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「神の子」  作者: 新竹芳
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第53話 騎士魔導士学校騒乱の後処理

 すでにあれから3日が過ぎた。

 ニシムロとサーシャネルはいまだその場所にとどまっているが、他の者はこの事件の後始末に追われていた。


 ディッセンドルフは、新たにこの騎士魔導士学校校長に就任したバスター・プロミネンスのもと、国家騎士団並びに魔法師団の全面的な強力のもと、急ピッチで放置された死体や死骸の撤去と遺族への遺体や遺物の返還、破壊された講義棟や修練場などの再建を行っていた。


 これほどまでのクーデターに関してはこの国、ジョバンニュ・クリミアン連合王国では久しく経験がなかった。

 統一戦争直後に反体制派との戦闘はあったものの、大陸での「悪魔狩り」続く「魔導士戦争」は、国内で争うことが許される状況でなかったという事もあった。


 今回の叛乱は500年以上も精神寄生体として生き永らえてきた中世ロメン法国の司祭、ラスプーチンが首謀者であったことは、国王並びに行政府も認めるところである。


 だが国内を見ても、国家騎士団と魔法師団のクーデター、とりわけ上級騎士ザスルバシ・アップ・カチリマスト、魔法師団第3大隊隊長コンコルディア・フローラの叛意の存在。

 いかに悪魔のようなラスプーチンという精神寄生体に唆されたとしても、あってはならないことだった。


 二人の死亡は確認されているものの、さらにこの叛乱に協力していたカーサライト伯爵家と、ハーマス交易商会に対しての処遇も問題になった。


 当然、国、国王に対しての叛乱を起こした罪はその本人にとどまらず、一族一党まで死罪を申し付けるのが通例である。


 しかしながらハーマスは交易商会を取り潰した場合、流通の要とも言えるこの企業の存在に代替できる企業は存在しなかった。

 カーサライト伯爵家も、今までのクリミアン王家との血縁関係が酷く絡んでいて、この裁定に異を唱える少なくない数の者がいたのである。


 さらに、今回の騎士魔導士学校襲撃、しいては国家反逆の罪人は、実行犯だけでなく、多くの爵位持ちの中にも、政府高官にもいた。

 さらに、聖女の護衛を務めるはずの神聖騎士団の団員も反逆者としてその名を連ねていた。


 これらの組織、共犯者たちの情報は「神の子」ディッセンドルフよりもたらされていた。


 ラスプーチンの能力ごと吸収したディッセンドルフは、その「心の海」に繋がっていたものは完全に把握できた。

 さらにそのネットワークから親密な者たちをも突き止めていたのである。


 当然、ディッセンドルフの証言だけで事を起こすことはできなかったが、その情報をもとに捜査を多方面に展開し、裏付けを取っていたのだ。


 レベッカ海峡事件後には、レオパルド連邦はジョバンニュ・クリミアン連合王国に対して、かなり弱い立場になっていたため、王国の操作騎士たちを拒むことはできず、協力してその捜査に参加していた。


 ロメン法国に関しては神聖不可侵を国是としていたのだが、今回のテロ行為が500年以上前に在籍していたラスプーチンが主犯であったいう事実。

 聖女アンドリュー・ビューテリウムを守護するために派遣された神聖騎士が、そのテロ行為に加担し、その聖女の命までも狙っていたことが判明した時点で、王国の派遣捜査騎士、魔導士の受け入れを甘受せざるを得なかったのだ。


 そのような形に持ち込むため、ディッセンドルフは自分の人脈をフル活用した。


 ルードヴィッヒ次期伯爵子息という立場、騎士魔導士学校首席にして学生会議会長という肩書、レベッカ海峡事件での救助における勲章の受章者であり、表には一切公表されていないレベッカ海峡事件の終息を導いた人物として政府上層部、国家騎士団上位者は認識していた。

 そして単純に「神の子」という【言霊】持ちという事が、圧倒的に人々の援助を受ける条件を満たしていたのだ。


 聖女アンドリュー・ビューテリウムとともに、あいている責任者の席に関係者を送り込むこともしていった。

 この過程ののち、ディッセンドルフの影響力は計り知れないほど強大になっていたのである。


 ディッセンドルフの立場は騎士魔導士学校6年時というものであったが、すでにそのようなものは誰も確認しようとはしていなかった。


 今回の騒動、のちに騎士魔導士学校騒乱事件と言われるようになる今回の件で、その舞台となった騎士魔導士学校の損害は、講義棟の半壊、修練場の消失、外壁の破壊、薬用植物園や修練道場の消失と、再建にはかなりの労力、財力、時間を要すると思われていた。


 犠牲者は最高裁判所長官、魔法師団参謀など国家の重鎮の死亡、国家騎士団、魔法師団の中にも死亡者や傷害者が相次いだ。

 学生も数十人が死亡、百人近いものが障害を負った。


 来賓や保護者にも被害者は出ている。

 カーサライト家の当主と次期党首は今回のテロの加担者でもあるが、殺害されていることも確認されている。


 国王も首相も間一髪で助けられていた。

 体力気力とも衰えていてもおかしくないところであったが、緊急法案を矢継ぎ早に出し、ディッセンドルフの援護を行っているという事実もあった。


 ディッセンドルフはできうる限りの対応を行い、今その様々な処理に一応の目途がついた。

 今後は自分の目的のために動かねばならない状態ではあった。だが、この3日間動かないニシムロとサーシャネルのことはずっと心配していたことでもあったため、今も動かない二人のもとに出向いてきた。


 その後ろにはまるで体重を感じさせない歩き方でアンドリューの姿もあった。


「どうですか、ニシムロ卿。」


 その声に髪も髭もボサボサで顔に窶れのあるニシムロが振り向いた。


「まあ、順調そうだ。何とかサーシャネルの心に絡みついていた黒い感情のひだを剥がしている。だが、ここからが本番だ。この少女が闇に落ちたその大元に対する処置をサーマルがどこまでできるかだな。」


「ニシムロ卿、あなたは何も口にしていないようですが、大丈夫なのですか?」


 アンドリューが尋ねる。


「私は慣れている。彼らはサーマルの身体をエネルギーの供給減に使っているから問題はない。問題はサーマルの覚悟だけだ。」


 ディッセンドルフはニシムロの言葉にかすかに頷いた。


「あんたの方はどうだい?こっちの教会連中は問題ないだろうが…。」


「はい。先程までロメン法国の法王、教皇、枢機卿との会談をしてまいりましたが…。」


 涼しげな雰囲気の中で、しかし険のある表情でアンドリューが口を開いた。


「年寄連中では話にならないと。」


「いえ、そういう訳ではなく精神体だけとはいえ、元司祭を務めた僧、ラスプーチンが起こした此度の争乱。幕引きに対してのやり方で意見が割れまして。」


「ほう、それは興味深い。」


「既にラスプーチンが「神の言葉」教を破門されていたことは事実。であるからロメン法国には一切の罪はないと主張する枢機卿に対し、法王はそれでも教会が関わった人物であり、その時点、まあ500年も前の話ではありますが、この騒乱にある程度の非を認めるという態度でして。」


「正直、俺はどっちでもいいがな。それよりも、教会内の不穏分子の一掃だけはしてもらいたいもんだ。」


「ああ、それは約束させた。」


 ディッセンドルフが力強く言った。

 驚いたニシムロは、二人揃って来たことから納得がいったように頷く。


「どうやってロメン法国と連絡を取っていたかと思ったら、大将が聖女様をお連れしていたわけだ。」


「これからのこともあるからな。一応の面通しも兼ねて行ってきた。」


「大将には物理的な距離は関係ない訳か。こっちはまだもう少しかかりそうだ。対象たちは自分たちのやるべきことをやっていろ。」


 興味を失ったようにしてまた、サーシャネルに視線を戻した。


 サーシャネルは、最初こそ蹲っていたが、今は完全にあおむけで倒れている。

 生きている証拠に、口元にかかる自分の髪の毛が微かな呼吸に呼応して揺れていた。


「ニシムロ様は、その少女の中で起こっていることがわかるのですか。」


「それが俺の能力の一つでもある。マインドコントロールされている者の催眠を梳く技術だ。ただ、これだけが根が深い場合には、何が起こるかわからん。しっかりと見守って、異常事態になれば介入してどちらかだけでも助けるつもりだ。」


「厄介なことを頼んでしまったな、ニシムロ卿。」


「大将が謝んな。俺はこの坊主の純粋な頼みに応じただけさ。」


 照れ笑いを浮かべ、ニシムロが呟いた。


 ディッセンドルフにもわかっていた。

 あれほどはっきりとウロボロスの印が浮かんでいたサーシャネル・ハーマスの心が戻って来るには凄まじい根気を必要としていることが。

 本来なら、そこまでラスプーチンに心酔している者は、あっさり殺してしまうほうが簡単で、本人のためでもある。


 事実、ラスプーチンがディッセンドルフに完全に吸収されたことを知った時、サーシャの心は壊れる寸前だったのだから。


「すでにラスプーチンの洗脳は解かれている。今は、その解かれた後、少女にとっておぞましい過去の清浄化に取り組んでる。こいつがやけに難しいんだが…。」


「そうだろうな。サーシャネルは絶対に思い出したくない、凌辱の歴史だからな。」


 ニシムロは静かに頷いた。


 だが、その言葉にアンドリューが驚愕の表情をディッセンドルフに向けた。


「りょうじょくのれきし?」


「サーシャネルは幼少のころから実父と二人の実兄に犯され続けられていたんだ。」


 アンドリューの顔が歪んだ。


「その(クビキ)を解き放ったのがラスプーチンだった。だからこそ、サーシャはラスプーチンを自分の主と崇めたんだ。」


 アンドリューは顔を両手で覆いながら、「ひどい」と呟いた。


「今、サーマルはその時の記憶に対して精一杯の介入をしている。どこまでできるかは、サーマル次第なんだ。だから見守ってほしい。」


「……、わかりました、ディッセンドルフ様。」


 俯いた聖女の後方から近寄ってくる人物がいた。


 ディッセンドルフが微笑を向けた。


「インデルマン卿!調子はいかがですか?」


 近づいてくる小柄の老人にディッセンドルフが声を掛けた。


「お前に突かれた腹が痛むぜよ、ディッセンドルフ卿。」


 その声にアンドリューが振り向いた。


「インデルマン卿!生きておいでだったんですね!」


 アンドリューはいったい何度自分は驚かされたら、慣れるのだろうか。

 そんなことを心の隅で思っていた。


 そう、インデルマン卿は「神の子」ディッセンドルフに腹を刺し貫かれて死んだはずではなかったのか?


「ああ、どこかのクソガキがご丁寧に、刺し貫いた剣に治癒魔術を乗っけやがったようでな。ワイの悪運は続いとるちゅうわけぜよ、なあ、クソガキ。」


 そう言ってディッセンドルフに視線を向けた。


 言われたクソガキ、ディッセンドルフはただ苦笑いをするだけだった。


「ナターシャはまだだが、もすぐ起きるとよ。全く、ワイを殺してしっかり「安眠」ちゅう【言霊】をかっぱらえばいいものを。」


「インデルマン卿にはまだ生きて、この国に尽くしてもらわねばなりませんのでね。カーサライト伯爵家の今後も見据えて。よろしくお願いします。」


 ディッセンドルフが深々と頭を下げた。


「この救われた命じゃけ、世のために使わせてもらうよ。おんしゃもその持つ大義、達成できることを祈ってるぜよ。」


 そう言うと、インデルマンはそのままその場を立ち去っていった。


「ディッセンドルフ様、インデルマン様がおっしゃった大義とは?」


「アンドリュー様には後程、みんなと一緒に説明いたしますが…。聖女様の力、是非わたくしのためにお貸し頂きたいと思っております。」


「私は「神の巫女」です。ディッセンドルフ様のお言葉は神様の勅命と考えております。そんなに改まらないでくださいまし。」


 二人のやり取りを聞きながら、ニシムロは暗い微笑を浮かべていた。



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