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「神の子」  作者: 新竹芳
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第44話 ザスルバシ・アップ・カチリスト

「師匠!」


 ナターシャが叫んだ。


 インデルマンの胸から剣を引き抜いた時に散った赤い飛沫が、泥だらけのディッセンドルフの顔につく。

 左腕が切断され、そこからも赤い血がディッセンドルフの身体を、足元を染めていく。


 その姿は見るものには悪鬼にしか見えなかった。


 ディッセンドルフは持っていた剣を泥の地に突き刺し、泥に転がっている自分の左腕を拾い、傷口同士を泥まみれであることを一切気にせず合わせた。


 強烈な光がその接合部からあふれ、一瞬でその腕は元の場所に戻った。


 さらにインデルマンの握っているツヴァイハンダーを奪い、その刃の泥を軽くふき取るように、今、自らに戻った左手で拭う。

 自らの体を切断し刃こぼれしていたその刃も、表面の無数の傷も、そして内部のあった衝撃の後もきれいに修復され、激しい雨をはじいていく。


 その刃に、憤怒の表情に彩られたナターシャの顔が映っていた。


「悔しいか、お嬢さん。」


 自分の泥と血で汚れた顔に残忍な表情を浮かべ、ディッセンドルフはナターシャに嘲りの言葉を吐いた。

 そして修復されたインデルマンのツヴァイハンダーの剣先をナターシャに向けた。


 ナターシャの怒りが絶頂に達しそうな勢いであることが、その全身からの殺気で容易に想像がついた。


「よくも、よくも師匠を!インデルマン師匠を!」


 ナターシャの絶叫は激しい雨音すらかき消す様にこの修練場にこだました。


 その純粋な憤怒の思いが侵食しようとしていた「闇の王」の力を一時的に後退させ、ナターシャの自由意志が、その体を疾駆させる。


 ディッセンドルフとの距離を超高速で詰め、すでに間合いに入る。

 一の太刀がディッセンドルフの喉元を狙った。

 その剣を地面に突き刺しておいた剣がまるで生き物のように動き、ナターシャの剣を弾く。

 がすぐに下方から掬い上げるように二の太刀が飛んでくる。


 ディッセンドルフは左手に持つツヴァイハンダーを盾代わりに自分の体の前にかざす。


 そのディッセンドルフの動きに反応したナターシャは剣を引き、そのツヴァイハンダーに足を出し、ツヴァイハンダーを土台にその勢いで上空に飛ぶ。


 ディッセンドルフは今更ながらツヴァイハンダーの重さを痛感させられた。

 この重さを片手で使いこなすだけでも筋力を必要とするのに、それを二刀流で高速に扱うとは!


 やはり「優剣翁」マンチェス・インデルマンは素晴らしい剣士だ。


 その最後の弟子、ナターシャが宙を舞う。

 激しい雨などお構いなしに。


 その手にしていた2本の刀身が、一つの大剣に代わっていた。


 その自重、位置エネルギーに加え、大剣の突貫能力を最大に生かす気らしい。


 ディッセンドルフの口元に笑みが浮かぶ。


 一対一でのぶつかり合いに備える。


 だが、すぐにディッセンドルフの警戒心に触れる動きが察知された。


 右手の剣を持ち替え、落ちてくるナターシャに合わせ、その剣を思いきり横に振る。


 位置エネルギーを運動エネルギーにしてぶつかっていこうとしたナターシャは、そのディッセンドルフの件により体ごと弾き飛ばされた。


「剣に魔導の力を…。」


 何とか体制を変え、足から泥地に着地したが、ナターシャはさらに裏切りにあったような気に陥った。


 前の闘いで、ディッセンドルフは一切魔導を使わず、剣術のみで自分に対峙していた。

 だからこの闘いはそういうものだと思い込んでいた。


 迂闊だった。


 と同時に、疑問も自分の心の中に芽生える。

 ではなぜ、その力を使って、一思いに自分の消し去らないのか、と。


 その答えかどうかわからなかったが、自分のいた場所で、新たな戦いが生じていたのだ。




 ディッセンドルフは自分に対して抱く殺気には敏感だ。

 この自分の周りには多くの殺気に満ちていた。

 その一つが、突出した。


 ナターシャとのぶつかり合いをしている時を狙ったその行動目的は明瞭だ。


 ディッセンドルフはまだ死ぬ気はないし、インデルマンが自分に託した願いもある。


 二人同時にも対処できたが、魔導に頼った場合、ナターシャに対して、どの程度の力の加減ができるか、わからなかった。

 そのためあえて、この戦場から、一時的にナターシャを弾く結果になった。


 自分に高速で突撃した男は上級騎士ザスルバシ・アップ・カチリマストという。

 国家騎士団上級騎士1位の実績が示す通り、武術修練で、この5年間負けたことはない。

 また小さな辺境領主のいざこざに関しても職務遂行100%を誇る。

 パーフェクトマンと呼ぶ者もいるということだ。


 しかし、そんな彼が、今回の騎士魔導士学校騒乱では、反体制派につき、シダヌル・サーミルトウェイ最高裁判所長官を殺害。

 国王と首相にもその凶刃を向けた男であった。

 付け加えれば、ザスルバシの父親はこの騎士魔導士学校の校長を務めるジョバンニュ・クリミアン連合王国教育相事務次官の肩書を持つ、リンドーダウン・カチリマストであった。


 下方横に構えた剣がすぐにディッセンドルフに迫る。

 それを後方にぎりぎりでよけ、ツヴァイハンダーをその空いた左脇に叩き込もうとした。


 だが、ザスルバシの攻撃は終わらず、その剣戟の軌跡をトレースして、数重の光弾がディッセンドルフに迫る。


 とっさにツヴァイハンダーで防御、防御障壁を全身にかけなおし、ディッセンドルフの右手の剣をザスルバシの足を狙い振り下ろす。


 空振り。

 すでにザスルバシは大きく上方に跳び、数十の光弾を雨の中に混じらせて、ディッセンドルフを狙った。


 体内では多くの魔導がディッセンドルフの命を狙い炸裂していたが、すべて無効化しつつ、落ちてくるザスルバシに向かい、跳躍する。


 お互いの剣がぶつかるが、そこにツヴァイハンダーをザスルバシの顔面に叩き込もうとした。

 が、寸前で避けられた。


 ディッセンドルフは、かなりうまく片手でツヴァイハンダーを扱っているものの、インデルマンほど巧みには使えず、自分の意図した動きができない焦りが、隙を生む。


 空中でその軌道が交わり、弾ける。


 ザスルバシの剣は防げたが、光弾、さらにダガーがディッセンドルフに襲い掛かった。


 そのすべてを弾き飛ばし、そのまま衝撃で弾かれ、泥水を蹴散らすように滑りながら、何とか着地した。


 が、考える余裕を与えるほどザスルバシは甘くはない。

 着地と同時に、光弾をばらまき、そのあとから左手のダガーを投擲し、右手のロングソードをディッセンドルフに振り上げる。


 ディッセンドルフも光弾をすべて無力化、投擲されたダガーは剣で弾いた。

 そしてロングソードを振りかざしたザスルバシにツヴァイハンダーを振り切る。


 その動きは、しかし、ザスルバシに完全に読まれていた。


 その大剣をかいくぐるような動きをロングソードが行う。


 ツヴァイハンダーが死角を作り、次のザスルバシの攻撃が読み切れなかった。


 ディッセンドルフの右手首と剣が雨の中、宙を舞った。


 危ない!


 フォルテはそう思った。

 先ほどの死闘で、「優剣翁」インデルマンを倒し、すぐに上級騎士との戦い。「神の子」といえど、疲労がたまってもおかしくないと判断し、助勢に行こうと体が動きかけた。


 ディッセンドルフは自分を救ってくれた味方であることはわかっていた。

 しかし、短時間ではあるが自分を助けてくれたインデルマンを倒した男でもある。


 葛藤はあった。


 しかし、国を守るはずの上級騎士が国家騎士団の紋章を付けたまま、ディッセンドルフに襲い掛かっていることは認められなかった。


 フォルテはまだ、国家騎士団上級騎士ザスルバシと魔法師団コンコルディア・フローラが最高裁判所長官を殺害し、国王と首相の命を狙った反逆の徒であることを知らない。

 だが、ディッセンドルフに襲い掛かったその騎士の異常な強さと、邪悪な雰囲気をまとっていることは、マルヌク村の異常な雰囲気を経験したものとして、すぐに感知できた。


 フォルテが動こうとしたとき、その肩をつかみ止めた者がいた。


 フォルテが振り返ると、そこには体格の大きな男がいた。


「オオジコバ様、止めないでください!。」


「一応、形式上、君は私の姉に当たる。様呼びは勘弁願いたいね。」


 少し笑みを浮かべたオオジコバの顔は、普段のしかめっ面より恐怖を感じたが、フォルテは自分の緊張を解くための彼なりのやさしさであることは知っていた。


「ですが、このままではディッセンドルフ様が…。」


「先輩に君の助力は必要ないんだよ。「神の子」の力に、たかが国家騎士団程度で対抗できるわけがないんだ。仮に何らかの力が付与されていたとしてもね。」


「相手は国家騎士団でもかなりの上位者だと思います。あの国家騎士団のエンブレムの右下の数字、ここからでははっきりわかりませんが一桁なのは間違いありません。あれは順位を表していると聞いたことがあります。」


「ほう、そうなのか。ということはランキング1位と先輩はやりあっているということか。そこまでの共有はされてないな。」


「上級騎士1位って、ザスルバシ卿ですか?あの人が……。ならなおさら、この命に代えてもお助けに。」


 ため息をつくオオジコバの、しかしフォルテを抑えている手から力が抜けることはなかった。


「フォルテ姉さんの腕じゃ、だめだよ。といっても先輩が負けるわけがない。ほとんど剣術のみで戦っているから押されているように見えるんだが…。魔導を使えば瞬殺だよ。ディッセンドルフ先輩の魔術はそれくらい凄まじい。それを使わないということは、何か考えがあると思う。ここでフォルテ姉さんが飛び出すほうが危険だ。」


 だが、右手と剣を飛ばされ、さらに光弾がディッセンドルフに容赦なく降りかかる。


 その光景にオオジコバを信じ切ることができない。


 一度離れたザスルバシが、再度距離を詰める。

 剣を構えているザスルバシの背から黒い職種のようなものが6本出現。

 手首を切られて弱っているディッセンドルフが、ツヴァイハンダーを杖に立ち上がろうとしたところに襲い掛かった。


 6本の職種が腕、太もも。脛を貫き、ザスルバシの剣がディッセンドルフに迫る。


「もらった!」


 ディッセンドルフの胸部にザスルバシの剣が突かれ、そのまま刺し込まれた。


「ディッセンドルフ様!」


 フォルテの絶叫が降りしきる雨の中に轟いた。


 ザスルバシの剣はそのままディッセンドルフの背中まで貫かれた。

 口から大量の血を吐き出すディッセンドルフ。

 それはインデルマンを倒した時の光景を彷彿させた。


「まだ死んではいないよな、「神の子」さんよ。」


 口から血を吐き出したディッセンドルフの口元が歪んだ。

 その表情をザスルバシは苦悶の表情と捉えた。


「まだ死んでもらっては困るんでね。うちの王様が君の肉体に興味があるんだそうだ。」


 6本の触手と剣で大地に固定し、動けなくさせるのが、ザスルバシに与えられた使命だった。

 これが達成できれば、自分がより強いことを証明できる。

 ザスルバシはそう考えていたのだ。


 が、次の瞬間には、勝った思い、緩んでいた表情が固まる。


「醜いものだな、欲に負けた者たちは。」


 ザスルバシは体の急所を貫かれているはずのディッセンドルフが語り始めたことに緊張したわけではなかった。


 ディッセンドルフの身体を穿ったはずの6本の触手と1本の剣を動かすことが出来なくなっていたのだ。

 触手を自分の身体から切り離すことも、剣を手放すことも不可能だった。


「やっと捕まえることが出来たよ、上級騎士、ザスルバシ・アップ・カチリスト。」


 ディッセンドルフは縫い付けられた左腕を難なく動かして、その触手を消し去った。

 そしてツヴァイハンダーを握る。


「ザスルバシ卿。まあ、もう卿付けする資格は君にはないんだが、目上への礼儀としてそう呼ばせてもらうよ。君が純粋に剣術だけで私を倒しに来るのなら、私も魔導を極力使わないで戦うつもりだった。ナターシャ同様にね。だが君は「闇の王」とやらの魔術を付与されたことに酔ってしまったんだね。この6本の触手。闇の魔術だよね。であれば、私も魔導で対抗させてもらいます。まずは「闇の王」との接点をお聞きしましょうか?」


「だ、誰が…………あれは、半年前だった。」


 抵抗はしようとしたようだが、ディッセンドルフと肉体的に接触していては、強力な魔導を有する「神の子」に勝てるわけがなかった。


「私よりも強い者がいなくなった。私をまるで仇のように厳しく当たった父親も、すでにいつでも殺せるだけの力を手に入れた。頂点に昇りつめた結果、あるのは空虚な思いだけだった。そんな時、私の心に直接語り掛ける者がいた。そのものの言うには、近々レオパルドと戦争が起きると予言してきた。確かにレベッカ事件が起こり、戦争が、この国にはもういない私より強い者との闘いに心が高鳴った。だが、その事件は戦争にはならなかった。たった一人の人間によって。」


 すでにザスルバシに自分の意思はなくなっていた。

 ただ狂人の瞳だけがディッセンドルフを見ていた。


「それがお前だ、「神の子」ディッセンドルフ。だが一人で戦争を止められる力。その力を俺の力でねじ伏せれば、きっと違う景色が見えるはずだった…。」


 ザスルバシの告白は唐突に中断した。


 空中で固定されていたザスルバシの頭が弾けたのだ。


 まずい。


 オオジコバがそう思った時には遅かった。


 空中に浮く淫靡で妖艶で邪悪な存在がそこにいた。


 その存在が、太い植物の蔦のようなものをその身体から射出したかと思ったら、今だ、泥の大地に縫い付けられていたディッセンドルフの腹部に打ち込まれた。


 ジョバンニュ・クリミアン連合王国最高の魔女とうたわれるコンコルディア・フローラが恍惚とした表情でディッセンドルフを見下ろしていた。


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