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「神の子」  作者: 新竹芳
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第23話 トツネルド・メビウスの記録 Ⅱ

「「神の子」の話は聞いたことがある。確か、騎士魔導士学校に入学したと聞いた。」


 それは初耳だった。


 ルードヴィヒ伯爵の子供になったのだ。

 貴族学院に行くものと思っていたのだが…。


「メビウス卿、なぜそう思ったのか聞かせてはくれないだろうか?」


「私の推測に過ぎないと言うことを前提にお聞きください。」


 俺はそう前置きをして話した。


 アンダストン家が、経済的に潤い、その結果この村をほぼ支配しているというこの状況。

 それがすべてである。

 それ以上のことは、現時点では言えない。


 これからアンダストンの屋敷で、この騎士との関係が良い方向にいかない限り、この村の支配者の裏の顔を見せるわけにはいかない。


「確かに持ち慣れぬものを持つと人は変わることがよくあるが…。わずかな年月でこうも変わるものか。」


 周りの景色を眺めるようにしながら、そう呟いた。


「つかぬこと聞くが、メビウス卿。この壁はやけに長く続いているように感じるが、何かこの村の重要な施設でもあるのか?」


 壁伝いに二人で歩いていたが、キレヒガラ・ディグが片側を塞ぐこの壁が何を意味するかは知らなかったのだろうか。

 確かに、ジェイコブから、新しい国家騎士団の騎士が赴任してきてからこの場所には極力近づけないようにしていると聞いていたが。


「すでに私の両親は個々の土地を売って、王都で共に暮らしていたので何があったのか、最近のことは解らないことが多い。前任者も懲戒の色合いの強い転所だったからな。正式の引継ぎが出来ないでいた。騎士団の出張所の者も多くを語らん。このあたりに確か私たちが住んでいた場所があったんだが…。もう売り払った後なので、何か言える立場ではないのだが…。」


 困った顔でキレヒガラ・ディグが私に尋ねてきた。

 聞きようによっては愚痴とも、部下に対する批判とも取れる。

 ただ、多くの情報を渡さないように厳に言いくるめたのはジェイコブだ。


「そうですか。ディグ卿の生家がこのあたりに…。すでにこの辺り一帯は買い占められてこのような防護の壁が作られています。とは言っても、王都や、貴族様たちの住まう城壁ほどの物ではありませんが…。」


「ではやはり、かなり重要な施設か。だが、政府や国の施設であれば、当然私の耳にも入ってくるはずだが。」


「いえ、ディグ卿、ここは国有地の類ではありません。一個人の所有物です。」


 瞬間、ディグの顔が訝しむように歪む。


「まさか、この広大な土地を…。」


「はい、アンダストン家の邸宅です。」


「噂では、「神の子」でかなり羽振りが良くなったとは聞いていたがこれほどとは。辺境を統治する貴族並ではないか。」


「規模としては確かに。この村が貧しかったのはディグ卿もご存じのことと思います。「神の子」を授かったアンダストン様は、その時に各界から賜れましたお祝いをもとに村人に還元され、多少豊かになりました。昔から収穫祭は執り行われてきましたが、アンダストン様がさらに出資をし、この界隈では結構な規模の祭事となりました。その祭りを見物にお越しいただく観光の方も増えております。」


 ディグは後ろを振り返り、祭りの準備が進められている村の広場に視線を向けた。


「記憶にあるこの村の収穫祭に比べると、かなりの規模ではあるな。うむ。これがアンダストン叔父さんの手腕という訳か。」


 感心したように頷くディグ卿。私は心の中で、やはり経験の浅い若者であることに安心した。

 かどわかすことはできないだろうが、大義を前面に出し、裏事業を極力隠す方向で交渉に入るべきだ。


「そう言ったことも含めて、国家騎士団であらせられますディグ卿にこの村での不祥事に、しっかりと対応を願いたいとのことです。」


「不祥事?」


「ああ、言葉が悪かったですね。祭りともなれば浮かれて酒によってよからぬことをする輩や、喧嘩、婦女子への暴行が毎年散見されます。特に外からの観光客も増えている昨今、充分の警戒が必要かと。」


 俺はかなり表向きの理由をディグに語った。

 嘘ではないが、すべてを聞かせるわけにはいかない。

 万が一、ディグが敵にまわるようなことがあれば、早い段階で不慮の事故にあってもらうことになる。

 すでに先のこの村の騎士を通じ、国家騎士団出張所の職員は、アンダストン家の息がかかっている。

 この騎士、ディグ卿がまともな情報が得られていないことが、アンダストン家の力の証明でもある。


 前から村長が慌てて、俺たちに駆け寄ってきた。


 俺も、ディグも奇妙な視線を村長に向けた。


 確かにアンダストン家に急ぎ連絡を入れるために走らせはした。

 しかしこちらに戻る必要はないはずだった。

 そのまま屋敷に残って、我々が到着するのを待っていればいい。


「ディグ卿、メビウス卿!お屋敷様が、是非、騎士様にお会いしたいと、おっしゃっております!」


 村長は息が切れ、言葉も切れ切れであったが、そのメッセージは俺にとっては仰天ものだった。

 アンダストン家当主、シルハンク・アンダストンがこの騎士、キレヒガラ・ディグにお目通しをすると!


 全く俺はその可能性を考えていなかった。




 門から屋敷の扉までが歩いて数分かかるアンダストン邸。

 その中の謁見の間に通されたのは、ジェイコブに初めてこの仕事に就いた日に、雇用主であるシルハンク・アンダストンにあった時以来、2年半以上が経過している勘定だ。


 この部屋の存在に、成金趣味てんこ盛りだと思っていたが、今はその所は少し落ち着いており、風情が微かに感じられた。


 王族でもないのに謁見の魔は笑わせてくれると思ったものだが、この村において、良くも悪くもアンダストン家は王族であった。

 人民の幸福を第一に考えて、親愛の情で満ち溢れる尊王ではなく、自分の欲に忠実で人々に恐怖を与える魔王としてではあったが。


 俺とディグ卿はこの部屋の中央に立ち、1段高くなったところにおいてある、いかにも豪勢な椅子を眺めていた。


 俺たちの後方左側に村長と執事の男性が控えていた。


 この部屋の外に、オックスとワイズが控えている。

 ジェイコブの姿はなかった。


 オックスとワイズが冷ややかな笑みを浮かべて俺とディグに視線を向けてきた。

 つまり、キレヒガラ・ディグとの交渉は俺一人で行わねばならないということだ。


 執事の男、サミュエル・オベリクスが後方から声を出した。


「このお屋敷の主、そして「神の子」ディッセンドルフの実父、シルハンク・アンダストン様、お入りになります。」


 それほど大きな声ではなかったが、よく通るその声は、この大きな広間にこだました。


 俺が来た時にこんな仰々しいことはなかったな。

 そこそこ大きめのテーブルがしつらえてあって、そこにジェイコブと一緒に座って契約の話をしていたはずだ。


 俺がそんなことを考えていると、国家騎士団に所属するキレヒガラ・ディグがすっと腰を落とし、片膝をついた。

 さらに腰につけていた剣を鞘ごと身の前に差し出すように置いた。

 危害を加える気はないという服従のポーズである。


 俺もあわてて同じような格好をする。

 もっとも帯剣をしていないから、全く同じではないが…。


 収穫祭で挨拶をするときの長いローブを纏ったシルハンク・アンダストンその人が一段高くなった舞台のような主の椅子の場所に現れた。


 軽く右手を挙げ、さっさとその椅子に座る。威厳なんてものは何処にもなかった。


「シルハンク・アンダストン殿。国家騎士団マルヌク村駐屯所主幹、キレヒガラ・ディグと申します。着任の挨拶が遅れてしまい、申し訳なく思っております。」


 ディグが貴族たちに示すような口上を口にする。

 先の俺との会話でこの村の実力者に対しての誠意を示したというところだろうか?


「堅苦しい挨拶はいい。久しぶりだの、キレヒガラ。ご両親は元気か?」


 アンダストン氏が鷹揚に答えた。

 一応ディグが知り合いであることは覚えていたらしい。

 だが、この地で国家騎士団と自分との立場を明確にするための、この謁見の間だということに俺はやっと気づいた。

 ディグはここに通されたことにより、アンダストンの魂胆にすぐに気づいたのであろう。

 今のアンダストン氏に対する態度が雄弁に物語っている。

 確かに、辺境に広大な土地を持つ平民を辺境伯などと持ち上げる方法によく似ている。

 相手を持ち上げて、意のままに操る手法だ。


「ありがとうございます。アンダストン叔父さん。それではわたくしも、少し肩の荷を下ろさせてもらいます。」


 そういうとディグは着こんでいた甲冑を脱ぎ始めた。


 中からは屈強ではあるが、その体にはに仕え悪しくない線の細い金髪の青年が出てきた。

 下半身にグレーの道着を身に着け、上半身には黒いシャツを纏っている。

 十分に筋肉の発達がわかるのだが、その青年の顔が、騎士としての他人の評価を下げていた。


「確かにキレヒガラの坊ちゃんだな。もうかれこれ10年以上になるか。」


「そうですね。ディッセのことをよくあやしていた記憶もあります。まさか騎士魔導士学校に在校中に【言霊】を受けるとは思いもよりませんでしたが。」


「その恰好はもうよい。楽にしてくれ。食事を用意しよう。私と一緒に思い出話とこれからの話を使用ではないか。」


「畏れ多いことです。ですが、私も是非、叔父さんの食事のご相伴をさせていただきます。」


「メビウス卿も一緒にどうだ?今後の祭りのことなど、打ち合わせることは多いだろう。」


 二人の久しぶりの再会に水を差してはならないと思い、静かにしていたが、そういうことなら話が早い。

 是非とも加わらせてもらおう。


 すでに別室に食事は用意されているようだ。

 サミュエル・オベリクスの案内されるままに、付き従い、食事の席に着く。


 アンダストンも纏っていたローブを外し、軽装に着替えていた。

 だが、奥方の姿はない。

 その代わりに昨日見かけた奴隷の少女が二人、長い黒のワンピースにエプロンを纏った給仕服で現れた。

 ただ、給仕の仕草はいかにも初めてであることが窺えた。


 料理が次々と運ばれ、ある程度食事がすんだところで、この屋敷の当主が口を開いた。


「どうかね、久々のマルヌク村は。君が育ったころとはかなり変わっただろう?」


 ディグに向かいアンダストンが問いかけた。

 そこにはそこはかと自信を漂わせる。


「ええ、見違えるようですね。そして、あの頃に比べると食事も豊かになりました。おじさんのこの料理は特別とは思いますが、駐屯所の食事も素晴らしくなっている。」


「そうだろう、そうだろう。」


 アンダストンは満面の笑みをたたえていたが、しかしその奥の瞳は決して笑ってはいない。

 また、ディグも微笑を讃え、料理を口にしているが、時折、給仕する少女たちに向ける目は冷たかった。


「どうもディグ卿はこの少女たちが気になるようですな。」


 アンダストンとディグがまともにぶつかる前に、俺はディグが気にしている存在を明示し、そのことについてアンダストンに説明させる気でいた。

 アンダストンがどういう説明をするかはわからないが、その言葉如何で俺の出方も変わってくる。


「バレてしまいましたか。いやあ、給仕姿が全く板についていない。というより素人ですよね、彼女たちは?」


「まったくその通りです。彼女たちは、今初めて簡単な説明を受けて、給仕をさせました。」


 明らかに疑いの眼差しをディグはアンダストンに向けた。


「キレヒガラ卿が考えている通りですよ。奴隷です、彼女たちは。」


 その言葉に反射的にディグが立ち上がった。

 嫌悪の顔を見せる。


「あまり大袈裟な反応は控えてもらいたいな。ほら彼女たちが怖がっているよ。」


 少女たちを見る目は、決して紳士的な顔とはいいがたい下卑た顔ではあるが、言っていることは正論だ。


 実際にディグの反応に、少女二人はおびえたようにアンダストンの陰に隠れている。


 恐らく、この二人はアンダストンに言いくるめられて、昨夜のうちにこの身体に肥満の肉を纏ったスケベ爺に、股を開かされたに違いない。

 それでも、しっかりとした食事と温かい寝床を与えられたことに、自分たちの中で折り合いをつけたのだろう。


「奴隷が違法かどうかはグレーゾーンですね。この2年前の議会での討論では。」


 性欲を満たすための奴隷がいいかどうかは別にして、単純な肉体労働に奴隷は今でも使われている。

 そしてこの奴隷を使用する多くの者が貴族という階級であった。

 国の議会での討論で平民出身の議員が議題を発議した。


「奴隷身分制度の撤廃」


 しかし、80名の平民たちの第三身分に対し、第一、第二身分は計200名の議員だ。

 労働力としての奴隷を解放することは、貴族たちの猛反発を招いたのだ。


 つまり、現段階、奴隷制度はこの国において合法なのだ。


 ディグの心理的なものは理解できるものの、正面切って非を唱えることはできない。


 そして、この少女たちを奴隷としての用途は、性交が主流になることはまず間違いはない。

 だが、それを断定するべき証拠はどこにもないのだ。


「キレヒガラ君の言いたいことは充分に理解できる。君のような若者が正義を信じることが悪いとは言わない。理想を持つことは非常に大切だよ。」


 そう言いながら、一人の黒髪の少女の頭を愛おしそうに撫でた。

 少女もその手にうっとりしているようだ。


「だが、そろそろ君は人という暗部を意識するべきだ。綺麗ごとでは済まないことが多くある。それは君くらい聡明であれば、分かるだろう?」


「それは、確かに。」


 そう言って俺を見てきた。

 つまり俺がその暗部の象徴という訳か。


「この子たちは親に売られたか、身寄りがなく奴隷商人に掴まったか…。どちらにしろ、彼女たちは食うにも困る環境だった。温かい寝床と食事は最低限確保されている。この国はそういう子供たちに何かしてくれるのか?」


 食後のデザートに出されたフルーツとケーキにフォークを突き刺しながら、アンダストンは強い視線をディグにぶつけている。


「い、今の所、確かに、何も出来ていない。我々は無力です。」


「とすれば、私たちのやっていることには、何も言えない、という事だろう。もしこの子たちを助けたいと思うなら、それなりのものを用意することだ。だが、例えこの娘たちを買って、そのまま放置してしまうなら、身体目的で買う輩よりもっと、残酷だろう?」


 ディグは何も言い返せない。


「ただ誤解して欲しくないんだが、彼女たちに肉体労働を強いる気はない。今もこの給仕係は彼女たちの教育の一環だ。こうやって、商品価値を上げれば、普通の仕事にもつける可能性があるんじゃないかな、国家騎士団のキレヒガラ・ディグ卿殿。」


「その娘たちにとっての幸せか…。」


「奴隷というものについて、現状を理解できたものと思う。そこでキレヒガラ・ディグ卿に頼みたいことがある。」


 うまい!

 そう思った。


 正義感溢れる若い騎士に対し、かなり野蛮な方法だが、非常にうまくいった。

 正論を振りかざす若造に、現実の暗い闇を直接ぶつけ、その中でもまだましな方法を提示する。

 その方法もうまく飾り付け、真の汚い心を見せていない。


 そこで疑問が生じる。

 この狸親父が昔からの極悪人であれば、まだ理解もできる。

 だが、このアンダストン夫妻が生来の悪人ではなかったはずだ。

 あの「神の子」騒動から、今の財と権力を得た。

 たかが2,3年でここまでの人心掌握術を養えるものなのか。


 そう、誰かの、黒幕のような人物がいるのではないか。


 その時、急激に朝の夢が俺の心に蘇ってきた。


 人に非ざる者。


 奴は何者なんだ?

ここまで読んで頂きありがとうございます。

もし、この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークをお願いします。作者の書いていこうという気持ちを高めるのに、非常に効果的です。よろしくお願いします。

またいい点、悪い点を感じたところがあれば、是非是非感想をお願いします。

この作品が、少しでも皆様の心に残ることを、切に希望していおります。

よろしければ、次回も呼んでいただけると嬉しいです。


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