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「神の子」  作者: 新竹芳
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第24話 トツネルド・メビウスの記録 Ⅲ

9月28日 晴れ


 やっと綺麗な空になった。


 このところ、曇天続きで今一つ土の渇きが悪く、歩き回ると靴にへばりつく泥がストレスになっていた。


 あの日。

 アンダストン当主による国家騎士団キレヒガラ・ディグの懐柔を見せつけられた日。


 その後のディグへのこの祭りの警備とトラブルへの対応はすんなり受け入れられた。

 この件に関してはまったく憂慮はなかったが、続く宴に関しての風紀の乱れも、必要悪ということを納得させた。

 本人にとっては自分の中の尊厳とのせめぎ合いのようだったが、国家騎士団の不祥事の象徴のような俺に対する眼差しが、すべてを飲み込ませることに、どうやら役立ったらしい。

 不本意ではあるが…。


 宴での賭け事、並びに性的な目的での娼婦の出入り、さらには奴隷少女の処遇等の一切の権限をこの村の真の実力者、シルハンク・アンダストンに任せる旨を承認した。

 トラブルに関してのディグの協力も頼むことができたことは、一切関知しない態度を貫いた前任者より、いい結果が出たことになる。


 といっても、祭り後の宴を禁止することは、この村の経済活動の阻害、齟齬を生み出すことを充分、ディグも認識したようだ。

 だからといってそれらすべてをディグが一律管理出来ようはずもなかった。


 一番の懸案事項である日程の調整について、アンダストンが快く了承した。


 アンダストンがこの件をごねれば、かなり強引な手段を使わなければならなくなっていた村長には朗報であっただろう。

 食事会が終わるまで別室で待機していた村長はその場で飛び上がって喜んだ。


 本来なら、村長の待たされていた部屋でその件が話し合われるはずであった。


 だが、食事会の流れでそのまま決まってしまった。


 村長がこの村では一番高位の決定権を持っているはずなのに、酷い扱われようだった。

 だが村長自身がその境遇を容認しているのが、如実にこの村を物語っている。


 ともあれ、日程は変更され、9月30日に祭りの実施が決定された。


 村人たちも少し余裕ができたおかげで、その疲れた顔にも笑顔が戻ってきた。

 この祭りの実行管理者である村長の息子の顔も少し緩んでいた。


 この村に度々出入りしているアンダストン邸の壁の建造に携わっていたカザフス・ジェルネンコが幼い女児を連れて、この屋敷の責任者でもあるサミュエル・オベリクスと何事か話していた。


「おはようございます、メビウス卿。」


「おはよう、ご、ございます。」


 拙くその女児が挨拶をしてきた。

 確かナターシャとか言っていたか。

 この前7歳になる娘がいるとカザフスが自慢していた。

 なんでも物覚えが良く、女ではあるが自分の跡を継がせたい。

 無理であれば建築職人を婿にもらい夫婦でこの商いを続けてほしい、というようなことを話していたな。


「おはよう、カザフス。」


「おはようございます、メビウス卿。」


 慇懃に腰を折り、丁重な挨拶をオベリクスが俺にしてきた。


「おはよう、オベリクス。何かあったか?」


 一応この屋敷の警備担当でもあるから、そう声を掛けた。

 雰囲気的には緊急事態でないことは察していた。


「ジェルネンコ殿がこちらの壁などのメンテナンスに見えられました。ただ、祭りが近いということもあり娘さんを連れて見物に来たそうなのですが、日程の急変で、宿が取れないので何とかならないか、と相談を受けておりまして。」


「申し訳ありません、メビウス卿。日帰りのつもりだったんですが…。ここまで来て、結構盛大に行われるここの祭りを見せてやれないのも、少し不憫で…。」


「おまつり、みてみたい。」


 幼子がそう言いながら、俺を見上げた。

 ただ、その喋り方に、少しおかしな感じがした。

 まるで誰かに喋らされているような…。


 このジェルネンコとそう親しい間柄というわけではないが、幾度か一緒に酒を飲んだ仲ではある。

 少し俺を怖がっているように見えるこの子に、何かしてやりたいなどとは思わなかったが…。


 不意に、俺の家にいる二人の赤毛の少女が脳裏をよぎった。


「俺の家でよければ、3,4日なら泊まってくれても構わないが。」


 俺の言葉にジェルネンコの顔がみるみる喜びに変わってきた。


「よろしいのですか、メビウス卿。」


「ああ、かまわんよ。当主より、広い家を貸してもらっているからな。二人ほど同居人がいるが、それでも部屋は余っている。」


「あ、ありがとうございます、メビウス卿。本当にどうしたものか困っておりまして…。」


「本当によろしいのですか。同居人といっても彼女らは…。」


 オベリクスは最後まではいわなかったが、その同居人が奴隷であることを言いたいのだろう。


「ジェルネンコ殿。その二人だが、俺がここで買った奴隷少女だ。気はいいやつらだから変に気を使わなくていいぞ。」


「奴隷少女、ですか。私共は構わないのですが…。本当によろしいのですか。」


「気を使わなくていいと言っているだろう。まあ、いやであれば、他の宿を探せばいい。」


「あ、いえ、そういう訳ではなく…。その、夜のお楽しみは邪魔しませんので…。」


 ああ、そちらを心配していたか。

 たかが、数日くらい、どうということはない。

 それにこれから、不特定多数がこの村を往来する。

 警備の仕事の方が忙しくなるはずだ。


「これから私は忙しくなる。変に気を遣わんでいいぞ。」


 そう言われたジェルネンコが、申し訳なさそうにしながら頭を垂れ、ナターシャもそれをまねした。


 俺は二人を促し、警備騎士に割り当てられた家に案内する。


 この広大な屋敷とは別に、三重に設けられた防護壁の一番外側、一番壁の内側に警備や馬車係などの住居がしつらえてある。

 肉体労働のための奴隷棟もここに設置されている。


 一応、騎士ということで、我々4人にはかなり広い住居が提供されていた。

 奴隷を何人か買っても問題ないようにといったところだろうか。

 仮に一人住まいだと広すぎて、管理しづらい。

 ジェイコブは基本的に一人住まいだが、何人か奴隷を買ったことがあるはずだ。

 しかし一緒に住んでいる気配がない。

 不思議には思っているが、その件に関してはあまり立ち入らないようにしている。


 玄関を開けると、二人の赤毛の少女たちがすぐに駆け寄ってきた。


 フォルテは少し生地の厚いストレートのズボンをはき、大きめのシャツを上に羽織っていた。

 その下には最近、また発育し始めた胸を俺が買い与えた胸当てで覆っている。

 上のシャツも下の作業用のズボンも俺のものだ。

 別に服一式を与えてあるのだが、今の服装がフォルテのお気に入りらしい。


 バネッサの肢体はさすがに俺の着用しているものではサイズが合わなすぎるために、アンダストン邸の出入りの奴隷商人に見繕ってもらった。

 そいつは、こういった商品の魅力を高める衣装に詳しく、王都でも流行りだという黒の生地に鮮やかな赤いバラをあしらったワンピースなどを少しぼられていると承知で購入した。

 他にも数点、購入していたが、バネッサはこのワンピースを気に入ったらしく、着ていることが多い。


「ご主人様、お早いお帰りですね。」


「旦那様、お帰りなさい。」


 バネッサとフォルテがそれぞれの呼び名で俺を迎い入れる。


 と、すぐに後ろの二人にバネッサが気づいた。


「お客様ですか?」


「ああ、御館様の所の建築を担当しているジェルネンコ親子だ。3,4日ほどここに滞在する予定だ。よろしく頼む。」


 父親の陰に隠れるナターシャを見つけたフォルテが嬉しそうにほほ笑んだ。


「私はフォルテだよ、お嬢ちゃん。ここの旦那様の娘。よろしくね。」


 いきなりの声掛けにびっくりしたナターシャがさらに父親のカザフス・ジェルネンコの後ろに回ってしまった。


「あら、驚かせてしまった。旦那様、どうしましょう?」


「申し訳ありません、お嬢さん方。うちの娘は、ちょっと人見知りの所がございまして。申し遅れました。私はここの防護壁を作って修繕を生業としますカザフス・ジェルネンコと申します。この隠れているのが私の娘、ナターシャ・ジェルネンコ。当年7歳になります。」


 そう言うと、後ろに隠れているナターシャを引っ張り出し、強引に挨拶をさせる。


「な、ナターシャ・ジェルネンコです。よろしくお願いします。」


 おっかなびっくりでそう挨拶した。


「うん、可愛いね。その金髪、凄く綺麗。私たちって赤髪でしょう?その色って憧れちゃうな。」


「そうですね。ナターシャちゃん、このお姉ちゃんが怖がらせてごめんなさいね。私はバネッサ。トツネルド・メビウスご主人のお世話をしています。よろしくね。」


 そう優しい顔をナターシャに向けたのち、立ち上がりカザフスの顔を見る。


「メビウス家へようこそおいでくださいました。何分私もフォルテも未熟な身ですが、ご主人様のお友達の方には、一生懸命仕えさせていただきます。何かご不便なことがあれば、遠慮なく申し付けてください。」


「あ、いえ、そんな丁寧な態度は不要です。私共はメビウス卿の心遣いで、こちらに止めていただけるだけで十分ですので。」


「ジェルネンコ殿もお前たちも、そんなに堅苦しく考えるな。ジェルネンコ殿は自分の家のつもりでいてくれればいい。」


 俺はそう言って、そのままこの家のリビングに招き入れた。


 ジェルネンコ親子は少し緊張した面持ちでリビングに入ってきた。


 今朝がた片さずに出た朝食の後始末は二人がしてくれていたようで、すでに綺麗にかたされていた。


 一人掛けようのソファに俺が座るのをフォルテが確認して、親子を3人かけのソファに案内して座らせた。

 そこにタイミングよくお茶と軽めの焼き菓子を持ったバネッサが、ソファの前のローテーブルにそれぞれの前に置く。


「ダジャルス産の茶葉を使った紅茶とクッキーです。旅の疲れもあるでしょうから軽くつまんでください。」


 そう言うと「私の分は?」などとフォルテが文句を言った。

 バネッサは溜息をつき、「キッチンにあるからそちらで頂きましょう。ご主人様の邪魔になります。」と答えていた。


 わずか数か月で、二人ともすっかりこの生活に慣れてくれた。


 二人を見ているとカザフスが興味ありげに俺を見ていることに気付いた。


「どうかされましたか、ジェルネンコ、いやカザフス殿。」


「二人同じ姓の者がいると、必然的にそう呼ぶことになりますね、メビウス卿。しかし、少女奴隷と聞いた時は少々不安でした。私もこの子の父親ですので、あまりいかがわしい女性と合わせることには抵抗がありました。私たちの住むサリバン町とて、奴隷もいれば、娼婦もいますので大きなことは言えないのですが…。」


「その不安は想像できます。とはいえ、私は家庭を持ったことがない。子供というものには想像を巡らせるしかないのですが…。ですが、この娘たちは、まあ、その、やることはやってますんで、あまり大層なことは言えませんが、家族のつもりでもあります。ここに来るまでの不遇、心の傷は完全に癒すことなど出来ないのでしょうが、生きていて辛さよりも、楽しいという感情をはぐくんでやりたいと思っています。」


 感心した顔でカザフスが俺を見た。

 少し照れた。

 恥ずかしいことを言ってしまった。


 ナターシャは出されたクッキーを、おいしそうに食べている。

 その頭をカザフスがいとおしそうに撫でていた。


 この親子がまさか宴の方に出ることはないだろう。


 俺も香りのいいお茶をすする。

 一人の時は、このようなものを嗜む気はなかった。

 バネッサの趣味で、業者に無理を言って取り寄せたものだ。


 とはいっても、カザフスが宴には出そうなことは容易に想像できた。

 賭場に興味があるかどうかは別にして、酒はめっぽう好きなはずだ。

 その間は家の二人に娘さんを面倒見てもらうしかない、か。


「祭りは2日後だが、それまではどうする?うちの子たちがナターシャちゃんの面倒を見ることはできるが…。」


「そうしてもらえれれば、助かります。壁の方を簡単に見て回るつもりでしたが、時間があるのならしっかりと見ておきたい。オリベクス殿からも、先程気になる箇所については聞いております。」


「そうか。であればお嬢ちゃんは二人に任せてもらおう。いくら将来の跡取りとはいえ、細かい仕事では、一緒に仕事場で仕事を見せるということも難しいだろう。」


「ありがとうございます。おっしゃる通り、軽く壁を見るときには少し仕事を見せて説明して、その後に祭りを見て帰ろうかと思っていたもので…。」


 今回のこの村には簡単な確認程度と考えていたのは解っていた。

 でなければ持ってきている荷物が少なすぎる。

 商売道具一式も持ってきているようには見えない。

 仕事も観光のついでなのだろう。

 その割には微妙に来てるものの汚れが気になる。

 ナターシャの服も旅先に着てくるようなものではない気がする。


「ご主人様、夜の準備はお酒が必要ですね。後、よろしければお二方に湯の準備をいたしますが。」


「うん、そうだね。お嬢ちゃんに着せるものは家にあったかな?」


「はい、フォルトがうちに来た時に揃えたもので対応できます。」


「本当にバネッサは何でもできるんだな。ありがとう。」


「いえ、当然です。ですが、私に感謝を示すのであれば、それは夜にでも…。」


「ああ、ああ、わかってる。いつも感謝の気持ちは行動で示しているつもりだが?」


「…はい。」


 少し顔を赤らめて、小声で返事を返した。

 このいろいろな仕草が、とても17には見えない。


 バネッサは私のもとから立ち上がり、フォルテに視線を向けた。


「フォルテ、お二人をお部屋に案内してあげて!奥の客間に、お願い。」


「承知です、バネッサ姉さま!カザフス様、ナターシャちゃん、こっちだよ!」


 フォルテが、その小さい体からは想像できないような力で、二人の荷物を軽々と担ぎ、二人を促す。


「綺麗にはしてありますが、何かあればうちの二人に申し付けてくれ。疲れただろう、カザフス殿。少し休んでくれ。すぐに湯の用意をする。そうしたら旅の汚れを取るといい。」


「まことに何から何まですいません、メビウス卿。では、お言葉に甘えさせてもらいます。ナターシャも、いくよ。」


 そう言われたナターシャは、大慌てで菓子を口に放り込んで、元気よく父親についていった。


 そんな光景を微笑ましく見ていたら、俺の横にバネッサが膝まづき口元を俺に寄せてきた。


 我慢できないのか、この子は。


 そう思い軽くその唇に唇を合わせた。


 急に驚いた顔で、バネッサが俺から少し離れた。


「違ったか?」


「あ、いえ、いやというのではなく、嬉しかったんですけど…。今のはそういうことではなく…。」


 そう言って、少し目が泳いでいた。


「ちょ、ちょっと、お耳に入れておこうかと…。」


 耳を赤くしながらバネッサが言った。

 非常に愛らしい。


 だが、そんな仕草とは裏腹に、瞳の奥の輝きが暗く曇っている。


 魔導の力が強いバネッサの瞳は、何かに集中するときの瞳だった。


「どうも、あの親子、見たようなイメージと、心の持ちように乖離が見られます。」


「どういうことだ?」


「今回のこちらへ出向いてきた理由です。」


 今度は表情に影が落ちた。


「祭りの見物と、アンダストン邸の壁の様子見とは違うと…。」


「いえ、それも目的の一つだと思いますが…。それ以外に、もっと大きな理由があるようです。ここに泊まることになったのは、この祭りの延期で宿が取れないということでしたね。」


「ああ、うん、そうだが…。」


 バネッサは人の心が読める。

 いつもではないようだが、強く思うことがあると、勝手に思考が流れ込んでくるらしい。

 大抵は自分でブロックしているらしいが。


「宿は確かに混んでいるようですが、取れないということもないようです。先程フォルテが門番に確かめました。」


「どういうことだ?」


「おそらくですが、泊まるための費用を持ち合わせていない、と思います。」


「それであれば、帰るのが一番だな、普通は。」


「はい、普通はそうです。考えられる理由は二つです。カザフス様からは、困ったという感情と、とりあえず宿が確保されたことによる安堵感が窺えました。」


「つまり、帰る旅費すら持ち合わせがない?」


「それが一つ。そしてもう一つが、宴に、もっと言えば賭場に参加するつもりかと…。」


「だが持ち合わせがなければ…、まさか?」


「はい、そのまさかだと思います。」


 バネッサが大きくため息をついた。

 次の言葉はできれば聞きたくはなかった。


「ナターシャちゃんを、娘を売る気です。」



ここまで読んで頂きありがとうございます。

もし、この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークをお願いします。作者の書いていこうという気持ちを高めるのに、非常に効果的です。よろしくお願いします。

またいい点、悪い点を感じたところがあれば、是非是非感想をお願いします。

この作品が、少しでも皆様の心に残ることを、切に希望していおります。

よろしければ、次回も呼んでいただけると嬉しいです。


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