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「神の子」  作者: 新竹芳
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第47話 「闇の王」の執念

「モノ欲しそうな目をしやがって。」


 ニシムロの声がディッセンドルフの耳に届く。


 またサーマルの悲鳴がこの豪雨の中、響き渡った。


「ニシムロ、もう駄目か?」


「いや、まだ表層のみだ。ただ時間がたてば、芯まで食われる。時間の勝負だ。」


 ディッセンドルフを見るナターシャの目に真正面から視線をぶつける。

 一回り以上その体を大きくした、ナターシャだった者がその剣を握りなおした。

 前のナターシャからは大きく見えたその剣は、今は小さく見える程だ。


 その体の急激な変化は幼いナターシャの体に多大な負担を強いているはずである。


「お前は誰だ?ナターシャではあるまい。」


 ディッセンドルフが低い声で問うた。

 その声に嬉しそうに笑い、ナターシャだった者が口を開く。


 「我は既に名を捨てた。我に従うものは「闇の王」「我が主」と崇めておる。」


 「ふっ、小さき器の者が好きそうな名前だな。わかった、「闇の王」と呼ばせてもらうよ。呼称がないと不便だからな、この世は。」


 「ふざけた口を。だが、この体を得た我に勝てると思っているのか?「神の子」よ。」


 煽ってきてるわけか。

 ディッセンドルフは思った。

 だが、どうやってこの「闇の王」だけを切り離すことが出来るのか。

 すでにある程度までは手を打ったが、ナターシャを傷つけるのは仕方ない。

 そう思ったときだ。


「名を捨てたとはな。笑わせてくれる。その右手の甲に現れた蛇の印は何と説明する気か、ラスプーチン。」


 ニシムロが先の「闇の王」の話を真っ向から否定し、さらに本名まで晒した。


 その大声に「闇の王」が反応した。

 ずぶ濡れのナターシャの皮を被ったそのものが、声を発したニシムロにその黒い目を向ける。

 瞳は赤く光り、一層の化け物を感じさせた。


「我が名を知る者がいる?この名は既に400年以上前に捨てざるを得なかった。それを知る者など…、ニシムロ?お前はマグダエル・ニシムロか?そんな、バカな。」


「わかっているだろうに…。そのウロボロスの印。蛇が自分の尾を飲み込むことによってできる究極の円。それを自らに相応しい印だと言って、自らの右手の甲に刻んだんだろう?」


「生きているわけがない。あれからもう500年は経ったはず。」


 そう言いながらも、明らかな動揺を示し始めた。


 その動揺故、ディッセンドルフの動きから目を離していた。


「お前は生きているんだろう。「神の言葉」教が禁断魔法と認定している人の心に寄生して生き続ける「死魂寄生」を用いてな。「神の言葉」教の幹部たちはお前を殺したことに安堵していて、まさか禁制魔法に手を出しているとは思わなかったのだろうがな。「悪魔狩り」やのちの戦争を見ていれば、貴様が関わっていたことはすぐにでもわかると思っていたが、「神の言葉」教の連中は聖地ロメノニアさえ護っていればいいと考えていたようだよ。よかったな、ラスプーチン。でなければ、お前は今頃地獄でのた打ち回っていただろう。」


 ニシムロの言葉は「闇の王」ラスプーチンにしっかりと届いていた。

 最初の内こそ、自分の素性を言い当てられ、動揺したが、今はなんとか平静を保つまでになっていた。


 そう、禁断魔法は、確かに禁じられてはいたが、法国の貯蔵室の一角、文献室にはさまざまな種類の魔術様式が書かれていた。


 ラスプーチンは「神の言葉」教の追撃から逃げるために、この体を奴らに殺させるしかなかった。

 だからこそ「死魂寄生」は実に都合のいい長生きの手法だった。


 200年ほど前に見つけた魔導力の天賦の才能の持ち主、コンコルディア・フローラには、若い女性の血を吸うことによって若返ることのできる印を下腹部に施し、さらに自分の忠実な部下である印、ウロボロスの印を右腕に焼き付けた。

 通常はフローラの魔導力により見えなくなっているその印は、魔導力を他に注いだ時に現れるようになった。


 ここで自らをニシムロと語る騎士は、そのどちらの手法ではないことをラスプーチンは知っていた。


 マグダエル・ニシムロ。

 この我の肉体を滅した、「真実の刃」という「言葉」持ちの司教にして神聖騎士の名。

 だが奴からは「闇」を感じさせる邪悪な気配は一切関知できない。

 どうやってこの時代まで生き続けて…。

 いや、ニシムロという名は、いたるところで聞いた気がする。

 近いところではオーストウッド海戦でかなりの数の艦船がニシムロという名の魔導士によって沈められていた。


 そうだ。自分が行った数々の陰謀でも、それ以外の紛争でも、数多くのニシムロという名前が出ていた。

 皆、ファーストネームは違ったが…。


「ニシムロ、お前は一体…。」


 呆然としながら、そう呟いた時であった。


 「闇の王」の足元の泥地が一気に膨れ上がった。


 その泥の中からツヴァイハンダーの剣先が顔めがけて突き付けられた。


 ナターシャの身体がその攻撃に反応し、そのまま後方に下がる。


 だが、後退するナターシャに向かい、弾けて空中に跳んだ泥が、急速に固まり、さらにナターシャに向かい撃ち込まれる。


 ディッセンドルフの攻撃が始まった。


 ニシムロの存在に意識が行っていた「闇の王」は、しかしすぐにその攻撃に反応した。

 一度一つの剣に戻っていたが、再度、二つの剣に分離させ応戦する。

 泥の塊は簡単に弾かれ、その剣を搔い潜ったものもナターシャの身体に接する前に消失した。


 すでにその時点でディッセンドルフの身体が巨大化したナターシャの真上にあった。


 振り上げたツヴァイハンダーを自分の身体ごと「闇の王」にぶつかるように振り下ろす。


 その全身全霊の攻撃は、しかしその対象物にかすりもせず、泥の地面に叩きつけられた。


 完全にディッセンドルフに隙が出来た。

 ディッセンドルフの右横に衝撃を受けた。

 そのまま体ごと横に吹っ飛ぶ。そこにはニシムロの言葉に動揺していた姿はみじんも感じられなかった。


 ディッセンドルフの身体はもう泥と判別がつかないぐらいの状態になり、地面に倒れていた。


「ニシムロの話で動揺させて隙を突こうとしたのか?甘かったな。「神の子」の力もかなり消耗してるようだが、我は充実してるぞ。貴様のお陰でな。」


 いたぶるようにディッセンドルフの身体を無造作に蹴とばす。


 ディッセンドルフは魔導力を使い、ナターシャから一度離れた。


 肩で息をし始めた。

 体が思うように動かない。


 二人の闘いを見ていたオオジコバの眉を顰める。

 明らかにおかしい。


「オオジコバ、様?ディッセンドルフ様はどうされたんでしょうか?動きに精彩が見えないんですが。」


 フォルテが横のオオジコバに尋ねる。

 「神の子」という【言霊】を持つ、ディッセンドルフにオオジコバは全く心配をしていなかったはずだった。


「フォルテ姉の言うように、確かに変だな。魔術を全開で使わないのはまだしも、あんなに泥だらけになるのは…。見ている限り先輩から力を奪い取っていたようではあるが…。」


「ナターシャの身体もおかしなことになっていますね。元の身体からあんなに大きくなると、かなり負担がかかると思いますが。」


 そうか、あの少女の中にいる奴に対して、何か考えているのか、ディッセンドルフ先輩は。


「何か考えはあると思うんだが。最強と言われる剣士・インデルマン卿、国家騎士団上級1位・ザスルバシ卿、国内最高の魔女、魔法師団第3大隊隊長を務めていたコンコルディア・フローラと続けざまにディッセンドルフ先輩は戦っていた。ただ、さっきの魔女フローラの攻撃は、明らかに先輩の力を吸収していた。その状況は悪いともいえるんだが。それにしても、肩で息をしてるところなんか初めて見た。俺が全力で先輩に挑んだ時でさえ、息を一切乱すことはなかった。」


 今回のディッセンドルフの動きがおかしいとは思う。

 だが、ここで手を出すより、遠くに見えるサーマル先輩のほうが気になった。

 すでに当初の計画は聞かされている。


 サーシャネルがディッセンドルフの敵に回る可能性。

 そのためにサーマル先輩にディッセンドルフ先輩が特別の魔法をかけているはずだ。

 だが、サーマルは全く動けず、ずっと苦悶の表情を浮かべている。

 横にいる大柄な意地の悪そうな男が思い出したように腹に刺さった剣を動かし、そのたびに声にならない声を上げていた。

 さらにその横にいるサーシャネルは普段見かける愛らしい少女の仮面を捨て、陰気な憎悪の目を光らせていた。その顔は一昔前の自分を見ているようであった。


 ディッセンドルフ先輩の闘いには手は出せない。

 とすれば、サーマル先輩の救助に向かうべきか?


 フォルトがオオジコバを見ていた。

 その瞳は確かに語っていた。

 助けに行くべきだと。


 オオジコバとフォルトは目的の3人の後ろに回り込むべく、走り出した。




 ニシムロは二人がサーマルを奪取すべき人質に向かったのを確認した。


 いまだ人質を盾にしてディッセンドルフの足止めをしようとせず、ただただ、サーマルを痛めつけているだけであった。

 だからこそ、あの二人は人質奪取に動き出したのだろう。


 ニシムロは肩で息をしつつ、「闇の王」と対峙するディッセンドルフが何を考えているかをその表情から読み取ろうとした時だった。


(心配しないでほしい。他の者のフォローを頼む)


 その思考が誰から来たものかはすぐに判明した。

 ニシムロは微かに微笑み、反対方向からその存在を消し、サーマルの下に急いだ。


 その姿に、ディッセンドルフは安心した。

 だが身体が鉛のように重い。一時的に自分の力が抜けているのが分かった。

 そして、自分の力を吸収した「闇の王」がこちらの対応以上の魔術を仕掛けてきている。

 それらを無効にしつつ、自分の力を戻していた。()()()()()()


 「神の子」の力の一部を我が物にし、その能力を極気にまで上げた「闇の王」ラスプーチンが、肩で息をしているディッセンドルフに無数の魔法を仕掛けつつ、一気に距離を詰めた。


 2本の剣がディッセンドルフに襲い掛かる。

 気力も体力も充実しているラスプーチンは、それでも致命傷にならないように、手足と胴を狙い、心臓と脳に対しては避けていた。


 振り回しにくいツヴァイハンダーで何とかその2本の剣を交わしていたが、手足の表面に切り傷が増えてくる。


 ラスプーチンの目的は非常にはっきりしていた。


 「神の子」の身体そのもの。

 だからこそ致命傷を避けつつ、体力を削り落としてくる。


 それに対し、ディッセンドルフもまた、ナターシャの身体を操るラスプーチンに対して、決定的な力の行使が出来ずにいた。

 すでにその身体の大部分が精神寄生体であるラスプーチンに支配されている。

 できる手は限られていた。


 体力を削り取られながらもその機会を懸命に探しているため、ディッセンドルフの動きは鈍い。


 2本の剣の動きはナターシャの身体にしみこんでいる技術である。

 ディッセンドルフはその動きを嫌い、そのまま懐に入ろうとした。

 そこを狙われた。


 ツヴァイハンダーでナターシャの身体を弾こうとした時、一本の剣が右脇を貫いてきた。


 反射的に魔導力が発動し、一回り以上大きいナターシャの身体を空間ごと弾き飛ばした。


 ラスプーチンは、突き刺した剣から咄嗟に手を放し、そのまま数十m先に飛ばされた。


 ディッセンドルフが右脇の剣を抜き取ろうと、下腹部に念を込めた瞬間、その剣は爆発し、ディッセンドルフの右脇に空間ができた。

 激痛が体に走った。

 自分が持っている剣から右手を放し、穴の開いた右脇を抑え、片膝をつく。

 治癒魔術を行おうとした時、降り注ぐ雨が、急に氷柱と化して動きの止まったディッセンドルフの身体に突き刺さってきた。


 空間ごと弾き飛ばされる一瞬にラスプーチンが仕掛けたのである。


 ディッセンドルフのふくらはぎと足の甲、そして背中から腹部を貫いた。

 泥の地面にまで突き刺さった3本の氷柱が、ディッセンドルフの自由を奪った。


 だが、ディッセンドルフの本能が、この魔術を使ったラスプーチンに放たれた。


 ラスプーチンの足元が急に割れた。

 さすがに、この攻撃に対応したため、ディッセンドルフへの攻撃が一旦止まる。

 ラスプーチンはナターシャの身体を飛ばし、地割れのない場所に降りる。


「そこまでだ!ディッセンドルフ。それ以上「闇の王」に刃向かえば、こいつを死ぬよりもつらい目に合うぜ。」


 ハゼロウがこれ見よがしにサーマルの髪を引き、地面に縫い付けられているディッセンドルフに向かって吠えた。

 その横に歪んだ笑みを浮かべるサーシャがいた。


「わたくしとサーマル先輩を二人きりにしたのは、ディッセンドルフ先輩でしたね。それがこのような喜劇を生んでしまいました。楽しいとは思いませんか?」


 本当に楽しそうに歪んだ笑みから乾いた笑い声を漏らしている。


「先輩が抵抗せずに「我が主」にその身体を委ねれば、この可哀そうなサーマル先輩は解放されますよ。」


 そう言ってから、後方から近づいてくるオオジコバとフォルテに対し、ディッセンドルフが浴びた氷柱が上空から降り注いだ。


「オオジコバ先輩の殺意は強すぎます。どんなに存在を隠そうとしても無駄ですよ。」


「くっ!」


 足止めされたオオジコバは無念の想いがつい口をついた。


「さあ、「闇の王」。舞台は整えました。大いなる器へ。」


 ハゼロウの言葉に、ラスプーチンに憑りつかれたナターシャがゆっくりとディッセンドルフに近づく。


「ああ、長い事待ったよ、私がこの世界の王になるための日々を。今、念願は果たされる。」


 大股に近づいてくるナターシャの身体を、ディッセンドルフはただ黙って見つめていた。


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