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「神の子」  作者: 新竹芳
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第42話 決闘 Ⅱ

 ナターシャの剣戟が鋭さを増していく。


 激しくなってきた雨をものともせず、ディッセンドルフに対して2つの刃を緩急をつけて相手に考える隙間を与えず、巧みに攻撃を繰り返す。

 この冷たい雨の中でその息が乱れることがない。

 よく鍛えている。


 だがそこに徐々に黒い染みが増えていく感覚がディッセンドルフに沸き立ってきた。


 純粋な剣技に魔導が絡みつくように増え始めている。

 その魔導はことごとく無効化してはいるが、いい状態ではない。


 まだナターシャには自らの尾を飲み込む蛇の印、ウロボロスの印はまだ発現していないようだが…。

 そうなる前に、片づける必要がある。


 奴らの仲間がこの場に集結しようとしていることは解っている。

 と同時にディッセンドルフの元にも集おうとしている者たちも感知していた。


 ナターシャの容赦のない剣は、ディッセンドルフを徐々に後退させるまでになっていった。


 ディッセンドルフには、ナターシャの繰り出す剣先を正確に見ることが出来た。

 さらにその時の筋肉の動きすらも見えていたが、決闘開始よりもその見え方が悪くなっている。

 まるで霞がかかるようなもどかしさだった。


 ナターシャの動きはそのスピードを徐々に上げている。


 これは必ずしもナターシャの実力が、ディッセンドルフとの対決により上がっているという事ではない。

 ナターシャの感情を、その動きを支援する力が徐々に流れ込んでいる、そういう状態である。


 ナターシャにはすでに目の前にいる自分にとっての仇、ディッセンドルフしか見えていない。

 雨と風が強くなってきているこの状況すら、知覚していないのではないかと思えるほどの集中力だ。


 だが、その集中力をもってしても、ディッセンドルフの腕に多少の傷をつける程度だった。


 そのことが、焦りを生じさせ、ナターシャの心の闇に巣食い、来るべき時を息を殺していた存在が、その焦りにつけこみ始めているという事だった。


(あまり時間がないか)


 滲み出てくるその力は確実に多くなってきている。


 ディッセンドルフの周りに少しずつ飛んでくるその力は小さな黒い塵のようであり、ディッセンドルフの魔動力が撥ねつけてはいる。

 その量が多くなるという事は、確実にナターシャの心が侵食されているという事だ。


 ナターシャの左手の剣が胸に向かって突かれた。


 ディッセンドルフの剣が下からその剣を弾く。

 そのディッセンドルフの剣のさらに下から剣が迫ってくる。

 人体の強化を施した左腕でその刃を受けに行く。

 弾きながら右手の剣を少し後方に引き、そこから横に振る。

 ディッセンドルフの剣の動きにすぐに気付いたナターシャは、ぬかるむ地面を器用に蹴り、後方に跳ぶ。

 が、着地と同時にさらに左に跳び、そこからディッセンドルフの右側を取る形になった。

 その瞬間、ナターシャの前にディッセンドルフの剣が目前に迫っていた。

 思わず右手の剣で払ってしまった。


 その右手首がディッセンドルフの左手に掴まれた。


 掴まれた手首に捻る力が加わり、ナターシャは思わず剣を離してしまった。


「ウガっ!」


 痛みに思わず口から声が出た。


 しかしすぐに意識を持ち直し、地に落ちた剣を蹴り上げた。


 その行動に驚いたディッセンドルフの力が緩んだ。

 すぐさまディッセンドルフの手を払い、飛び上がる。

 落ちてきた剣をキャッチ、そのままディッセンドルフの頭上に振り下ろす。


 ディッセンドルフはその剣を体ごと左にずれて躱し、その振り終わりに狙いをつけた。


 そこでナターシャの剣が異様に動いた。


 上から高速で振り下ろされたはずの剣が、振り下ろされる前に右に横の動きに変わった!


 虚を突かれたディッセンドルフは、その異常な軌跡を描いた剣は躱したが、さらに剣戟が振るわれる。


 どれもギリギリで躱していたが、ディッセンドルフに次々と襲い掛かるナターシャの剣から黒い水滴のようなものが、その剣戟の後から降りかかってくる。


 かなりの数は無効化したが、数発が体に纏いつき傷を作り体内に侵入をしようとした。


 ディッセンドルフの身体にはすでに常時魔導力により強化された抗体が活動している。

 瞬時にその黒い染みは消え去った。

 ディッセンドルフのは肉体的にもその【言霊】、「神の子」の名に恥じない不死性が発現しつつあった。

 さらにその微かな黒い染みが体内に入ったことにより、相手の狙いも明確になった。


 ディッセンドルフの考えを結果的に補強した形である。


 「闇の王」と呼ばれている者の目的は「神の子」たるディッセンドルフの肉体を乗っ取り、人の身体に寄生して生き永らえてきた精神のみでなく、人として蘇ること、だった。


 それはメビウスを襲った時の挙動から、ある程度推測はついていた。

 だが、ナターシャの身体を乗っ取っていた場合、瞬時に消されてしまう事を分かっていたのだろう。

 ナターシャの心の闇にその身を隠し、出来うる限り精神波の同調するものと協調して、この時を待っていたのだ。


 なんとか、ナターシャを助けたい。


 冷酷であった頃の、人の世を捨てていた頃のディッセンドルフであればそんなことも考えず、ナターシャごと、その「闇の王」を消し去って終わっていたことであろう。


 全く速度の落ちない剣の速さは、この5年間の鍛錬を物語っていた。

 この剣術には「闇の王」の力の介在は全くないナターシャ自身の力であった。

 ただ、「神の子」に一太刀だけでも報いるための、血を吐くほどの執念であった。


 繰り出されるその剣をできうる限り自分の剣の腕で躱しながら、相対する幼い剣士を見る。

 そこにはメビウスとディグ、そしてバネッサに守られていただけの少女の姿が重なる。


 この感傷が自分の心なのか、メビウスの想いなのか、ディッセンドルフにはもう判別はつかなかった。


 だが、出来ることなら、この少女を守りたい。

 この少女を守って、黒い闇を切り離す。

 そして……。


 この剣筋。

 「優剣翁」マンチェス・インデルマン卿に師事していただけはある。


 そして「優剣翁」の情報を思い出す。

 二刀流。

 それも両手で持って扱うことが前提の巨大な剣、ツヴァイハンダーの扱い手。


 さすがに12歳の少女がツヴァイハンダーなど扱えるはずもないが、それでも今使っている剣は最初は1本の剣であった。

 それが二つに割れ、今使っている片刃の剣となっている。


 だが、「優剣翁」がこの決闘を許すのだろうか?


 この5年でここまで腕を伸ばした弟子が、むざむざ死ぬことを望むとはとても思えない。


 「優剣翁」であれば、「神の子」との闘いが無謀だと思うはずだ。


 だが、ここで今戦っているという事は、その師は知らないという事だ。


 この事実を知って止めてくれることを期待していたが、それももう無理な事だろう。


 厄介な二本の剣の連携した動き。

 まずこれを止める。


 ナターシャの剣を躱しながら、ディッセンドルフは剣を握りなおす。

 そして、その視線をナターシャの右手に集中した。


 ナターシャの右手が伸びる。

 剣が正確にディッセンドルフの胸元に伸びてきた。

 さらにその後から斜め上方から左手の剣が続いていた。

 体を逃がしたその場に剣が振り抜かれる計算だった。


 ディッセンドルフの身体はその剣の動きに反応し、逆側に身体を外し、剣を掬い上げた。


 左手の剣が振られた後、ほんの一瞬、ナターシャの動きが止まった。


 足元に剣を持った右手首が泥にまみれて転がっていた。


 ディッセンドルフの剣には魔導力が注がれている。

 ナターシャの体の中に広がり始めていた黒い蠢きは、ディッセンドルフの目にしっかりと見えている。

 この剣を重要な臓器を避けて貫通させ、一気に絡め捕り、引き抜く。

 後はインデルマン卿に貸し与えていた力、「浄化の雷」で消し去る。

 ナターシャの身体の損傷は、すぐに直せる。


 一瞬止まったナターシャの身体に目掛けて、魔導力を込めた剣を伸ばした。


 ガキッ!


 剣同士のぶつかる音が、この激しい雨音の中、大きく響いた。


 大きな剣が斜め前のぬかるんでいる地面に突き刺さっていた。


 ツヴァイハンダー。


 その数秒が決定的となった。

 既にナターシャの身体が後退、ディッセンドルフの間合いから外れていた。


 地面に転がっていたはずのナターシャの右手と剣は、本来の持ち主の所定の位置に戻っている。

 それは、切断された右腕から黒い紐状のものが地面に転がる右手に絡まり、元に戻るところをディッセンドルフの目が捉えていた。


 そして、ディッセンドルフとナターシャの間に、大きな剣を持つ老人がずぶ濡れになって、「神の子」を睨んでいた。


「優剣翁」こと、マンチェス・インデルマン卿であった。


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