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「神の子」  作者: 新竹芳
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第36話 サーシャネル・ハーマス

 学生会議役員室から、それぞれの場所に散った後には、サーマル・テラノはもう一人残った会計を担当している3年次のサーシャネル・ハーマスに視線を移した。


 一応この二人がここに残って、散っていった人たちの後方支援を行う事になっていた。

 建前としては。


 ディッセンドルフを中心に思念波によるネットワークが組み立てられていた。

 サーマルにはよく解らなかったが、思念波には個体での特徴があり、それを各々認識しやすくすることにより、通常の思念波を使う意思伝達より反応速度は速くなり、魔導力の使用も少なくて済むらしい。

 ディッセンドルフとニシムロの説明はもっと細かいもののようであったが、サーマルの能力ではすべては理解できなかった。


 サーシャネル・ハーマス、通称サーシャはそのショートカットの栗毛をいじっていた。


 自分がすべきことを分かっているのか、その表情からではわからなかった。


 机の上にはこの騎士魔導士学校の見取り図が置かれていた。

 そこにはアクシデントの起こる位置の予測がディッセンドルフによって書き込まれている。

 が、いくつかの予測がフェイクであることをサーマルはディッセンドルフから直接知らされている。


 サーマルはそこに目を落としていた。


 ディッセンドルフの意図。

 何故、そのようなことをしたのか?


 自分の右わきに人影が見えた。

 と思った時に右わき腹に激痛が走った。


 そこには短剣を握り、柄まで腹部に刺し込んだサーシャがいた。


「な、なぜ…。」


 すぐに剣を抜こうとするサーシャの腕を掴まえ、剣を抜かせない。


 諦めたのか、短剣から手を離し、サーシャは一歩後ろに下がった。

 今まで見せた事のない人を蔑むような笑みをサーマルに向けた。


「仲間だとでも思ってましたか、サーマル・テラノ。」


 その口の利き方は今までのような愛嬌のあるものではなかった。


「なかま、では、ないのか。」


「当然ですよ。と言っても、完全に敵という訳でもないのですが…。「神の子」ディッセンドルフは、我が主のための非常に貴重な方ですので。その為に私はこの場にいるのですよ、サーマル先輩。」


「我が主?」


 この後輩は、俺に何を語ろうとしているのだ?


「フフフ、先輩。私の刺した剣を抜かれると、大量に出血して意識を失ってしまうと考えたんでしょう?ここで意識を失う訳にはいかない。そう考えたんですよね、サーマル先輩。」


 上品な微笑みから下卑た笑い声に変わった。


「ははは、ざ~んねんでした、先輩。その短剣には魔導薬が仕込んであるんですよ。そうやって刺さっていると、ドンドン剣の中から魔導薬が先輩の体に吸収されていくんで~す。ほら、頭がいいじゃないですか、サーマル先輩って。だから刺された時って、きっとそういう行動を取ると思ってたんで~す。我が主が作った特製の魔導薬なんですよ、それ。徐々に体の動きを抑えていきますけど、頭はすっきりと動きますから安心なんですよ。」


 確かに立っていられない。

 膝をついた。

 それでも高笑いのサーシャを睨みつける。


「我が主とは、誰だ!」


 気力を振り絞り、サーマルが叫ぶ。


「あまり力を入れると、折角繋ぎ止めている意識もなくしてしまいますよ。でも、魔導薬がしっかり回るまで、まだしばらくかかりそうですから、少しお話をしましょうか。サーマル先輩に意識をなくされると、今後の計画に修正を加える必要があるかもしれませんし。」


「計画?お前たちは一体…。」


 膝立ちもできずに、そのまま崩れ落ちるように倒れた。

 それを確認したサーシャが少し近寄ってくる。

 と言っても、手が届かない位置で立ち止まり、しゃがみこんでサーマルの顔を覗き込む。


「一つ一つ答えますね。まず「我が主」とは、私の恩人であり、偉大なる思想と力を持つ、神のような存在です。」


 下卑た笑いは少女のような笑いに変わっている。


「それと計画でしたね。それはね、先輩、この世を楽園にすることです。」


 そんな奴が、このような人殺しを計画するわけあがない。

 そう言おうとしたが、口がうまく動かない。


「当然、この世界が変わるんですもん。人死にが出るのは仕方がないですよ。そして「神の言葉」教の神による支配から解放され、唯一無二の「我が主」を唯一の髪とする楽園が未来永劫、この世界を幸福が包み込むんです。」


 そう言いながら、サーシャはサーマルの瞳を覗き込む。

 その瞳が全く力を失っていないことを確認し、バカにしたような笑みを口元に浮かべた。


「ふふふ、どれだけ「我が主」が素晴らしい方か、先輩にお話ししますね。」




 私はハーマス交易情報商会を営む家の子であることは先日お話したかと思います。

 この情報に間違いはないのですが、オオジコバのいう様なご令嬢さまとは程遠い環境でした。


 私には年の離れた兄が二人いました。

 ええ、そうです、すでに死んでいます、あんな糞虫のような野郎たちは。

 それは実父も同じなんですが、あいつには金を稼いでもらう必要があったので、生かされてます、「我が主」に。


 私は7つの時、初潮を迎えたときに、実父に犯されました。

 さらに兄二人にも犯され、奴隷以下の扱いでした。

 毎夜あいつらの性の玩具にされました。

 母はそんなケダモノを止めることも、私を守ってくれることもありませんでした。


 そんな状況を救ってくれたのが「我が主」です。


 我が主は騎士の姿で私より幼い子を連れて現れました。


 ハーマス交易所で、マルヌク村で起こったことを語り、救助隊、ではありませんね、すでに全員が死んでいるんですから。

 調査隊というべきでしょうか。


 そうですね、サーマル先輩。

 貴方が考えている通りです。

 私は皆さんに嘘の「マルヌク村」を語りました。

 本当はその騎士はキレヒガラ・ディグ様でした。

 そして連れていた子供がナターシャ・ジェルネンコです。

 私の話ではこのナターシャを助けるために死んでいた騎士と話したと思います。


 一通りの話を終え、騎士様は自分とナターシャが休める部屋を求められました。

 その支度をしていた私に、騎士様がおっしゃいました。


「お嬢さん、今の君は酷い状態ですね。」


 私はもう2年前に枯れて、乾いてしまった心が揺さぶれました。

 涙をボロボロ零し、自分の身の上を騎士様にお話ししました。


 騎士様は私に寄り添ってくれました。


 女の子は用意したベッドに潜り込んですぐに眠ってしまいました。


「私の力を少し分けてあげよう。この銀のブレスレットがあなたの体も心も守ります。」


 騎士様がそう言って渡してくれたその銀のブレスレットを右腕にはめ、夜の奉仕に呼ばれました。

 思い出したくもない行為の数々でしたが、その夜は違いまいました。

 無理やり私の口に咥えさせられたものを、私は容易(タヤ)く嚙み千切りました。

 それを吐き捨てた後、苦痛でのたうち回る長兄の目を、無理矢理履かされたピンヒールで潰しました。

 その時の快感と言ったら。


 長兄の滑稽な悲鳴を聞きつけたのでしょうね。

 次兄がすぐにその「快楽の間」と呼んでいる私を辱め苦痛を与え続けた地下の間に現れました。


 そこでピンヒールの靴と腿までのストッキングしかつけていない私が、股間のものを噛み千切られ、目を潰され痛みでのたうち回る長兄の横で薄ら笑いを浮かべて立っている光景に、身体を硬直させていました。


 でもね、先輩。

 こんな光景想像してみてくださいよ。


 醜い豚のような男がのたうち回ってる横に、胸もほとんど膨らんでいない、股間の毛さえもまばらな殆ど裸の幼女が薄ら笑いを浮かべている絵図。

 気持ち悪さしかないですよね、普通。


 そんな光景を見て、その次兄はどうなったと思います?

 ええ、確かに体が固まって、驚きに目が見開かれていましたよ。


 でもね、先輩。

 その男、股間まで大きく硬くしてたんですよ。

 信じられますか?


 気持ち悪かったんですよ、逆にその男の姿が。

 私は長兄に対して行った行為に快感を覚えていたんですけど、急速に冷めました。

 それどころかあまりにも気持ち悪かったんで、そのまま次兄の所にいって、纏っていた衣服を()いで、下半身を裸に()いてやったんです。

 それでもその股間の物はさらに大きくなっていました。

 あまりの醜さに、私は右手でそれを掴んで潰しちゃったんですよ。


 私をそんな怪力女みたいに見ないでくださいよ、先輩。

 これでも私、サーマル先輩に憧れてるんですから。

 好きな人からそんな目で見られたら、私…、濡れちゃいます、うふ。


 私には片手で人体を握りつぶせるわけなんてないんですよ。

 これは本当です。

 潰せたのは騎士様から頂いたブレスレットのお陰でした。

 そしてね、先輩。

 のたうち回ってる次兄を抑え込んで、今度は腹を両手で引き裂いてやりました。

 腸がドロッとはみ出してきたときにはあまりの気持ちよさに、生まれて初めてイッちゃいました。

 女性って、あの行為でなくともいけるんですね、先輩は知ってましたか?


 想像通りその時の悲鳴はすさまじい音量でしたよ。

 さすがに、あの気持ち悪い父親も、屋敷の者たちも駆けつけてきました。

 この地下室への扉は厳重に中から閉められるようにはなっていたんですけど、兄と父はそのカギを持っていますから、簡単に入ってこれるんですよ。

 でもね、私がいくら泣き叫んだって、誰も来てくれないのに、兄たちの野太い悲鳴には屋敷中の人が来たことに、少し悲しかったですね。


 その地下の間は兄たちの汚い一物と血で汚れてました。

 その中で二匹の豚がのたうち回ってるんですよ。

 私の痣と傷だらけの肌に兄たちの汚らわしい血がかかるのは正直、気持ち悪かったですね。

 でもその時には騎士様、ディグ卿が傍らに立って、私の肩を抱いていてくれました。

 そこに現れた使用人たちは騎士様の目を見ると何も言わずにまた地上に上がっていかれました。

 父だけが残って、私が何をしたのかを見せつけていました。


「お前もこうなりたくないのであれば、この娘、サーシャネル・ハーマスを大事に扱え。でなければいつでも私がここに現れ、この二人以上の苦痛を与えることになる。」


 父はその言葉に、血でまみれた床に土下座して許しを乞うてました。


 私が救われた瞬間です。

 そして私は騎士様、本当はその姿は仮の姿でしたけど、に忠誠を誓い、そのまま結ばれました。


 その証にこの太ももの裏にウロボロスの印が浮かび上がってまいりました。

 その時の「我が主」と一つになれたときの感覚は、その前にイッてしまっときの何万倍もの幸福感でした。


 次の日、騎士様の頼みで隣のカーサライト子爵の領地にまいり、当主のジルベル・フォン・カーサライト様にお会いしました。

 既に早馬でうちの父の親書をお渡ししていましたので、スムーズにお会いしていただき、好意により、天涯孤独の身となったナターシャ様の引き取りと、養子への段取りが決まりました。


 その会見で子爵様も「我が主」の偉大さに触れたのだと思います。


 既に騎士様のお体は天に帰りましたが、「我が主」は私やナターシャ様、子爵様など、数多い崇拝者の方々と共にいらっしゃいます。


 そして、「我が主」の器となられる「神の子」ディッセンドルフの「我が主」への帰依により、この世界の幸福への第一歩が始まるのです。


 「神の子」はこの日のために用意された「我が主」の器なのですから。




 サーマルは思った。

 人は本当に見た目ではない、と。


 サーシャは明るい子だった。

 いつもみんなに気を使って、笑みを絶やすことなく、雰囲気を和らげる存在だった。


 裏で何を考えていたかはさておき、一生懸命にこの学生会議役員として働き、騎士魔導士学校でのカリキュラムも懸命にこなしていたのだ。


 家族からの暴行などというにまあまりにも(オゾ)ましい経験をしていたとはとても思えない。

 それについては、その「我が主」は間違いなくこの少女を救ったのであろう。


 サーマルの出身の村は寒冷地にあり、村人全てが生き残るために必死であった。

 だからこその助け合いが同然の村だった。

 確かに気に入らない村人もいないわけではなかったが、生存のためにはそんなのんきなことを言っていられるような場所ではなかったのだ。


 サーシャの家が裕福なのは事実だろう。

 だが、その裏には悍ましい強欲の者たちが弱いものを搾取しているという状況があった。


 知識としては知っていた。

 だが実感としては解らなかった。


 今のサーマルの本当の状態を「我が主」と呼ぶ「敵」の一員であるサーシャネル・ハーマスに知られるわけにはいかなかった。

 彼女が言うように、短剣から放たれている魔導薬は全身の筋肉の阻害を行っている。

 だが、意識は明瞭で、必要とあれば、この口は彼らの思うままの声を発することになるのだろう。


 だが、それはディッセンドルフの力が及んでいなければの話であった。


 それを知られないためには、このまま動けないという演技を続けなければならない。


 だが…。


 サーシャの生い立ちの、実の家族からの仕打ちに、その後の彼女の心の変容に、涙が零れることをサーマルは抑えることが出来なかった。


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