第56話 「神の言葉」の意味
今回はちょっとややこしい説明回ですが、読んで頂けると嬉しいです。
「サーシャネル、気分はどうだ?サーマルの本気は分かったんだろう?」
自分の中にあった、少し苦しかった部分が消えたことを自覚してるサーシャネルが、頷いた。
その動きに、ディッセンドルフは微笑みで返した。
こんな笑みを浮かべることが出るようになったのだな。
ニシムロは隣に座る少年、いやすでに大人へと成長したディッセンドルフはに微かな驚きと喜びを感じていた。
そして、これからこの「神の子」が進む道を想像し、かすかな悲しみもまた、心に浮かんでいた。
「サーマルとは話が出来るか?」
ディッセンドルフの言葉に、サーシャネルが静かに瞼を閉じる。
スーッと、空気が、この病室を満たしていた空気の肌心地が微妙な変化を見せた。
ディッセンドルフもニシムロもそのわずかな違いを鋭敏に読みとった。
「ああ、と、なんか、変な感じだ。」
声はサーシャネルのものだが、喋り方は全くの別人のものであった。
「久しぶりだな、サーマル。どうだ、新しい体は?」
「ディッセンドルフにそう言われてもな。実際にこの体を使うのは初めてだ。話すための口の筋肉が違うから、違和感を覚えるよ。」
「思念波では、俺はいいがサーシャネルの身体はかなり疲れてしまうはずだからな。」
ディッセンドルフがサーシャネルの体に気を遣っていることに、サーマルは少し驚きを感じた。
ニシムロは二人の会話を黙って聞いているが、明らかにサーシャネルの身体に注意を払っているようだ。
「ニシムロがなぜサーシャネルの身体に注意を払っているか、サーマルにはわかるか?」
少しいたずらっ子のような笑みを浮かべたディッセンドルフが尋ねてきた。
彼のこういった表情はかなり珍しい。
「どちらも【言霊】持ちではないものの、ラスプーチンの術の解放がうまくいくかどうか、いまだ心配なんじゃないか?」
「それもあるんだが…。二つの心が一つの身体にあるという状態。まずサーマルがその肉体をエネルギー源としてラスプーチンの術を破り、さらにサーシャネルの辛い過去に寄り添うという選択をした。素晴らしいことなんだが、その二つの精神を支えるエネルギーが、持つかどうか、心配してるんだ。」
「えっ、それはどういう…。」
その質問にディッセンドルフとニシムロが顔を見合わせた。
話していいものかどうか、そのような感じがサーマルに伝わってくる。
「サーマルは「言葉」持ちとそれ以外の人の差、というものを考えたことはあるか?」
「それは「神」に選ばれたかどうか、ではないのか?」
「それはその通りなのだが、その「神」に選ばれたのちのことだよ。」
ニシムロは二人の話をただ聞くだけで、その話には入らないつもりのようだ。
「「神」が存在する。それは間違いない。それをまず前提として、選ばれたものに「神の言葉」が降り、通常の魔導以上の力を得る。ここまではいいな、サーマル。」
「ああ、そうだな。」
「そこでだ。一般の人にも大きい、小さいという程度には差があるが、それなりの修練で魔法をある程度は使えるようにはなる。ここで問題は、その魔法を行うためのエネルギーは何処からきているか、という事だ。」
「エネルギー源?」
「人は食物と酸素から、体を動かすためのエネルギーを得る。これで神経網に信号を流して、筋肉を動かし、人は活動する。サーマルには言う必要もないことだと思うが。」
「それはそうだが…。つまり魔法、魔導力はどうやって動くか、という事を聞いてるわけか、ディッセンドルフは。」
「そんなところだ。」
「基本は一緒だろう?食物を酸素で燃焼させて得られるエネルギーを、魔導として使っている。」
サーマルが言う言葉にディッセンドルフは頷く。
「だが、食事、それを脂肪などに貯蔵をして、必要時に燃焼させてエネルギーにするという事は、筋肉を動かしたり、神経細胞を活性化させはする。だが、魔導を使うためにはさらに大きなエネルギーが必要なんだ。」
「では、どうやってエネルギーを得ているというんだ?」
「少し矛盾した言い方になるが、この人間の体そのものと言っていいだろう。」
「それは脂肪だけ、という事でなく?」
「そう。普通の人間がギリギリの魔法を使うと、体重は平気で10㎏から20㎏は減ってしまう。」
「その論が正しいとすれば、魔力切れとは、体力切れという事か?」
「簡単に言えばそうだが、必要な臓器など以外のものを使うため、体力切れどころではない。その後の適切な処理をしないと、死に至る。」
「確かにそういうこともあった気はする。」
「だから今回、サーマルの精神以外のすべてをエネルギー源として、サーシャネルの救助を行ったんだ。」
「ちょっと待ってくれ。僕は確かに【言霊】持ちではない。ニシムロ卿が以前行ったときは、夫婦の両者とも【言霊】持ちと聞いたが、何が違うんだ?」
「エネルギーの出どこが、全く違うんだ。」
ディッセンドルフの言葉にニシムロが頷く。
「先程俺は「神」が存在する前提で話をすると言ったのを、覚えているか?」
「いや、前提も何も、「神」はいるというのが常識だろう?」
「「神」はいない。「神の言葉」は単に解明されてはいないが自然現象に過ぎない、と言っている一派が幅を利かし始めているんだ。」
「無神論者達か。」
ため息をつきながら、サーマルがぼそりと言った。
サーシャネルの少女の甲高い声で、こういう言い方をされるのは、なかなか慣れるものではないな、とニシムロは今の話とは関係ないことを思った。
「神の言葉」を持つ者たちが、いわゆる特権階級的な振る舞いをする。
そのことに対して持たざる者の中に、反抗心が芽生えてくることは仕方のないことであった。
そして、そのことがラスプーチンのようなものに隙を突かれ、「悪魔狩り」へと進んだのだ。
「「神」の存在自体が、事前現象と言われればその通りなんだが、この「神」には意志があり、【言霊】持ちは「神」の意思によってもたらされている。すべてに「神」のみが知る理由から、【言霊】持ちは生まれてくる。」
ディッセンドルフの言葉は【言霊】持ちではない自分たちには到底理解できないことだと、サーマルは、そしてすぐ傍らで聞いているサーシャネルも思った。
「「神」の意思はこの際関係ないんだが、そのエネルギー源は直接この世界に関わってくる。特にサーマル、君たちは一つの身体に二つの身体を持つことになった。消費するエネルギーもバカにならない。」
そのディッセンドルフの言葉には十分心当たりがあった。
サーシャネルの闇を振り払い、今ここにいる幸運を噛みしめてはいたが、この病院内を歩くだけでも結構息切れをすることが多い。
さらに、極端に腹が減る。
ただ、寝ているだけなのに、だ。
「【言霊】持ちの大部分は、直接的に神の言葉を聞くことが無いらしいという事は、知っている者たちに聞いたことでわかってる。」
ディッセンドルフが続けて話し始めた。
「どうやら、体が何かに貫かれたような衝撃の後、自分の心にイメージと単語が現れるという事だそうだ。」
これはどうやら【言霊】が振ってきた瞬間の話らしい。
「だからこそ、無神論者たちは「神」を否定しているわけなんだ。だがここに、たしかに「神」の言葉を聞いた者がいた。」
「ディッセンドルフとニシムロ卿の二人か。」
うすうす感じてはいた。
この二人が普通の【言霊】持ちとは違うであろうという事は。
「これはすでに二人ですり合わせが終了し、何故、我々だけが「神」の言葉を聞く羽目になったかも関係している。」
サーマルにはわかっていた。
ディッセンドルフとの別れが近いことを。
今回の件にはディッセンドルフ自身にとっても必要な事情があったのだろうが、あそこまで、この騎士魔導士学校を守ろうとしていたのは、実は不思議だったのだ。
ディッセンドルフの力であれば、この騎士魔導士学校もろともラスプーチン一党を消し去ることが可能だったのだから。
彼は我々を親しい間柄であると思ってくれていた。
そして、この騎士魔導士学校に少なからぬ愛着を感じていた。
そう遠くない日に旅立つ彼からしてみれば、この学校は自分の生きた証と考えているのかもしれない。
「何度も繰りかえすが意志を持った「神」は存在し、その者の理屈で【言霊】という力が分け与えられている。」
「分け与えられている?」
「そうだ。【言霊】に限らない。いわゆる「神の言葉」とは、「神」の持つ力が分け与えられて起こる魔導力を意味する。その魔導力には色分けがされている。言い換えれば付与される力の種類だな。オオジコバの「神殺し」がいい例だ。あれは神を殺せるほどの超攻撃性の力が付与され、そのエネルギー源は、「神」そのもの。聖女アンドリュー・ビューテリウムの持つ「神の巫女」は、神に仕える限り、ほぼ無限に供給されるエネルギーを用いた防御・再生の力だ。」
ディッセンドルフの言っている意味をもう一度自分の中で処理をし、構成し直して、やっと自分なりの納得を得るところまで持ってくることが出来たが、それでも謎は多い。
「つまり、「神」は自らの意思でその力を与える相手を選んでいるという事なのだな。」
「そうの通りだよ、サーマル。」
「では、なぜ、このサーシャネルを苦しめるような、そして無垢の人々に欲を植え付け殺していくようなラスプーチンのようなものに「神の言葉」を与えるんだ!」
自分の怒りに身を任せ、激情のまま言葉を吐いたために、サーマルはこの吐き出した言葉の後に肩で息をしていた。
これが二人分の精神を抱えた肉体という事か。
この程度で、体力が絞り出されているように感じる。
これは身体がなれていないだけ、と思っていたんだが。
サーマルはゆっくりと息を整えた。
「興奮するな、サーマル。今は冷静に俺の言葉を聞いて欲しい。君たちの今後に関わることだからな。」
「今、この身体が如何にひ弱か実感しているところだ。」
「とりあえずは、最後まで俺の話を聞いて欲しい。」
サーマルは息を整えながら、ゆっくりと頷いた。
「まず、サーマルの今の質問だが…。それについては、ある意味、全く別の目的があるとだけ答えておこう。声は出さなくていい。この件はラスプーチンを吸収した俺だからわかることだ。」
ディッセンドルフのこの言葉に、サーマルは修練場でのディッセンドルフの姿を想起させた。
ディッセンドルフの体を乗っ取ろうとしたラスプーチンが逆に吸収された事実。
「人によっては理不尽な事でも、「神」にとっては理に適ってる、という事だと思って欲しい。」
言いたいことは何となく理解できる。
サーマルは先を促すようにと、頷いて見せた。
「【言霊】自身の名前と、その付与された力への誤解も実際にはあるだろう。少し特殊ではあるが、「優剣翁」インデルマン卿は60を過ぎてから「神の言葉」を受けたとの事だ。」
サーマルはその話は初めて聞いた。
ナターシャの師であるという事しか知らなかった。
「与えられたのは「安眠」。普通に考えれば、相手を強制的に寝させる能力と思われがちだが…。本来は穏やかな「死」を与える能力だった。」
苦しみの中にいるものにとっては、素晴らしいと思われるかもしれない能力だが、当然、健常人がその能力をぶつけられれば、不本意な「死」を享受することになるのではないか?
「人の理解の及ばない「神」の真意、そして人の誤解があいまって、様々な「神の言葉」が現れているという事だ。だが、そんなことは、今はどうでもいい。」
サーマルにはディッセンドルフの言いたいことが朧気ながらわかってきた。
分け与えられた力なら、さらに分け与えられるのではないだろうか。
「この【言霊】などの「神の言葉」の力のもとは「神」そのもの。言い変えればこの世界そのものから供給されている力だ。「神の子」に与えられる力は無尽蔵だと言っていいと思う。俺はその一部をサーマルとサーシャネルが生きている限り、与え続けようと思っている。」
「それは…。」
「無理にしゃべらなくていい。ただ俺を信じてくれれば、いい。」
サーマルは黙ってうなずくしかできなかった。
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