第50話 ディッセンドルフの帰還
ディッセンドルフの身体は雷に貫かれたはずだった。
その光景を見たほぼすべての者が、ニシムロもまた気象をコントロールできるのではないかと考えていた。
でなければ、「神の子」自身が自殺を試みたことになってしまう。
だが、ディッセンドルフの身体は先程のニシムロ同様、全くの無傷であった。
「派手な演出じゃないか、大将。」
落雷に対して、ニシムロはそう声を掛けた。
「わかりやすくていいんじゃないかと思ってね。この体がいかに不死身に近いという事を知ってもらうためにも。」
「誰に対してアピってんだ、大将。」
「当然、「闇の王」などと自分を語る逆賊とその一味に対してだよ、ニシムロ。」
[嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!]
ディッセンドルフの口からは同じ声ながらも、明らかに違う二つの声音が聞こえてきた。
[貴様は、「神の子」の魂は我が喰らったはずだ。だからこの「神の力」も使えたんだ。学生を一瞬のうちに消し去れたのも我の力だからだ!]
この体に侵入した際に、ディッセンドルフの心を確かに自分の中に飲み込んだはずだった。
にも拘らず、まさに今、ディッセンドルフの心がこの体の隅々まで広がっていくことを防げずにいた。
「ラスプーチンとかいう名前があるのか、あんた。わざわざ「闇の王」なんて呼ばせるから、本当に神の力の一部を持っているかと思えば、ただの魂の集合体に過ぎなかった。「心の海」という【言霊】の意味、ラスプーチンは本当に知っていたのか疑問だよ。」
[うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!お前ごときに何がわかるというのだ。500年以上もの間生き続けた我の想いなど、誰にも理解できない!]
「「心の海」とは人の魂の集合体だ。決して「人心操作」の術ではない。本来はこの世界に悔いを残した魂を吸収し、後悔を軽くさせて成仏させる術だよ。だがラスプーチン。君はその心を引き付ける力を別方向に使った。さらに、そうやって吸収した魂の言葉を聞くこともなく、その力だけを行使してきた。自分の力が大きくなったように誤解したのも無理からぬことだとは思うがな。」
ディッセンドルフが大きくため息をつく。
「「心の海」は文字通り魂の一時的な集合を許容する意味だ。そして、その魂の浄化を行う事でもあった。今、私の中には数多くの成仏できない魂たちが吠えている。その心を静めることも僧侶には十分な仕事だと思うのだがな。」
[貴様のような「神の子」などというふざけた【言霊】を持つ者に、この気持ちを理解することなど出来んのだ。我は神となるために、魂たちをこの体にためてきたのだ!]
「で、どうだい?一時でも神になれた気分は?」
[どういうことだ?]
「言葉通りだよ。俺は一時も君にこの体の主導権を渡したことは無いのさ。君がやりそうなことを想定してそのようにこの体を動かしたに過ぎない。そうでもしないと、この体に定着するよりも早く逃げられる可能性があったからな。」
[学生たちを瞬時に消し去ったのもお前か?お前の仲間たちも数多くいたはずだ!]
「ああ確かに多くの学生が消えた。それは間違いないよ。衝撃波が彼らに到達する前にすべての学生を飛ばしたんで、あれは骨が折れたよ。」
[な、何を……。]
「この体で攻撃する直前、我々の様子を窺っていた学生、100人以上いたかな?本来なら、俺に捕まっての空間転移の方がより安全で、間違いないんだ。だけど時間もなかったから、この敷地の校舎をはさんだ位置の花壇に空間転移させたよ。予想通り無事に転移してくれてよかった。」
[まさか先のニシムロに対しての攻撃も…。]
「避けるように雷を操った。」
「だから言っただろう?俺は何もしていないと。」
ディッセンドルフが呆然としているように見える。
これはまだ完全にディッセンドルフ自身がこの体を操っていないことを示している。
[すべてお前の手の上で踊ろされていたというのか我は。]
「単純にマルヌク村の件で怒りに任せていれば、ナターシャごと消し去るのが簡単だった。だが、ナターシャはメビウスとバネッサ、ディグがその命を賭けて守った少女だ。出来るなら助けたいと思った。だからこそわざわざこんな面倒臭いことをしたんだよ。そう言えば、お前、ラスプーチンという名であったな、長生きしか能のないこいつは。」
ディッセンドルフの声が今は自分の身体を動かそうとしている「闇の王」に突き刺さる。
[そんなに簡単に我を駆逐できるとは思うなよ。]
低い悔しそうな声音が、ディッセンドルフの言葉を懸命に否定しようとする。
「しかも、本当に心の深い闇の部分に潜んでいられると、ちょっと厄介だった。まずお前の本体を表層意識に引きずり出す必要があったんだ。表層意識に出てくれば、こちらも魔導を絡めた剣でその精神体を引きずり出すことが出来ると踏んでいた。」
[ふん、そんなことが出来るものか。]
ラスプーチンは、ディッセンドルフと話してるうちにこの体を放棄することを考え始めていた。
だが、精神の一部がうまくこの体からはがれない。
「無駄だよ、ラスプーチン。この状況に持ち込むために、俺は多くの策を張り巡らしたんだから。」
ニシムロが一つの身体で行われている会話に苦笑せざるを得ない。
「お前の精神をナターシャから分離させようと思ったんだが、さらに一歩先に行くべきだと、インデルマン卿に諭されたよ。」
[インデルマン卿だと。お前が命を絶った男がお前に説教か。笑えるな。]
「まあ、そう思われても仕方がないが。だから、俺はお前を、ラスプーチンを、その「心の海」に封じ込めた魂もろとも、俺のものにするべきだと考えた。」
[何を言っておる、この若造が!お前はザスルバシや、フローラ、そしてナターシャの攻撃で疲弊していた。だからこそ、我がお前の心を喰らいこの体を我の者に]
「なっていないよね、ラスプーチン。すべてはお前自身で俺の身体に侵入させるための罠だったんだよ。」
[馬鹿な!我はまだ生きている!]
「生かされているの間違いだよ、ラスプーチン。先程の雷は、お前の抵抗する力を奪うために行われたことだ。もう、そのディッセンドルフの身体を動かすことはできないはずだ。」
そのニシムロの声に反論するように右手を動かし、大いなる力を放出しようとした。
しかし…。
「指一本動かないだろう、ラスプーチン。君も長く行き過ぎた。俺が言うのもなんだがね。」
[ああ、ああ、ああああああああああ~。]
ニシムロの言葉にラスプーチンの諦めとも呪詛とも取れる声が発せられた。
「俺はすでにお前たちのある程度の動きは解っていた。だからこそ、この騎士魔導士学校の入学式に国家騎士団の配置を上層部にお願いした。すでに俺の「神の子」としての能力を認めざるを得ない政府はすぐさま1個大隊もの騎士団を配置してくれた。確かに上級騎士1位のザスルバシ、魔法師団最高と言われた魔女フローラがラスプーチンの手に落ちているとは思ってはいなかったが。ただ、ロメン法国の神聖騎士の数名が闇に心を奪われたことは解っていたし、学生会議役員に名を連ねるサーシャネル・ハーマスがラスプーチンに心酔していることも掴んではいた。」
[では、あそこに転がされているサーマルとかいう学生は捨て駒か。]
「サーマルは捨て駒ではない。そんなことは無いよ。彼は俺にとっての唯一と言っていい親友だ。」
[それを人質に取られたからこそ、我に隙を…。]
「そう取ってくれるように仕組んだのは事実だ。だが、その申し入れはサーマルから言われた。真剣な目でね。」
[そんな酔狂な奴が…。]
「いるんだよ、人間にはな。お前みたいなやつには生涯かかっても信じられないだろうが。」
泥地に頭から突っ込まされ、脇腹に短剣を指された可哀想なサーマル。
だが、あいつには助けたい少女がいる。
サーマルには可能な限りの守護魔術を施してはある。
だが、最後にはあいつの精神力がものを言うはずだ。
「そう言った様々な策を仕掛けて、やっとお前さん、ラスプーチンをお俺の体内に封印することが出来た。いくら「神の子」と言っても、やはり予測外のことは起きる。それも修正できた。ラスプーチン、お前の言葉を借りるなら「非常に気分がいい」と言ったところさ。」
[我は神より選ばれし、異能の者、「闇の王」だ。これで勝ったと思うなよ。]
「自分の立場というものがわかっていないようだな、ラスプーチン。まあ、それももう終わるよ。思ったより、この学校に損失を与えてしまったようだが。直せそうなところは俺の権限の及ぶ範囲で修繕していこうかな、なあ、ニシムロ!」
「「神の子」の御意のままに。」
その瞬間、ディッセンドルフの身体の周りが蒼い炎に包まれた。
ラスプーチンが、「神の子」の力を使わずに自力で発生させた「浄化の炎」。
自らをも焼き尽くすやもしれぬ神聖なる炎を、この場で放った。
ディッセンドルフの息の根を止めるために。
だが、当のディッセンドルフにはまったくの痛みや苦しみは発生しなかった。
[この炎が、効かない、のか?]
ラスプーチンの精神が呆然とそう呟いた。
500年以上生に固執していた精神体にとって、初めて心が折れた。
挫折を味わった。
ディッセンドルフの感覚はそんなラスプーチンを冷酷に観察していた。
静かに左手を陽のさす太陽に向けた。
雲のまったくない空のさらに先から、高エネルギー体が接近し、ディッセンドルフの体を打った。
轟音が、彼らを見ていたものに届き、周りは白い闇へと変わった。
短く断末魔の叫びがその豪音に重なった。
一体どのくらいの人がその声を聴くことが出来ただろうか?
そこに高エネルギーに打たれたはずのディッセンドルフが無傷で立っていた。
「術式完了。」
ディッセンドルフが小声でそう呟いた。
その声に呼応するように、サーシャネルの悲鳴が、この騎士魔導士学校のこだました。
ハゼロウも自分の魔動力の支えとなっていたラスプーチンの力が消失したことを実感した。
他の国、レオパルド連邦でもいまだにラスプーチンの息がかかっている者たちがいたが、その者たちからも、魔導力が消失していった。
ロメン法国の神聖騎士や、下級司祭たちの中にもラスプーチンの力を借りている者達がいたのだが、急激に魔導力を失っていった。
だが、ほんの一部に、ラスプーチンの力の消失の代わりに、「神の子」ディッセンドルフの意思、いや目的を察知する者もいた。
その目的のあまりの悲壮さ故、その場に崩れ落ち、心を閉じて行ったのである。
いま、ディッセンドルフが「闇の王」を名乗るラスプーチンの影響を完全に排除し、ラスプーチンの持っていた能力、【言霊】である「心の海」を完全にその支配下におさめ、それに付随した様々な人の想い、力を受け取ったのである。




