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「神の子」  作者: 新竹芳
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第41話 人質

 倒れているサーマルの前に立ち、サーシャネル・ハーマスは一人ほくそ笑んでいた。


 ここまでは計画通り。


 この男を「神の子」の前に引きずり出す必要があった。


 サーシャも、「我が主」より魔導力を与えられている。

 だが、この男性一人分の重さを雨が強く降り注いでいる中を修練場まで連れて行く。

 明らかにオーバーワークになるだろう。


 当初の計画で、このサーマルという上級生を連れて行く下僕が来るはずなのだが。


 サーシャは床に転がり、苦悶の表情を浮かべている。

 にもかかわらず、サーシャネル・ハーマスが刺した短剣を抑え込んでいるのは見事だと言っておこう。


 でも、とサーシャは思った。抜かなければ抜かないで、思考以外の身体は徐々に魔導薬によって蝕まれていく。

 生きたまま身体が腐っていく痛みに、さて、どこまで耐えられるのだろうか。


 優しい先輩だった。

 貧しい寒村の出で、政府機関に入り、故郷に貢献することが夢だと言っていた。


 堪らなくおかしい。

 笑いをこらえるのが一苦労だ。


 夢溢れて人にやさしく生きてきた人。

 私が見た地獄など、全くその頭の片隅になんかない、おめでたい人物。

 そんな甘ちゃん先輩は、信じていた人間に裏切られ、踏みにじられているこの状況を笑うなという方が無理だ。


「せんぱ~い!どうですか、こんな少女にいいようにされてる気分。なんか、新しい性癖の扉が開いちゃったりして♡でもでも、まだまだこれから、メインイベントですからねえ。死んじゃ、ダメですよお。」


「サ、サーシャ……、今…、からでも…………、遅く…、ない。」


 息も絶え絶えで、それでもサーシャネルを説得しようと試みた。

 ウロボロスの印が浮かび出てしまったものに、どれほどの意味があるかは、サーマルにはわからない。

 だが、このままで突き進めば、あの愛らしい後輩に地獄よりも悲惨な未来が待っているのだから……。


「ゴフッ。」


 いきなり、サーシャネルのつま先がサーマルの顔面を蹴りつけた。

 鼻骨が折れる嫌な音が響く。激痛が脳を直撃した。


「何を言ってんだか。この状況が理解できてないんですね、頭がいいセンパ~イ。」


 いつ履き替えたのか、ピンクのエナメルのピンヒールに包まれた足でサーマルの頭を踏みつけた。


「センパイの~、命は~、私が~、握ってるんですよお~。」


 本当に自分を精神的に、肉体的にいたぶることに喜びを感じているようにサーマルには思えた。

 サーマルはこのサーシャネル・ハーマスの被虐的な行為に対して、悔しさは微塵も感じなかった。

 ただ、哀しみが自分を包んでいた。


 痛みはかなり激しく全身を貫いていた。

 それでも、サーシャが発している言葉の裏に縋りつくような想いを感じてしまっていたのである。


 傍からは身動きの出来ないサーマルに対して、他人を貶めて喜びに満ちている少女の姿に映ったであろう。

 学生会議室の扉を開けたコンシュ・ハゼロウはまさしくそういう光景を見た。


「ひどいやつだな、お前は。優しく面倒を見てくれていた先輩なんだろう、そいつ。」


 そう言いながら二人に近寄ってきた。


 そして、目についたサーマルを突き刺している短剣を掴み、グリグリとその柄を回転させた。


「ウゴォー、カグゥ!」


 奇っ怪な悲鳴がサーマルの口から迸った。

 言葉では言い表せないような激痛がサーマルを襲ったのだ。

 その痛みに耐えようと歯を食いしばった結果、口の中を自らの歯で噛み切ってしまった。

 口元から血が流れ落ちた。サーマルの口の中に鉄臭い血の味が広がる。


「やめなさい、コンシュ・ハゼロウ。死なせては元も子もないわ。ディッセンドルフ先輩の唯一無二の親友なんだから。生きていなければ人質の意味がないでしょう。」


「はっ!「闇の王」の魔導薬が塗ってあるんだろう。じゃあどんなことしても死ぬわけがねえ。」


「本当に下級の魔導士には品がなくて嫌。「我が主」の僕でなければ、あっさりと殺してしまっているところよ。」


 クズを見るような眼でコンシュに冷たい視線を送った。


「ふん、先に「闇の王」と男女の血の契りをかわしたからと言って、強者風なことを抜かすんじゃねえよ。」


「自分で仕事の取れないものの集まり、魔導協会でも最低の仕事しかできず、逃げ出したあんたに、そんなことを言われる筋合いはないわよ。これでも、この国の名門校、騎士魔導士学校に首席で入学してるのよ、この私は。」


「何寝言抜かしてんだ。親父や兄弟にその体をいいように弄ばれた性玩具のくせして。「闇の王」が力を分け与えられたからこその、首席だろうが。「神の子」に接するための仕込みだろう、お前のこの学校への入学は、よう。」


 すべては大いなる器「神の子」の身体をものにするために張り巡らされた計画。

 それが今まさに達成されようとしている時に、低級な魔導と思考しか持たないクズの男、コンシュ・ハゼロウが仲間にいることには不安があった。

 だが、「我が主」の力を持っても、多くの人数を意のままには扱えないと聞いている。

 今回「我が主」と共にこの計画に参加している人物の数を考えれば、このコンシュをいやでも使いこなさなければならない。


 サーシャネルはそう自分に言い聞かせて、この計画の完遂を優先しなければならない。


「時間がそれほどはないわ。ここで怒っていることを察した国軍が、本気でこの学校を制圧する前に、事を終えなければならない。それはあんたもわかっているでしょう?」


「ああ、そうだな。お前がいけ好かないガキでも、今は事の完遂を優先しよう。こいつを決闘上に連れて行けばいいんだよな。」


「そうよ。決して殺さずに「神の子」の前に突き出して、隙を狙う。計画通りに。」


「ああ、計画通りに、な。」


 サーマルは二人の会話を激痛に気を失わないようにしながら、彼らの関係性について考え始めていた。




 オオジコバは雨と風の中、破壊された校舎の中で逃げ遅れた者の捜索を行っていた。

 すでにかなりの数の人間を助けることができたが、少なくないものの死体も見つけていた。


 リエランティとアリスノヴァに学生たちを任せて、爆破され酷い状況の特別棟にセノビックとアルテミス卿の補助に向かったのだ。


 セノビックの目が生存者を優先的に見つけてくれたので救援はかなりのスピードで達成できた。

 後はほぼ死体だけらしい。


「アルテミス卿!魔獣たちがかなりの数、敷地内に侵入したようです。エンヤ様だけでは、対応しきれていないようです!」


 アルテミスの部下である騎士が報告した。

 それに答えたのはアルテミスではなく、オオジコバの低い声であった。


「既に連絡は来ています。リエランティが学生の有志と共にすでに向かいました。」


「聞いていないぞ、オオジコバ君。いつそんな連絡を受けたんだ?」


 オオジコバが瓦礫を飛ばし、そこに潰されていた人物に魔法を掛けながら、答える。


「プロミネンス教官の配下であるアートリヒト卿は思念波ということで騎士団から特別に呼び寄せられていたそうです。アートリヒト卿はここにはいませんが、プロミネンス教官を通じて連絡がいち早く我々学生に届きました。」


「クソッ!あの狸親父が!やはり私は信じられておらぬか!」


「それは違います。魔獣狩りであれば、我々学生にとっては修練にちょうどいいとの判断です。アルテミス卿やセノビック殿は、ここが終わり次第、ディッセンドルフ先輩のもとへ行ってもらわねばなりません。私も、学生たちへの指示が済めば向かいます。アルテミス卿もすでに危険地域がどこなのか、わかっているはずです!」


「ああ。そうだな。もう生存者も絶望的だしな。オオジコバ君、その遺体の修復が終われば向かうのだろう?」


「はい。私を先輩は必要とするはずですから。」


 オオジコバは絶命して崩れてしまった悲惨な死体のいくつかを、自分の魔導により、生前の姿に近い形での修復を続けていた。

 死んだものへの、せめてもの手向けであった。


「ではアルテミス卿、セノビック殿、私に捕まってください。魔獣たちのいる場所に飛びます。かなりディッセンドルフ先輩の近くにまで来ているようなので」


 オオジコバは二人が自分に捕まったのを確認すると、フルスピードで天空に舞い上がった。

 アルテミス卿の部下はそんな3人を呆気に取られてみているだけであった。


「私の部下が、こちらを見ているが、置いて言ってよかったのか?私が言うのもなんだが、結構できる奴らだぞ。」


「さすがに二人が限界なんです、空を飛ぶには。アルテミス卿の部下であれば、何をすべきかはわきまえておられるんではないですか?」


「ああ、そうだな。おおもう着いたか。」


 空からは数百の魔獣たちが蠢いていることがわかった。

 それをたった一人で防ごうとしている人物がいたが、数が多すぎる。

 その先には聖なる光を放ち、それ以上の魔獣を近寄せないように一人立つ女性が目に入った。

 聖女アンドリュー・ビューテリウムは神々しい光に包まれていた。


「お二方、先輩を頼みます!」


「任せろ、オオジコバ!」


「お任せあれ、オオジコバ君!」


 二人はそれぞれの言葉でオオジコバに自信を見せ、そしてオオジコバから離れた。


 二人が無事にディッセンドルフとナターシャの睨み合っている近くに着地したことを見て、そのまま魔獣の群れの中に突っ込む。


 着地と同時に、両の手を手刀にして、体を回転させた。

 その体から三日月形の光が次々と放たれた。

 その三日月は鋭利な飛翔体となり、十数体の魔獣たちが切り裂かれ、地に落ちた。


「何という力!さすが「神殺し」の【言霊】持ちだな。」


 すでに数十頭を地に伏せさせているエンヤが驚嘆の声を上げた。


 だが、エンヤの賛辞を全く聞いていないオオジコバは意識をその手に集中する。


 本来なら学生会議役員室の自分のロッカーに預けてある、そのものを呼び寄せるためだ。


 物体引き寄せ。


 ディッセンドルフのように、この身を違う場所に瞬時に移動させる空間転移こそ、いまだ使えないが、生持たぬ物質であればそこそこの物を転移させるまでにその魔導力を上げていた。


 僅かな光が滅するとそこには大きな鎌が現れた。


 すぐにそれを横に構えると、超絶のスピードで周りの空間を薙いでいく。


 先に切り裂いた魔獣の血に誘われた魔獣たちがその一線で横に切断されていく。

 さらに、その鎌の通り過ぎた後からも三日月の光がある点に集中して注がれ、魔獣が四散、空間が出来上がった。

 その先に、有志の学生たちの呆れた顔があった。


「先輩、やりすぎですよ!俺たちに当たったら、こっちの命がなくなるところですよ!」


 リエランティが、たまらず文句を言ってきた。


「ちゃんと避けて無傷なんだろう。文句を垂れずに、仕事をしろ!」


「相変わらずのツンデレなんだよな。わかりましたよ!やればいいんでしょう、やれば!」


 言った先から大足虎が砕け散った。


 魔獣は他の獰猛な動物と分けられるのは魔導を使うことにある。

 数百と、何かに引き攣られるようにこの敷地に侵入した動物のほとんどが飢えた魔獣だった。


 敵側が魔獣を敷地に拡散させることで、この学校の敷地内に混乱を生み、警備側がその対応に追われ、防御が薄くなることを目論んでの作戦であった。

 事実、コンシュ・ハゼロウは防御障壁を形成していた上級魔導士の二人を殺めて防御網に穴をあけた。

 さらに残る二人にも遠隔催眠を施し、順次防御障壁を辞めさせる算段を整え、見事に成功したのである。


 しかし、そこに向かった相手が、防御魔術においてこの国にその上位者がいないとされている「神の言葉」教、聖女アンドリュー・ビューテリウムであった。

 簡単に5人によって作られていた防御障壁をも超える障壁を展開させたのである。

 と言っても、時間差で無くなっていく防御障壁に対応するのにタイムラグが生じたのは否めなかった。


 結果的には600弱の魔獣の侵入を許してしまったのである。


 「神の言葉」教の聖騎士であるエンヤ・サカキの剣士としての実力に加え、魔導士としても上級の力を有していたが、殺す先から群がってくる状態では、オオジコバの援軍が来るまでに、多くの魔獣を拡散させてしまった。


 「神殺し」のオオジコバに加え、リエランティが、そして剣、魔導共に発展途上ではあるものの、この騎士魔導士学校に入学を許され、数年間修練を積んだ有志達。

 その到着が状況を変えたのである。


 有志の中には入学当初、ディッセンドルフに敵対したアマガ・アル・バーミリオン、そしてその取り巻き達の姿もあった。

 みな、ディッセンドルフの優秀さ、実績を身をもって知っている者たちであった。


 彼らが人と相対した時ではまだ十分な力を発揮することはできなかったであろう。


 しかし相手は、魔術を使うとはいえ、魔獣という動物たちに過ぎなかった。

 魔獣たちが発する魔術を冷静に無効化すれば、彼らにとって恐れる程の相手ではなかった。


 多くの魔獣が何者かに操られるように学校の敷地内に侵入したが、防御を分散させる前に、その姿を散らされていった。


「まあ、この程度のことをできぬものが、この国を護れるわけもないな。」


 オオジコバは学生たちの働きにそう言葉を漏らし、緊迫の度合いを増している場所、「神の子」ディッセンドルフと復讐者ナターシャ・ジェルネンコ・カーサライトの決闘の場所に向けて疾走した。


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