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「神の子」  作者: 新竹芳
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第43話 インデルマンの覚悟

 インデルマンは近くから二人の戦いを見ていた。

 ディッセンドルフの異常な索敵能力に勘づかれることなく。


 「安眠」は周りに対しての自分の気配も消すこともできた。

 それは「神の子」ディッセンドルフにも有効だった。


 「神の子」ディッセンドルフがナターシャに対して、かなり慎重に闘っていることは見ていればわかった。

 完全に受け流す剣だったためだ。

 それはディッセンドルフにナターシャを殺す気がないと思っていた。

 ナターシャの体力が尽きるまで付き合う気であると…。


 であれば、その後の対応はナターシャの師である自分の仕事であるとわかっていた。


 だがどうやら事情が変わったらしい。


 いきなりディッセンドルフがナターシャの右手を切り落とした。


 さらに魔導の力が込められた剣でナターシャを突き刺すことが分かった。


 自分がこれから行う行為は、おそらく自分の首を絞める結果になるかもしれない。


 インデルマンはそのことを充分理解していた。

 理解していたが、自分が取れる行動はそれしかなかった。


 ディッセンドルフの剣がナターシャの身体に向かって動く前に、インデルマンは自らの剣を正確にナターシャとディッセンドルフの剣の中央に投げた。


 その剣、ツヴァイハンダーは狙い通りディッセンドルフの剣を弾き、ナターシャの後退を助けた。

 さらにそのナターシャを庇う形でディッセンドルフの前に立ち塞がった。


 インデルマンも、切断されたはずの右手が黒い触手のようなものに絡み取られて、ナターシャの身体に引き寄せられたことは、嫌悪感があったものの見届けている。


 激しい雨の中、初めて「神の子」ディッセンドルフと対峙した。


「インデルマン卿、私の邪魔は出来ればしてほしくなかったのだが…。」


 17歳の少年のもの言いではなかった。

 もう少しで、いい形で終わらせらた所を、その邪魔をした者に対しての怒りがにじみ出ていた。


 インデルマンの後方に守られた形になったナターシャは、その背中に驚きの目を向けていた。


「師匠!止めないでください、これは私の……。」


「「神の子」に一太刀を浴びせたんや、充分じゃろう、ナターシャ。後はワイがやる。引け‼」


 ずぶ濡れのマントを取り、インデルマンの身体にぴったりとした黒い装束で、ディッセンドルフと対峙する。

 片手で軽々とツヴァイハンダーを動かし、剣の先をディッセンドルフに突き付けた。


「ディッセンドルフ殿、まずは礼を述べさせてもらうぜよ。」


「礼を言う態度には見えませんが、インデルマン卿。」


 冷たい目で凝視されているディッセンドルフが、インデルマンに嫌味を返す。


 なぜインデルマンが、自分に剣を向けているかは理解していた。

 だが、「優剣翁」の二つ名で呼ばれるこの老騎士なら、そして一時的とはいえ「神の子」の力を貸与した相手なら、自分のやろうとしていることは理解できていると思っていた。


 自分の買い被りだったのか?


 ディッセンドルフは自問自答した。

 人を見る目はあったつもりだったが、見誤ったらしい。


「お主の力のお陰で、不貞行為の弟子をワイ自身で始末できたでな。ほんに、感謝しとるんじゃよ。じゃがな。」


 チラッと後ろの少女に目をやる。


「ナターシャは最後の弟子じゃで。お主にむざむざ殺させるわけにはいかんのじゃよ。」


「師の矜持ですか?」


「どう考えてもらっても構わん。老人の最後の頼みじゃて、ワイと命の取り合い、よろしゅう頼むぜよ。」


「師匠!」


 後方に動けずにいたナターシャが叫んだ。


「ナターシャ、これがワイが教えられる最後の見取りじゃで。実戦、よう見とけよ!」


 インデルマンは最後の弟子、ナターシャにそう叫ぶと、低い体勢からディッセンドルフに向かった。

 珍しくツヴァイハンダーを両手持ちでディッセンドルフに打ち込む。


 ディッセンドルフはその打ち込みを軽く剣で弾いた。

 インデルマンはその弾かれた剣ごと横に跳ばされた……ように見えた。


 その先に突き刺さっていたもう一本のツヴァイハンダーがあった。


「最初からそのつもりの打ち込みでしたね、インデルマン卿。」


「見破られていたかいのう、ディッセンドルフ卿。にしてはその方向に剣を弾くとは。」


「二刀流こそ、「優剣翁」の真髄。その状態で叩かねば、周りで見ている者が納得しないでしょうから。」


 ディッセンドルフとインデルマンの真剣勝負。

 そこには誰も手を出すことが出来なかった。


 ナターシャはもちろん、既に上級騎士ザスルバシ・アップ・カチリマスト、魔法師団最高の魔女コンコルディア・フローラも、ディッセンドルフの間合いからは離れた距離をとり、冷徹にその戦いを見ていた。

 また赤い髪のフォルテ・テンショウメイ・ゴルネイエフもまたその場に居ながら、手を出すことが出来ずにいた。

 それは師と仰いだインデルマン卿が、自分の味方をしてくれた「神の子」ディッセンドルフと対峙するという事態に動けなくなっていたのである。


 セノビックとアルテミス・ダナウェイもまた、この決闘の場に押し寄せようとした「魔獣」を片っ端から始末しながらも、見守るしかなかった。


 その場に、サーマルを引きずりながらコンシュ・ハゼロウが現れた。

 その後ろをサーシャネル・ハーマスが雨に対して結界を張り、全く濡れずに現れた。


「おい、「神の子」ディッセンドルフ様は、かなりの結界を二人の間に張ってるぜ。これじゃこいつを連れてきた意味ないんじゃないか。」


「インデルマン卿が勝てばよし。負ければ、ナターシャが続いて決闘を起こすはずよ。十分利用価値があるわ。」


 二人の結界から少し離れた場所から、その戦いを見ることになりながら、サーシャネルの笑みは黒く歪んでいた。

 その間も虫の息であるサーマルの腹部に刺さった短剣を動かし、そのたびに起るサーマルの苦悶のうめき声に満足げに頬を緩めている。


 その3人の姿もディッセンドルフは捉えていた。

 苦悶するサーマルには心の中で謝りながら、目の前に対峙するインデルマンを凝視する。


 全く邪念が感じられない。

 「闇の王」の支配はまったく伺えない。

 にも拘らず、自分に刃を向けているこの状況はディッセンドルフにとって奇異に感じていた。


 ディッセンドルフの躊躇いを感じたインデルマンの口元が微かに動いた。

 それは皺が目立つインデルマンの好戦的な笑みであった。


 インデルマンの左手が横に動いた。


 と同時に、ディッセンドルフの身体が後ろに飛ばされた。


 尻もちをつく形で泥の中に飛ばされたディッセンドルフの周りの泥が爆発した。


 何とか剣と強化した身体で損傷は回避できたものの、その衝撃は完全に抑えることができずに後方に吹っ飛ばされたのである。

 さらに、2本の重量級の剣、ツヴァイハンダーの高速の突きがディッセンドルフを襲った。


 これには対抗できなかったディッセンドルフは無意識で防御障壁を展開していた。


 その結果、2本のツヴァイハンダーの衝撃が周りの地面を沸騰させ、爆発的に周りに四散したのである。


 インデルマンはディッセンドルフが防御障壁、即ち魔導を使ったことを悟るとすぐにその距離を取り、瞬時に地面にしゃがんでるディッセンドルフの背後に回る。


 気付いた時には顔面から泥の中に突っ伏す形でディッセンドルフが倒れていた。


 だが、その時にはインデルマンの右手に持たれていたツヴァイハンダーの柄がほとんどなくなり、ぎりぎり右手で持てるのみになっていた。


「お前さんが、ワイとの勝負に魔導を封じてると思ったんじゃが、勝手に自衛はするっちゅうことかのう。なあ、「神の子」よ。」


 後頭部をツヴァイハンダーで切りかかられ、身体強化で頭が飛ぶことは防げたが、衝撃で意識が一時飛んだ。

 その隙に決着をつけようとしたインデルマンを無意識のディッセンドルフの魔導が襲った。

 無数の衝撃波がインデルマンを襲ったが、2本のツヴァイハンダーをクロスさせ、その衝撃波を防ぐ。

 が、柄はいともたやすく折れた。


 剣の達人と知られた「優剣翁」は、まったく魔導の心得がないわけではない。

 瞬時にディッセんドルフの衝撃波に対して、防御障壁を張ったが、損傷は免れなかった。


 ツヴァイハンダーに細かい傷がある。

 全力で使いこなそうとすれば、折れるかもしれない。


 無意識のディッセンドルフに迂闊に攻撃がかけられなくなってしまった。


 本来、両手で持って戦うツヴァイハンダー。

 その剣の名称自身がそう語っている。

 それを片手で、しかも2本同時に操るその豪力、そのものが小柄に見えるインデルマンの強みである。

 この強大な剣を高速で操り、繰り出される多彩な技を持って、幾多の戦いを生き抜いてきた。

 相手が高度な魔術を使う魔導士を相手にしても、だ。


 だが、まさか無意識の相手に自分が踏鞴(タタラ)を踏むことになるとは考えたこともなかった。


「さすがは「神の子」の【言霊】持ちじゃな。じゃが、そうなると意識がある方が、まだ戦いやすいとは、ほんにワイも耄碌した……、いや、相手が悪すぎる、か。」


 泥の中から立ち上がったディッセンドルフのその双眸は、意識がないはずなのに恐ろしいほどの圧をインデルマンにかけてくる。


 インデルマンの後方で見ていたナターシャも、そして上級騎士ザスルバシ、最強魔女フローラも、その瞳の言いようのない強力な力に恐怖を感じる程であった。


 意識のないディッセンドルフは完全に専守防衛のようである。

 であるからこそ、手が出せないということが、皮肉にしか感じられない。

 インデルマンはその強力な圧に対し、自らの【言霊】、「安眠」を投げた。


 「安眠」、インデルマンがロメン法国で授かった力。

 通常、10歳前後で賜るその「神の言葉」をほとんど老人と言っていい年の自分が賜るとは思っていなかった。

 この力は、意志ある者の心を落ち着かせ、鎮める効力を持っている。

 場合によっては「穏やかな死」を意味する。

 フォルテの母・セレナーデ、姉・ピアニッシモの凌辱された心を鎮め、天へ帰した力でもある。


 その「安眠」を無意識のディッセンドルフの身体から感じる強大な力に使ったのだ。


 勝算があったわけではない。

 だが、この老人に託されたこの力、それはこの時のためだ、と直感した。

 そして、自分が無謀にも「神の子」に挑んだわけも…。


 「安眠」を真正面から受け止めたその強大な力は、急速にその存在を消していった。


 そして……、別の光がその瞳に宿った。


「意識が…、飛んでいた?」


 インデルマンはディッセンドルフが意識を取り戻したことを確認すると、すぐさま剣をふるった。

 反射的にディッセンドルフは泥だらけの剣をそのツヴァイハンダーに合わせた。


 パキンッ!


 乾いた音が響いた。


 周りで見ることしかできなかった人々は、その光景にわが目を疑った。


 剣が折れた音であることは全ての物が理解していた。

 そして、あの強大なツヴァイハンダーに勝てる剣があるとは誰も思わなかったのだ。


 剣の折れる音は、ディッセンドルフの武具が破壊された音だと、皆が思った。だが…。


 ツヴァイハンダーの巨大な刃が半分に折れ、泥の地面に転がった。


 インデルマンは、しかしそのことには何の驚きも示さず、ディッセンドルフにもう一本のツヴァイハンダーで挑む。


 そのツヴァイハンダーを剣で防御する。


「お主、間違っておるぞ。」


 インデルマンにがその体ごとディッセンドルフにぶつかりながら、そう囁く。


 戦いの最中の敵の声は、相手の動揺を誘うことが多い。

 だが、インデルマンの声は違った。


「先のナターシャへの対応は、間違っておる、そう言うたんぜよ。」


「インデルマン卿!殺そうとしたわけでは…。」


「わかっちょる。周りには聞かれたくない。結界を。」


「はい。」


 無音の結界をさらに周りに張った。

 剣同士をぶつけあい、その場を動けない、そう見せる。


「あのままナターシャを刺し貫き、奴を分離させようちゅうことは、ワイもわかっちょる。」


「では何故?」


「そんままやっちょとったら、奴を消し去って、終わりじゃろう?」


「そのつもりでしたが…。」


 そこで、ディッセンドルフはインデルマンが何を言いたいか、はっきりと理解した。


「インデルマン卿!それではあなたは…。」


「構わんて。最後の弟子がもっと成長するところが見られんのは、ちと、寂しいがの。」


 そう言うとインデルマンはそのまま後方に跳んだ。


「インデルマン卿!」


「ディッセンドルフ、これが最後だ!」


 インデルマンは残っているツヴァイハンダーを両手で握りなおす。

 すぐさま、泥を蹴った。


 両手で握られたツヴァイハンダーは、先程までの高速攻撃はできない。

 しかし、今まで以上の力がその剣に込められていた。


 ディッセンドルフはそのインデルマンの一挙手一投足を注視した。


 自分の剣を腰に据え、足腰に力を込めた。


 両者がぶつかった。


 ディッセンドルフの左腕が、肩から切断された。

 インデルマンが弟子の会心の出来を喜ぶ様な笑顔を浮かべた。


 そのインデルマンの胸から背中にかけて、ディッセンドルフの泥まみれの件が刺し貫いていた。


「見事だ、「神の子」よ。」


 そう言って、インデルマンの身体は泥の地面に倒れていった。


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