第59話 18歳
ディッセンドルフは仮に作られた騎士魔導士学校の仮講義棟2階の学生会議役員室にいた。
すでに騎士魔導士学校騒動から3か月近くが経っていた。
この仮講義棟は、もともとアッシュドワルトの森の半分を伐採整地して作られていた。
この部屋からは騎士魔導士学校で新規に建造が開始された講義棟の工事の様子がよく見えた。
アッシュドワルトの森。
騎士魔導士学校の修練場の先にあった、魔獣が多く生息していた、あの森である。
ラスプーチンによる破壊工作により校舎の半分を失ったものの、騎士魔導士学校の施設の半分以上は無傷であり、損傷を受けた施設もある程度の修繕で機能を回復させていた。
とはいっても、講義棟が丸まる一つなくなってしまうと、学生たちの指導が滞ってしまうため、国有地でもあるこの森の土地を活用することとなった。
だが、そこは魔獣が多く生息する森であるため、その整備には、国家騎士団と魔法師団が全面的に協力した。
これは、この組織のトップが叛乱側に回り、最高裁判所長官を殺害、国王と首相を死の危機に追い込んだ事実に対する、汚名返上の意味が強い。
この森の存在意義は多く生息する魔法を使う魔獣にあった。
騎士魔導士学校の学生の実戦演習にこの魔獣たちが格好の相手であったからだ。
しかし、今回の騒動において、この森の魔獣たちがラスプーチン一派によって、いいように操られ、混乱させられたという苦い経験から、この魔獣を含むアッシュドワルトの森の適正管理が必要になった。
臨時の講義棟の建設と相まって、この森の縮小が異例の速さで決まったのだ。
森の多くの魔獣が国家騎士団によって討伐され、樹木の多くを伐採、整地を魔法師団が担った。
続く講義棟建設にもこの組織が協力して、わずか1か月という速さで仮棟が作られたのである。
この仮校舎を含む騎士魔導士学校の再建の資金は国家予算も当てられているが、その大部分が、騒動に加担した貴族から没収して得られた私財があてられている。
ラスプーチン最大の支援者、ジルベル・フォン・カーサライト子爵は、今回の騒動の最中、フォルテ・テンショウメイ・ゴルネイエフに殺されている。
本来であれば国家反逆罪でカーサライト家はその資産すべてを没収の上、爵位抹消。
連なる姻戚関係者すべてが死罪、または終身刑となるはずであった。
だが、今回の騒動を終息させた最大の功労者と、「優剣翁」の名で知られるマンチェス・インデルマン卿の懇願により、その責は全てジルベルとカーサライト家騎士団長バートリー・エルジェベートの二人に負わせられる結果になった。
ジルベルの妻オスナリア、並びに直系の血族はカーサライトの姓を剝奪され、オスナリアの旧姓、ヌーザイドの姓に戻され、流刑地として知られる、ジョバンニュ・クリミアン連合王国南端のメルデイト島に終身生活することが義務付けられた。
結果的に養子であるナターシャ・ジェルネンコ・カーサライトを当主とし、今までの領地の9割と各種の特権的な交渉権のすべてを国に帰属されることになった。
爵位は新爵に降格となったが、かろうじて爵位を抹消されることは免れた。
この当主が12歳と若いことから、後見人としてインデルマン卿がつくことになった。
他にラスプーチンを支援した貴族も、降格され、その財産もかなりの割合を国に譲渡することとはなったが、存続を許された。
しかしながら、国家保安局の職員が常駐するという監視体制と、今まで特権的に払う必要がなかった税が課されることになった。
国庫は飛躍的に増え、この国が始まって以来の富を持つことになった。
これは先のレベッカ海峡事件でのレオパルド連邦からの賠償金も含まれていた。
国王マーベル・レジェ・ルツベル・クリミアンⅢ世の命を救ったのは傭兵であるニシムロである。
だが、ニシムロに指示を出した人物を国王は知っていた。
「神の子」ディッセンドルフである。
これらのことにより、今の国の富は全て「神の子」によってもたらされたも同然であり、さらに、国の重鎮の命をも救っている。
この人物が特別の願いを申し出られて、断ることは国王にはできなかった。
「神」と戦争をする気など全くないのである。
結果的に、カーサライト家は存続を許された。
所有していた騎士団は解散させられ、ジルベルの元、犯罪行為に加担していたものは国家保安局国内警察によって逮捕された。
この国では魔導士と並んで騎士、それが国家に配属されていなくとも優遇されていた。
これまで騎士の犯罪は国家騎士団下の内務局の管轄であり、警察が手を出すことが出来なかった。
今回の騒動で、国家騎士団上級筆頭騎士のザスルバシ・アップ・カチリマストの叛乱という前代未聞の事態に、騎士への反感が生じ始めていた。
そのため、犯罪摘発を職務とする警察機構が騎士に対して逮捕権を行使できるようになったのである。
国内の状況が整理されていく中、騎士魔導士学校の再建にも力が入れられることになった。
校舎、施設の損傷もさることながら、多くの学生が殺されたのだ。
実際にはディッセンドルフが、考える余裕もなく転移による脱出を行ったため、誤った情報が拡散されていたが、この1か月の精査で、かなりの学生の生存が確認されてはいた。
それでも、最終的には40名程度の学生の命が亡くなったことが伝えられた。
この1週間ほど前に、今回の騒動で犠牲となった人物たちを国葬として葬り、国家英雄章という勲章が国王の名で賜れた。
また、それ以外にも、この騒動を抑えようとしたものに各種の勲章が与えられている。
が、そこにディッセンドルフの名はなかった。
代わりにルードヴィッヒ伯爵に多くの勲章が送られ、さらに爵位が侯爵へと昇格された。
ディッセンドルフ自身は勲章も栄誉も全く興味がなかったが、今回の件を、国だけでなく、義父であるアレクサンドル・オスマン・フォン・ルードヴィッヒに対しての優位性の獲得に利用した。
単純に、国もルードヴィッヒ家も、ディッセンドルフに対して強く出ることはできない状況を作り出したのである。
これは、これからのディッセンドルフの自由度を大きくしたのである。
今後のディッセンドルフの行動に、絶対的に必要なことだったのである。
この状況下、もうすぐ終わる騎士魔導士学校の学生会議会長という責を時代の会長に渡すための書類の作成を行っていた。
この仮の講義棟は1年程度の予定で使用され、次世代の学生会議執行役員は、新しくできる講義棟への引っ越しを行わなければならない。
そのための手順書までディッセンドルフは作っていた。
極力、次期会長サーシャネル・ハーマスの負担を軽くするためであった。
「そうは言っても、サーマルがバックアップするんだから、心配するようなことではないか。」
「そんなことは無いでしょう、会長。会長の手順書があるのとないのとでは効率が格段に違いますよ。」
リエナンティ・ミナトハラがディッセンドルフの言葉に反応して、自分のまとめていた書類から目を上げて口を開いた。
「ディッセンドルフ会長の処理能力は、とても人間技ではないですから。さすがは「神の子」です。」
混じりけの無い賛辞の言葉に、ディッセンドルフは済まなそうな顔をする。
「申し訳ないな、リエナンティ。お前が会長になるはずだったのに。」
「とんでもない。私にはそんな大役は務まりません。もし、現執行役員で年次順というならオオジコバでしょう。彼の魔導力、実績はこの年代にとどまらず、この学校で会長やサーマル先輩以外で拮抗できるものはいないはずです。」
「今の言いようだと、サーマルはかなり評価が高いな。あいつは【言霊】を持っていないぞ。」
ディッセンドルフが[サーマル/サーシャネル]に告げた「神の言葉」持ちとそれ以外の差は、一般には知られていないことである。
実際に【言霊】持ちを超えるものも存在するためだ。
とはいっても、死力を尽くした戦いを行えば、オオジコバが勝つのは間違いないだろう。
それでも、それ以外の事務能力、交渉能力を考えれば、会長職はオオジコバよりサーマルが適任なのは間違いないことだ。
「戦闘能力だけを取ればオオジコバは強いと思います。ただ人望が、ちょっと…。入学式に先輩に突っかかっていった一件でもわかりますが。」
あれを新入生がやんちゃした程度に言われてしまうのも、おかしいだろう。
ディッセンドルフは心でそう思った。
「そんなわけで、サーマル先輩が守ってるサーシャが会長で妥当だと思ってます。サーシャは確かにまだ3年時ですが、6年時の先輩が助けるんですよ。他に誰がそんな人に勝てるんですか?」
学生会議執行役員はみな、サーマルがサーシャネルを救うためにその身を犠牲にしたことは伝えてあった。
その副作用として、サーマルの意識がサーシャの身体に定着したことも告げてある。
それがどれだけ異常なことかは伝えなかったが、「さすがは「神の子」ディッセンドルフ先輩だ」という言葉で納得されてしまった。
概ね、間違いではないのだが。
「今回の襲撃事件があって、特例として現会長が次期会長を指名して、問題がなければ好調が任命するということになった。本来の選挙をすっ飛ばしてしまうのは、心苦しいのだが、ね。と言っても、この状態でまともに選挙もできない。私も6年次だからな。また来年までやるという訳にはいかないし。」
「先輩が引き続きやってもらえるのが一番理想ですよ。公職についてからも会長をやりませんか。学外会長というのも、ちょっと面白いんじゃないですか?」
「冗談はやめてくれ。お前らがしっかりしてくれれば俺がする必要はないだろう。」
人から信頼されていると感じることも悪くない。
ディッセンドルフはそんなことを考えながら、しかし……。
自分たちにはほとんど未来がないということも十分わかっていた。
学生会議会長は[サーマル/サーシャネル]にしっかりと引き継ぐ。
それでこの騎士魔導士学校は終わり。
少し寂しい気持ちを知りながらも、もう時間がないこともわかっていた。
神は自分に期限を切っていた。
それが当時ルードヴィヒ伯爵にもたらした「神に言葉」だ。
俺が18になるまで育てよ、と。
あと1か月もしないうちに、ディッセンドルフは18歳を迎える。




