第38話 「優剣翁」
入学式のため、保護者の親たちが集っている。
その中には数は少ないが貴族もいたし、平民でも有力者の親も来ていた。
そのため、彼ら個人の警護に来ている騎士もいたが、国が専用の騎士を用意もしていた。
雨が降っていることから、講義棟に集められた保護者は恐怖や不安と同時に怒りを覚えるものもいた。
このような場所に閉じ込められること自体に、不満を持つ者がいた。
「君たちは一体どのような権限で我々をこんなところに監禁しているのか?」
子爵位を持つ貴族の一人が声を上げた。
それに同調しているのは貴族たちが多い。
皆専用の騎士や魔導士を傍らに従事させている。
これに対して、平民出身の有力者たちの多くは、こういった時の警備が如何に重要で困難という事を熟知しているものが多かった。
自分たちが警護される立場であるが、逆に守護しなければならないことも多い。
極力、警護対象者は同じ場所に集める方が効率がいいということが分かっている。
だが、この雨天時に屋内の一か所に多くの人がいるという事が、ストレスを高めることも事実だ。
「誠に申し訳ありません。この騎士魔導士学校に対し、同時多発的にテロ行為が仕掛けられました。皆様高貴な方々を標的にされることも考えられます。どうか、不満は重々存じ上げておりますが、今しばらく、この場にお留まり下さいますよう、お願いいたします。」
先程、国家騎士団警備局局長という肩書を自己紹介した、バラライカ・マングステンという筋肉が鎧のように体に着いた偉丈夫が丁寧に文句を言った子爵に、自重を促した。
「もういい!私にはそのようなテロリストには屈しない騎士と魔導士がいるわ!自由にさせてもらうぞ!」
留めようとするマングステンを押しのけるように、軽装備の甲冑を纏った目つきの悪い騎士が進み扉を開けた。
「お待ちください、カーサライト子爵殿。外は危険です。」
「かまわん。子爵様は我々で守る。」
目つきの悪い騎士がそう言い、その騎士が開けた空間を背の低い子爵が進み、その後ろを生気のない要望のよく似た女性魔導士が続いた。
強引に出ていく子爵一同を皮切りに、次々と貴族たちが配下の部下を引き連れて、この防御用に結界を張った講義室を出ていく。
マングステンは、自分の力のなさにガクリと肩を落とし、情けなく思った。
その偉丈夫の肩にやさしく手を置いた人物がいた。
魔法師団最高位責任団長シンミョン・エービノ。
「沈黙の声」という【言霊】持ちの魔導士である。
この国において最高の魔法使いと言われるコンコルディア・フローラと唯一拮抗できる力の持ち主である。
「沈黙の声」は放たれる魔術を無効化する力であった。
この魔術に対して、フローラは一度だけ自らの術を仕掛けたことがあったが、全く効かないことを思い知らされてからはエービノと直接対峙することはなかった。
魔法使いの一部の人間、例えばフローラなどは見た目の年齢でないものがいる。
それは、実戦経験も豊かであることの証左でもあり、その経験上、自分がエービノを上回ることが出来ないのを察していた。
「行きたいものは行かせればいい。自己責任だよ、局長。」
「いや、しかし、エービノ殿。彼らが勝手気ままに動いて、それでも何かあればこちらに文句を言ってくる連中ですよ。」
「それは事実だが、マングステン卿。ただ、かなりの被害が出ている。先に報告がありましてね。マーベル国王とアントロング首相、ミルトウェイ最高裁判所長官が襲われた。ミルトウェイ殿が殺害されたという事だ。」
この言葉にマングステンの顔から血の気が一気に引いた。
「国王は、国王は大丈夫なのですか‼」
エービノに掴みかかるような勢いでマングステンが詰め寄った。
「冷静になられよ、マングステン卿。国王と首相は消耗しているが無事だそうだ。今は首相官邸で治療を受けている。」
「はっ?首相官邸?ど、どういう、ことですか?エービノ殿。ここから、どうやって、首相官邸まで?」
マングステンの驚きは充分理解できた。
エービノ自身、最初のその報をワクナ・ザートから思念波を送られてきたときに、その言葉を疑った。
ここから首相官邸までは遠すぎる。
「どうやら魔術を使って退避させたものがいたらしい。ミルトウェイ殿は間に合わなかったようだが…。」
「魔術で…、あの距離を…。人の出来ることでは、ありませんな。」
大きくため息をついた。
そんなマングステンにエービノは言葉をつづけた。
「問題はその襲撃の実行者だ。本来であれば国王を守るべき立場の者だ。」
「国王たちの守護隊は統合本部長、上級騎士1位のザスルバシ卿が隊長を務めていたはずですが…。」
その言葉にエービノの顔が曇った。
その表情にマングステンは誤解した。
「まさか、ザスルバシ卿を倒すような力を持った襲撃者がいたのですか?」
「いや、違う。」
そういって、言葉を切り、胸に詰まったものを吐き出すように大きな息を吐きだした。
「襲撃者はそのザスルバシと魔法師団のコンコルディア・フローラの二人だ。」
エービノの告げた事実に、マングステンは驚愕のあまり、言葉を失った。
マンチェス・インデルマン、カーサライト子爵領の民からは「優剣翁」の名で親しまれている老騎士である彼は今、貴族たちを守るべく指定されていた講義棟の屋上で雨に打たれていた。
インデルマンはこの場所にかれこれ3時間以上座していた。
「優剣翁」で知られるインデルマンは入学式が始まってから今までこの場所から動いていない。
その時間を、周りの気配に細心の注意を払いながらも、自分の思索に深く沈んでいた。
自分はいったい何を間違えたのだろうか?
インデルマンは現当主の祖父にあたるヴ―ストリア・フォン・カーサライトの代より3代にわたって仕えることになった。
インデルマンの父、アーヌル・インデルマンは「剛腕」という【言霊】持ちであり、その力もさることながら剣術の天才でもあった。
その長子たる自分が【言霊】を持ちえなかったことは周囲の者に失望を与えたが、父には関係なかった。
アーヌルは【言霊】持ちということよりも、剣術にその生涯を費やしていた。
そしてマンチェス・インデルマンにもその才が受け継がれていた。
結果的には【言霊】が必要ないほどの剣術の腕を手にした。
妻は娶った者の子には恵まれなかった。
それも影響したのか、弟子たちには厳しいながらも優しさを持って接していた。
ある意味雇われの身ではあるが、先代のガウェイン・フォン・カーサライト、現当主のジルベル・フォン・カーサライトにも剣術を教授した。
カーサライト家騎士団団長のバートリー・エルジェーベトも弟子のひとりである。
今回のジルベルの警護として今も行動を共にしている。
インデルマンはこの当主不在時の領地の警護を任されてはいた。
しかし、「優剣翁」はカーサライト家騎士団指南役という立場であり、当主の命に縛られない存在でもあった。
その為、自分がロメン法国修業時代に修得した魔導の力により、この騎士魔導士学校において起こりえる不穏な事態が心を揺さぶった。
インデルマンは領地の警護を指南役の補助をしている騎士に任せ、当主ジルベルに対して隠密にこの場に来た。
現当主ジルベル・フォン・カーサライトとバートリー・エルジェーベトの人格が、自分がロメン法国から帰国してからおかしいことは薄々わかっていた。
今回の警護の任に当たり、不気味な女魔導士が二人付き添っていたことも気になる。
カーサライト家騎士団に魔導士もいたのだが、その二人の銀髪の女性に見覚えがなかったのだ。
ジルベルがインデルマンに対して、何かを隠していることは解っていたのだが、それが何かまでは解らずにいた。
ロメン法国への修行も唐突だった。
自分の年齢を考えれば、明らかに遅いものと思われた。
だが、ロメン法国に、特に「神の言葉」教の神聖騎士団には好奇心があった。
多少の魔導力はあったものの、その力が増すことにも純粋に興味があったため、素直に従い、1年以上をロメン法国で過ごすことになった。
そこでインデルマンは不測の事態を経験する。
「神の言葉」が降ってきたのだ。
一般的に10歳前後に降りて来る「神の言葉」。
だが、ロメン法国で降ってきた「神の言葉」だったため、このジョバンニュ・クリミアン連合王国でそれを知られることはなかった。
「神の言葉」教教会の関係者を除いて。
インデルマンはその事実を秘匿して帰国した。
カーサライト子爵家の雰囲気が変わっていることはすぐにわかった。
だがその原因は解らなかった。
またインデルマン自身もその原因を深追いしなかった。
ただ、弟子入りを希望する者が多くいたため、その教授に全精力を費やしていた。
そして5年前、不思議なことにジルベルが養女とした少女、ナターシャに剣術の才を見出し、自分の全てを教え込んだつもりであった。
それがまさか、復讐のためとは微塵も思っていなかった。
インデルマンがこの場所に赴いた最大の理由である。
またその相手が最悪であった。
「神の子」ディッセンドルフ・フォン・ルードヴィッヒ。
勝てる見込みは全くなかった。
「優剣翁」はナターシャの命が取られる前に、この年老いた命と引き換えに命乞いをするつもりだったのだ。
【言霊】持ち故、ディッセンドルフに降った【言霊】の意味が瞬時にわかっていたのである。
だが、この場所に来た時に、状況が一変した。
自分がここにいることが瞬時にディッセンドルフに漏れてしまった。
ロメン法国での修行で培った魔導力は、「神の子」に対しては全く無力であった。
同時にディッセンドルフの思念波が接触してきた。
インデルマンは観念して、その思念波と意思の疎通を行った。
衝撃であった。
自分が深く原因を求めなかったことを含め、この状況の真実が膨大な情報として自分の中に流れ込んできた。
「優剣翁」マンチェス・インデルマンは事実を強制的に知らされ、今、自分の進むべき道を模索していた。
ディッセンドルフの思念波ネットワークに強制的に組み込まれたインデルマンの心に、カーサライト子爵一行の行動と、くすんだ赤い髪の女性の走る姿が映された。
インデルマンの進むべき道が決まった。
ぬかるんだ土に足を取られながらフォルテは懸命に講義棟を目指した。
ディッセンドルフの思念波が自分が行くべき地点を指し示していた。
「神の子」、そして「触れ得ざる者」として恐れられている学生、ディッセンドルフが自分を呼んだ時のことを思い出す。
最初のあった時、そこに懐かしいメビウス卿の姿を見て、思わず泣きながら抱き着いてしまった。
年齢も体格も、顔も全く違うはずなのに、ディッセンドルフにメビウス卿の面影を見てしまった。
それが何故かは解らない。
それでもそこには優しい微笑みがあった。
さらに語られたことは、オオジコバすら知らないはずのフォルテの過去の話だった。
「君が望むなら、君の家族の仇をとる協力ができる。」
拒否が出来ない申し出だった。
詳しい話をした。
「神の子」ディッセンドルフは私がゴルネイエフ家に渡したノートを示した。
「この最後に血判があるんだが。これはメビウス卿とバネッサ嬢、そして君のだね。」
「はい。」
それが何を意味するのかは、フォルテにはわからなかったが、ディッセンドルフは「触れ得ざる者」という恐怖の対象には見えなかった。
人好きのする笑みをフォルテに向けた。
それは光りのような一時だった。
ディッセンドルフの思念波が流れ込んでくる。
足に絡みつく土をもう意識していなかった。
講義棟の出入り口に目指す相手がいた。




