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「神の子」  作者: 新竹芳
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第57話 一つの身体

 ディッセンドルフの右手がサーシャネルの頭に添えられていた。


 その右手の平から淡い光が現れる。

 その右手の光を見つめながらディッセンドルフの口元が小さく動き、サーマルにはわからい言葉が異常な速度で発せられた。


 瞬間、その右手の淡い光が炎のように広がり、この病室を包みそして消えた。


 炎に焼かれたような気になったが、体には何の以上も…、いや、明らかに変わった。


「体が軽い。息が楽になってる?」


 サーマルが呟いた。


 その横でニシムロは平然とその二人の様子を見ていた。

 今の炎を見ていたはずなのだが、それは彼を驚かせるほどではなかったらしい。


「今、俺の力をこのサーシャネルの魔導力の源に吹き込んだ。二人分の精神を抱えても50年以上は問題ないはずだ。」


 ディッセンドルフが無表情でサーマルとその傍らで聞いているサーシャネルに告げる。


「ただし、それは普通の人間が食事をし、運動をして、しっかり睡眠をとった場合だ。食事をとらなかったり、必要以上の無理をしたらその限りではない。」


 無表情のディッセンドルフはその整った顔立ちと相まって、氷のように鋭い刃を突きつけられているように感じる者も多い。

 だからこそ、その経歴と相まって、「触れ得ざる者」とも呼ばれていたのである。

 だが、サーマルにとってその表情は非常に精神力を使った後、滅多にないが疲弊した彼の特徴であることも知っていた。


 今回の、この力の譲渡がディッセンドルフにとってかなり負荷がかかったことを意味していた。


「要するに普通に生きろってこった。大将は簡単な話を難しく説明する天才だな。」


 ニシムロの言葉にディッセンドルフが渋面を作る。


「君たちは一つの身体を二人で共有することになる。これは先にも説明したが、君たちは恋人でも、ましてその昔ニシムロ卿が助けたような夫婦でもない。」


「わかっている、ディッセンドルフ。」


 大きなため息をディッセンドルフがついた。


「ニシムロ卿、どう思う?この坊ちゃま。」


「大将の心配はもっともなんだが。いやでもこれからわかっていくだろうから、いいんじゃないか?」


 サーマルには二人が何を心配しているのか、全く理解できなかった。

 できなかったが、恋人や夫婦であれば問題はないらしい。

 であれば、すでにサーシャネルのために自分の身体を尽くし、一生そばにいることを選んだ自分には何の問題もないように思えた。


 だが……。


(何をするのも、一緒、ですか……?)


 サーシャネルの不安と心配を載せた思念波が3人に伝わった。


 えっ、いやなのか、サーシャ……。


 この思念波に呆然とするサーマルを置いてきぼりにして、他の二人が口を開く。


「そう、文字通り一生一緒だ、サーシャ。」


「まあ、お嬢ちゃんも腹をくくれ。今までの地獄に比べれば天国と違うのか。愛する人にすべてを見られ、実感されたとしても。」


 ん、実感?


 ここで初めてサーマルの心に疑問符が生じた。


 すべてを見せる……、実感……、あれ?

 もしかすると……。


「やっとわかったか、この唐変木が。初心なのもいいが、今の状態になっている重要な感情を忘れるなよ、サーマル。」


「いや、だけど、しかし……。」


「お前さんがその少女に恋をしていた。だからその娘のことを心から想った。だからこそ、今、そこに、その娘は存在してんだ。だからほかのことはすべて些事だということを、お前も、嬢ちゃんも、心に刻み付けておけ!」


 ニシムロがサーマルとサーシャネルに喝を入れた。


「裸も、排便も、生理も、そんなことは大したことではない。これから言うことを聞けばな。」


「全く、ニシムロ卿も、本当にお節介だな。この話はしたくないとか言っていたくせに。」


 ディッセンドルフが少し疲れたように見えたが、ニシムロの行動に苦笑いを浮かべて言った。


 これから話す内容は、特にサーマルにとってかなり苦しい話になる。

 だからこそ、友人である自分がしなければならない。

 ディッセンドルフの言葉はニシムロにしっかりと伝わっていた。

 だが、二人に魔導力を付与する際に、あまりにも精密なことを行ったディッセンドルフの疲れた表情に、どうしてもお節介な行動だとはわかっていたが、割り込んでしまったのだ。


 そして、何故ニシムロガ割り込んできたかも、ディッセンドルフは理解していた。


 その二人のやり取りをすべて理解したわけではなかったが、サーマルにはこの二人の絆の強さが言いようのない悲しみと共に思い知らされた。

 自分がディッセンドルフに一番近くで信頼し合っていたと思っていたからだ。

 ただ、ディッセンドルフはいつこの傭兵であるニシムロ卿と知り合い、ここまでの絆を持ったのだろうか。

 レベッカ海峡事件の時が初めてではないのか?


 オオジコバがこれだけ信頼を置くニシムロ卿がラスプーチンに寝返るかのようなことを言っていたことを思い出す。

 あの戦闘中に送られた思念波であり、結果的には終始ディッセンドルフのことを誰よりも強くわかっていたわけだが…。


「お坊ちゃん、いや、サーマル卿。」


「いや、私はまだ騎士にはなっていません。その呼び方は…。」


「いいや、君の行動はそこらの騎士よりもよっぽど強い騎士だ。愛する女性のためにその身体を、命を張ったんだ。私は尊敬を込めて呼ばせてもらうよ、サーマル・テラノ卿。」


 いつもとは違う話し方に、これから語られる話の重要性を感じ、サーマルは背筋を伸ばした。


「サーマル卿も嬢ちゃんも、今の状況は理解できたな。」


(…………、はい)


 サーシャネルの返事にはかなり間があったが、自分の助かった状況にかなりの覚悟を、恥ずかしさに耐える心を持ったことに、ニシムロは満足した。


 サーマルが今は支配するサーシャネルの顔も頷く。


「今の話は二人で一つの身体を持つことについての覚悟だ。もうこれはどうにもならん。あきらめてくれ。」


 そこでいったん間を開け、続けた。


「ここからは未来、決して可能性の低いものではない二人に対しての未来の話だ。どんな言い方をしても、結局は酷な話だ。簡潔に言わせてもらう。」


 そうはいったが、それでもニシムロにしては珍しく、躊躇いがその顔に現れていた。


「嬢ちゃんに好きな男が別にできた時の話だ。」


 時が止まった。




 そう、サーマルもサーシャネルも思った。


「想像してみてほしい。好きでもない男に、好きな男とのことを始終監視されているということを。好きな女が別の男に愛を囁き、抱かれることを。」


 ニシムロの言葉を間近に聞き、確かに今の自分では二人の、特にサーマルの心情は負荷が大きかったことをディッセンドルフは思い知らされた。


 あまりのもその動揺が、自分のことのように心に流れてくる。

 だからこそ、この後の話を作るために、先の力の付与のときに精密な作業をしたのだ。

 それでも、サーマルの、サーシャネルの葛藤がディッセンドルフの胸を締め付けてくる。


 こんなにも、魔導力の性能が高くなくてもいいのに。


 知りたくない人の感情さえも、常時ディッセンドルフに流れてきている。

 「神の子」として目覚めてから、この精度は成長してきている。

 そう、もう最終の時が近づいてきている。

 だからこそ、ニシムロが今自分の近くにいる。


「耐えます!耐えて見せます!それが自分の心を炎で焼かれるような苦痛を伴うとしても。僕は、俺はこのサーシャが幸せであれば、どんな状況でも耐えて見せます!」


(そんなことはない、と言いたい……。でも、仮に、そういうことになっても、私はサーマル先輩を想う気持ちは変わりません。体を交わしたい男性が出来て、その行為を先輩に見られていることも苦ではない、そう想います)


 二人の気持ちを聞いたニシムロは、その顔に大きな傷があるにも関わらず、あまりにも優しい顔をその少女に向けた。


「二人の気持ちはわかった。そのことを忘れないでくれ。」


 そういってその大きな手で少女の頭を撫でた。

 その手から言いようのないほどの大きな愛が伝わってきた。


「大将!後はよろしく!」


 そう言って、ニシムロは一切振り向かず、病室を後にした。


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