第21話 ナターシャ・ジェルネンコ
マルヌク村の惨劇。
ディッセンドルフは全く知らなかった。
だが、知ったからと言っても、これといった感情の起伏はなかった。
唯一の生き残りという言葉は、ディッセンドルフはの実の親も亡くなったことを意味していたが、ディッセンドルフにとっては全く関心がなかった。
今、言われたことで思い出したほどだ。
だからと言って決してルードヴィッヒ伯爵を親と思っているわけだはない。
「僕も噂は聞いたことがあるけど、詳しくは知らないんだ。あれ、でもディッセンドルフはマルヌク村の出身なの?ルードヴィッヒ伯爵家って、アンデルセン市の領主だよね。マルヌク村からかなり距離があると思うんだけど…。」
「俺はアレキサンドル・オスマン・フォン・ルードヴィッヒの養子だ。【言霊】を賜ってからルードヴィヒ家に引き取られた。金でな。」
この事をサーマルは知らなかった。
そして、そのことを知ったことに悲し気な顔に変わる。
サーマルはマルヌク村より更に貧しい寒い地方のクラチモ村の出身だ。
この騎士魔導士学校への入学も、両親への、そして出身地クラチモ村を少しでも豊かにするための手段であった。
そんなサーマルからすれば、出身地の異常な事件に無関心の友人が理解できなかった。
出来なかったが、金で売られたという言葉が、両親に対して言いようのない気持ちを持っていることが垣間見れた。
「うちの両親も、マルヌク村にも関心はないが、マルヌク村の惨劇と、唯一の生き残りの少女には興味がある。オオジコバはその詳細について詳しいのか?」
オオジコバにそう声を掛けたとき、身を縮めながら右手をそっと上げる少女の姿がディッセンドルフの視界に映った。
「私、マルヌク村に近いカムチャイル町の生まれっす。そこの交易所をうちの父が経営していたんですけど…。」
栗毛の綺麗に輝く髪の毛をショートカットにしている女子学生、会計を担当している3年次のサーシャネル・ハーマスが恐縮しながら話し始めた。
「交易所を営んでるんで、そこそこの情報、まあ玉石混交ですけど、集まってくるんすよ。その当時、あたしが9歳の時だったと思うんすけど、マルヌク村の惨状が次から次へと入ってきまして…。」
「ハーマスの名はどこかで聞いたことがあると思ったら、ハーマス交易情報商会のご令嬢であったか、サーシャは。」
「はい!ゴルネイエフ商会の方々には世話になってます。お話してなくて、申し訳ないっす。」
見た目と、「神殺し」の【言霊】持ちであるオオジコバに、そうそう気軽に話せるものは、今でも数が少ない。
いくら学生会議役員として、仕事を共にしていても、プライベートでの交流を持つにはあまりにもオオジコバという存在は大きすぎた。
それが女子ともなればなおさらだ。
「そうか、いや、構わない。だが、ディッセンドルフ先輩の故郷でもあるからな、サーシャ、知ってることを先輩に話してくれないか?」
少し何かを考えるように宙空を見つめた後、オオジコバがサーシャネルを促した。
「は、はいっす。とは言っても、あたしも、全てを知ってるという訳ではないんですが…。」
そう言いながら、マルヌク村であったと思われる惨劇を、推測も入ってはいたが、サーシャネルが話し始めた。
神歴2210年、10月。
ハーマス交易所を定期的に利用する輸送業者、ロトギネンス馬運商の馬車がカムチャイル町の警備騎士隊の詰所に突っ込むような勢いで突進してきた。
驚いた詰所の前に立つ騎士が剣を構え、防御障壁の詠唱を開始しようとした時、御者が大声で言った。
「マルヌク村がえらいことになっているぞ!」
男はロトギネンスが定期的にマルヌク村に物資を輸送していた。
帰りにはそこで採れたコーンライスを主に、野菜や山菜、たまに野生の獣肉を仕入れてきていた。
いつもであればマルヌク村の唯一の出入り口ともいえる、集配所に人がいるのだが、その日は誰もいなかった。
正確には生きている人間が、だが。
既に腐敗が始まり、酷い匂いが男の鼻をついた。
馬車の中からこの積み荷の売買を行う商人、警備の騎士が降りると同時に鼻を手でふさいだ。
一番近くに倒れて死んでいる男の左足は切断され、腹部に大きな傷(おそらく剣による裂傷)があり、黒い血の池が広がっていた。
この馬車の警備にあたる中肉中背の騎士は剣を抜き辺りを警戒しながら倒れている死体を観察した。
その状態から、病死でないことは当然として、魔獣や獣に襲われたものではなく、戦闘、もしくは惨殺されたものと判断した。
だが、そこで騎士は考え込んだ。
この村がいかに貧しかったとしても、一応の治安を維持するために国家治安省の管轄で騎士か魔導士を配置されている筈である。
特に、このジョバンニュ・クリミアン連合王国は、その魔導士の多さ故、他国の諜報活動の専門家が入り込んでいる。
その者が暴動を起こす可能性も否定できないため、最低限の防衛を目的に、また警察権の執行も視野に入れた措置である。
また、最低でも緊急時の連絡等に使用する早馬も用意されていることが普通だ。
この死体は死んでから、最低でも5日は経過している。
自分が警備しているこの輸送馬車は2週間に1度、カムチャイル町とこのマルヌク村を往復している。
つまり、この2週前から1週間前くらいに、何かしらの事態、たぶん殺し合いが起こったと思われる。
「旦那、どうしますか?」
この定期便の依頼主、サーシャネルの叔父にあたるネクサス・ハーマスに、その騎士、スーヴェニア・オットーが問いかけた。
ネクサスはすでに30を超えた男でありながら、癖のある黒い頭髪で、しかもそれをあまり頻繁に整えることをしない。
また背丈もあまり大きくなく、肉突きも悪いため、下手をすると20代前半の若造と間違えられることもしばしばあった。
しかしながら15の時からこの商売を続けていた。
魔導力も一般的な市民よりあるし、一応剣の指導も雇用している騎士から片手間ではあったが、受けていた。
だが、この異常な事態は、さすがに経験がない。
この村とカムチャイル町は早馬なら半日もかからない距離だった。
だが、全く連絡はない。
国のどこかの機関も動いていない。
これは自分たちが第一発見者という事なのだろうが…。
「オットー、どういうことだと思う?」
「単純に考えれば、計画的にこの村の住民を殲滅したのでしょう。最初に村の外に行ける手段を奪い、あとは皆殺し。ここから多数の馬が動いた形跡はありませんから、徒歩で逃げたというところでしょうか。」
「そいつらがまだこの村にいる危険性は?」
「もし、まだいるとすれば、狙いはこの馬車でしょう。ですが我々がこの場に着いてから、既に30分以上経っていますが、人の気配はない。おそらくですが、もう生きた人間はいないか、いたとしても息を潜めているってとこですかね。」
「仕方ない。ライドネル!馬車から荷車を外してくれ。それでいつでもここからカムチャイル町に向かえるように馬車をまわして待機してくれ。」
「了解しました。ご主人様。」
ライドネルと呼ばれた御者が御者台から降り、荷車を外し始めた。
「オットー、集配所の中を探る。警護を願いたい。」
「了解。」
二人は死体を避け、半開きになっている穀物や野菜に倉庫を兼ねた集配所の中の気配を探る。
暗い中に、先ほどよりもはるかにきつい腐敗臭がした。
だが、人の気配は感じ取れない。
この半開きの扉から差し込まれる光だけでは、奥まで見ることは出来なかった。
微かに天窓からの光で、人と思われるものが床に倒れていることが伺える。
即断はできないが、この殺しが起きたときは、夜だった可能性が高い。
でなければ、他の扉は開けられていたはずだ。
できれば火を放ちたいところだが、死体からの腐敗臭がするという事は、可燃性のガスも充満している可能性も高い。
迂闊には火を床に放つことは出来なかった。
「旦那、お願いしますよ。」
オットーがネクサスに懇願した。
人の気配は感じないが、この暗闇に魔導士でも潜んでいたら厄介なのは理解できた。
「仕方ない。本当は疲れるから使いたくないんだけどな。」
諦めた声でネクサスはそう言うと、左手の平に向かい念を集中し、軽い詠唱を小声で呟く。
しばらくするとその手のひらに光が集まってきた。
その光の塊を暗い集配所の中に投げ込む。
集配所の死体の所まで周りを微かに照らしながら転がると、光が爆ぜた。
魔法による照明弾である。
光があふれ、そして静かに消えていく。
その時の光景をオットーは瞬時に記憶する。
待ち伏せなし。
敵影無し。
死体の位置を確認。
その時、微かな音を聞きつけた。
疲れ切ったような顔をしたネクサスはとやる気に満ち溢れているオットーが目を合わせた。
と同時にオットーが飛び込み、その音のした方向に身体を跳ばす。
ネクサスは集配所のオットーが向かった先とは反対側に向かい、そこの戸をすぐに開け放ち、光を入れた。
オットーが向かった先には、穀物庫に寄り掛かるようにして胸に剣を突き刺された騎士の装束をした男の死体があった。
オットーは躊躇なくその死体を剣先で弾き飛ばし、穀物庫の扉を開けつつ、床に身体を伏せた。
先程の死体が流したと思われる黒く凝固した血が、オットーの身体に着くが気にした様子はない。
思っていた攻撃はされなかったことに安心し、注意深く立膝で仲の様子を警戒した。
ネクサスが開け放った扉から光と空気が届き、腐敗臭が薄れていく。
その光の先、穀物庫の中に死体はなかった。
代わりに体を丸めて震えていた小さな女の子がいた。
「その少女がナターシャ・ジェルネンコです。」
サーシャネルが、マルヌク村唯一の生き残りの少女の発見当時の話を締めくくる。
「その扉の前で死んでいたっていうのが、マルヌク村に派遣されていた国家騎士団の騎士、キレヒガラ・ディグという人物っす。まだ若い騎士でしたが、マルヌク村出身であり、何とかその女の子だけでも守ろうとしたんではないかって思われてます。」
「その子は1週間以上、そこに隠れていたという事か。」
「はい、オオジコバ先輩。その話は直接見つけた叔父から聞いた話っす。穀物庫だったのである程度の食べ物があったことと、かろうじて雨水を貯めた桶があったってことです。もしかしたらその騎士が先行きを見据えて、置いたのではないかと、言ってました。」
「そうだな。普通穀物庫の中は乾燥させなきゃいけないのに、わざわざ水分を置いておくとは考えられないもんな。」
サーマルがサーシャネルの言葉に同意する。
「ナターシャ・ジェルネンコが助かった経緯は解ったが、一体その村で何があったのか、ってことは解ったの?」
ミレールシオンが当然の疑問を発した。
「唯一の生き残り、ナターシャ・ジェルネンコちゃんは当時7歳でした。恐怖のためか、一時的に失語症みたいになってかなり衰弱もして、あんま、その時の状況かわかんなかったみたいっす。」
そうサーシャネルが話し終えると、オオジコバが持っていた一冊のノートを取り出した。
「その辺のことはこの日記に書いてあったようです。と言っても、原本が血で汚れていたり、破れていたりしたんで複製ですが…。」
そのノートには、「トツネルド・メビウス」と綴られていた。
「アンダストン家に雇われていた、警護の騎士の一人です。」
その家の名に、ディッセンドルフの身体が緊張するのが、誰の目にもわかった。
「そうです。ディッセンドルフ先輩の実の両親の家に雇われていた傭兵です。」
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