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「神の子」  作者: 新竹芳
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第18話 シーセキノ海軍基地

 正確に何が起こったのか、完全に説明できる人間はいなかった。


 ディッセンドルフ達の前から消えた岩は何処に行ったのか?


 なぜ、「リヒテンシュタイン」を中心に強烈な光が周りに迸ったのか?


 遠くからレベッカ海峡のその瞬間を見た者は多数いた。


 ジョバンニュ・クリミアン連合王国の東側の沿岸には多くの漁港と、大陸への定期船の港があるためだ。

 その光を見た者は皆、口をそろえて言った。


「地上に太陽が出現した。」


 マーリック港、ミノバンス港、そしてレオパルド連邦最大の海軍基地のあるバハムント港にいた人々は、その太陽に飲み込まれる形になった。


 レベッカ海峡の「地上の太陽」が消えた瞬間、周りの海がその中心に引き寄せられるように集まり、そこからまた円状に巨大な波がレベッカ海峡をはさむ二つの国に襲い掛かった。


 光自体には直接感じる苦痛はなかったが、その後から熱波が、さらに衝撃波が襲う。

 ダメ押しのように巨大な波が沿岸に襲い掛かった。


 バハムント港、マーリック港、ミノバンス港にあった商船や漁船は完全に破壊された。


 人もまた生きたまま焼かれたり、衝撃波で吹き飛ばされ、そして巨大な波にさらわれた。


 事態が落ち着くのには30分ほどを費やした。


 強固な障壁に守られていた騎士魔導士学校の学生や、「鷹の目」11番隊は当然、シーセキノ海軍基地の人々も、岬の反対側にあるチョウスン漁港の人々も、全くの無傷で、荒れ狂う外界にただ、呆然としていた。


 海が落ち着いたのを見たニシムロがまず自分の障壁を解除した。


「一体何が起きたんだ。」


 今は静かになった海と、その上に広がるキノコのような雲に、起こったことが全く理解できなかった。


「ディッセンドルフ、だったよな。これが「神の子」の力ということか?」


 ニシムロ、アンドリュー、サーマル、イザナギ達「鷹の目」の隊員、そしてディッセンドルフによる広範囲の防御障壁はこの周辺を守り切った。


 多少の海の波があらぶれているが、それでも対岸のレオパルド連邦の沿岸都市の惨状に比べれば、何もなかったに等しい。


「船が完全に消えた。」


 ツーグニックがぼそりと呟いた。 


 中央にいたはずの「リヒテンシュタイン」、その近辺にいた3隻と沈み始めていた艦艇。その5隻が綺麗に消失していた。

 そのさらに周りにいた2隻の新造軍艦が恐ろしいほど揺れていて、何とか転覆は免れているようだが、かなりの数の乗務員が海に放り投げられている。


「ディッセンドルフ、お前は何をしたんだ。」


「一旦この場所を離れるべきだ。何とか状況は落ち着いたようだが…。もう少し内陸に我々の駐屯地がある。そこに移動しよう。それでいいですね、クサナギ隊長。」


「ああ、移動、しよう。」


 サーマルの問いかけに反応しないディッセンドルフを脇に見てツーグニックは行動を起こした。

 クサナギはツーグニックの後追いの形で命令を発した。


 イザナギが立ち尽くしたまま動かないディッセンドルフの肩を叩いた。


「お前が何をしたのか、正直解らない。だが、助けに来てくれたことに、俺はうれしく思っている。友と呼んでくれたことも…。」


 そう言ってそのままツーグニックとクサナギに従う。

 腰を抜かして動けなくなっている隊員に手を貸し、隊列を整えていく。


「アグリ隊員は無事に伝令としてシーセキノ海軍基地に辿り着いていればいいが。」


 ツーグニックのその言葉に、偵察の内容を伝えに走った隊員がいたことをイザナギは思い出した。

 時間的には基地には辿り着いているはずであった。


 馬の走る音が聞こえた。


 その姿は今しがた思い出した隊員、アグリ・チャウンドの姿であった。


「隊長、基地司令からの伝令です。無事なもの全員、シーセキノ海軍基地に集合せよとのことです。」


 アグリの言葉にクサナギの顔が引き締まった。

 直属ではないが、上官の命令である。

 当然偵察内容の報告が求められるはずだ。

 拒めるわけはないし、無様な姿を見せるわけにはいかない。


「了解した。これより「鷹の目」11番隊はシーセキノ海軍基地司令の命に従い、基地に向かう。学生たちと、…聖女様も、ご同行願えますか?」


 ディッセンドルフ達に向かい、そう願い出た。


「ええ、わかりました。ディッセンドルフ様。よろしいですね?」


「そうですね。説明しないといけませんね。」


 ディッセンドルフの言葉に、一緒についてきた他の二人も頷いた。


 その様子を見ていたニシムロが口角を上げ、満足げな笑みをたたえた。




 今も海のうねりが続く海上で、まるで小舟のように大きく揺れる7番艦「オスロ」は混乱の中にいた。

 船上で作業していた乗務員は全て海に投げ出されている。


 蒸気機関は既に停止していた。

 砲撃の準備もすべて停止した。


 衝撃波と艦艇よりも高い波に何度も飲まれ、船内は水浸しになっている。

 転覆してもおかしくない状況だった。


 「オスロ」艦長ジルテック・グランダインは艦長席にしがみつきながら、何とか激しい揺れに耐えていた。


 艦橋内では、うまく自分を固定できなかったものがこの揺れに身を任せるように転がっている。

 その何割かはすでに命はないであろう。


 伝令管を通じ、助けを求める声も聞こえるが、対応できる状態ではなかった。


 艦橋から見える光景は、ただ荒れ狂う海と晴れ渡る空だけだった。


 この船にも何人かは魔導士が乗り込んでいたはずだが、治療や、軍本部への伝令を求められるはずもなかった。


 何が起きたのかすら、わからない。


 「リヒテンシュタイン」がいたはずの海域が光に包まれた。


 それしか記憶にない。

 その直後に衝撃がこの艦を襲った。

 そしてそれは今も続いてる。


 僚艦たちがどうなったのかすらわからない。

 それ以上にこの「オスロ」の被害の規模も不明。


 「リヒテンシュタイン」の艦長は同期のイージスだった。

 無事では済まない。


 出航前に艦隊司令の悪口を言い合った仲だ。

 奴が司令のお守りをしなければならなかったことを笑い半分と自分に降りかからなくて済んだことに安堵している気持ちが半分の他愛ない冗談を言い合っていた。

 おそらく、もうこの世にはいないだろうと思った。


 爆心地の中心にいたのだから。


 爆心地?


 グランダインは自分の中から出てきた言葉に、一瞬たじろいだ。


 そうだ、爆心地だ。

 爆発が起こった。

 つまり攻撃を受けたということだ。


 どこの誰から攻撃を受けたのか。


 相手はレベッカ海峡を挟んだ相手国、ジョバンニュ・クリミアン連合王国しかない。

 だがどんな攻撃を受けたのか。


 「リヒテンシュタイン」が砲撃を行ったことはこの艦橋からもわかった。

 かなり距離が離れていたが、新型兵器である大筒が火を噴いていたのだ。

 攻撃をしていたのは間違いない。

 そして反撃され、炎上している艦影も目撃した。


 戦争が始まった。

 恐れていたことが現実になった。


 イージスは艦隊司令の暴走を止めることができなかったことを知った直後だった。


 荒れ狂う海で、機関が停止し動くことができない。

 強烈な吐き気を催しながら、グランダインは艦長席にしがみつくことしかできなかった。




 シーセキノ海軍基地司令ウインストン・ナンバーはロマンスグレーが様になる男だった。

 オーストウッド海戦には参加していなかったが、その当時にはすでに騎士団に入団していた。


 もともと、陸上での戦いに功績を立て、ゆくゆくは陸軍の本部長と目されていたが、15年前に起こった王位継承権3位のサミュエル・リジェ・カノッサ・クリミアン、現国王マーベル・レジェ・ルツベル・クリミアンⅢ世の弟のあたる王子を推した陸軍上層部のクーデター事件、世に言う「マーベル事件」のとばっちりを受ける形で、全く経験のない海軍に飛ばされてしまった。


 だが、才能と人望のあったナンバーはシーセキノ海軍基地の弊職である武器庫管理官の任を受けても、懸命に職務に従事していた。


 管理能力はこの武器の管理というほとんど名目だけであったにもかかわらず、武器の管理法、そこからの新たな運用法、新兵器の開発と言ったことを成功させた。


 一時は中央の兵器開発研究所にまで出向するほどであり、その功績を持って、今の基地司令という職責を任されるまでに至った人物である。

 もっとも、本人からしてみれば「マーベル事件」に巻き込まれ、本来なら到達していたであろう大将、それよりも高位の元帥にまで行っていたはずだと思っている。

 海軍少将という地位は、一般の者からすれば十分すぎるくらいという認識があったが、本人は不服であった。

 態度に出すことはなかったが…。


 基地指令室の主人となったナンバーの前に4人の男女が立っていた。


 陸軍所属偵察部隊「鷹の目」11番隊隊長クサナギ准尉、ツーグニック曹長、騎士魔導士学校騎士専攻科4年「神の子」ディッセンドルフ、そして「神の言葉」教ジョバンニュ・クリミアン連合王国支部長、聖女アンドリュー。


 一体どういう組み合わせなのか。


 他の者は別室で待機中である。


 ナンバーは最初に当然隊長のクサナギ准尉を呼んだ。

 だが、全く要領を得なかったので、この隊の中で軍籍の一番長い軍人に事態の状況を尋ねるべく、ツーグニック曹長を指令室に呼び出した。

 するとツーグニックが他の男女二人を連れてきたのである。


 この国の最高顧問と言ってもいい聖女の存在自体、ここにいることが不思議ではあった。

 不思議ではあったが、その現場にいるのなら話を聞かないわけにはいかない。

 だがそこに学生がのこのことついてきた。

 何故かツーグニックに聞いた。


「彼が「神の子」であり、この怪奇な現象を引き起こした本人です。」


 この言葉にナンバーは頭を抱えたのだ。


 「神の子」の噂は聞いていた。

 だが、この奇怪な光とその後の海の荒れ方を引き起こせるものなのか?

 人間ごときに?


 ツーグニックの言葉が本当だとすれば、確かに神の力だ。


「彼が「神の子」という【言霊】持ちであることは理解した。その彼が今回の事態を引き起こしたという。その説明を求めてもいいかね。」


 ナンバーは溜息をつきつつ、説明を求めた。


 ツーグニックとクサナギが胸を張り、ナンバー基地司令に敬礼した。


 ディッセンドルフはその光景をただ見ていた。

 現段階で、自分もアンドリューも発言を認められていない。

 ただ、このやり取りを聞き、自分に発言を求められたときに、ありのままを口にするだけだった。


 ふと隣の聖女様、アンドリューを見ると、緊張のかけらも見せずに悠然と微笑を讃えていた。

 これがこの国の教会の頂点の余裕という奴なのだろう。


「我々「鷹の目」11番隊は陸軍セキノコ駐屯所司令の命を受け、レオパルド連邦軍の新造軍艦の出港からセキノ岬に偵察任務の居を構えました。ですが、単純な新造艦による恣意行動と思われたその艦艇群は、我々に砲を向け、威嚇を開始。さらに砲撃を加えました。」


 それがこの紛争の最初の一発であったな。

 その光景は、この基地の警戒部隊から報告を受けた。

 彼らの後方に着弾したはずだ。


「うちの兵がそちらに向かったはずだが、何故この場にいない?」


 ナンバーは素朴に聞いた。

 傭兵とはいえ、今は自分の、この基地の諜報部の配下になっている。

 強力な魔導士とは聞いていたが、レオパルド連邦軍の艦艇出現の報を受けるとすぐにセキノ岬に向かうと言ったと聞いている。


「諜報部のニシムロ准士官ですが、こんな堅苦しいところは嫌だと言って…。」


 この部屋の隅で待機している司令官付きの秘書官がか細い声でナンバーの問いに答えた。


「いいから連れて来い!」


「了解です!」


 言うと同時に部屋を飛び出した。


 数分してふてぶてしい態度でニシムロ准士官が司令官室に顔を出した。


 形ばかりの敬礼をする。


「諜報部付きニシムロ准士官、命により馳せ参じました。」


 ここまで心のない敬語も珍しい。


「この混乱の状況を整理しているところだ。貴君にも話を聞く必要があるようなので来てもらった。」


「了解であります。」


 一人増えるごとにナンバー司令の苦悩が増えるようだ。

 これは面白い。


 ディッセンドルフはこの状況を楽しみ始めた。


「この人数ではここは手狭だ。隣の職務室に来てくれ。」


 基地司令はそう言うと立ち上がり、近くにある扉を開いた。


 そこには優に50人以上は座れる会議室があった。


 秘書官が慌ててついてきて、各人に座る場所を指図していく。


 大きな窓の向こうに海軍の軍艦、木製の帆船と小型のボートが揺れていた。

 だがその防波堤の向こう側は、いまだに海上のうねりが高い。


 基地司令が腰を下ろした場所は円卓の扉よりの所だった。

 その横をかなり開けてニシムロが大仰に腰を下ろす。

 聖女がディッセンドルフを促して座らせ、自分はその隣に腰かける。

 他の二人もあいているところに適当に座った。


「先程、曹長から偵察までの動向は聞いた。こちらもレオパルド連邦軍の新造軍艦の出現に驚き、陸軍を通じて「鷹の目」部隊の出動を要請した身だ。結果的に、様々な組織に情報が漏れ、戦争がはじまると言った物騒な騒ぎになった。だが、その後の連邦軍の動きは噂の内容そのものだったようだが。


 君たちからの情報の伝令の直後に、あいつらは発砲して、馬を止めていた木々の後方で炸裂したとは聞いている。間違いはないな、ニシムロ准士官。」


「ああ、指令の言う通りだが、俺は伝令が走って来たことに気づき、すぐに砲撃される前に動いた。現れたばかりの「神の子」の一団を救うためにな。」


「准士官はどうやってあそこまで移動できたんだ?馬を全速力で走らせても間に合わないだろうに。」


「俺は魔導士だ。一気に空を飛ばさせてもらったよ。」


 散歩にでも行く調子でそう言った。


 ナンバーも少しは魔導を扱える身ではある。

 同僚だった奴にも、部下にも魔導士はいたが、このシーセキノ海軍基地からセキノ岬にまで飛んでいける奴は知らない。


「彼ら4人を守ったのち、レオパルド連邦軍はさらにこちらを狙っていた。彼らと協調して「鷹の目」部隊を守ったが、3発目は直撃だった。このメンバーでは全く無傷だったんだがね。」


「彼らは何処から来たんだ?騎士魔導士学校の学生ということは制服から判断できるが…。あの学校はここから100㎞以上離れていたはずだ。研修か何かで、偶然この近くに来ていたのか?」


「偶然学校の行事が100㎞離れたこのセキノ地区であり、また偶然「神の言葉」教聖女もここを訪れていて、そこで偶然レオパルド連邦軍の新造軍艦の艦隊が現れ、偶然魔導士の傭兵ニシムロ准士官がいた。そういうことか、クサナギ隊長、ツーグニック曹長。」


「その方がまだ理解しやすいかとは思いますが…。」


 クサナギが申し訳なさそうな口調で言う。


「まず、わたくしがこの国に帰ってきた理由だが、それはここにいる「神の子」の出現だ。私が彼と共にいることは偶然とは言えませんな。」


「どういうことだ?」


 いささか疲れた様子の基地司令ナンバー少将がニシムロに向けて聞いた。


「5年前、私はユーテリウス大陸の南側にあるカリフ大陸で紛争地域の鎮圧という仕事についていた。金主は「神の言葉」教だ。だから「神の子」の出現は教会経由で聞いたわけなんだが。」


「カリフ大陸の紛争?イーギピウ国と小国の併合紛争のことか?」


「ああ。すでに「神の言葉」教はイーギピウ国の国教となってた。周りの4つの国の紛争に介入、そして併合を目論んでいたわけだ。他の4つはラムシー教の分派だった。イーギピウ国にしても、「神の言葉」教にしても欲しかった。」


「聞いたことがある。わずか半年で10年も続く紛争が終結したと。たった一人の魔導士によって。」


「私一人で行ったわけではない。イーギピウ国の騎士団と魔法団もそこそこ強かったんでね。その紛争を終えて、このジョバンニュ・クリミアン連合王国に帰還するのに3年もかかってしまった。傭兵としてこの国で登録したら、このシーセキノ海軍基地に配属された。これは全くの偶然だが。」


 ニシムロの話に黙って聞いてる。


「私の場合は、時間があれば「神の子」であるディッセンドルフ様のお傍にいるのが、お勤めでもあります。ディッセンドルフ様と私が一緒にいるのは必然です。」


「それでディッセンドルフ君だったか。君たち騎士魔導士学校は近くの研修施設にでもいたのかね。私はこの近辺にそう言った施設があるという事を知らなかったんだが。」


 軍関係の施設、国の機関の施設はすべて頭に入っていた。

 ナンバーにとって、そんな施設がないことは知っていた。


「いえ、私たちは学校の学生会議役員室でこの地で何か起こるかもしれないという情報を手に入れました。それが1時間前くらいのことです。」


「どうやって?」


「いわゆる空間転移の手法です。私が防御魔導のサーマルと攻撃魔導のオオジコバを連れてきました。まあ、アンドリュー様は無理矢理ついてきたんですが…。」


 少し考え込むように目を閉じ、軽く頭を振った。

 ナンバーが目を開け、ディッセンドルフを見た。


「空間転移だと?簡単に言ってくれるな。」


「簡単ですから。出現場所の情報さえあれば、問題ありません。」


「簡単か…。俺は生きてきてこの方、話にしか聞いたことがない。そんなに簡単にできるのなら、戦争にならんな。重要な物資の輸送が問題にならなくなる。」


「普通はそうなんでしょう。ですが、私は問題なくできてしまう。それだけです。」


 ディッセンドルフのかなり投げやりの態度に、この話を続ける気が失せてしまう。

 とはいえ、今回のこの異常な事態をできうる限り解明する必要があった。

 全てが分からなくとも、情報を軍本部、政府に報告する義務がシーセキノ海軍基地司令であるナンバーにはあった。


「空間転移という非常に高度な魔術を簡単に君が出来るという事は解ったし、そのこと自体に君がかなり憂いを持っているという事は理解した。事実として君がここにいるのだからな。そこで、ツーグニック曹長が言うには、この異常な事態、レオパルド連邦軍の新型の軍艦がこちらで確認できる限り、5隻の消失という事態を君が引き起こしたという事だ。この事に間違いはないか?」


 できうる限り、自制心を自分に強いてナンバーがディッセンドルフに聞いた。


「おそらく、私のやったことでしょう。」


「これはまた、他人事のような言い方だな。」


 こうなることは想定外という事だろう。


「空間転移という魔術がどういう事かは知っていますか?」


 逆に質問されたナンバーが苦笑いを浮かべた。


「一応は知っている。過去の数例あった魔導士のことも文献で調べたことがある。その原理という事は、正直わからんがね。空間の違う点、A点とB点、これを結ぶ別次元の空間を創出してるのではないかという仮説は読んだことがある。」


「仮説には他にも、そのA点とB点を重ねるというものもあったと思います。」


「だがその場合、その重なる点に物質があると原子融合が起きるという事から、否定されたと思うのだが?」


 少し驚いたようにディッセンドルフがナンバーを見つめた。


「これでも兵器関係の開発部門にいたことがある。理論での話だが、原子分裂と原子融合を爆弾として使用できないかという研究がある。単純に魔導士の少ない国が、我が国のような多くの魔導士のいる魔法団を抱えている国に対抗するための技術的な研究もされている。その中で極秘で研究していたが、不可能事案としての一つが空間転移に対抗する手段の研究だよ。その顔からすると、君は当然こういったことを知っているんだろう。」


「ええ。騎士魔導士学校の学生の特典として、研究大学の持つ公開されている論文を閲覧できるというものがありましたから。ただ、先ほどの原子融合という問題があるため、空間の2つの点を重ねるという仮説は否定されていましたが…。空間転移が出来る魔導士が圧倒的に少ないために、研究自体が進んでいないというのが実情でしょう。実際には、空間転移できる魔導士も、かなりの体力を消耗するのが普通ですから、協力する魔導士はほとんどいないでしょうしね。」


「とすると、「神の子」の君に協力を要請する者も多いのではないか。」


「そうですね。そういう話はあったそうです。ですがプロミネンス教官が全て断ったと聞いています。」


 プロミネンス教官の名に、ナンバーの眉が動いた。

 暫く考えるように会話に間があった。


「バスター・プロミネンス、「不死鳥」のバスターか…。確かに教導部にいると聞いていたが。」


「プロミネンス教官をご存じなんですか?」


「知り合いという訳ではない。だが「不死鳥」という異名の通り、苦戦を強いられた作戦でも必ず帰還することからその名で呼ばれていたと聞いている。【言霊】持ちという事ではない。」


「確かに言われてみれば、そういう感じはあります。その教官が、それこそ私が呼ばれる別名を巧妙に使って、研究者を排除していました。」


「別名?」


「「触れ得ざる者」。そうも呼ばれていました。」


 思い当ることがあるようだった。

 そのディッセンドルフの言葉に頷いている。


「話がそれたな。それでディッセンドルフ君は、何をしたのかね。」


「先ほどの空間転移の話ですが、仮に2点を重ねる理論が正しいとしたら、何が起こると思いますか?」


「仮定も、しかも無理筋の仮定だな。さっきも言ったように原子融合が起こり、そして原子崩壊が起こると論文で書かれていたと記憶している。」


「通常の空間転移において、出現場所に空気程度の軽い物質に関しては、簡単に弾かれ、重なりは起こらない。」


 ディッセンドルフに言われた言葉に、睨むような視線をナンバーがぶつけてきた。


 二人の会話にクサナギとツーグニックは何のことか分からず、アンドリューはいつも通り微笑んでいた。

 ニシムロが不敵な笑いを浮かべていた。


「空間転移についての否定された仮説に対して、反論した唯一の論文の一説ですね。ウインストン・ナンバーという防護省中央研究所客員研究員の肩書で投稿された論文でした。研究員ということで、まさかこの基地司令を務めている方と同一人物だと気付くのに時間がかかりました。」


「さっきの一文だけでも、覚えてる奴がいることに驚いたが、その著者名まで覚えているとはな。確かにそんな駄文を書いて投稿した。普通に移動したときに、人は空気を押しのけている。それが空力という抵抗を生み出しているわけだが。なら、空間転移も移動手段の一つとして考えれば、おかしなことはないという単純な発想だ。だが、その場に動かせないほど重いものがあった時、どうなると書いてあったか覚えているか?」


「逆に弾かれて、転移は出来ない。」


「そうだ。普通に移動していて、その前に大きな岩があればそれ以上行くことが出来ない。そう考えたのだが…。」


「では、今回の現象を引き起こした原因と、そしてその論文を書かれたナンバー司令であれば、何が起こったかの推測が出来るかと思います。」


 すでにシーセキノ海軍基地司令にはディッセンドルフが何をしたかの推測は今の会話でついていた。

 そして何が起こったかも…。


「私は、セキノ岬で人の頭ほどの岩を空間転移させました。出現させた地点はレオパルド連邦軍の新造軍艦と同じポイントです。意図して「重ね」ました。」


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