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「神の子」  作者: 新竹芳
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第35話 上級騎士と魔女

 プロミネンスとウエストが国賓の退避場所に着いたとき、そこは攻撃するものと守るものが防御障壁を間に対峙していた。


 シダヌルー・サー・ミルトウェイ新爵最高裁判所長官が血の海の中に倒れていた。


 国王マーベル・レジェ・ルツベル・クリミアンⅢ世、ヘンナベルク・アントロング首相をその後ろに庇うバスク・エリザクト国家騎士団教導部部長の左腕は無く、真っ青な顔ではあるが鬼気迫る形相で目の前にいるザスルバシ・アップ・カチリマストが冷ややかな目で見つめている。

 国家騎士団統合本部長にして上級騎士1位にランクされ、この騎士魔導士学校校長の息子でもあるこの男の手には、つい先程ミルトウェイを絶命させた剣を握っていた。


 その後ろに魔法師団第3大隊隊長コンコルディア・フローラが魔女の笑みでこの国の王と首相を見下ろしている。

 その二人に対して、国の代表を懸命に守っていたのはフローラの部下である副長のワクナ・ザートと参謀を務めるアンドロメダ・エウリュアレだった。

 二人とも目前の暴力からありったけの魔導力を使い、防御障壁を展開していた。


 魔法師団第3大隊の3女神と呼ばれた3人が敵味方に分かれている。


 アナザミリー・ウエストにとって、今まさに魔女にしか見えないフローラはこの騎士魔導士学校において魔術を教わった恩師であった。


 そして今は上級騎士1位に上り詰めたザスルバシはプロミネンスと共に教え子であった。


「なぜ、このようなことをするのですか、フローラ先生!」


 二人がこの待避所に着いた時に、その存在を気付いていたはずにも拘らず、フローラはその言葉で気づいたように顔を向ける。


「お久しぶりね、アナザ。できればお茶にでもお誘いしたいところだけど、今少し立て込んでいるの。少しだけ待っていただけるかしら?」


 優雅な雰囲気で、この場にそぐわない丁寧な言葉をウエストに向けた。


 その言葉を聞いた瞬間に自分とプロミネンスの周りに障壁を展開。

 直後に衝撃が襲った。


 力の限りその衝撃をかわしたところに、剣戟が走る。

 プロミネンスが剣でその剣戟を弾いた。


「まだ老いてはいませんな、プロミネンス教官。」


 すでにプロミネンスの間合いから遠のいたザスルバシが、プロミネンスに感嘆の言葉を吐く。


「何故だ、ザスルバシ。若くして統合本部トップにまでなったお前がなぜ闇に落ちる!」


「私は闇に落ちたつもりはありませんよ、教官。さらなる高みにこの身を持って行くためです。」


戯言(ザレゴト)で、自分の罪を逃れられると思っているのか!」


 二人の思考を自分たちに向けさせている間に、エリザクトが二人の女性と共に国王と首相を後退させる。

 エリザクトはアンドロメダから治癒魔法を施され出血は止まっているものの、息が荒い。

 長引く戦いは避けなければならない。

 だがこの二人相手に短時間に終わらせることなど出来るのか。

 いや、そもそも勝てるのか?


「自分はおかしなことを言っているつもりはありませんよ。武人たるもの、いつも自らを強く成長させていくもの。上級1位などというくだらないランキングに満足できるものではありません。しかし、この国は平和に慣れ過ぎてしまった。今、さらなる修行は、まずその場を作らねばならない。」


「そのために戦争を起こす気か!」


「人というものは、極限になると自分の才能が開花することが良くあります。レベッカ海峡の事件がいい例ではありませんか?あなたの教え子たちの噂はよく聞いておりますよ。」


「何が言いたい、ザスルバシ。」


「当然「神の子」ですよ。彼こそは私がさらなる高みに行くための踏み台でしょう。」


「お前ごときが、彼を越えることなど出来るものか。」


「さて、それはどうでしょう?」


 ザスルバシの口元が醜い笑みを浮かべるように歪む。

 剣が動いた。


 完全にその剣を捉えたはずだった。

 剣が自分の方に動く軌跡を予測し、本能が体を動かし、その剣に自らの剣をあてに行ったはずだった。


 プロミネンスの剣は空振り、反対方向から剣先が咄嗟に庇った左腕に食い込んだ。


 信じられないという驚きの顔が、剣の食い込んだ体の痛みに苦痛へと変わっていった。


 その短い時間を、ウエストは心を痛めながら、魔女となったフローラと守勢に回っている警備隊との間に体を移動させることに使った。


 まともにフローラとぶつかって勝つ自信はウエストにはない。

 何とかこの二人の気を逸らし、国王と首相を安全な場所に避難させねばならない。

 だが、一体安全な場所とやらは何処にあるのだろう。


「いじましいものね、アナザ。隠れながら移動してきたつもり?」


「先生、何故なんですか?先生ほどの魔法使いが、こんなことを…。」


「ねえ、アナザ、あなたに聞きたいんだけど…。」


 なぜか顔を赤らめ、美しく輝く金の髪をかき上げて、その切れ長の目でウエストを見つめた。


「女の幸せって、何だと思う?」


 妖艶とさえ言える微笑を浮かべ、紅を垂らしたように赤い唇からピンクの下をうごめかしながら聞いてきた。


「女の、幸せ?」


「やっぱり、素晴らしい殿方との、恋だと思うの。私の中の心を揺さぶる殿方と、その身を一つにする。それが、女の、私の幸せ…。」


「何を言ってるんですか、フローラ先生。もう、齢50を過ぎたその身で、ヒィ!」


 ウエストの身体を電撃が走った。

 フローラの言葉にあまりにも驚き、一瞬、自分の防御が緩んだところに、フローラの攻撃を受けてしまった。


「同性と言えども、女性に対して年の話をするなんて、恥を知りなさい!」


 確かにこの先生は一度も結婚をしていないし、子を産んだことは無かった。

 それはこの国を守るための高潔なる精神ゆえであると信じていたのだ。

 それが、ただの乙女心を語っている。

 国の重鎮を襲うなどという反体制的な行動よりも、ウエストにとっては衝撃であった。


「今まではこの国で史上最高の魔法使いと言われた私に釣り合う男性はいなかった。でも、やっと理想の殿方が私の前に現れてくれた。これこそが神のお導きというものよ。」


 恍惚とした表情でしゃべり続けるコンコルディア・フローラ。

 いみじくも今自分で言った通り、この国の魔導士で彼女に対抗できるものはいないであろう。

 それでも、この状態を打開せねばならない。

 最悪でも国王と首相の命だけでも守らなければならなかった。


「その最高の殿方とは、どなたなのですか?」


 もう答えは解ってはいた。

 だが、少しでも時間を稼ぐ必要があった。


 すでに他の教員たちには連絡を取っていたが、ほとんどが無力化されているようで、動くことができないことは解っていた。

 自分たちがこうして動けるのは、間違いなく「神の子」ディッセンドルフの影響下にあるからだ。

 だが、そのディッセンドルフからの思念が一時的についえた。

 非常事態である。


 そう、それでも、こちらがこの不利な情勢を覆せるのは、ディッセンドルフだけであった。


「あなたにもわかっているはずよ、アナザミリー・ウエスト。直々に彼に教えていたはずですからね。本当に悔しいわ。私が直接彼に、最高の殿方に一から教えて差し上げたかったわ。」


 何を想像しているのか、フローラは自分の体を自分で抱きしめている。

 その手の動きは、指の動きは妖しく、自らの快楽のポイントを責めているようにも見える。


 コンコルディア・フローラの格好はどう見ても戦闘用ではなかった。

 黒を基調とした体のラインを見せつけるようなドレスに、金のラインと赤いバラが刺繍されている。

 首元には宝石と金のネックレスを纏い、金髪の頭にはドレスと同色の帽子をかぶっている。

 ドレスのスリットは深めに走っていて、そこからガーターベルトで吊られた紫のストッキングが見え隠れしている。

 足に至ってピンヒール。

 これからどこのパーティーに行くのかという出で立ちだった。


 対するプラチナブロンドの髪を一本に束ねたウエストはいつものワンピースではなく、体術用のトレーニングウェアである。

 入学式ではフォーマルなドレスを身にまとっていたが、ディッセンドルフからの助言で、いざという場合に備えて、すでに着替えていたのだ。


「最高の殿方をお迎えするのに、アナザ。その恰好はいただけませんね。この場で息を絶つべきでしょう。」


「先生は「神の子」ディッセンドルフを迎えるために、そんな装束を…。」


「当たり前のことを今更…。ですから、あなたはパートナーに恵まれないのですよ、アナザミリー・ウエスト教官。」


「それだけは生涯独身を貫いているフローラ先生には言われたくはありません。」


 にらみつけるようにフローラに視線を向けた。

 そんなウエストの恨めしい顔を涼しげに受け止める。


「私は本当に気持ちがいいので、あなたの嫌味にも反感を感じませんのよ、アナザ。このドレスアップした姿に、あの至高の彼、「神の子」が見惚れることを想像すると、エクスタシーに蕩けそうです。」


 異常な姿だ。

 黒いドレスから皴が目立つ足を出した老女に、ウエストは蔑んだ表情を浮かべてしまった。


「その表情はいただけませんね。」


 その言葉を吐いた瞬間、フローラの左腕が細く伸び、ウエストとワクナ・ザート、アンドロメダ・エウリュアレの作る防御障壁を難なく突き破り、ウエストの脇を避けて、エリザクトの治癒を続けていたアンドロメダの魔法衣を押し上げる二つの膨らみの中央に突き刺さった。


「うぐっ。」


 呻きがウエストの耳に届いた。


 ウエストは脇に伸びるその細いチューブのようなフローラの腕に、念を込め、小声で高速の詠唱を唱えた。


 その腕が一瞬(マバユ)い光に包まれた。


 だが、その腕には何事も起こらない。


「ほほほ、アナザ。あなたの力は十二分に研究済みよ。私が教えていた頃よりも強くなってることは認めるけど、まだまだね。」


 エリザクトが懸命に持っている剣をそのチューブのような腕に叩き込むが、びくともしなかった。


「無駄よ。上級騎士程度の剣の腕では、私の体に傷をつけることはできないわ。」


 そのチューブのような腕が突き刺さったアンドロメダの顔から急速に血の気が失せていく。

 それどころか、他の魔術師や、国家騎士団から憧れられていた美しく張りのあった顔が、見る見るうちにしわが刻まれていく。


 ウエストはその状態に気づかされた。


 フローラがアンドロメダの血液を吸っている!


 それは魔法師団だけでなく、魔法使い、魔術師、魔導士と呼ばれる者たちに禁断の魔法と呼ばれる術式、若返りの秘法だった。


 アンドロメダの若く美しかった顔、姿態は今、醜くしわくちゃになっていた。

 既に生あるものの姿ではなかった。

 その姿とは逆にフローラの皺の目立った顔や足が美しく張りが出てきた。

 数十年前の美しいコンコルディア・フローラの姿がそこにあった。


 アンドロメダの胸に突き刺さっていたチューブのような腕が弾け、一瞬でフローラの腕に戻った。


「本当は十代の乙女の血が良かったのだけど。しかも処女の血ではないし…。でも、まあ、良しとしましょうか。部下としてアンドロメダも私の一部となってさぞ喜んでいる事でしょう!」


 心の腐った醜いはずの老女が、今はその姿かたちは絶世の美女と言っても過言ではない姿で優雅に立っていた。

 赤い血のような唇が、見る人によっては非常に魅惑的に映っている事であろう。

 が、ウエストにとっては吐き気を催す対象でしかなかった。


 ワクナが同僚の美貌の信じられない死に様に、恐怖のあまり腰から力が抜けてしまっていた。

 自分たちを守るために張っていた障壁への力が弱まっている。


 このままでは全滅する。

 とてもではないがディッセンドルフが来るまで持ちそうにない。


 プロミネンスの左手に切り付けられたザスルバシの剣は、しかし切断まではいかなかった。

 プロミネンスは左腕を強化し、食い込んだ剣を完全にその左腕に固定したのである。


 プロミネンスに痛みが走ったが、それ以上に怒りが全身を支配していた。


 左腕を切断するはずだった剣が、切断はおろか戻すこともできないことにザスルバシは一瞬だが、動きが止まった。


 今は教官を務めているプロミネンスは、40年前の実戦を経験していた。

 その実戦経験は上級騎士としての実力を超えるときがある。

 このザスルバシの驚きがその隙を作った。


 プロミネンスの剣が、ザスルバシの胸を正確に突かれた。


 すぐにその動きに対応するため、左腕に刺さった剣を放棄。

 体を後方に飛ばした。


 そこには若く美しく変わったフローラの姿があった。


「化けたな、魔女め‼」


「最高の殿方を迎えに行くのでしょう。これくらいは礼儀ですわ。」


「その最高の男を殺しても、文句を言うなよ。」


「あなた程度の力で殺されるのであれば、それは最高の殿方とは申しませんわ。好きにしてください。」


 彼らの中では、ここにいる他の者たちは既に生きていない前提であることがウエストには嫌というほどわかった。

 ワクナ・ザート同様、国王も首相も腰を抜かしており、自らで動けるような状況ではなかった。


 死を賭けてウエストは挑む決意を決めた。

 床に手をつき立ち上がろうとした時、彼女の手にぬめぬめとしたものがふれた。


 血であった。


 殺されたシダヌルー・サー・ミルトウェイ新爵最高裁判所長官と左腕を切断されたエリザクトの血液。


 ウエストの脳裏に禁断の魔法で殺されたアンドロメダの姿が、強烈な光と共に蘇る。


 悪魔には悪魔のやり方で!


 ウエストは両手でその血を掴み、一気にフローラに向けて高速詠唱と共にぶちまけた。


 その血一滴一滴が、エリザクトに、シダヌルーに、そしてアナザミリー・ウエストとなって、ザスルバシとフローラの二人に襲い掛かった。


「なんだ、こいつらは‼」


 驚愕の声を上げるザスルバシを庇いつつ、フローラが前面に出る。


「禁断の魔法術、「人血影身」。人の血液を使い、そのもとになった人を分身のように操る秘術です。人の血を大量に使う事から、禁断魔法に指定されています。それ以前に、これだけの分身を作り出す魔導力、そうそうはいません。」


 迫りくる多くの分身に対し、フローラが「人血影身」に抗う魔術の詠唱を開始し、さらに両の手で違う形の印を組む。


 光が爆ぜた。


 あらかたの分身が霧散したが、二人も全くの無傷にはすまなかった。


 分身がもたらした硬質の刃と毒が二人に傷を負わせる。

 二人にとっては致命傷ではなかったが、動きに遅れが生じた。


 光が消えた空間には、プロミネンスも、ウエストも、そして国王、首相、ワクナの姿もなかった。


「ふっ、してやられたか。」


「まあ、彼らとしてはギリギリだったのでしょうね。国王と首相も守らねばならなかったわけですし…。私達からすればどうでもよかったのですが。」


 そう言って肩をすくめる美女。

 先程までのしわの目立つ老女と同一人物とは信じられない。

 ザスルバシはまじまじとフローラを見た。


「わたくしに惚れても、心を痛めるだけですよ、ザスルバシ卿。わたくしの焦がれる殿方はただ一人。それでは、迎えに行きましょうか。私の愛するただ一人の殿方のもとへ。」


「ああ、そうだな。俺をさらなる進化を促してくれる「神の子」と我が主のもとへ。」


 そう言うと二人は目の前の壁を破壊し、ディッセンドルフとナターシャの闘っている場所目掛けて飛翔した。


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