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「神の子」  作者: 新竹芳
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第33話 決闘 Ⅰ

 細かい雨は、大粒の雨に変わってきた。


 その気になればディッセンドルフは、自分の周りに軽い結界を作り、この雨つぶを弾くこともできた。

 だが、そのようなことはせず、この騎士魔導士学校の礼服に身を包み、そのマントのような外套が濡れるに任せていた。


 短めに切っているくすんだ灰色の髪の毛も充分に雨の水分を吸い、滴らせている。


 ディッセンドルフは静かに目を閉じ、この周囲の状況を観察していた。


 今日は入場者の監視を厳重に行っているとはいえ、比較的不特定多数が集まる入学式である。


 この修練場の近くにある森から魔獣や不審者の侵入を排除するために障壁の結界が展開されている。

 この結界を張るために5人の魔導士が配置されていた。

 さらに学校の正門から一帯を10人以上の魔導士が防護障壁を構築し、そのすぐ内側を50人以上の国家騎士団が護っている状況だった。


 だがそれらの人々の観察も同時に行っているディッセンドルフにとって、何人かがすでに不審な行動を起こしていることがわかっていた。

 あまり時間は取れない。


 目の前の金髪碧眼の少女が、対魔導繊維を金に糸目なく練り込んだ甲冑を身にまとい、大きめの両刃の剣の剣先を思いっきり地に刺した。

 その甲冑も、この雨粒にさらされて、水滴をその銀色の金属の上を滑らせている。

 頭部を守る甲冑の顔面部は今は開かれているため、そこに雨が吹き込み、そのあらわになっている二つの瞳は、ディッセンドルフにはまるで泣いているかのようにも見えた。


「先にも述べましたが、今一度、私の口からこの決闘の意味を申し立てます。


 私は虐殺のあったマルヌク村の唯一の生き残りです。私は父と共にマルヌク村の収穫祭に参加していました。そこで、村人たちの、その村の支配者、アンダストン夫妻に対する反逆に巻き込まれました。


 アンダストン夫妻は殺されましたが、彼らの雇った傭兵団は強かった。結果的に私は父を失い、私に優しくしてくれたお姉さんやおじさん、最後まで私を守ろうとした国家騎士団の騎士様も失い、私だけが生き残りました。これは、村を破壊祖虐殺したものに対し、復讐を誓うほか、私が生きる希望は無くなりました。


 運よくカーサライト子爵家の養子となり、優剣翁の名で知られるインデルマン卿に剣の指導を受け、マルヌク村虐殺の元凶、「神の子」を殺すことのみにこの命を捧げてきました。」


 その口上は実に堂の入ったものであると言っていいだろう。

 とても12歳の少女が述べているとは思えない、貫禄すら感じさせるものであった。


 ディッセンドルフもこういった場でなければ限りない賛辞を送りたいところであった。


 そして、明らかになったこともあった。


 この決闘は、誰かがこの舞台を入念に計画していたことはあっても、この少女自身の強い意志で行われるという事だ。

 簡単な洗脳や誘導に乗ったという軽率なものではないのだろう。

 それ故、その少女の純真な心を利用している存在に憎悪の念が沸き上がってくる。


「ディッセンドルフ・フォン・ルードヴィッヒがその手を汚していないとはいえ、私はこの全身全霊を持って、私の愛した人たちの命を奪う事になった、その原因である「神の子」の命を持って、わが身を汚してでも、私の愛した人たちの魂に報います。」


 地に突き刺していたその大剣をゆっくりと引き上げ、ナターシャはその剣先を、ディッセンドルフに向けた。

 殺気がディッセンドルフに迸る。


 風が強くなった。


 ナターシャから魔導は感じない。

 つまりこの風は自然現象という事か。


 元々のナターシャ・ジェルネンコに殆ど魔導力はなかった。

 この5年間で魔導力の訓練をすれば多少は大きくなるかもしれないが、この構えからは、5年は全て剣につぎ込んだとしか思えなかった。

 本来なら、ナターシャに魔導はほぼ内に等しい。

 が、奴が蠢いている。


 そう、魔導力が殆どないナターシャが、魔導力が無尽蔵な「神の子」に決闘を申し込むこと自体あり得ない。

 であれば、何らかの勝てる理由があるという事だろう。


 すぐに殺し合いを始めても問題はない。

 が、まずは心理戦を仕掛けるべきだろう。


「ナターシャ・ジェルネンコ・カーサライト。立派な口上だ。だが、爵位と「神の子」という【言霊】において、先の貴殿の口上に反論させてもらう。」


 それほど大きく声を出したわけではない。

 だが、確実にこの風と雨の中、ナターシャのみでなく遠方からこの闘いを見ている者たち迄聞こえているはずだ。


 自分に向けられていた剣の先が揺れているのがディッセンドルフにはわかった。

 明らかな動揺。

 まだ、ナターシャの心はそこにある。


「ナターシャ殿の不遇については同情を禁じ得ない。が、「マルヌク村の惨劇」に関して、私に対しの憎悪は的外れだ。確かに私は「神の子」という【言霊】を賜った。その結果、私の実の親が大金を手に入れたのは事実だ。だが、聞きたい、ナターシャ。それは私の責任か?私が「神の子」という【言霊】を賜ったのは、私が自ら望んだものではない。ましてや、この国の大部分にそのことが知らされたのは、私に「神の子」を与えた「神」だ。そして実の親が手に入れた大金はこの私をルードヴィヒ家に売って得たものだ。もう一度言う。アンダストン夫妻が手に入れた大金や貴金属は、私が「神の子」の【言霊】持ちになり、実の子を売って得た者であると。


 確かに私が「神の子」の【言霊】付きになったからこそのアンダストンの増長になった。だがそれを私が望んだわけでもない。また、その後のナターシャ殿のいうマルヌク村の支配者としての振舞いは、私には全く関係のないことだ。


 マルヌク村で何が起きたかわ全く知らぬことだし、私はその惨劇には一切関知していない。今日の入学式に貴殿の入学と同時にその事実を知ったくらいだ。


 貴殿の父親をはじめ親しい人を失ったという事には哀悼の意を示したい。だが、その責を私に求めるの筋違いも甚だしい。


 正式に私は決闘を貴殿、ナターシャ・ジェルネンコ・カーサライトから受けた。貴殿は子爵位、私は伯爵位の父を持っている。この場にいるのはその尊厳のためだ。


 だが、貴殿の私に対する復讐心は、全くの見当違いだ。今からでも遅くはない。決闘を取り消せ。下らん自尊心でその命を落とす必要はない!」


 ディッセンドルフの反論に、露になっている瞳に、明らかな驚きがあった。


 まさか、ここまでの反論をされ、決闘自体の取り消しを求められるとは思わなかった。


 ナターシャ自身も、噂に聞く「神の子」に勝てるとは思っていない。

 剣術は優剣翁に筋がいいと言われた上、修行でそこそこの腕になった自信はある。

 事実、騎士魔導士学校の入学試験で首席という成績を残しているのだ。

 あの5年前に比べれば、かなり強くなったはずだ。

 だが…。


「既に私、ディッセンドルフ・フォン・ルードヴィッヒはこの騎士魔導士学校での実績を示している。確かに入学前にはルードヴィヒ家の子息、エドガーを殺害し、「触れ得ざる者」という不名誉な呼び方をされたことはあった。だが、エドガー死亡は養子としてルードヴィヒ家継承権1位になった私をエドガーが殺そうとして、謝って自らが魔導毒を服用して死んだにすぎない。私は2年時にこの騎士魔導士学校が多量の魔獣に襲われた時に、誰も害されずに守り切った。3年次には「神殺し」のオオジコバ・ゴルネイエフが入学式に暴れたときに鎮静化させた。この時も死傷者を一切出していない。そしてレベッカ海峡事件の時は仲間と共に、この国の人々を守り、救援も行い勲章迄いただいた。それでも、決闘を行うのか?」


 重ねてディッセンドルフがナターシャに問うた。


 ディッセンドルフに向けられていた大剣が、今は下に向けられていた。

 ディッセンドルフの口上に対する反論と、国に対する貢献の実績は、ナターシャに対して考えを改めさせる機会を与えているように周りからは伺えた。


 対魔導繊維の甲冑を纏っているナターシャであったが、その心情はディッセンドルフにとって、簡単に読み取れた。


 明らかにナターシャは動揺していた。

 ディッセンドルフがマルヌク村の惨劇には一切関係していないことを再認識していた。


 ナターシャはマルヌク村の惨劇にディッセンドルフが関係ないであることは、予測はしていた。

 「売られた子」という話はいたるところで耳にしていたからだ。

 ナターシャは本当に闘うべきか、迷いが生じていた。


 ナターシャはもともと死ぬつもりだった。


 「神の子」に勝てるはずもなかった。

 だが、愛した人々の無念を一太刀でもディッセンドルフに与えるために、剣術を、剣術だけを習得してきた。

 だが、ディッセンドルフに決闘を申し込むには首席を取ることが手っ取り早い。

 その為勉強と、小さいながらも魔導の力も高める努力も怠らなかった。


 だが、全く関係ない人物に対して決闘を行っても無意味である。


 それだけなら、決闘の取り消しを行えばいい。

 恥をかくことなど、ナターシャにとってどうでもよかった。

 微塵もプライドなどなかった。


 しかしながら、ナターシャには別の想いがあった。


 死に場所を探していたのだ。


 母が失踪し、父が死に、そして自分に優しくしてくれたメビウスとバネッサの死。

 フォルトも行方不明で生死不明。

 もう、生きている意味がない。


 この決闘自体を取り消してしまえば、さらに生き続ける意味が消える。


(そうだ、ナターシャ。奴は屁理屈をこねている。奴が「神の子」でなければ、あんなことは起こらなかった。お前を守り切った国家騎士団のキレヒガラ・ディグ卿、同じく守るために倒れたバネッサとトツネルド・メビウス卿、マルヌク村の城壁を工事した壁職人の父・カザフス・ジェルネンコ、行方不明のフォルテ。「神の子」がいなければ、誰も死ぬことはなかった。思い出せ、その憎しみを!)


 ナターシャの心の奥から声がナターシャの心に呼び掛け、不思議な力が漲るのを感じた。


 地に向いていた剣先がゆっくりと持ち上がっていった。




 ディッセンドルフの脳に、次々と異常事態の情報が流れ込んできていた。

 その多量な情報がディッセンドルフを支配していたため、ナターシャの動きに対しての認知が遅れた。




 魔獣たちがいる森に対して結界を張っていた魔法師団の魔導士5人いるうちの2人の消息が消えた。




 正門から続いている壁に等間隔に配置されていた騎士団の3名が消えた。




 国家重要人物の警護担当の上級騎士の2名の気配が消えた。




 聖女アンドリュー・ビューテリウムの侍女が急にアンドリューを抑え込んだ。

 その瞬間、その空間を剣が通過した。

 その剣を振るったロメン法国の騎士にエンヤ・サカキは躊躇うことなく、甲冑の首の部分の隙に、剣を突き刺した。

 刺された騎士の目が笑った。


 爆散。


 エンヤとアンドリューを庇った侍女に無数の破片が突き刺さった。




 学生たちが集まっていた講義室3か所が爆発した。




 学生会議役員室で待機していた学生たちと、ニシムロ、セノビック、赤い髪の少女に決闘の最中のはずのディッセンドルフから、指示が飛ぶ。


 基本的には「正義の目」を持つセノビックの情報に則しての指示だった。




 ニシムロは残りのロメン法国神聖騎士を引き連れ、校壁の場に向かった。




 アンドリューとエンヤは魔獣たちの森の結界が破れた場所へ。




 プロミネンス教官とアナザミリー・ウエスト教官が政府関係者の場に向かう。




 オオジコバ、リエランティ、アリスノヴァは爆発のあった棟とは別の棟で待機している学生を守るために向かう。




 セノビックとアルテミス卿、および2人の騎士が爆発のあった場所に救援と、防御の戦いのために赴く。




 学生会議役員室にはサーマルとサーシャネルが結果的に残り、状況の把握と整理を行う事になった。


 その二人が他の者を見送った時、事が起こった。


 サーシャネルの懐から短剣が取り出され、サーマルの身体に刃が差し込まれた。




 ディッセンドルフはサーマルがサーシャネルに襲われたことに完全に気を取られていた。


 大剣を構えたナターシャが一気に距離を詰め、風雨を全く感じない勢いで、ディッセンドルフに迫る。


 ディッセンドルフがナターシャの動きに気付き、防御の態勢を整えた。


 ナターシャの大剣がディッセンドルフを襲う寸前、二つに割れた。


 片刃の剣を両手に持ったナターシャが切りかかる。


 ディッセンドルフは完全に虚を突かれた。


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