。


 剣術の才能、魔導力の能力と事務処理能力の高さがゴルネイエフ商会にとって大きな戦力となっていったのだ。


 両親に見捨てられたオオジコバにとっても、両親と姉を失っているフォルテに対してはぶっきらぼうではあるし、乱雑な感は否めないが、その心根をいい方向には持って行ってるように感じたのである。


 この騎士魔導士学校に入学したのち、オオジコバの粗暴さがかなり改善されたようで、自然にフォルテのことを「義姉さん」と呼ぶようになった。

 ゴルネイエフ家に寄生した際にはよく剣術の稽古をしているという話は、ディッセンドルフも聞いていた。


 フォルテがメビウス卿とバネッサ嬢と別れてからの経緯は簡潔にオオジコバが伝えているそうだ。

 ではあるが、二人の最期の時の気持ちは正確に伝えるべきだ、とディッセンドルフは考えていた。


「本来であればもう一人、お呼びしているんですが…、彼女に関してはこれからお話しすることには直接関係ないので先にお話を進めていきます。」


 3人の女性が頷く。


「事の起こりはジェイコブ・ヨハンソンという傭兵が私の実の両親、アンダストン夫妻に雇われたことから始まった。ジェイコブという人物はすでにこの時点では死んでいたか、もしくはもう少しで死ぬ間際だったはずだ。なぜならこの時点で、500年以上生き続けたラスプーチンという名の精神寄生体の宿主になっていたからだ。」


「ラスプーチン…。」


 [サーマル/サーシャネル]がポツリとその名を反芻した。

「その目的は奴にとっても重要な実験を行うことだった。そのため2年間にわたりその場にとどまり、そのための状況を整えていった。簡単に言えば、マルヌク村の人々に「欲望」の種を仕込むためであった。その後のことからこのことは成功したと言っていいと思う。ラスプーチンの人心操作の魔術は、欲望の大きさに影響があるらしいからな。」


 ここまでの話はみな何となく聞いていたことだろう。


「マルヌク村収穫祭の後に開かれる賭場が実験の場になったのは、ラスプーチンの計画の一端だった。」


 この光景はナターシャ以外の二人の女性にはわからないことであろう。

 ナターシャにしても、メビウスやバネッサ、ディグによって守られていた。

 彼女が覚えているのは倉庫に匿われていた後のことだとディッセンドルフは知っていた。


「ディッセンドルフ様は、なぜそのようにあの事件の詳細に詳しいのですか?」


 メビウスの匂いを持つディッセンドルフ。

 もしかしたらその理由もわかるかもしれない。

 その想いからフォルテはディッセンドルフの話を止めてしまうかもしれないと思いながら、聞かずにはいられなかった。


「サーシャネルはその理由を知っているんだが、そうだね、ミス・フォルテがそう聞きたいのも当然だね。」


 ディッセンドルフは聞いてきたフォルテに真剣な視線を向けた。

 その瞳の奥にフォルテはメビウスの優しい顔が見えたような気がした。


「ミス・フォルテが持って来てくれたノートには、メビウス卿、バネッサ嬢、そしてミス・フォルテの血判が押されていた。私はそのメビウス卿の血を用い、生きていたメビウス卿の記憶に潜ったんだ。そのつもりだったんだが、あの「マルヌク村の惨劇」に干渉することになってしまった。」


 フォルテの瞳がこれ以上なく大きく開かれた。

 あまりの驚きに椅子から勢いよく立ち上がってしまった。

 横にいたオオジコバがそんなフォルテの行動に息をのむ。


「ディッセンドルフ様が、あの時、旦那様の中にいた……?」


「その認識で間違いない。」


 フォルテには言われてしっくりくるところがあった。

 あの逃亡計画、いや、その前からやけに行動的になっていた気がする。

 それも、あの村を助けるという方向性ではなく、私たちの家族を救うために……。


 だが。


「メビウス卿がナターシャを心配して、探しに行ってしまった。こればかりは私にはどうしようもなかった。メビウス卿はナターシャも自分にとって大切な家族という認識だったんだ。」


 ディッセンドルフの語るメビウスの気持ちに、ナターシャの心が震えるのを感じた。


「彼は純粋な剣士だった。魔導力がないわけではなかったが、それほど強かったわけではない。だから、できうる限りの援助をした。だが時間を超えた魔導力の供給にはかなりの限界があった。結果的には、メビウス卿も、バネッサ嬢も、そしてディグ卿も救うことはできなかった。ミス・フォルテ、ナターシャ、申し訳なかった。」


 二人に対して頭を下げるディッセンドルフに対して、何かを言わねばならない。

 そうは二人とも思ったが、全く言葉が出なかった。


 ディッセンドルフに対して、どういう言葉を言えばいいか、全くわからなかった。


 感謝なのか、恨みなのか、謝罪なのか、許すことなのか。


 「神の子」ディッセンドルフであればこそ、メビウスの血から過去の事象に干渉が出来たということをフォルテもナターシャも理解はした。

 もしそれがなければ、あのとき何が起こっていたかも、さらには自分たちが今ここに生きているということもなかった可能性があった。

 

 それでも、助けてほしかったという気持ち。

 このどうしようもない感情をどこに持っていけばいいのか?


 沈黙がこの部屋を支配していた。

 しかし、それもそんなに長い時間は続かなかった。


「ありがとうございました、ディッセンドルフ様。」


 立ったままのフォルテがそう言うと深々と頭を垂れた。


 その行為を見たナターシャは慌てて立ち上がり、自分もまたお辞儀をした。


「あなた様がいなければ私も今、この場にこうしていることはなかったと思います。あの惨劇の犠牲者として名を連ねていたに違いありません。脱出の計画自体作られなかったでしょう。そして、あの惨劇の起こった理由、それ以上に亡くなった旦那様と姉さまのことを私に伝えてくれる人もいなかったに違いありません。きっと、これから私にその時のことを伝えてくれるのですよね。」


「全くその通りだ。ミス・フォルテに私がしなければならない、最大のことだから。」


「初めてあなたに会ったときに旦那様の面影をあなたに見てしまい、思わず抱き着いてしまいました。旦那様と一心同体だからだったんですね。」


 フォルテは涙がにじむ視界の中心に見たディッセンドルフにメビウスの優しい顔が重なった。


 ナターシャも何かを言おうとして、しかし言葉が出なかった。

 自分は助けてくれた恩人に剣を向けたということが、心を締め付けて来ていた。


「ナターシャ。自分を責めるな。そんなことをわかる奴なんかいない。さらにラスプーチンが始終お前に復讐を駆り立てるように囁いていたのだから。」


「それは、そうですが…。しかし、知らなかったとはいえ。」


「気にするなと言っても、なかなかそうはいかないかもしれないが、これから、もう少しいろいろなことについて語らせてもらう。それを聞いてからでもいいと思う。まず、ミス・フォルテに重要なことを伝えねばならない。その後にサーシャネルと、ナターシャの件について、事実関係を話させてもらうよ。少し、私の話を聞いてくれ。」


「……わかりました。」


 ナターシャはそれだけ言うと、力が抜けたように椅子に座り込んだ。


 フォルテもまた自分の席に着く。


「そういった事情で、私はメビウス卿と共にあの村の惨状を経験し、「闇の王」を語るラスプーチンに操られたジェイコブとの闘いを、穀物集積所で行うことになった。これは、穀物集積所に、もしかしたらまだ走れる馬がいるのではないかという、淡い期待だったのだが…、そこにはもう殺され食われた馬しかいなかった。」


 ナターシャも思い出していた。

 自分をかばいながら大人たちが懸命にあの場所に辿り着いた。

 そして食料と水を倉庫に入れ、その中に匿われた。


 その倉庫の外で、何か、そう何か恐ろしい事が起こっている。


 ナターシャは思わず蹲り、固く目を瞑り、両耳を両手で塞いだ。


 やがてすべてが終わり、その倉庫の扉が開かれ、そこには甲冑姿の騎士、キレヒガラ・ディグがたっていた。


「終わったよ、ナターシャ。ここを脱出しよう。」


「お姉ちゃんと、おじちゃんは?」


「最後まで立派だったよ、二人とも。私たちを生かすために、その命を投げうった。」


 その時の感情がナターシャを包み、泣きそうになる。

 だが今ならわかる。

 あの時の騎士は…。


「大丈夫か、ナターシャ。」


 ディッセンドルフの言葉にナターシャは我に返った。

 今は、ディッセンドルフの語る言葉に耳を向ける時だった。


「穀物集積所、交易センターと呼ばれたそこに、アンダストンに雇われた傭兵のオックスが、全くの化け物となってメビウス卿達を襲った。そのオックスという化け物を倒し、メビウス卿達を救ったのが、ラスプーチンに操られたジェイコブというメビウスの知人だった男だった。その男を排除できたものの、メビウス卿、バネッサ嬢、ディグ卿はそこで生を全うした。」


 いや、国家騎士団のディグ卿は生きていたはず。

 私を連れて、カムチャイル町まで逃げたのだから。


 ディッセンドルフは少し震えているナターシャの身体から、彼女が葛藤していることが見て取れた。


「これは非常に重要なことだ。国家騎士団からマルヌク村に派遣された騎士、キレヒガラ・ディグ卿は、この時にジェイコブに胸を刺し貫かれて死んでいる。胸部を守っていた甲冑を壊されて、だ。」


 ナターシャの身体がその声にビクッと震えた。

 [サーマル/サーシャネル]もまた自分で体を抱きしめていた。


 この二人にとっては、この時点ではディグが生きていなければならなかったはずだ。


 サーシャネルにはディグはすでに死んでいたことを説明していた。

 それでも、彼女たちにとって、騎士ディグ卿は自分たちを救ってくれた英雄だったのだ。

 その意識は心の深いところまで根を張っており、なかなか洗脳は解けない。


「ディグ卿については後程、しっかりと説明する。まずは、ミス・フォルテにメビウス卿とバネッサ嬢の最後についてだ。」


 軽く息を吸い、吐く。ディッセンドルフも少し緊張しているのだろうか。

 サーマルはそんなことを思った。


「メビウス卿がもう自分の命が尽きると自覚した時に「済まない、バネッサ。お前を助けることが出来そうもない」とバネッサ嬢に謝った。その時、「いいんです、ご主人様。今まで、そして今まさに、バネッサは幸せです」そうメビウス卿に言ったんだ。」


 そう語るディッセンドルフを恐ろしいほどの真剣な瞳でフォルテは見ていた。


「さらにつづけた。「ご主人様は言ってくださいました。いつまでも一緒だと…。ご主人様にはまだ生き続けて欲しかったという想いも本当です。……、ですが、ご主人様と共にこの生を終われることは、フォルテには申し訳、ないのですが…、これ以上ない至福の極みです」と。」


「バネッサ姉さまも、そして旦那さもも幸せに、逝かれたのですね。」


 フォルテの目から本人も気づかないうちに、涙が零れていた。


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