第20話 レベッカ海峡事件
レベッカ海峡事件。
後にそう呼ばれる一連の騒動で死者は2万人以上を超えた。
その全てはレオパルド連邦の国民である。
負傷者は10万人以上であった。
また港湾部分が5か所で使用不能。
15を超える都市で損害が認められる大惨事である。
「神の言葉」教が全面的に救援を担った。
さらにジョバンニュ・クリミアン連合王国もシーセキノ海軍基地から、大量の救援物資と、国家騎士団及び国家魔法団を中心に救助を支援した。
だがそれとは別に、ジョバンニュ・クリミアン連合王国政府はレオパルド連邦に対しての、砲撃の責任を追及。
これに対し、レオパルド連邦政府は全面的に非を認め、謝罪と賠償を約束した。
この大惨事を巻き起こした謎の爆発の原因は公式には不明とされている。
新型の動力機関の暴走、爆発ではないかと言われているが、仮にそれが事実だとしても、レベッカ海峡そのものを吹き飛ばすほどのエネルギーはないと言われていた。
当然のことながら、連邦議会は荒れに荒れた。
天災での惨事ではない。
新造軍艦を製造し、宣戦を布告せずに他国の領土、他国民に向けて発砲、その後にその軍艦が大爆発を起こし、自国民に大量の犠牲者を出したのだ。
さらに、その新造軍艦「リヒテンシュタイン」の艦長を務めたオズワルド・イージス准将が現れた。
自分の職位を語った時、レオパルド連邦議会の議員にどよめきが走った。
それも当然だろう。
大惨事の中心、新造軍艦「リヒテンシュタイン」の艦長が生きてその姿を見せたのだから。
「私は、あの大爆発の直前に、「神の言葉」教司祭、ミッドガルド様によって、あの艦より脱出しました。」
この言葉に与党「真実党」議員が質問した。
「それはあの大爆発を「神の言葉」教司祭が知っていたという事か?」
「違います。あの艦の中で、クーデターが始まったからです。」
「クーデターだと?」
「はい、アッセンドラ・グルムス艦隊司令を筆頭に、艦橋にいた半分以上の乗務員が加担していたとみられます。こちらからの最初の砲撃も、おそらく計画のうちだと思われます。私が砲撃した者を止めさせようと命令したところで、拘束されそうになりました。そこを「神の言葉」教司祭ミッドガルド様に救われ、「リヒテンシュタイン」を脱出した次第です。」
この説明は議会をより混沌とさせた。
クーデター計画の存在と、未遂。
一歩間違えば軍事政権が誕生し、民衆が勝ち取ったはずの民主主義が崩壊するという恐怖。
これは特に選挙で選ばれた「エリート」議員の根底を覆す暴挙であった。
すぐに「真実党」が先般更迭したハックマイダー・レナルディアンが「新世代」と呼ばれる集団の急先鋒であったことが知られ、議会の証言台に立たされた。
「我がレオパルド連邦は誇り高き民族の国だ。魔導士などという悪魔の手先を擁するジョバンニュ・クリミアン連合王国などという下賤の国を、認めるわけなどできるものか!しかも敗北したままの歴史を甘受などできん!」
そう、証言台で宣言したのだ。
恍惚の笑みを浮かべて。
「狂っている。」
それがその場に居た連邦議会議員、傍聴人たちの一致した意見だった。
この一言は野党が「真実党」を攻撃するには十分な材料のはずだった。
しかしかれら「新世代」に関与していた政治家は「真実党」だけではなかった。
レナルディアンが自分の言葉に酔いしれながら、次々と関係者の名前を挙げた。
その中に多数の野党議員、野党党員、野党関連企業幹部の者が名を連ねていたのだ。
ナオレンド・サー・ミルクルスは総統の名の下、議会を解散、総選挙による国家権力の修復に乗り出した。
総選挙の結果、ミルクルス率いる「真実党」はランス国との連立を図ることにより、何とか政権を維持する形でこの難局に対面することになった。
「新世代」のメンバーのあらかたは、政治的な力を失ったように見えた。
だが、この「新世代」に助言を与え、その方向性を決定していた者がいたことは、この時点でレオパルド連邦には誰もいなかった。
「神の言葉」教でさえも…。
その毒牙は、この戦争を画策したものの脅威となることを、その力で示した存在に向けられた。
脅威となる存在、「神の子」ディッセンドルフ・フォン・ルードヴィッヒである。
レベッカ海峡での大惨事の直接的な当事者、ディッセンドルフの名はシーセキノ海軍基地司令ウインストン・ナンバー少将の手配で完全に伏せられ、レオパルド連邦軍の艦艇の新機関の爆発が原因と疑われるという報告で終わった。
実際問題として、一個人が起こした災害という荒唐無稽の説が信じられることはない、という結論からだった。
が、ここでジョバンニュ・クリミアン連合王国に問題があることだったとされる報告は、ナンバーに出す気がなかったという事も大きく作用していた。
とはいえ、個人として持つには大きすぎる力をディッセンドルフが持っているという事実は変えようがない。
「神の子」ディッセンドルフの名を知るものは多い。
それでも、10万人規模の人命を左右するほどの力を持っていると考えている人間は少ない。
直接剣を交わしたプロミネンス教官でさえも、ディッセンドルフの実力を低く見ていなかったが、彼が考えているディッセンドルフの対する評価はそれでも低いものだろうとナンバーは見ている。
この真相はあの海軍基地の会議室にいた6名だけである。
そして、この真相は超極秘扱いとなり、厳しく箝口令も敷かれた。
そして、この事を誰にも話してはいなかった。
連合王国政府は、隠匿された事実については全く関与せず、それ以外の事実、レオパルド連邦軍からの攻撃による事実においてレオパルド連邦政府に対して、賠償を求めた。
それと同時に、「神の言葉」教と連携した救助活動、復興支援も行う事により、レオパルド連邦に対して、大きな恩義という貸しを作ることにも成功。
レオパルド連邦国民の感情をジョバンニュ・クリミアン連合王国に対して好意的な方向に誘導したのである。
レオパルド連邦の混乱を続ける中、ディッセンドルフは最高学年に進級、本人の意思に関係なく学生会議会長に就任させられた。
とてもではないが、ディッセンドルフの功績を考えれば、ディッセンドルフ以上の人材がいないことは、全ての騎士魔導士学校関係者には自明の理だった。
そしてディッセンドルフもそれを承知していた。
レベッカ海峡事件において、ディッセンドルフ達学生は、セキノ岬近辺を防護障壁で守ったことから、連合王国で最も名誉のあるとされる防国十字勲章を受けていた。
さらにその後の聖女アンドリュー教会支部長とともに、レベッカ海峡でのレオパルド連邦海軍に対する救助活動にも参加し、多くの人命を救助したことも表彰され、レオパルド連邦政府と「神の言葉」教からも勲章を授与するという栄誉を受けている。
特に「神の言葉」教信者であるオオジコバはこの栄誉に大いに感銘していた。
サーマルが副会長に就いた。オオジコバが庶務についている。
新入生が入学式を迎える前日、学生会議役員室に入学式の準備のため役員が集まっていた。
「入学式か、あまりいい思い出がないな。」
ディッセンドルフがため息とともに、そう呟いた。
「確か、アマガに決闘を申し込まれていたよな、ディッセンドルフは。」
「そんなこともあったな。」
「まあ、あれ以降、ちょっと威張ったりすることもなくなったが、成績も落ちっていったからな。騎士専攻でもいまいちだろう?」
「まあ、あまりよくないな。剣技はまだしも、理論が追いついていない感じだ。取り巻きも、4年時にみんな魔導士専攻に行ったしな。あわれといえば、あわれだな。」
表情は変わらないが、ディッセンドルフはアマガを思い浮かべ、嫌な思いをしていることは、サーマルにもわかった。
「オオジコバに因縁を吹っ掛けられたのも、入学式だったしな。」
「あれを因縁というのはお前だけだよ。」
オオジコバが俯いて、その場から逃げた。
その様子を3年次の書記を務める銀髪の眼鏡女子アリスノヴァ・ド・ミレールシオンが微笑ましく見つめていた。
「あのオオジコバ先輩が体を小さくして逃げるって、やっぱりディッセンドルフ先輩は凄いんですね。」
つい数か月前の学生会議役員選挙で当選した少女である。
クリムンド島にあるアイル州出身のミレールシオン子爵の令嬢でもある。
「言葉」持ちではないが、魔導の力はサーマル並みに強く、学年でトップ5から落ちた事がなかった。
ディッセンドルフの功績にしろ、悪名にしろ、関わった騒動にしろ、アリスノヴァは噂でしか知らなかった。
レベッカ海峡での一連の関与も、その時は1年次であり、学校の発表しか知らない。
見た目では、明らかに大男のオオジコバが強そうに見えた。
かたやディッセンドルフは背こそ高くなったものの、それほど体格に恵まれているようには見えない。
であるからこそ、オオジコバの逃げる状況というものに、微笑みを向けられるのかもしれない、とサーマルは思った。
オオジコバにかけられた封印は、既に意味のないものと思えた。
それでも、オオジコバの入学式での暴れっぷりを考えれば、既に何人かは死んでいてもおかしくない。
だが、ディッセンドルフのそれ以上の絶対的な力を数度、オオジコバは実際に見ている。
オオジコバが空間転移を試み、失敗していることも知っていた。
今は、空中浮遊が何とか様になってきたレベルである。
そう考えながらも、自分が空中飛行は出来るようになったものの、転移は出来そうもなかった。
それをなんの苦も無くやってしまうディッセンドルフはさすがに「神の子」の【言霊】持ちだけはあると、変に感心してしまう。
「まあ、ディッセンドルフは別格だからな。あまり自分と同じ基準で考えない方が自分のためだよ、ミレールシオン君。」
「そうなのでしょうね。魔導士としての力量でははるかに及ばないと自覚はしています。それは、オオジコバ先輩もサーマル先輩にしても同じなんですけれども。」
「俺なんかは、あの二人の足元にも及ばない。大体、【言霊】持ちでもないしね。生まれも君たちと違って、普通の平民以下だし…。」
あっ、自虐モードに入った、サーマル先輩。
アリスノヴァは会話の途中でよく目にする自虐サーマルに、違和感を禁じ得ない。
何故、あれだけの力量を持つ魔導士でありながら、そんなにも自分を貶めるのだろう。
とはいえ、始終ディッセンドルフとオオジコバといればそうなってしまうのかもしれない。
アリスノヴァは【言霊】持ちではないが、クリムンド島ではかなりの強力な魔導力を有していた。
だからこそ、貴族学院ではなく、この騎士魔導士学校に進学したのだ。
そして、自分が井の中の蛙であることを思い知らされた。
同じ学年でさえ、自分と同等かそれ以上の魔導力を有している学生がいる。
そして他の学年を見ると、レベッカ海峡事件で活躍するような先輩たちがいた。
ただ、どうしてこの学校から100㎞も離れた場所に先輩たちがいたのかについては、学校側は詳しい説明はしてくれなかったが。
いま、この役員室には6名がいた。
会長、副会長、書記、会計、庶務、広報である。
その広報の4年次、金髪で理知的な男子学生リエランティ・ミナトハラが入学する新入生についての情報を持って来ていた。
「ということで、今回の首席の新入生についてです。ナターシャ・ジェルネンコという女子学生です。すでに明日の新入生代表の挨拶については通知済みで、キリシマ教官が挨拶内容には目を通したそうです。」
「ちょっとまて。ナターシャ・ジェルネンコ?聞いたことがあるぞ。」
オオジコバが名前を聞いたときに、急に眉間に皺を寄せてそう言った。
「ナターシャ・ジェルネンコ?確かに、どこかで…。あれか、「死神」と呼ばれていた女の子がいた気がする。」
サーマルも思い出したように言った。
だが、ディッセンドルフは聞いた記憶がなかった。
「思い出した。マルヌク村の唯一の生き残りの少女。」
サーマルが言った。その言葉にオオジコバが反応した。
「おい、確かマルヌク村って、ディッセンドルフ先輩の…。」
「俺の生まれた村だ。」
ディッセンドルフの顔から表情が消えた。




