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「神の子」  作者: 新竹芳
22/100

第22話 アンダストン家警備騎士、トツネルド・メビウスの記録 Ⅰ

 今朝がた夢を見た。


 そこには人に非ざる者が儂に問いかけてきた。


「もう少ししたらチャンスが訪れる。この富はお前のものだ。」


 目覚めても、その言葉が耳から離れない。


 俺は、これが神の啓示か悪魔の囁きか、判然としない。


 だからメモというか、あったこと、気付いたことを書いて記録していくことにした。

 そうすれば、後に検証が可能になるはずだからだ。




9月20日 晴れ


 本日も外ではコーンライスの収穫にこの村人たちは大わらわだ。


 だが、俺の雇い主アンダストン夫妻は今日も自堕落な生活を送っている。


 元の自分の家の周辺を安い値段で買いたたき、元の土地の十数倍にまで広げたとのことだ。


 このアンダストン夫妻、2年前までは普通に農業を営む気のいい人間だったと聞いている。

 それはこのマルヌク村の者は、皆人が良く、皆で助け合って生きてきたという話だ。


 信じられない話だ。


 あの強欲で、物欲の激しい夫婦は他では見たことがない。


 村ではほとんどの者が収穫のために体を動かし、魔術を使えるものは、収穫されたコーンライスを貯蔵庫であるサイトに運ぶために荷車を動かしている。


 当然こんな村に上級の魔法使い、魔導士がいるわけがない。

 日常で使う以上の魔術を使えるものは、割のいい街に出て行ってしまっている。


 この村の富は、ほとんどがこのアンダストン夫妻が持っていた。


 2年ほど前まで、この夫妻も含めて、皆貧しかったということだ。


 私がこの夫妻にやとわれたのは半年ほど前。


 国家騎士団の中での貴族たちの腐敗ぶりと、若手の国防に燃える騎士たちの葛藤、そこから起こる上層部からの締め付けが嫌で、退団をした…。


 いや、上辺を綺麗に装っても仕方がない。

 このメモのような日記は、今後、夢の中の奴の言葉の検証のためだ。

 嘘を書いても仕方がない。


 俺が生き残るための書になるのだから。


 今の自分についての立場を整理しよう。


 トツネルド・メビウス。

 35歳。

 元国家騎士団陸軍大尉。

 上層部である陸軍幕僚本部管理官ヤーコイブ・サー・ダグラス少将の配下に所属時、火器兵装の実験部隊の予算から少将が横領を行い、その帳簿の改竄を手伝い、報酬を得たことにより懲戒を受け、退団。


 傭兵として、各地の紛争や、護衛や魔獣狩りを行ってきた。


 ここ最近はレオパルド連邦に2年ほど在籍。

 その間、連邦の隣国スイッツア・ネーダン連邦との国境紛争に参加。

 その際知り合ったジェイコブ・ヨハンソンにこのマルヌク村アンダストン夫妻の警護という仕事を斡旋された。

 ジェイコブは気のいい男だが、いい女に眼がなく、どうもその線で傭兵にならざるを得なかったらしい。


 このマルヌク村は俺がジェイコブと共に来た時には、ほぼアンダストン夫妻のものであった。

 別にこの夫婦がこの土地の領主で、貴族というわけではない。

 実の子が「神の子」という【言霊】を受け、それに伴い多くの金銭、貴金属を手に入れたらしい。

 そして近くで飢えていた村人の多くの家を買い、住んでいたものをそのまま雇い入れた。

 何と言っても実の子、ディッセンドルフという名前らしい、を伯爵に売り、毎年多額の礼金を受け取る契約をしたとのことだ。


 さらに傭兵として騎士を伯爵から借り受けているとのことだ。


 俺とジェイコブ以外の二人は、伯爵家の騎士としてこの地に赴任してきていた。

 一応任期は1年。

 任期が切れるとまた次の騎士が来るということだった。

 すでに今いるオックス・シルフォードとワイズ・シャングリアはこの地で3代目にあたるらしい。


 王都や、爵位持ちの邸宅ほどの頑丈な城壁はないものの、アンダストン邸の周りには3重で壁が作られている。

 アンダストン氏は魔法使いも伯爵に頼んだそうだが、長男を魔術がらみで亡くしたらしく、その件は強固に拒否したという噂だ。


 さらにその事件があった年から、アンダストン夫妻への報酬が吊り上がったという噂も流れている。

 どうもその長男の死にアンダストン夫妻の実子、ディッセンドルフが関わっているらしい。

 その両親に対して、ディッセンドルフの暴挙を抑制する心づもりもルードヴィッヒ伯爵にあったということだそうだ。

 すべて情報源はジェイコブである。


 奴がどこからその情報を得ているか、不気味だ。


 アンダストン夫妻は、その大きな伯爵家の威光と財力、さらに「神の言葉」教もバックアップしていることから、次々とこの村の民の財産を吸収していった。


 一番簡単な手が、麻薬とギャンブルでその家の当主を骨抜きにし、借金漬けにして、財産を没収していった。

 それをたかが1年でやってしまったのだ。

 今までの慎ましやかな生活が嘘としか思えない。

 もしくは陰で甘美な誘いの言葉を囁く存在がいたのか…。


 どういった事情かは別にして、そうやって大きい力を得たアンダストン夫妻は、自らの命と財産を守るべく、傭兵、つまりジェイコブと俺、トツネルド・メビウスを雇うことになったわけだ。


 昔の心優しい村民というのは、もう昔話だった。


 いま、こうしてこの村の主たる生産物、コーンライスを収穫している時も、村人たちに収穫を祝う笑顔とは別物の気味の悪い笑みを浮かべている。


 収穫祭の宴は、村長ではなくアンダストン夫妻の主催で行われていた。


 さらにその後、他の村から買われてきた10代前半の少女たちを晒し、大きな賭場を広げていた。

 当然その賭場の仕切りはアンダストン氏である。

 賭けに勝った者はその少女を買い、そして大半の敗者は、コーンライスを作って得た報酬をアンダストン夫妻に吸い上げられる。


 そして当然大金のほとんどがアンダストン家に集まる。


 結果的に、その金目当ての強盗集団の駆除が俺たちの仕事というわけだ。


 その強盗達に妻や娘がいれば否応なく、アンダストン夫妻の所有物になる。

 また目見麗しい青年はアンダストン氏の奥方の慰み者になるという寸法だ。


 俺も傭兵になる前から、それなりの悪を見てきたつもりだが、この夫妻の悪党ぶりは凄まじかった。


 本当の悪魔に魂を売ったのではないか?


 一年前のその饗宴は、俺の心を侵食していた。


 それでも、この仕事の報酬は破格であった。


 そのため、今もここに俺はいる。

 そして、俺の心にも悪魔が囁いたのだろう。


 あと二日で、このコーンライスの収穫も終わる。


 3日後には、各町から買い付けの馬車が訪れ、この穀物は高値で引き取られていくだろう。


 その時に収穫祭のための食べ物、酒、そして少女たちが運び込まれる算段になっている。


 我々雇われ騎士は、その物資と少女の護衛をして、収穫祭、その後の饗宴をつつがなく終わらせることが大きな仕事になる予定だ。


 本日は、見回り以外の仕事はない。

 すでに俺は、その仕事に行く前から、酒を飲んでいた。




9月22日 曇り


 昨日に雨が降り、収穫が少し遅れている。


 収穫を取り仕切っている村長の息子が大声で作業の速度を速めるように、指示を出していた。


 他の街の業者では、すでに荷馬車がつき、酒を運び込んでいた。

 さらに3人の少女が腕輪で自由を奪われた形で集配所に入っていくのが見えた。


 祭りの準備が始まっている。


 収穫されたコーンライスや野菜が袋や樽に入れられて、荷車に積まれているものもあった。

 すでに金銭のやり取りも始まっている。


 今日、俺は国からの出向を命じられてこの都市に赴任した若い騎士の所に向かった。


 キレヒガラ・ディグ。

 国家騎士団に所属する若い騎士だ。

 くすんだ茶色の短い髪と、鷲鼻が特徴的だが、騎士団で上を狙うタイプには見えない。

 こんな田舎村に配置を押し付けられているところから見ても、あまり優秀ではないのだろうと見ていた。


 そう言うタイプであれば、これからの交渉、特に収穫最後の狂った宴について、変に関わらないように袖の下を渡すことも容易に思えた。


 前任者はこの土地に3年間在籍し、今はまた辺鄙な村に向かわされたようだ。

 もっとも、「神の子」の騒動以降、結構アンダストン氏に便宜を図ったようで、最初の宴の際にはいい想いをしたとは聞いている。


 伯爵家から派遣されてきている騎士二人も、こんなところにいるくらいであるから、十分その宴を満喫したという話だ。

 ジェイコブもこれからの仕事を非常に楽しみにしている。


 俺としても、既に騎士としての気概も自負もなかった。

 ただ、出来れば殺し合いの類は勘弁してほしいと思っているくらいだ。


 ここに来てから、すでに暇を持て余し酒を煽る日々が続いていた。


 道徳心も持ち合わせていないし、欲望を満たすことにも躊躇はない。


 ただ、夢の内容には、わずかに残っていた生存本能が微かな警告を発していた。

 この文章はそのためのものだ。


 明らかに、宴の時に事を起こすように煽っている。


 だが、その目的が俺にはわからなかった。


 俺には、アンダストン夫妻のような大きな欲を持ってはいない。


 自分の小さな欲望を満たせれば十分。

 それに金が必要なだけだ。


 騎士になることは憧れていた。

 騎士魔導士学校には落ちたが、日々剣の腕を磨き、魔導も訓練し、中程度なら何とか使えるまでにはなった。

 なんとか国家騎士団入団試験には受かったが、そんな俺では騎士団内で最下層に位置付けられても仕方がなかった。


 憧れた騎士は憧れでしかなかった。


 もともと騎士魔導士学校を卒業してくる奴や、貴族の子弟、名のある剣術や魔術の師についていた奴らが幅を利かせる組織だ。

 国の周りを海で囲まれたこの国には、つながる国境があるわけでもない。


 海軍であれば海賊退治などもあるが、陸軍では魔獣たちの駆除や、辺境でのいざこざの処理くらいだ。

 最近ではレベッカ海峡を隔てた隣国、レオパルド連邦にきな臭い雰囲気があるが、当時はそれほど切迫した問題でもなかった。


 俺は闇雲に働いた。

 夜中の哨戒パトロールは率先して引き受けた。

 雪中行軍訓練でも一切手を抜かずにいそしんだ。

 ヤーコイブ・ダグラス、その時はまだ少佐だった、に気に入られたのは、職務に忠実に仕事をこなしたのも一つの理由だろう。

 だが、俺を配下にした最大の理由が、どんなに懸命に騎士団に尽くしても、報われることがないことを知っていたからだ。


 戦争でも始まり、武勲でも立てれば状況は変わったのかもしれない。


 だが、当時にジョバンニュ・クリミアン連合王国は平和を謳歌していた。


 騎士団上層部も、軍本部もそんな生ぬるい雰囲気に流されていた。


 そのような状況の中、愚直に騎士団の仕事を手を抜かずに実行していた俺をダグラス少佐は見ていた。

 というよりも、その俺の原動力が何に根差しているかを知っていたようだ。


 少佐は不正を行い私腹を肥やすために実直に自分のことを信じて裏切らないものを探していた。


 ある意味俺は俺の欲望を見透かされ、声を掛けられたわけだ。


 少佐はその時、如何に俺が素晴らしい人材かということを、言葉巧みに褒めちぎった。

 そしてそのような有能な人材を、野に放っておくことは国家の損失だとも述べていた。


 その言葉に有頂天になった俺は、少佐の矛盾する言葉を気付かずにいた。


 翌日には異動が発表され、ダグラス少佐の配下となり、帳簿の偽造や、有能な人材を近くから排除し、ダグラスグループを形成していった。


 必要な資金は少佐が調達し、帳簿を俺が改ざん。

 そしておこぼれをもらう日々。


 ダグラス少佐は少将になる、俺は大尉まで階級を上げた。


 そして内部告発、俺が目をかけて育てたつもりになっていた入団3年目の赤髪の少女、マルチナ・アージャルに裏切られ、罪を告発された。




 俺は赤髪のショートカットの少女には異常な性欲が生じるようになったのはその頃であった。

 機会と金があれば、赤髪の少女を弄ぶようになっていた。


 今も、赤髪の少女が入荷されると一番に味見をさせてもらっている。

 すでに二人の少女を買い、自分に割り当てられている部屋に囲っていた。


 当然、俺の奴隷として買ったものではある。

 肉体関係も持った。


 だがこの二人は、魔導の心得があるらしい。


 二人とも赤い髪の毛には違いないが、その色合いはかなり異なる。


 深紅ともいうべき赤い髪を肩口でバッサリと切られている、細身の少女はバネッサと名乗った。

 本人の弁を信じるなら、17歳ということになっている。

 大陸の南の方に位置するスイアーラという国の商家の生まれだという。

 だが、13歳のころ、親子4人でロメン法国に荷を売りに行く道中で野盗集団に襲われた。

 父と兄はあっさり首を刎ねられ、母も野盗の大部分に犯され、逃げようとしたところを殺された。

 それを見ていたバネッサはただ震えているばかりで、そのまま男たちの慰み者になり、売られたということだ。


 この時、商売人の父親は警護のものを雇っていたそうだが、そいつらが野盗に通じていて、そのまま自分たちへの襲撃者へと変わったということだった。


 当然積み荷も、所持品も奪われた。

 少女は奴隷として売られ、この半年ほど前に海を渡ったということだ。

 5か月前にアンダストン家が安く仕入れたものだが、赤毛ということが、この地方にはあまり馴染みがなく、俺がほぼただに近い金で雇用主から下賜された格好になった。


 だが、この少女は女としての技量は低くはなかったが、受け身一辺倒だった。

 だが、魔導力は高かった。


 まだ自分自身でその制御がし切れていなかったが、少しコツを教えただけでめきめきとその実力を上げていった。


 もう一人、バネッサの深紅の髪の毛とは対照的に、薄いくすんだ赤い髪の少女は男と見まがうほどに短い髪の長さだった。

 また成長も悪く、バネッサより15㎝くらい背が小さい。

 フォルテと名乗り、16歳だと主張した。

 どうひいき目に見ても12歳くらいにしか見えないが、その胸は、なるほど、バネッサよりも豊かではあった。

 しかし、腕も足も、顔さえも肉が落ち、骸骨のようにも見える風貌だった。


 4か月前に、この村に奴隷の主から逃げてきたのだろうが、あっさりアンダストン氏に捕まった。


 だがその風貌ゆえ、相手にする者がいなかった。

 そして赤毛好きという俺の嗜好を知っていたジェイコブが口をきき、全くの無償で俺のものとなった。


 いくら赤毛を責めるのが好きな俺でも、ここまで貧相では何かしようとは思っていなかった。

 とりあえず飯を食わせて適度に運動させると、一月ほどで、そこそこ魅力的な少女に変わった。

 二人と関係を持った後に、フォルテの筋肉のつき方が通常の少女、この場合バネッサと明らかに違うことに気づいた。


 フォルテの体つきは剣術を体得したもののそれであった。


 自分の剣の師がちょうどこういう筋肉のつき方をしていたのだ。


 フォルテに、今なぜ奴隷の身分に堕ちてしまったのか問いただした。


 バネッサは元々、明るい子であったようで、この俺のところに来てからは、最初にあったこの世の地獄を着てきたような態度が姿を消し、俺の身の回りの世話をかいがいしくしてくれていた。

 そしてフォルテを引き取ってから、その世話好きがフォルテに向けられた。


 それに比べればフォルテは物静かで、自分から口を開こうとはしない少女であった。

 それでも自分を心配してくれるバネッサの存在はとても安らげるものだったのだろう。


 ぽつぽつと自分の境遇を話し始めた。


 元々は男爵家に仕える騎士の娘だったらしい。


 その男爵と、そりの合わない子爵が自分の家の騎士同士の決闘を申し込んだ。


 子爵と男爵の身分の違いがあったが、因縁に蹴りをつけるには絶好の機会だと男爵は考えたようだ。


 特に自分の騎士には絶対の信頼を置いていたのだろう。


 結果から言えば、その騎士は子爵側の騎士にあっさり負け、さらになぶり殺しにされた。


 その決闘の結果に憤慨した男爵は、殺された男爵の家族をそのまま子爵側にくれてしまう。


 実はこの決闘は子爵側によって仕組まれたものであった。


 殺された騎士の上の娘はそのブロンドの美しい髪を持つ美貌の少女だった。

 また騎士の妻も、その娘ほどではないが美しい女性であり、子爵はその二人の女性が欲しくてたまらなかったのだ。

 そしてその娘を攫い、騎士に言うことを聞かせたのだ。


 負ければ無傷で娘を返してやる。


 だが、子爵には全くその気はなかった。

 だから自分の騎士に、男爵側の騎士をなぶり殺しにするように命令を下していた。


 殺された騎士の妻と上の娘は、子爵の邸宅に監禁され、子爵とその部下たちに、毎夜毎夜、狂ってしまうまで弄ばれたのだ。


 ここで一人、子爵は困った問題に直面していた。


 もう一人、殺された騎士には12歳になる娘がいた。

 しかし器量は普通、体も発育しきれてはいない。

 子爵側には全く興味の涌かない幼女でしかなかった。


 フォルテである。


 剣術の才があり、殺された騎士が自分の跡取りとして、楽しみにしていた娘でもあった。


 しかし興味のない子爵は、殺すべきか迷っていたときに交易商人とは名ばかりの奴隷商人からフォルテの奴隷売買を持ち掛けられ、すぐに応じた。


 フォルテは武人として、自分を性の道具とする大人たちを軽蔑した。

 だが力がなかった。


 その奴隷商人に処女を散らされ、何人もの幼女趣味の男にいたぶられ、弄ばれ、自我崩壊、一歩手前まで追い詰められていた。

 追い詰められていたが、ガリガリの身体に多少残っていた筋肉は通常の人よりも強かった。

 絶食、拒食はせめてもの抵抗であったが、逃げるための最低限の食を胃に納めた。


 その時の主の隙をつき、脱走。しかし持久力が徹底的に足りず、この村で力尽き、アンダストンのものになった。

 そして、俺のもとに来た。


 幸か不幸か、俺に拾われ、バネッサに世話されて、人間へと戻ってきた。


 食事をまともに取り、戻ってきた筋肉が剣を器用に振り回し始めた。


 既にこのひと月で、気力と体力を回復させてきたフォルテの剣術は俺の力と拮抗するまでに成長していた。

 さらに、バネッサの手ほどきにより、魔導力すらも高めていった。


 俺の趣味はこの二人の少女の成長であった。


 昼から酒を浴びている俺を諭し、俺の健康に気を使ってくれるまでに懐いてきている。

 たまに肉を交わることもあるので、偉そうなことは書けないのだが。


 そのためにもキレヒガラ・ディグとしっかり話をつけねばならない。




9月24日 雨


 相変わらず収穫が進んでいない。


 天候の問題もあるが、俺と一緒で昼から飲んでるやつがいるからだろうか。


 他の町や村からくる少女たちに見惚れているためだろうか。


 俺はいまだ、キレヒガラ・ディグに会うことができなかった。


 彼はまじめにこの村を警護しているようで、トラブルにすぐに対応していて、国家騎士団の詰所にいないのである。


 スケジュールが押してしまって、収穫祭の日程が明日に迫っている。

 だが、この収穫の進み具合ではとてもではないが、祭りまでに収穫を終わらせることは不可能だった。


 この収穫祭は以前からこの村だけではなく、近隣の村や町からも人が訪れるほど、盛況ではある、らしい。

 宿屋や飲食店を営む者、さらには他の村から出店するものなどがいた。

 そして観光というには何もないところではあるが、そう言った旅行者が金をこの村に落として言っているのも事実であった。


 実際には収穫が終わっていなくとも、祭りを日程通りやってしまっても問題ないようにも思える。

 が、その後の宴、続くトラブルを考えれば、収穫は終わらせねばならないのだろう。

 まあ来ている旅行者にも何なら手伝わせて、宿代を無しにするくらいのことはできるのかもしれないが…。


 国家騎士団のキレヒガラ・ディグはアンダストンの所有する領内に作られた村民の寄り合い所で村長と話をしていた。

 やはり日程の調整らしい。


 ある程度の話がついたところを見計らって、声を掛けた。


「私はアンダストン氏に雇われている警護担当のトツネルド・メビウスと申します。今回、主の命により国家騎士団のキレヒガラ・ディグ卿に挨拶にまいりました。」


 キレヒガラは訝しむ目つきを俺に向けてきた。

 まあ、それも頷ける。

 ほとんど邸内で自堕落な生活を行い、今日は酒を一滴も飲んではいないとはいえ、いつものこの時間は二人の赤毛の少女の目を盗んでちびりちびりと飲んでいるクズなのだ。


 多少、身だしなみを気を付けたところで、その怪しさはすぐにでも感じられたことであろう。


「どういったご用件ですかな?トツネルド・メビウス卿。」


 自分より若いはずのこの騎士は、しかし自分では太刀打ちできない威厳を兼ね備えていた。


 こと、経験に関しては俺の方が間違いなくある。

 それは断言できる。


 国家騎士団に籍を置いていたころの実績などはものの役に立たない。

 魔獣の大量発生に伴う、サントワ州ビヒャント町での魔獣掃討作戦くらいしか、戦闘には参加していない。


 それよりも、傭兵になってからでかい紛争は3つ、小さい小競り合い程度なら二桁は経験した。

 もっとも大陸には「悪魔狩り」の余波があり、一線級の魔導士と相対することがなかったのは大きいのだが…。


 そういった経験では、前にいる若造騎士よりも実戦経験は豊富のはずだった。


 にもかかわらず、目前の騎士からはそのがっしりとした体格に甲冑を身にまとう様に圧倒され、完全に主導権を取られたことを自覚した。


「わが主である、アンダストン氏がまだ着任されて半年の騎士殿にお目にかかっていないことを、お、思い出したそうで、誠に不躾で無礼とは存じ上げているものの、主の邸宅に足を運んでいただくことは、出来ませんでしょうか?」


 若い騎士に気押されて、ここで交渉をすることを断念し、舞台の揃ったアンダストン邸での交渉、または誘惑を仕切り直そうと考えた。


 だが、この若い騎士、年の頃なら20代前半と思われたが、一筋縄ではいかないことを俺は肝に銘じた。

 まさか、実戦の場数が俺より上なのか?


 若い騎士、ディグは少し考えたのちに、微かに頷いた。


「わかった。貴公の顔を立てよう。それにアンダストンの叔父さんの変わりようもこの目で見ておきたい。」


 この言葉に俺は若干の違和感を覚えた。

 俺たちの言葉に耳を傾けていた村長が少し怯えるようにディグを見た。


 俺の顔がかなりおかしな表情を浮かべていたのだろう。


「あまりそのような顔をされてしまうと、私もばつが悪い。昔の、そう、私がこの村を出て騎士魔導士学校に入学した時からだからアンダストン氏とは10年位ぶりの再会になる。まあ、あちらは私のことなど覚えていないと思うが…。」


 そう自嘲的な、それでいて古く美しい過去を顧みるような微笑を讃えている。


「ディグ卿は、この村の出身なのですか?」


「そう、このマルヌク村で生を受けた。少しばかりの魔導力と剣術が使えることから、国家騎士団に憧れて騎士魔導士学校に幸運にも受かったことで、この騎士団に入ったというところだ。前任者の不正が騎士団の耳に入り、更迭。ただこんな田舎では3年間の常駐に志願する者がなかった。本来ならもっと若い、入団3年目あたりにその職が回って来るものなのだが…。マルヌク村はこの1,2年での変貌ぶりに中央でも警戒を強めている。「神の子」のことは知っておられるか、メビウス卿?」


 まさかこんな飲んだくれの傭兵に卿付けとは。

 だが思っていた年ではないのか?


「何故、私の名に騎士の称号たる卿をお付けになるのですか?ディグ卿。」


「国家騎士団の先輩にあたるトツネルド・メビウス卿にそれ以外の呼び名を使うことはできぬ。」


 涼しげにキレヒガラ・ディグが俺に言葉を返してきた。


「では、私が騎士団をやめた理由も聞いておりますね。」


「非常に残念に思っている。ダグラス少将の一連の横領事件の片棒を担がされたとは。あれだけ派手なことをやる少将の割になかなか尻尾を出さなかった。それは優秀な部下がいたことの証明でもある。密告がなければ、少将は悠々と除隊して、軍、騎士団としては追い切れなかった。」


「では、その功績はマルチナ・アージャルに送られたというわけですね。可愛がっていた私としましても光栄の極みですよ。」


 俺の言葉に、ディグは悲しそうな目で俺を見つめていた。


「恨んでいるのだろうな、アージャル少佐を。」


 そのディグの言葉は、俺にとって爆弾となり、心で破裂した。


「知っているのか、ディグ卿!マルチナ・アージャルのことを!」


「私が入団してすぐの直接の上司だ。といっても研修期間の教官として、だが。」


 ここにきて、まさか自分のことを知る国家騎士団の人間に会うことになるとは思わなかった。

 自分にとって国家騎士団は唾棄すべき組織だった。

 そしてマルチナ・アージャルは憎き人物であった。

 そのもとで研鑽を積んだという人物、キレヒガラ・ディグに対して自分はどう接すればいいかわからない。


 当初の計画では前任者同様、金、女、薬でこちらの傀儡にする予定であった。


 だが、この地に赴任してきたのは左遷ではなく希望であった。

 言っている事にも、国家騎士団としての誇りと自信が漲っている。


 村長がディグと話すときの表情が、昔の知己との会話と考えれば微妙なのも頷ける。


 この地を10年前に離れた者に、今の自分を知られたくはないのだろう。


 アンダストン氏ともかなり近い関係のようだ。

 確か叔父さんと言っていた。


 *この時の俺にとっては、この若い騎士は自分たちにとって非常に危険な男に思えた。そんなことはなかったのに…*




 結局、ディグをアンダストン邸に招くことになった。

 その場にいた村長に、伝令に走るように言い、俺は甲冑姿の騎士、キレヒガラ・ディグと共に屋敷にゆっくりと移動し始めた。


 アンダストン邸で、その屋敷の主人が顔を出すことはないだろう。

 できればジェイコブがいてくれればやりやすいが、オックスかワイズでもいい。

 一人でこの騎士と対等に交渉ができる気がしなかった。

 基本的に金・女・薬は使わず、正攻法での納得を得るのが一番確実なのだが。


 暫く二人とも無言でアンダストン邸への道を歩いた。


「少し聞いておきたいことがあるんだが、いいだろうか?」


 ディグが俺の方に顔を向けて聞いてきた。


「答えられることであれば。」


「この村はいつからこんなに荒れた雰囲気になったんだ?」


 いつからと言われても、俺も来てからまだ1年ほどしか経っていない。


「以前は、確かに貧しい村ではあったが、村の人たちには暖かい空気が流れていたように思う。10年以上の時を過ぎているのだから、それが哀愁と言われてしまえばそれまでなんだが…。いささか、皆の目に、温かみではなく人を憎むような冷たい光が見られる気がするんだよ。」


 それはおそらく、正しい感触だろう。

 俺もこの村に来た時から感じている。


 人の愛情を信じず、ただ富だけを、欲だけを追い求めようとしている…。


「わたくしも、ディグ卿とさしてこの地に来てからの月日は変わりませぬゆえ、いつからと聞かれましても、正確には答えられません。ただ…。」


「ただ?」


「おそらく、「神の子」の啓示があった時からではないかと。」



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この作品が、少しでも皆様の心に残ることを、切に希望していおります。

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