第55話 サーマルの幸せ
最終章、始まります。
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騎士魔導士学校襲撃事件からひと月が過ぎた。
破壊されたがれきのほとんどが撤去され、その中で発見された遺体の回収もほぼ終わり、今後はこの騎士魔導士学校の再建計画が始まろうとしていた。
この再建計画には、本来であれば首謀者たるラスプーチンの財産を差し押さえて、必要な予算に組込むところであったが、精神寄生体という特異な存在であったラスプーチンの私財を確定することは難しかった。
だがディッセンドルフの情報提供と、生き残っているサーシャネル・ハーマスの証言と、「優剣翁」ことマンチェス・インデルマン卿の進言から、関わった者の私財の没収という形をとることになった。
カチリマスト家はその財産のほぼすべてを自ら国に献上、独り身であったコンコルディア・フローラの持つ土地、家、魔法に関する多くの書物の印税はすべて国の管轄に置かれた。
裏切り者を出した神聖騎士の所属するロメン法国麾下の国家神聖騎士団からもかなりの資金援助が申し込まれている。
ハーマス交易所を運営するハーマス商会は交易所運営のための資金以外のすべてを騎士魔導士学校に贈与したのち、ハーマス商会当主であるリンダネル・ハーマスは妻と共に毒を飲み自害した。
これは愛娘の犯した罪を身をもって謝罪の意を伝えるためではない。
すでにこの騎士魔導士学校襲撃の重要参考人にして容疑者のサーシャネルに対する極悪非道な残虐行為が本人の口からもたらされたことにより、生きていれば即、国の重犯罪者用の地下牢に投獄されることがわかっていたためと思われている。
当主を失ったことにより、通常であればサーシャネルに権利が移るところであるが、現段階ではリンダネルの弟で、サーシャネルの実の伯父にあたるワルス・ベークウィッドが当主代理として勤めることになった。
このワルス・ベークウィッドという人物はこの国の南端にあるベークウィッド家の領地の管理をしている。
ベークウィッド家は子爵の爵位を持つ貴族であるが、ハーマス交易所で頻繁に交易をおこなっていた縁でハーマス家と親交が深かった。
ワルス・ベークウィッド、旧名をワルス・ハーマスは非常に優秀な人物だった。
そのため自分の地位を奪われるのではないかと思ったリンダネルによって、ベークウィッド家の令嬢と婚姻させ、辺境へと追いやったのである。
ワルス・ベークウィッド氏は優秀であり、さらに欲の少ないという美徳とも欠点とも取れる性格で、兄の意に反することなく、ベークウィッド家領地、オストワルドで数年を過ごしていた。
サーシャネルが実父と実兄たちに残虐非道な仕打ちに会う前にはよく懐いていた。
また、ワルスもこの姪を可愛がっていた。
今回のことが明るみになると妻のヨークシャー・ベークウィッドを伴い、ハーマス家の再建を了承したのである。
二人には子がなく、サーシャネルを養子として籍に入れることになるのだが、それはまだ先の話である。
カーサライト家に至ってはさらに話が複雑になった。
ジルベル・フォン・カーサライトが今回の事件で担っていた役割は大きかった。
資金援助の面でもそうだが、あらゆる人脈を使って、この学校での今回の警備状況を把握し、その中に関係者たちを配置させていた。
ジルベルの姉が現国王の遠戚にあたる公爵家に嫁いでいることも事態に複雑さを加えた。
実際にディッセンドルフと決闘を行ったナターシャ・ジェルネンコがその計画にいいように使われたのは事実であった。
だが、本人はマルヌク村での事件の復讐という一点のみで、今回の事件に直接の関係が見られなかった。
こう言った事も、どう考慮すればいいのか、政府上層部は頭を抱えることとなった。
そこに来て、以前のスサノ・テンショウメイとの決闘、さらにはその家族への残虐行為の露呈は、他の貴族から疎まれることとなる。
これは他の貴族が清廉潔白だからではない。
皆、大なり小なりそのような婦女子や身分の低いものを金の力や、時には拉致して、いたぶり殺害している者も少なくなかった。
だからこそ、法務省の介入はカーサライト伯爵家のみで終わらせたかったのである。
ナターシャにはその後見人として、「優剣翁」マンチェス・インデルマンが立ち、カーサライト家を継ぐこととなった。
嫁いでいるジルベルの実姉はカーサライト家との断絶を公式に伝え、保身を図った。
これで王族の後ろ盾の無くなったカーサライト家は男爵へとその身分を落とし、持っている領地の4分の3が国に取り上げられ、この件に関しての幕引きがはかられた。
フォルトの父は決闘での惨敗という不名誉な結果が、国王の名のもと正式に返上された。
さらに取り上げたカーサライト家の領地の一部がフォルト・テンショウメイの名で国王から下賜された。
すでにゴルネイエフの籍に入っていることもあり、現在はゴルネイエフ商会がその土地を管理することとなった。
事件関係者から取り上げたり、献上されたものを資金源として騎士魔導士学校の再建が進む中、さらにディッセンドルフの義理の父、アレキサンドル・オスマン・フォン・ルードヴィッヒより資金援助がされ、より高等な設備の増築が可能になった。
資金面での再建はたったものの、現役の学生を収容して、その技術の向上をはかるための代替の土地が早急に必要になっていた。
日差しが少しずつ強さを増し始めた日、ディッセンドルフはニシムロとともに、サーシャネル・ハーマスの病室を訪れていた。
ニシムロはあの場で計8日にわたって、サーシャの傍らで見守り続けたことになる。
やっと目を開けたサーシャに対して、簡単な質問をして、本人であることを確認した。
さらに思念波を用いて、心に直接語り掛けることにより、サーマルの意識が維持されていることも確認したのち、王族たちが用いている秘匿性の高い王立病院の最上級病室にサーシャネルの身体を運んだのである。
今回の騒乱において、ジョバンニュ・クリミアン連合王国の国王、マーベル・レジェ・ルツベル・クリミアンⅢ世の窮地を助けたのは、間違いなくこのニシムロである。
さらにそのニシムロに指示をして、国王と首相を救助させたディッセンドルフもまた、国王にとっては最重要人物であった。
そのような理由から、この二人の申し出に対し、国王、並びに王族庁は快く受け入れた。
その心情が何処にあるかは別にして。
サーシャネル・ハーマスの健康に関しては、この王立病院の医師たちが丁寧に受信を繰り返しており、全くの心配はなかった。
だが、この病院付きの治癒魔導士は、サーシャの精神はまるで二重人格のように二つ存在することを王族庁長官、そして国王とその親族に報告していた。
その件についてディッセンドルフに意見を求めたが、全くそれには答えず、この件についての箝口令が敷かれるまでになった。
サーシャネル・ハーマスは、現時点でジョバンニュ・クリミアン連合王国にとって、最大の秘匿事項となったのである。
そんな重大な機密となっている当の本人、サーシャネル・ハーマスはそんなことは露とも知らずにいた。
しかしながら、そのサーシャに一生寄り添う決意をしたサーマルは十分知っていた。
「体の調子はどうだ、サーシャネル・ハーマス。無理がかからないよう、細心の注意を払ったつもりだが。」
ニシムロがベッドに上半身を起こしている少女に聞いた。
「おかげさまで、健康には一切の問題はありません。ですが、ニシムロ卿、私はいつまでここで過ごせばよろしいのでしょうか?」
「だとさ、大将。どうする?」
ニシムロの横に座るディッセンドルフはしっかりとサーシャの瞳に視線を合わせていた。
(どうだ、サーマル。サーシャと共にいることに苦痛はないか?)
(ああ、もう慣れたよ。心の奥では僕をしっかり受け止めていてくれる。彼女が死よりもつらい目にあったことも、僕がともにいることにより、何とか受け入れているようなんだが…。表層意識は僕を拒もうとする力が働いていて、微妙な状態だ。じきに僕を認めて受け入れてくれるとは信じているんだけども、な。)
(そうでなければこうも心が定着することもないだろう。サーマルの身体丸ごとエネルギー源にして、サーシャの心の開放を行ったんだから)
「いい加減に思念波での会話はやめろ、大将。サーシャネルが怯えちまうぞ。」
一心にサーシャの瞳の向こう、サーマルの意識と思考を交差させていたために、睨まれたようにサーシャネルは感じたのかもしれない。
「サーシャ、君は今後どうしたいんだ。サーマルが命懸けで君を助けたことは充分わかっているだろう。」
「……はい。…でも。」
サーシャは、そう言ったきり、次の言葉を出せずにいた。
当然ながら、この騒乱事件が起こってから、サーシャはただサーマルを、害し続けただけであったからだ。
いくら悪の根源、ラスプーチンに身も心も捧げたと言っても、その罪が消えることは無い。
「君は重く考えなくていい。サーマルは君に好意を持っていた。だからこそ、その縛られていた心を解き放ちたいと思っていたのだから。」
(おい、ディッセンドルフ!誰がそんなことをサーシャに言っていいなどと言ったか?)
(だが事実だ。入学間もなくから顔は笑って、元気娘を演じ続けていたサーシャネルの孤独の苦しさを知っていたんだから。サーシャを助けたい。ずっとそうおもっていたのだろう?)
(それは確かに間違っていないが…。)
不安げにディッセンドルフを見る少女の目に、ふと笑みを漏らした。
「サーマルの行ったことはサーシャ、君にとって不快だったか。」
その問いにサーシャネルは一瞬目を伏せたが、すぐに元々の強い力のこもった瞳を、ディッセンドルフに向けた。
「いいえ、サーマル先輩の心は凄い暖かいものでした。」
「今そこにサーマルがいることは?」
「感じています。非常に暖かい想いに包まれていますが…。」
そう言うとサーシャネルが顔を伏せ、しばらく無言になった。
ディッセンドルフもニシムロも、ただ少女の次の言葉を待った。
病室のあけられた窓から風がサーシャネルの髪を撫でるように通り過ぎた。
「本当にこの状態がいいことなのでしょうか、会長!私は自分の欲のために、優しいサーマル先輩を刺し、苦痛を与え続けていました。さらに会長に対する人質とするために、苦痛を与え続けながらも、気を失うことも許しませんでした。他の人が死ぬことに全く躊躇せず、さらにはもっと多くの人を苦しめることにも加担していたのです。」
少女の目から涙が零れ落ちる。
「そんな私が、今も苦しむこともなく、さらにはサーマル先輩に包まれるこの上もない幸せな状態になど、なってはならないはずです。もっと多くの人を助けられたはずのサーマル先輩の身体を奪ってまで、私に生きる価値があるはずはありません!」
(それは違う!)
それは3人の心の直接響いた。サーマルの叫びだった。
(僕は…、俺はサーシャネルに、その過去も含めて、生き続けてほしかった。ただそれだけだ。そのサーシャの横にずっといられる。それだけで俺は、幸せなんだ!)
その言葉は3人の心を、特にサーシャネルの心が最後の黒い靄を弾き飛ばした。
その滓のような靄は、サーマルが最後まで剥がすことの出来なかったものだ。
今、その最後の汚れが消えた瞬間だった。
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