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「神の子」  作者: 新竹芳
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第19話 「オスロ」

 波が落ち着いてきた。


 「オスロ」の中の揺れもほぼなくなり、艦長であるグランダインはやっと立ち上がることができた。

 何度か身体を背もたれやひじ掛けにぶつけており、下手をするとどこかの骨にひびくらい入っているかもしれない。


 それでも座っていたグランダインはいい方である。

 艦橋の中の人間はほとんど立っていた。

 その者たちはすさまじい揺れに、壁や計器、伝令管に体をぶつけて倒れている。

 今多少は動ける者がいても、じきに死者の数に含まれるであろう者も多くいた。


 だからと言って、グランダインにできることは何もなかった。


 「オスロ」は機関が停止して、蒸気機関を動かすための火も完全に消えている。


 この船自体が波に流され何処に向かっているかもわからない状態だ。

 せめてもの救いはまだ陽が高いということくらいだろうか。

 夜ではただ死を待つだけだろう。


「艦長は、ご無事、です、か。」


 艦橋の外から声が聞こえた。

 しばらくすると、機関長のマドロスコ・アナハイムが艦橋に上る梯子から顔を出した。

 額から赤い血が流れ、白髪の目立つ髪の毛が水に濡れて、幽霊のように見える。

 しかし、体格のいい足腰はしっかりしているようだ。

 逆に上半身の服は破れて、ところどころに打ち身とみられるあざが出来ている。


「私はなんとか大丈夫だ。打ち身だと思われる痛みはあるが…。」


「それは何より。機関室はかなりの浸水があり、蒸気機関を動かすことができません。」


 それは予想がついていた。


「かなりの数の者が動けず、すでに死亡したものも多いです。ですが…。」


 周りを見渡してマドロスコ・アナハイムの表情が曇った。


「ここも似たような感じですね。」


 がっくりと肩を落とす。

 この艦橋では溺死した人間はいいないが、動けるものが多くないのも事実だ。


「自分は、大丈夫です。」


 各部屋に送られる伝令管の前に座っていた男が、かろうじて声を上げた。


「動けるか?」


「きついです。息をすると、胸に痛みが…。」


 前のめりで胸を抑え、苦し気にイージスに言った。


 あばらをいかれてるな。

 肺に刺さっていなければいいが…。


「無理をするな。だが、もし動けるものが良そうなら伝令管に、ここに来るように言ってくれ。」


 そう言うと、息をつき、また席に座る。


「マドロスコは動けるのか?」


「まあ、なんとか。」


「外を見てくれないか?どうなってる?」


 壁に伝わりながら、窓ガラスが砕け散り、風通しの良くなっている窓からマドロスコは外を覗く。


「周りに浮いている人影はありますが、生きているかどうかはわかりません。ん、あれは…。」


 マドロスコは窓から身を乗り出し遠方に何かを見つけた。


「どうやら、救助の船が出たようですが…。ああ、あの国旗はジョバンニュ・クリミアン連合王国のものです。」


 今この船がレベッカ海峡のどのあたりにあるかが全くわからない。


 それでも、救助の旗を掲げて近づいてくるのであれば、歓迎するべきなのだろう。


 少しでも早くジョバンニュ・クリミアン連合王国の治癒魔導士が来てくれれば、少しは助かる命がある筈だった。




 ニシムロは海上を飛びながら、眼下や対岸の光景にディッセンドルフの力の強大さに、「神の子」という存在に心底震えた。


 それは恐怖ではなかった。


 喜び。


 恐ろしいまでの陶酔であった。


 海に浮かぶ様々な破壊の後。

 そして、人。


 すべてを無視して、最初の目標であったレオパルド連邦の軍艦に向かう。


 落ち着いてきたとはいえ、いまだ並に揺らぐその艦艇は巨大ゆえに無様な姿であった。


 沈みこそしていないもの、かなりの衝撃を受けたと思われるその船体は、歪み、壊されていた。

 おそらくその雄姿を誇らしく思っていた軍人たちにとって、プライドを打ち砕くに充分な朽ちはてた建造物であった。


 甲板に降りたったニシムロは、かろうじて確認できる範囲で生きた人間の姿はない。


 大きくそびえる砲塔も曲がり、この艦がろくに仕事もできず、くず鉄になったことを鮮明に物語っていた。


 暫くこの艦艇の各所を見て回ったが、生きているものの存在は確認できなかった。

 すでに息絶えた者たちは多数確認できたのだが…。


 ニシムロは大きく息を吐き、気を引き締めて、再び飛翔した。


 もう1隻残っていた艦艇の最上部、艦橋とみられる箇所に動くものの影が確認できた。


 艦橋の窓という窓にはすでにガラスは一切ない。

 窓枠も歪んではいたが、その中の影は確かに動いていた。


 ニシムロは危険のなさそうな窓枠に手をかけて、中を覗き込んだ。


 爆発の衝撃と波の直撃でかなりの損傷を受けているようだが、先の艦艇ほどひどくはなかった。

 艦長席と思われる奥の席に座っている人影が顔を上げた。


 その人物の蒼白な、しかししっかりとした瞳の力がニシムロの視線とぶつかった。


「生存者確認!」


 ニシムロが敢えて口に出してそう叫び、シーセキノ海軍基地にいるディッセンドルフに救助を要請する思念波を届けた。


 艦長席、伝令管の前、そして奥の階段から顔を出した血だらけの男たちがニシムロの声に、微かに笑った。




「何か来ます。」


 マドロスコが救助艇に向かうために、後方の梯子状の階段から下に降りようとして、振り返った時に、グランダインに向けてそう言った。


 見ると、明らかに人のようなものがこちらに向かって飛んできている。


 通常ではありえない、非現実的な光景だ。


 祖国には魔導士と呼ばれる存在が極めて少ない。

 希少な彼らは基本的に国家の所有物であり、財産だ。


 一般の人間も簡単な魔法は使えるし、訓練次第ではかなりうまくもなるらしい。

 だが、魔導士は別格だ。

 生まれついての才能というものを、残酷に一般人にたたきつけてくる。

 そんなものが悪事に使用すれば、なす術もない。

 だから「悪魔狩り」が起こった。


 現在は幼いうちに「テスト」を受け、才能あるものはすべて国の管理下に置かれ、ある意味では貴族のように、ある意味囚人のように扱われている。


 豪華で不自由な生活である。


 すでにこのレオパルド連邦では一部を除き、貴族性は廃止されている。


 「悪魔狩り」、続く革命、併合戦争を経て、一部に富を集中させている余力がなくなったともいえる。

 貴族から取り上げた富を科学技術振興に回さざるを得なかったという側面もあった。


 魔導士の多くとそれをはるかに上回る人命を犠牲にして、今の連邦があった。


 結果的に、レベッカ海峡の向こう、ジョバンニュ・クリミアン連合王国と国力に差が出来てしまったのだ。


 魔導士が少ない、さらに【運命】持ちは「神の言葉」教がその管理下に置かれてしまっている。

 そういう意味ではロメン法国の支配下と言ってもいいかもしれない。


 空を飛べる魔導士の存在は聞いたことはあった。

 だが、話だけだ。


 今はそれが現実に目の前に向かって来ていた。


 この破壊された艦橋に取りついた首に大きな傷のある体格のいい男が叫んだ。


「生存者確認!」


 誰に言ったのかはわからない。

 いや、我々に助けが来たことを伝えるためだったのかもしれない。


 そう言った男が、その窓から中に入ってきた。


 下に降りようとしたマドロスコ機関長が降りようとした階段から戻ってきた。


「ジョバンニュ・クリミアン連合王国海軍准士官、バスロ・ニシムロだ。救援に来た。追って救助の者が来る。乗船を許可されたい!」


 すでに艦橋にいて、何を言っているかとは思ったものの、海軍の軍人としてその態度は好感が持てた。


「許可する。艦長のグランダインだ。ありがとう。できるだけの乗務員を救ってほしい。」


 グランダインが言うのとほぼ時を同じくして空間が歪んだ。




 ニシムロから「オスロ」という名の連邦軍の新造軍艦の艦橋の詳細な状況を受け、アンドリュー、サーマル、オオジコバを連れたディッセンドルフが空間から出現した。


 その様子にニシムロ以外の男たちが驚愕の表情で4人を迎えた。

 が、ニシムロはさも当然という顔をしていることにサーマルは驚いた。


 確かにディッセンドルフが空間を転移できる、それもいとも簡単にできることは説明してはいた。

 だが、聞くと見るとではかなりの差があるはずだ。

 サーマル自身二度目となる転移にはいまだ慣れない。

 軽い船酔いのような現実味のない感覚を味わっているのだ。


「君たちは、一体?」


 ディッセンドルフ達の出現に、艦長席で荒い息を吐いているグランダインがそう問いかけた。


 グランダインは空を飛ぶニシムロを見た時も驚いたが、今回の事態に自分の弱った心臓が止まったのではないかと思えるほどの緊張が体を拘束していた。


「私たちはジョバンニュ・クリミアン連合王国の「神の言葉」教支部の救援隊の魔導士です。私は支部の代表を務めるアンドリュー・ビューテリウムと申します。この者たちは私たちの教会を援助してくれる学生です。この度の事態に、急遽動ける私たちが救援活動を開始した次第です。」


 そう言いながら、アンドリューはディッセンドルフに眼ですまなそうにして見せた。


 すでにこの件に関しては「神の言葉」教を前面に出すことが得策ということで、ディッセンドルフを含めて了解した事項だった。

 だが、それでもアンドリューは「神の子」たるディッセンドルフを引かせることに罪悪感のような心持になっていた。


 自分はディッセンドルフに仕える存在であることを誇りにさえ思っていた。

 この場をうまく収める決定だとしても、やはり引け目に思ってしまうのである。


 この惨状の被害者が、ディッセンドルフの招いた事象だとすればどう思うか?


 たとえその力を信じられなかったとしても…。


 わかってはいるのだが、ディッセンドルフを従えるような今の立場に、おさまりの悪さを感じるアンドリューであった。


「アンドリュー・ビューテリウム…様。噂は、わが国、にも、伝わって、おります。」


 そこで大きく息をした。


「お願い、致します。一人でも、多くの者、を…。」


 切れ切れに語るグランダインのそばにすぐにサーマルが駆け付け、その手を胸にかざす。


「ろっ骨が折れて内臓にダメージを与えています。すぐに処置します。」


 そう言いながら、かざした手が微かに光った。


 グランダインを襲っていた突き刺すような痛みやしびれが、徐々に薄れていく。


「私と、ディッセンドルフ様とサーマル君で他の負傷者の救助に当たります。ニシムロ准士官とオオジコバ君は海上の人命の救出をお願いします。」


 凛としたその口調で指示を出す。

 その姿、淡い神衣を羽織った美貌の魔導士がグランダインには神の使いそのものように映っていた。


 しかし、そう指示を出すアンドリューがディッセンドルフを様付で読んでいたことには気づかなかったようだ。

 しかし呼ばれた本人は顔をしかめていた。


 すぐにニシムロが頭から血を流しながら、艦橋への階段を上がってきた男のもとに行った。


「少しじっとしていろよ。」


「あ…、ああ。」


 そう頷いた男の頭に手をかざし、頭のけがを治す。

 さらに身体の数か所のひびや、内臓の炎症を抑える。


「よくもこの体で、この梯子を上ってこられるもんだ。」


「凄いもんだな、魔導士ってやつは…。確かに悪魔的だが…、ありがとう。かなり痛みがやわらいだ。」


「では、協力してくれ。空から見ても、結構な数の者が海に落ちている。まだ息のあるもがいるかもしれん。名前は?」


「マドロスコだ。この船の機関長をやっていた。もう止まっちまって動かすことができなくなっちまったが、な。」


 情けない笑みを浮かべ、ニシムロに名を告げた。


「まず救難ボートに案内してくれ。オオジコバ!行くぞ。」


 3人が梯子を下りていくのを見送り、グランダインがアンドリューに顔を向ける。


「この艦、リヒテンシュタイン級7番艦「オスロ」の艦長を務めるジルテック・グランダインだ。「神の言葉」教の慈愛の心に感謝する。できる限りの人命を救ってほしい。」


「もちろん、そのつもりで、最大限の速度で来ました。ここにいる者は全て一線級の魔導士です。人命救助に最大限の協力を、こちらからもお願いします。」


「このような体ですまない。できうることはする。言ってくれ。」


 グランダインのお言葉に頷き、アンドリューがディッセンドルフに目配せをした。


 すでにディッセンドルフは伝令管の前に座ったまま動けない男の治療に差し掛かった。

 と言っても、完全な治療をしている時間はない。

 必要最低限の回復処置を施しながら、この艦にいる、まだ息のあるものの探索を開始いていた。


 いくら「神の子」と言えど、生を失したものを救うことはできない。

 それがこの世の理。

 そう、それは「神の子」ディッセンドルフ、そして、神自身も…。


 ディッセンドルフが立ち上がった。

 男は自然と緩く笑い、そして眠りに落ちた。


「最低でも、28人が生きている。すぐに行くぞ。」


 ディッセンドルフの言葉にアンドリューとサーマルが頷いた。


 ディッセンドルフの口の利き方に違和感を覚えたが、何も言わずにグランダインは艦橋を後にする若者たちを見送った。


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