第34話 騎士魔導士学校の攻防
ナターシャの左手に握られた一の太刀がディッセンドルフに胸に向かって突かれる。
咄嗟に半身になり避けたディッセンドルフだったが、振り下ろされた右手の二の太刀が襲う。
ディッセンドルフは瞬時に全身強化を施す。
迫る二の太刀に左手で防御する。
ガシッ!
金属音が響く。
だが、ディッセンドルフは驚いた。
全身強化を施したはずの肉体は鋼のように剣の刃を弾くはずだった。
だが、刃の半分ほどがディッセンドルフの左腕に半分ほど食い込んでいた。
その状況に驚いたディッセンドルフの動きが、思考が一瞬止まった。
固定された剣を起点にナターシャが地を蹴った。
甲冑を身に纏っているとは思えない身のこなしで左足がディッセンドルフの右側頭部に叩き込まれる。
ディッセンドルフの身体が左に飛ばされる。
甲冑に守られているナターシャの左足の直撃は、下手をすれば頭部を吹き飛ばされてもおかしくない威力があった。
ディッセンドルフの全身強化はそれを防いだが、本来であれば体を飛ばされることもないはずだった。
全身強化の左腕へのわずかではあるが、攻撃の成功が、ディッセンドルフの思考を停止させた結果のナターシャの一撃だった。
雨によりぬかるんでいる地面に倒れたディッセンドルフに、飛ばされた拍子に抜けた右手の剣を、さらに叩き込んできた。
ディッセンドルフが瞬間的に飛ばされた意識が戻ってきたと同時に、地面を転がった。
そこに剣を打ち込んだナターシャは、標的が動いたことにすぐに対応し、転がったディッセンドルフに向かって跳んだ。
ディッセンドルフの剣が初めて動いた。
剣の長さよりまだナターシャまでは距離があった。
が、衝撃がナターシャを襲う。
ナターシャはその衝撃を受け流しながら、一旦着地。
すぐさま後方に飛び、ディッセンドルフの第二波に備えるように二つの剣を前面に構える。
泥だらけになったディッセンドルフがゆっくり立ち上がった。
だが、ディッセンドルフは自分の意識が一時的に切れたことに、失敗を悟った。
ディッセンドルフの意識が着れた瞬間、この騎士魔導士学校で起こったそれぞれの場所での戦闘が圧倒的に不利に陥っていたのだ。
そこに二人の魔導士が倒れていた。
魔法師団でも中級以上と言われた二人であった。
が、全く抵抗できずに、彼の手に落ちた。
そのそばに彼がいた。
以前、自分の職務怠慢により、この騎士魔導士学校に危機を招いた男。
コンシュ・ハゼロウ。
以前はぎりぎり魔術師を名乗れる程度の魔導力しか持てず、魔法協会のおこぼれのような仕事もまともに全うできなかった。
だが、今は魔法師団の中級以上の魔術師を不意打ちとはいえ、二人も無力化できる力を持っていた。
5人で作られていた結界は2人を失い弱くなっていた。
だが、まだ十分な機能を有していた。
そして二人の無力化は既にディッセンドルフが把握していた。
学生会議室で待機していた仲間には連絡が行き、その中からアンドリューとエンヤがその場に向かっていた。
ハゼロウはその動きを思念波で知らされた。
だがまだ時間はあった。
弱くなった結界に魔導力を放ち、さらにその力を弱めて穴を穿つ。
さらに森の中にいる無数の魔獣を誘導した。
アンドリューとエンヤが結界が消された場所に辿り着いた時には、多くの魔導力を使う魔獣たちが結界内部に侵入を果たしていた。
その直前、ディッセンドルフの意識が途切れた瞬間にハゼロウの気配を追跡できなくなっていた。
あふれる魔獣たちの中にはハゼロウの姿はなかった。
エンヤは剣を縦横無尽に振るい魔獣を倒していった。
だが、次々と魔獣が森から現れ、結界のない場所に殺到する。
アンドリューはこの魔獣を駆逐したのちに結界を張ろうとしたが、とてもエンヤ一人では手に負えないことを悟った。
多くの魔獣をこの騎士魔導士学校への侵入を許したことに敗北感を覚えながら、巨大な結界を展開した。
エンヤはそんなアンドリューを護りながら、侵入した魔獣の駆除に疾走いていた。
「ここらでいいか。」
ニシムロはロメン法国神聖騎士団と「神の言葉」教支部の騎士の計4人と共に、この学校の外壁で連絡を絶った国家騎士団の騎士のもとに移動している最中だった。
ここは外壁までまだ距離があった。
できれば外壁の向こう側で起こっていることを確認してから事にあたりたかったが、今まさにディッセンドルフの意識が途切れた。
ニシムロは当初、事の成り行きを大きな流れの中で捉えようとしていた。
だが、それにはディッセンドルフのサポートが絶対的に必要だった。
その最大の要因が危機に陥ったようだった。
余裕がなくなった。
となれば、懸案事項は一つずつ消していかなければならない。
「どうされたのですか、ニシムロ卿。まだ現場まで距離がありますが。」
甲冑を着た騎士が、ニシムロが不意に止まったことに不審な視線を投げた。
「ああ、まずは危険な因子を取り除こうと思ってな。できれば外壁の「敵」と一緒に葬れば楽だったんだが…。」
ニシムロはそう言って腰につ受けられた鞘から小ぶりの剣を抜いた。
その体格に似つかわしくない少し刃の短い片端の剣、刀を4人に向ける。
「何の冗談ですか?」
「いつからだ?」
ニシムロは騎士の問いかけに質問で返した。
「いつからとは?」
「ロメン法国、「神の言葉」教の信者でその名誉な防護騎士に選ばれた貴君らが、「闇の力」に転んだのはいつからか、と聞いている。」
甲冑を纏った4人の騎士の間に先程までとは違う緊張が走った。
と同時に散開、完全にニシムロを取り囲んだ。
「ふっ、まあ、あんたらなら、こういう展開になるな。対魔導繊維を仕込んだ甲冑を着た重騎士4人が、軽装の国軍兵士たった一人に大袈裟なもんだ。」
「そんな煽りには乗らないよ、殲滅のニシムロ。あんたが伝説的な魔法使いで、あんたを相手にした部隊が完全に無力化されたという伝説の傭兵であることはこちらも承知している。」
「はっ!有名人は辛いな。」
ニシムロがぼやくと同時に後ろに回った騎士がニシムロに背後から切り付けてきた。
他の3人が手印を組む。
ニシムロは冷静にその状況を見ていた。
3人の手印は同じ。
よく教会付きの騎士が行う術式だ。
目標物の動きを強制的に止める「固定術」の一種。
強力なものはその分子運動すら止めてしまうものもあるが、それはごく一部のかなりの上位の魔術師にしか使えない術だ。
今目の前で作られた手印は簡単なものだ。
いいとこ足止め、ってとこか。
だが、それを3方向から仕掛けられてると、コンマ数秒でも対応がずれると致命的な痛手をこうむることになる。
もっともニシムロはこうなることは予め検討はしていた。
ディッセンドルフからの簡単な説明で、大まかな事態の推移が予測できたからだ。
だが、どこまで「敵」がいるかは正直なところ、完全にはつかめていない。
ディッセンドルフは「敵」の大元さえ無力化できれば、奴に心酔している狂信者の洗脳は簡単に解けると踏んでいるようだが。
その大元がそう簡単に姿を現すものとも思えなかった。
今対峙している、「神の言葉」教の騎士ですら、闇の力に転んでいる実情では、協力者がどれほどいるのか。
さらに言えば、マルヌク村で起こった惨劇を裏から操っていた奴が使ったと思われる、広範囲の者への従属化の魔導力も考慮せねばならないところだが。
今相手にしているこの騎士たちは剣術もさることながら、魔導力はそこそこの腕前を持っているはずだ。
国家騎士団ではなく、ロメン法国の、厳密に言えば「神の言葉」教の神聖騎士団なのだ。
魔導力をかなりのレベルで持っていなければ、神聖騎士団に推挙などされるはずがない。
手印レベルでも十分な威力を持っている筈だった。
「素直に聞いても、答えてはくれないか。おじさんは哀しいよ。暴力は、特に圧倒的に叩きのめす虐めのような暴力は好きじゃないんだよ、君たち。」
既に聞く耳を持っていないようだ。
3人の展開する固定魔法が、ニシムロをその場に釘付けにしていると完全に思い込んでいる。
後方から帯同していた剣を鞘から抜いて、確実に背中からニシムロの心臓を刺し貫こうと騎士が剣を突き入れてきた。
まずはこいつを仕留めておくか。
外にも何人いるか分からんからな。
後方からの騎士の剣がニシムロの背中に吸い込まれるように消えていく。
「やったか?」
だがその剣の手応えがなかった。
さらに前方からその光景を見ていた3人の騎士はその眼を疑った、
背中から刺し突かれたはずの剣の先はニシムロの胸部からは出てこないのだ。
慌てた後方の騎士が剣を戻すと、そこに柄から先の刃が消失していた。
自分の握るその剣は、法王から下賜された硬さと軽さが特徴の魔光石、光剛魔石を原料に鍛えられた業物のはずだった。
それが一瞬で消え失せた。
あまりの事態が信じられず、その場を動けない騎士に、ニシムロがすぐさま反応した。
騎士との距離を詰め、眼前に現れたニシムロが手にした短めの剣を振るった。
騎士の甲冑がいとも簡単に切断され、足元にバラバラになった甲冑が落ちた。
そこには吹きすさぶ雨を全身に受けた緑色の髪の毛が特徴の中肉中背の男が全く動けず、呆然と立ち尽くしていた。
ニシムロはその男の名を知っていた。
決して、「神の言葉」教の信者ではない。
そして徳を積んでもいないし、神聖騎士団に入れる素性ではない。
「ジル・ド・レイクン。傭兵で快楽殺人者のお前が、神聖騎士団とは笑えない冗談だ。確か二つ名は「虐殺の青髭」だったか?」
「その名を言うのは止めろ!俺は神聖騎士団の聖騎士、ジル・ダンガードだ。」
「ほお~、俺を目の前にかなりビビッてやがるな。俺に突っかかってきては、なかされてたからな。」
「ほざけ!お前なんかにもう負けねえよ。力を授かってるからな。お前が自ら殺してくれって言うぐらいの苦痛を味合わせてやるよ!」
甲冑を着るための下着の状態で虚勢を張っているジルに、ニシムロが苦笑する。
「えらそうなこと言ったって、固定魔法で動けないお前が、ビビってるのは分かってんだよ。」
ジルはそう言うと、もう一本の剣を構え、その全身全霊の力を込めてニシムロに向かい振り下ろした。
一思いに殺さず苦痛の限りを与える、みたいなことを言う割にはあっさりと殺しに来ようとする。
言いながらも俺の怖さが骨の髄までしみ込んでるってことか。
ニシムロは振り下ろされる剣を凝視しながら、そう考えていた。
振り下ろされる剣も、固定されているこの両足も、ニシムロには毛ほども恐怖を与えていなかった。
それどころか、手印を作り、ニシムロを固定している筈の3人の騎士たちの息が荒くなり、表から見られなかったが、吹き込んでくる雨粒とは明らかに違った脂汗が全身を流れていた。
ニシムロが軽やかに飛び上がった。
全身全霊の力、授けられている魔導力を持込めた剣を振り下ろしてきたジルの刃を潜り抜け、宙空に舞った。
後背に回り込み、苦も無くジルの背に剣を突き刺した。
だが、その刃の長さでは致命傷にはなりえない。
だが、ニシムロはその刃から自分の魔導力を叩き込んだ。
ニシムロに抗おうとしたジルはそのまま意識を失って、そのまま泥にぬかるんだ地面に突っ伏した。
「な、何故だ。我々3人が貴様の足を固定させて動けなくしたはず…。」
「単純な話だろう。お前たちの魔導力より俺の方が強いってことだろう。で、一つ聞いておきたいんだが、神聖騎士団の闇落ち連中でリーダーはこの青髭野郎なのか?」
ニシムロの問いかけに渋い顔をしていることが、マスク越しに見て取れた。
ビンゴってとこか。
ではこの青髭野郎に聞くのが一番か。
「何にお前らが不満を持ったか知らんが、闇に落ちた人間に同情をする気は一切ない。神聖騎士団なんて、人からは尊敬される肩書を手に入れたにもかかわらず、己が欲望の炎に焼かれるがよい!」
「こちらには対魔導繊維の甲冑があるんだ。貴様の魔導力など…。」
一歩前に出た騎士が、ニシムロに対して戦意を剥き出しにする言葉を、しかし最後まで言うことが出来なかった。
対魔導繊維の甲冑は、全くニシムロの魔導力の前に無力だったのだ。
既に固定魔法を仕掛けられたときに、その術を駆けているものに、抗魔術を仕掛けて相手の魔導力を無効にしていた。さらに、ニシムロの欲した時に発動できる魔術を仕込んでいた。
今3人は青白い炎が甲冑の中から揺らいでいた。
もう言葉を出すこともできない。
闇の力で浸食された心は、浄化と同時にその生を潰えた。
「闇落ち騎士と言っても大したことはないな。さて、もたもたはしていられんか。」
そう言ってそこに突っ伏しているジルの頭を思いっきり蹴飛ばした。
「さて、闇落ちジル君よお。知ってることを喋ってもらおうかね。」
ジル・ド・レイクン。
元傭兵でイーギピウ国併合紛争時、ラムシー教の筆頭魔導騎士としてニシムロと対峙していた。
だが、圧倒的なニシムロの魔導力にイーギピウ国の騎士団の統制のとれた戦闘に、ジルは敗北を確信し、持って行ける金目のものを懐に入れ、逃走した。
曲がりなりにもジルの統制で支えられていた戦線は一気に崩れ、ニシムロ達の勝利となった。
悔しくないと言えば嘘になるが、戦いになればどちらかが勝ち、どちらかが負ける。
当たり前である。
勝てば問題はないが、負けがほぼ確定した場合には、引き際が肝心だ。
ジルは傭兵である。
殺されることは半ば覚悟している。
しているが、生き残れるチャンスは見逃さないようにしている。
さらに、傭兵である以上、報酬が必要だ。
報酬の半額は前金で受け取っているが、命を落としては意味がない。
生き残り、さらに生きていくための費用を確保することは必然であった。
だが、そんなジル・ド・レイクンの命運も既に尽きようとしていた。
全身を強烈な痛みと痺れが襲い、息をすることも苦しい。
ニシムロに刺された傷はさして深いものではなかった。
だが、そこから注ぎ込まれたニシムロの魔導力は、完全にジルの自由を奪っていた。
「もう一度聞く。俺の問う事に正直に答えろ。言っとくが、いくら虚偽の言葉を吐こうとしても、おそらくできないと思うからな。」
痛みと痺れの中、ジルはニシムロに屈服した。




