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「神の子」  作者: 新竹芳
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第16話 砲撃

 急な命令であった。


 当直についていた騎士団「鷹の目」11番隊のイザナギは作戦行動を説明する先輩イチロー・クサナギを見ていた。


 イザナギの二つ上の先輩である。

 この騎士団でも、騎士魔導士学校でも。


「すでに我が軍の監視部隊「千の目」から情報が届いており、レオパルド連邦の沿岸都市で新造艦を作っているであろうことは解っていた。だが、本日次々とその姿を現してきた。その後、進水式をするであろうと思われるが、我々11番隊はこれより速やかにセキノ岬の先端まで移動し、偵察任務に就く。今までの訓練を無駄にしないように!」


 2年上の先輩ですでに階級は准尉だ。

 この11番隊の若き隊長でもあるクサナギには緊張の色がありありと浮かんでいた。


 この部隊の最年長者、オリエラ・ツーグニック曹長は今年35を迎え、軍歴も20年とベテランである。

 また厳しいながらも、国家騎士団に配属される騎士魔導士学校の卒業生が幹部候補生であり、今後の指導者になるための教育係のような側面も十分認識していた。


 この「鷹の目」騎士団は偵察や警戒任務が主力であるため、実戦においては最初に危険地域に赴く重要かつ危険な任務が多い。

 はずなのだが、オーストウッド海戦後、他国との軍事的な衝突はこの40年間にはなかった。

 軍事演習や、魔獣の大規模な駆除以外で真の意味での危険な任務はなかったのである。


 特にこの11番隊は入隊3年目の実質新兵に近い准尉が隊長となっていることからもわかる通り、12人いる隊員の多くは入隊5年以内であった。


 それでも、今の当直はこの11番隊である。

 そして、出現した新造軍艦を偵察できる一番近い部隊であった。


 「鷹の目」11番隊、通称クサナギ部隊の初任務となる。


 ではあるが、実際の戦闘地域に行くわけではない。

 いまだ不穏な新造軍艦の出現とはいえ、戦闘状態になるとはこの部隊の新兵たちは考えていなかった。

 それは隊長であるクサナギも同様に考えていた。


 これは平和慣れした軍隊とそしられる状況と言えなくもない。

 だが、相手の軍艦はまだ港を出港したばかり。さらに、相手がわざわざその軍艦を見せつけるように出港したのは、威力偵察の色合いが強いのではないか。


 イザナギ・バーニングも隊長であるクサナギも、そう考えていた。

 いかに新技術を持ったレオパルド連邦軍とはいえ、40年前の海戦で魔導士によって全滅された海軍である。

 技術が向上したとはいえ、戦力として強大な【言霊】持ち魔導士が多く在籍する国家魔法団がいるジョバンニュ・クリミアン連合王国に、レオパルド連邦から弓を引くとは考えらえなかった。


 隊長であるクサナギは確かに初めての実戦である。

 緊張もしていた。

 が、ここはできうる限り新造軍艦についての情報を収集する、またとない機会であった。

 クサナギは12人の準備を確認し、偵察ポイントのセキノ岬に向かおうとした。


「隊長、一言いいですか。」


「なんですか、ツーグニック曹長。」


「偵察を軽く考えないで欲しい。今までは確かに訓練だった。しかし今回は敵かもしれない相手に対する偵察任務だ。相手、レオパルド連邦軍が何を考えて新造軍艦をこちらに向けて出航させたか、正確なことは解らないが、こういった状態ではちょっとしたことで交戦状態に突入してしまうことがある。」


 かなり厳しい表情でクサナギに向かい、警告を発している。


「曹長は経験があるのですか?」


 シニカルな顔を作り、クサナギがツーグニックに質問する。毅然とした態度を部下に示そうとしたが、ツーグニックの先の言葉は心に突き刺さり、足に震えが来ていた。


「私はない。オーストウッド海戦以降、集団戦の実戦を我が軍隊、騎士団にはないと言っていいと思う。魔獣の群れや、闇落ち魔導士とは戦っているが、その時の偵察任務は、作戦場所の下調べという色合いだった。だが、俺の親父はオーストウッド海戦の時に、魔導士たちのサポートをしていた。まだ、軍籍に入って間もない新兵だったと言っていた。」


 そこで一度言葉を切り、二人の会話に目を向けている他の10人を確認するように見渡す。


「オーストウッド海戦は偶発的に起こったものだ。」


 曹長は親の言葉を思い出しているように言葉を紡いだ。


「レオパルドは魔導士が欲しいだけだった。我が国と戦争をする気なんかなかったようだ。だが、軍艦を多く率いてきたその示威行動が、それを見つけた部隊を恐慌状態に陥れた。最初に攻撃したのは我が国だったんだそうだ。」


 その言葉にクサナギがツーグニックを真正面から見た。


「曹長の進言に感謝する。」


 そう言って、今一度全員を見る。


「今の曹長の言葉を胸に刻め。行くぞ。」


 国家騎士団「鷹の目」11番隊はセキノコ駐屯地から、セキノ岬に向け、出発した。




「ここが騎士魔導士学校、そしてこの海岸線に突出した岬が偵察部隊がいると思われるセキノ岬です。」


 騎士魔導士学校学生議会役員室の大きなテーブルに地図が広げられていた。


 ガマンデルがゴルネイエフ商会の連絡係とアンドリューの侍女からの話を要約して、地図での地理を説明していた。


「直線距離で100㎞というところ、ですかね。早馬を乗り継いだとしても、8時間から10時間はかかると思います。イザナギ先輩の斥候部隊がどういう状態かは解りませんが、間に合うかどうかは…。」


「いえ、そのことについては問題ありません。ただ、これで向こうの地形は大体わかったのでやりやすくなりました。」


 ディッセンドルフがガマンデルの言葉にそう答えた。


「本当にディッセンドルフは何でもできるんだな。既に羨ましさも、妬みも浮かんでこない。」


「同感です。」


 サーマルが言ったことにオオジコバが賛同した。

 もう、この会話が何度もされているのでディッセンドルフは軽く受け流す。


「基本的には私が空間を転移するだけです。ただ、知らない土地はその地形を把握していないと、えらいことが起きますので、地図を用意してもらえると助かります。」


「空間の転移ですか。やはりディッセンドルフ様の魔導力は底なしなのですね。」


 アンドリューがうっとりとした視線をディッセンドルフに向けた。

 他の者も、呆けたようにディッセンドルフを見る。

 特にゴルネイエフ商会の連絡係を務めた男は、信じられないような眼でディッセンドルフを見た。


「この方がオオジコバ坊ちゃんの言っていた「神の子」なのですね。」


「ああ、俺が完膚なきまでに叩き潰された唯一の人だ。」


 恐れと尊敬の目でディッセンドルフを見ている。


「イザナギ先輩の部隊の詳細は解りますか?」


 ディッセンドルフは先の会話に気にした様子もなくそう連絡係に尋ねる。

 だが、連絡係にはそれ以上のことを知らず、ただ首を横に振った。


「名称が斥候部隊「鷹の目」11番隊。通称がクサナギ部隊。隊長がこの騎士魔導士学校の出身で国家騎士団入団5年目のイチロー・クサナギ准尉が務めています。偵察が任務ですが、ほとんどの者が若い騎士で、実質のリーダーは35歳のツーグニック曹長になります。」


「実戦任務は事実上初めてといったところですね。」


 アンドリューの侍女が詳細にその部隊について語り、アンドリューが重要な実務経験について語った。


「わかりました。では、サーマルとオオジコバ。私について来てください。私の腕を掴んでくれれば一緒に転移できます。」


 二人はディッセンドルフの指示に従い、両腕をそれぞれが掴んだ。


「転移終了まで離さないように。時間はそれほどかかりません。他の方はここで待機しておいてください。もし何か聞かれるようであれば、適当に誤魔化してください。」


「了解した。」


 ガマンデル会長がそう言って笑顔を見せる。

 どちらかと言えばごついと表現できるその顔の笑顔は見る人に威圧的に映る。


 聖女付きの侍女たちも軽く一礼した。

 聖女アンドリューも立ち上がり、優雅に頭を下げた。


 それに安心したディッセンドルフは背を向け、跳ぶ先の風景をイメージする。


 その瞬間、ディッセンドルフの背中に温かい衝撃と首に巻きつくような細い白い腕が視界に入った。


 騎士魔導士学校学生会議役員室から、4人の姿が消えた。




「新造艦の前面にある大きな筒状のもがこちらに向けられています。」


 ここ数年で、斥候部隊に配備された偵察用遠距離観察用視認具、「望遠鏡」で出港してこちらに向かっているレオパルド連邦の新造艦を見ていたサルカイル・ハミルトンが声を上げた。


「長筒と呼ばれている兵器か?」


「よりも大きいかと。ですが、レオパルド連邦軍が併合戦争で使用されていた道具をスケールアップした印象です。」


 肉眼でもこちらに向かってくる影のようなものが視認できるとこまで来ていた。


「それにしても、早いな。」


 ツーグニックが見えてきたその小さな影のようなものに、ぼそりと呟いた。


「あれが蒸気機関というものか。」


 かすかだが白い煙のようなものも見えた。


「力のある魔導士が操っているという可能性もあるが…。それにしても早い。しかも結構な大きさだ。沿岸警備の騎士もボートで出ているのか?」


 クサナギ隊長の声に誰も答えなかった。


「漁に出ている漁船は手旗信号で戻したと聞いていますが…。警備騎士の動向は聞いていません。」


 イザナギが先程来た連絡用の早馬の通信兵の文章を思い出して、隊長に答えた。


「こちらも逐一、あの艦の動向を伝えねばならんが…。書簡を用意してる暇はないな。マーク上等兵!」


「はい!」


 呼ばれた新兵がすぐさまクサナギ隊長のもとに来る。


「伝令だ。新造艦は蒸気機関を利用し、さらに長筒の大型化に成功、砲門が我が方に向けられていると、シーセキノ海軍基地に知らせよ。」


「了解しました。」


 言うと同時に、この岬の後方に止められている3頭のうちの1頭に飛び乗り、走り出す。


「撃ってくると思うか?」


「わかりません。ただあの状態であれば、すぐに撃てる準備はしていると思います。」


 イザナギが隊長の問いかけにそう答えた時だった。


 レオパルド連邦軍の砲門が光ったように思ったと同時に、後方の馬たちを止めてあった大きい樹木の後方が爆ぜた。


 続いて衝撃と轟音が11番隊を襲った。


「撃ってきやがった!」


 誰が言ったかわからなかったが、イザナギは、ここが戦場になったことを知った。




「誰が撃てと言ったか!」


 イージス艦長の怒号が艦橋に響いた。


 明らかに偵察部隊と思われる集団の後方に突如出現した人影が、緊張していた砲撃手を恐慌に陥れさせたのは想像に難くない。

 だがそれではこの軍隊の管理運営ができない。


「まあ、いいではないか、艦長。新兵器がしっかりと動くことがわかったんだから。」


 激高するイージスを艦隊司令がなだめた。


 何を甘いことを言っているんだ!

 軍隊での命令無視は、行動の秩序を奪う重罪だ。

 それでなくとも戦時下ではないのに、これでは事実上の宣戦布告である。


「だが、照準が甘いな。しかも飛び過ぎている。修正を加えないと、な。」


 司令はこの行動にご満悦だ。

 戦争をしたくてしょうがないらしい。


「直ちに砲手は砲撃準備を解除!人的被害など出そうものならオズワルド海戦の二の舞だ。」


 遠きその時、魔導士の譲渡を目的に使節団がジョバンニュ・クリミアン連合王国に向かった。

 警護の意味も含めて10隻程度の帆船を伴っていた。


 その接近に、偵察で間近にその艦隊を見て、その部隊は恐怖にかられた偵察部隊にいた魔導士が、攻撃的な魔術を咄嗟に放ってしまった。


 その高出力の火炎は、一隻の木造帆船の側面を貫き、燃え上がらせた。


 平和的な話し合いにより、魔導士を確保するという第一の目的は完全に破綻した。


 その使節団の乗るひときわ大きな帆船の中は、自国の艦艇が炎によって沈んでいくことに耐えられなった。

 この使節団の船に乗り、高官たちの世話をしていた少年、オスワルド・イージスは、巨大な帆船が一瞬のうちに燃え上がり、沈んでいく姿に驚愕の想いで、ただ見ていた。


 魔導士の力をまざまざと見せつけられたのである。


 オスワルド・イージスは幼いころから剣の鍛錬にいそしんでいたが、海軍の将校であった祖父の手柄話にいつもときめき、いつの日かレオパルドの立派な軍人になることを心に誓っていたのだ。


 だがそのオーストウッド海戦のきっかけは、強大な力を持った魔導士の恐慌が起こしたと言っても間違えではなかった。

 魔導士の放った火炎が、言葉通りにこの戦争に火をつけてしまったのだ。


 使節団の船は無事だったがすぐに船首を回頭、その場を離れた。

 自国に帰る使節団の船とすれ違うように多くの軍艦がジョバンニュ・クリミアン連合王国の上陸ポイントを目指して進んでいく。


 何隻かは沿岸に辿り着いたかもしれない。

 しかし、使節団を無事に寄港させて、最初に聞いた声は、ジョバンニュ・クリミアン連合王国との戦争が始まったことだった。


 暫くして、イージスに命令がなされた。


 戦闘海域でできうる限りの救助任務だった。


 この時点で、レオパルド共和国の艦艇は、漁船や商船までも戦時下特別法により徴収され、簡単な防護と、長筒、投石機を備え付けた簡易なものだった。

 それでも、連合王国の魔導士を止めることができず、いたずらに死傷者を増産するだけだった。


 救助船に乗り込み、海上でなんとか浮いている人を探しては、収容し、治療した。イージスは剣技や戦闘を得意としていたが、自分が傷つくことも多く、簡単な治療魔術も少し知っていた。


 オーストウッド海戦は、レオパルド共和国の惨敗で終わった。


 イージスが生き残ったのが不思議なほどだ。


 戦闘のさなか、海上を飛んでくる人物を見た。

 黒い髪に、その知的な輝きを持つ緑の目を持つ青年が、急にイージスの乗る救助船に強引に入ってきた。

 イージスは怪我人を護るために、その青年と対峙した。

 青年の険しい顔はすぐに崩れ、人好きの笑顔に変わった。


「疑ってすまなかった。救助船を隠れ蓑に、攻撃してくる船もあってな。この救助船は立派だ。レオパルドの者だけでなく、わが国、ジョバンニュ・クリミアン連合王国の負傷兵も治療してくれている。恩に着る。私の名はガーディアン・ニシムロ。もし、何かの機会があれば、我が国に来てみてくれ。俺が案内するよ。」


 そう言うと、すぐに船外に飛び出し、また海上を疾走していった。


 比較するわけではないが、新しいおもちゃに興奮している艦隊司令など、この職は務まらない。


「司令、いい加減にしてください。この艦隊は防護省政務次官の物でも、艦隊司令の物ではない。あくまでもジョバンニュ・クリミアン連合王国との交渉のカードの一つでしかないんだ。ただちに砲撃を中止、謝って撃ってしまったことをジョバンニュ・クリミアン連合王国首脳に速やかに謝意を伝えないと。」


「黙れ艦長。貴様の戯言で手柄を棒に振る気はない!」


 本音が出た。


「アーカイブ副艦長!イージス艦長を拘束して、艦長権限を君に移譲する。この艦にレオパルド連邦への裏切り者はいらん!」


「はい、艦隊司令!」


 副艦長と、3人いる操舵手の一人も座っているイージス艦長に近づいてくる。

 その二人を見ながら、「新世代」達は、クーデターを画策していたようだ。

 本当ならもう少し時間をかけたかったとこだろうが、この新造軍艦の魅力に抗えなかったのだろう。


 イージスは、この国がまた焼け野原になる未来を見ていた。


 二人がかりでは、いくら鍛えているとはいえ、寄る年波には勝てない。

 若い体力に勝てるとは思えなかった。

 もっとも殺し合いなら勝機はあるだろうが。


「いい加減にしたらどうですか、アッセンドラ・グルムス艦隊司令。」


 静かに、そして威厳のある発言をしたのは「神の言葉」教司祭ロマネスク・ミッドガルドであった。


「とんだ茶番だ。この艦の出港の目的はあくまでもデモンストレーションのはずです。ここでこの新造感が暴走した結果、国民にその付けが回る。そのようなことも解らないのですか?」


「何度も言わせるな、ミッドガルド司祭!貴様はただのオブザーバーだ。「神の言葉」教に忖度した結果、ここに席を与えられているにすぎない。」


 さらに強い言葉で、司祭だけでなく「神の言葉」教すら否定した。


「では、我々はあなた方を助ける義理も理由もありませんね。」


 ミッドガルドはそう言うと、軽く左手を払った。

 まるで自分に纏わりつく小虫を払うかのように。

 した仕草はどうという事ない動作だったが、反応は劇的だった。


 まず艦長を抑えようとした副艦長と操舵手が苦しげにうめいて倒れた。

 さらにグルムスも司令官の席で気を失っていた。


「イージス艦長。既に岬後方に彼らが、この世界で最強とまで言える魔導士が現れました。ジョバンニュ・クリミアン連合王国の支部長、聖女アンドリュー・ビューテリウム様が私に連絡をよこしました。逃げるようにと。」


 そう言うとミッドカルドは天井に視線を移した。


 瞬間、艦橋の天井がはじけ飛び、真っ青な空が広がった。


「私に掴まって、跳びます」


 言うと同時に、ミッドガルドはイージス艦長をつれ、空に向かい飛び出した。




 ディッセンドルフ達が出現したのはセキノ岬から500mほど後方であった。

 1mほどの中空から着地する。


「きゃあ。」


 背中に縋りついていたアンドリューが着地と同時に悲鳴を上げる。


「アンドリュー様。何故、私の背中に抱き着いてきたんですか?」


「おいていかれそうだったからです!」


 両腕に掴まっていたサーマルとオオジコバがディッセンドルフから離れた。

 二人が呆れた顔をアンドリューに向けた。


 その時。


「全員、防御障壁張れ‼」


 ディッセンドルフが叫ぶと同時に、4人を衝撃が襲った。


 4人の目の前の土地が爆発した。


 視界が土煙で隠される。


 ディッセンドルフの顔が歪んでることにサーマルが気付いた。


 既に4人をディッセンドルフとアンドリューの防御障壁が守っている。

 何故ディッセンドルフがこの状況で顔を歪めねばならないのか?


「ディッセンドルフ、何かあるのか?」


「防御が少し遅れた。だが我々は、守られている。あれは誰だ?」


 サーマルはディッセンドルフが睨みつけている先に目を向けた。


 巻きあがった土ぼこりが次第に収まってきた先に、屈強な人影があった。


「間に合ったな。誰も怪我はしていないか?」


 短く切られた黒い髪、端整と言っていい浅黒い顔に一際目立つ傷跡が右頬から首に目掛けてついている。

 その緑色の瞳すらかき消すように。

 背も高くその体付きは岩を連想させた。

 ただ服装は国家騎士団を示す戦闘服ではなく、かなり荒んだ感じの作業着、奴隷が着させられた拘束服をイメージしてしまう。


「私より早く防護障壁を張ったのか。これは驚きだ。」


「お前さんは他の3人に気が行っていたのだろう?こっちはあの艦が撃つのが分かっていた。その差だ、「神の子」。」


「知っているのか?」


「お前さんの事を知らないほうが国家騎士団の中では少数派だ。」


「国家騎士団の人ですか?だがその服は?」


 サーマルがその男の服装に疑問を呈した。


「傭兵だ。名はバスラ・ニシムロ。この国の出身ではあるが、暫く大陸にいた。階級は専任職ってやつで准士官だ。もっとも期間限定だがな。」


「傭兵、ですか?」


「時代にそぐわないか?だがな、人ってのは理由をつけて人殺し、戦争をやりたがる種族らしくてな。この商売やってる限り、飯には事欠かないんだぜ、エリートさんよ。」


 あけすけにサーマルに対して見下す視線をぶつけてきた。


 クラチモ村出身であり、今までさんざん侮蔑の目で見られてきたサーマルにとって、見下されること自体は慣れたものだった。

 騎士魔導士学校入学時も、学年次席であるにもかかわらず、あからさまに出身地を悪しざまに言われたことは多かった。


 だが、このバスラ・ニシムロの言いようは、自分ではなく学校そのものに対する侮辱だった。


 そう思った瞬間、肩に手を置かれた。


「ただの挑発だ。のるな、サーマル。」


 ディッセンドルフが低い声でサーマルを制した。


「ありがとう、と言っておこう。だが、今は戦闘中だ。私はこの先で偵察にあたっている学校で恩のある人を助けに来た。喧嘩なら後でいくらでも買うから、待っていてくれ。」


 そう言って、他の者に合図を送り、海に突き出している場所に走り始めた。


 サーマルがそれに続き、他の二人も後を追う。


「気を悪くしたなら謝るよ、「神の子」さん。俺もあんたたちを助けに来たんだ。この事が終わったら、少し話そうぜ。」


 走っていく4人を追いかけながら、ニシムロもまた、岬の先端を目指し、跳んだ。




 クサナギは後方の爆発音に、身体が動かなくなった。


 撃ってきた、うってきた、ウッテキタ、討ってきた…………。


「うわあ~、撃ちやがった!」


 絶叫した隊長をすぐさま引き摺って岩場に隠れさせる。

 ツーグニック曹長だった。


 クサナギの絶叫に我を忘れて逃げ出そうとする者もいた。


「静かにしろ!岩の陰に全員隠れろ!」


 ツーグニックの怒声に、逃げ出そうとした兵の動きが止まり、言われるままに岩の陰に皆が身を潜めた。


 レオパルド連邦の、いや敵の艦艇がかなり大きくなってきている。

 既に砲撃を行ったのだ。

 この方向だと、シーセキノ海軍基地が攻撃目標だと見て間違いがない。


 ツーグニックは震えて命令を発せないクサナギの代わりに、伝令を出さねばならないと見て馬を止めてあった気に視線を向けた。


 爆風に煽られたのか、太い木が倒れ、そこに馬の姿はなかった。


 しかし、こちらに走ってくる人影を見つけた。


 なぜこんなところに?


 3人は騎士魔導士学校の制服を着た男だったが、もう一人が、この場にそぐわない格好をしていた。

 滑稽とさえ言ってもいい、長めのレースをあしらった白いワンピース。

 その裾を持ち上げて走って…、いや、宙を浮遊している。


 聖女アンドリュー・ビューテリウム。

 この場に不釣り合いな女性の姿。


 ツーグニックは混乱した。


 もしかしたら、最初の砲撃が自分を直撃して死んでしまったのかもしれない。

 そんなことを考えてしまった。


 艦影はすでに5に増え、戦闘の艦艇の前面に長筒を大きくした新兵器と思われる砲門が3あり、その一つはまだ煙を出していた。


 そう思ったのもつかの間、その砲門の一つが火を噴いた。


 直後、人影がツーグニックの前に現れ、眼前に薄い膜のようなものが張られたことに気付いた。


 防御障壁!


 体格のいいその人影は言葉を駆使しなくても防御魔術を操れるという事か。


 ツーグニックの推測を肯定するように、爆発音と閃光、そして土煙が舞い上がった。


 衝撃が「鷹の目」11番隊を襲う。

 しかし、誰も傷つくものはいなかった。


「今度は下に着弾したようだぜ、大将‼」


「大将とは私の事か?」


「他に誰がいるんだ、「神の子」を差し置いて。」


 えっ、「神の子」?


「私はそんな大層なものになった覚えはない。」


 そう言って、懐かしい姿が自分の隣に現れた


「イザナギ先輩、大丈夫ですか?」


「ディッセンドルフ、何故ここに?」


「あなたの妹に懇願されまして。兄さんを助けて欲しいと。」


 その懐かしい声と態度が、間違いなくあの「神の子」ディッセンドルフであることを示していた。

 そして、サーマルと聖女様もいる。

 もう一人、背の高い男はイザナギの知らないものだったが…。


「先ほど先輩たちを守ってくれたあの男が、シーセキノ海軍基地所属の傭兵、ニシムロ准士官。でこちらの大男が2年のオオジコバ・ゴルネイエフ。「神殺し」の【言霊】持ちです。」


「あ、ああ、そうか・・・。」


 イザナギは何を言っていいか分からず、ディッセンドルフにそんな相槌を返すことしかできなかった。


「次は直撃弾が来ます。サーマル、アンドリュー様、ニシムロ准士官殿。最大の防御障壁を‼」


「了解!」


「了解ですわ。」


「わかった。」


 3人からの返事と同時にさらなる衝撃が、そこにいた16人を襲った。


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