第15話 レオパルド連邦軍艦の脅威
レオパルド連邦。
ナオレンド・サー・ミルクルスを元首とする連邦国家である。
レオパルド共和国、ランス国、ルキシオ公国、スイートレン王国、レジオン共和国の5つの国家がそれぞれの元首を持っているが、その各国や地域、主義主張を持つ政党からなる連邦議会の与党党首がレオパルド連邦の元首、国家代表となる議会制民主主義を標榜してはいる。
しかし、実情はレオパルド共和国が強大な権力を持ち、他の国は属国となっているのが現実であった。
とはいえ、現総統ミルクルスは各政党、各国との調整を得意とし、また争いを好まない人柄で知られている。
この強国の元首にまで上り詰めるのであるから、まったくの清廉潔白なわけはないのだが…。
そう穏健派として知られるミルクルスであっても、すべての事象を把握しているわけではない。
実際に彼が代表である「真実党」は好戦的なものも多く在籍している。
調整が得意ということは、落としどころがうまいのであって、自分の理想が通ったということではない。
現在の国防軍の実質的なトップで防護省政務次官ハックマイダー・レナルディアンの軍艦の開発に許可を与えたのも、交渉の中での落としどころであった。
「魔導士戦争」での敗戦の処理から、他国の併合を経て、やっと人民の生活も安定してきた。
そうは言っても生活の基盤を支える流通や労働と言ったものがすべて解決したわけではない。
「神の言葉」教の全面的な支援があり、魔法による土木、建築、医療などが改善されてきたとはいえ、「神の言葉」教ネットワークともいえる相互理解の範疇の拡大は明確な敵が見えない状態だ。
であれば、軍費は縮小させ、他の予算に回したいところだった。
ジョバンニュ・クリミアン連合王国も表立ってレオパルド連邦に敵対しているわけではない。
ただし、警戒していることは事実だ。
過去に魔導士目当てで侵攻をしたレオパルドに対して、魔導士が撃退した経緯がある。
通常の帆船や小型ボートに魔導士が乗ることにより、スピードを上げ、攻撃力を高めることがジョバンニュ・クリミアン連合王国の強みであった。
これに対してレオパルド連邦軍は魔導士の数が絶対的に足りない。
これを技術力でカバーするという趣旨はミルクルスも十分理解できた。
また、国同士ではなく、海賊が出没するという海域もあり、これに対抗する軍事力は必要である。
ではあるが、防護省政務次官レナルディアンの「鉄製軍艦」という案は荒唐無稽に思えた。
だが、防護省下の軍事技術研究所で開発された合金と、空気圧を利用した浮上理論により作成された模型がものの見事に浮くのを見た衝撃はミルクルスの心を動かした。
さらに既に実証実験が始まった蒸気機関と組み合わせることにより、今までは人力と風力で動かしていた船舶の速度を飛躍的に向上させている。
だが、その重量ゆえ、木製の船舶では搭載が不可能であった。
この合金製で十分、その重量を支えることがわかってきた。
そして、長筒として開発された砲撃機関を、さらに大型にした大砲を内陸で実射実験を行って来ていた。
この大砲を搭載することも可能になったのである。
すでに海軍基地のあるレベッカ海峡に面した都市、マーリックにおいて組み立てが終わった軍艦が7隻に上っている。
だが、この艦船の海上航行の実験を行えば、ジョバンニュ・クリミアン連合王国の知ることになる。
その行為が挑発ととられる可能性があった。
ミルクルスはレナルディアン政務次官と上司にあたるヨーク・カナバリ防護省大臣を呼び出すことになった。
「レナルディアン君。私も君の提案に興奮したことは認める。だからこそ、この「マーリック計画」に許可を与えた。だが7隻も作るということは聞いていないぞ。」
「安心してください。実際に予算は不測の事態も含めて議会で認められた2隻分しか使ってはおりません。」
「そういうことではないんだが…。だが後の5隻分は何処から出ているのかね。我々が組んでいる予算は国民の血税なのだぞ。」
「承知しております。今回、この軍艦を作ることに協力した企業が賄ってくれております。今回のこの軍艦は我が国の技術力を世界に知らしめる大きなもの。この技術力を有しているという宣伝を各企業はできるわけですから、広告料としては決して高いものではありません。」
胸を張り、いまだ40代のきざな男は言ってのけた。
7隻も作り、それをレベッカ海峡を航行させるなど、ジョバンニュ・クリミアン連合王国に宣戦布告するようなものだ。
仮にこの軍艦群が非常に優れていたとして、レベッカ海峡での示威行為に終わらず、ジョバンニュ・クリミアン連合王国の沿岸に対して攻撃したなら、優秀な魔導士の的にしかならないとは思わないのだろうか?
「カナバリ大臣に聞きたい。君たち防護省はジョバンニュ・クリミアン連合王国と戦争がしたいのか?」
「まさか!そんなことは考えてはおりません。ただ、こちらの戦力が低いと思われての侵略を抑制するものと聞いております。そうだろう、レナルディアン君。」
順送りの人事で防護省大臣の席を得たカナバリに、そんな胆力があるわけがないことは知っていた。
「まったくです。ただ、1隻や2席でその抑止力としては充分ではないと思っていたのは事実です。艦船を製造する各企業がその意見に同意した結果の、この艦隊です。さぞ、ジョバンニュ・クリミアン連合王国の首脳も肝を冷やすことでしょう。」
頭を抱えたくなった。
この政務次官がどれほどジョバンニュ・クリミアン連合王国との海戦で敗北したことを恨んでいたか、考えが及ばなかったことにミルクルスは後悔した。
「すでに防護省大臣の名で、一斉に出港する準備をいたしました。あと30分もすれば、マーリック港とミノバンス港、そしてわが海軍の誇る最大の基地港、バハムント港より進水式が執り行われ、レオパルド級1番艦から7番艦までがその雄姿を国民に、そしてジョバンニュ・クリミアン連合王国の民に見せつけることになりましょう。私自身がその場に立ち会えないことは、非常に辛い気分ではありますが。」
この総統たる私の目をくらませるために、この場に残ったという事だな、レナルディアン。
ミルクルスは浅はかなこの若造にしてやられたわけだ。
進水式を止める時間はなかった。
レオパルド連邦の首都であるこのベイリング特別市から海岸線まで、早馬車を飛ばしても2日はかかる。
これは全て、レナルディアンの策謀だった。
できることは伝書バトを飛ばし、航行の中断と、港への寄港の命令くらいだろうか。
聞くところによれば、魔導士の中には空を飛べることができる者もいるらしいが、レオパルド連邦軍にそのような才能を持った魔導士はいない。
せいぜいが長距離を監視できる目と、防御障壁を張ったり、帆船に力を与えて海上を少しだけ早く動かす程度だろう。
「「神の言葉」教のベイリング支部に連絡を取ってくれ。彼らのネットワークに頼るしかない。」
総統と政務次官の会話にあたふたしている大臣が、そばについている秘書官に慌てて協会との連絡を取るように指示していた。
「何を慌てる必要があるのですか?総統閣下。ものの3日もあれば、奴らの海軍基地の一つであるシーセキノ海軍基地を落として見せますよ。」
「何を言っておるか!わが軍にジョバンニュ・クリミアン連合王国との全面戦争をするような体力は残っておらんわ!」
「われわれの軍の力を見くびらないでいただきたい。シーセキノ海軍基地を落とし、我々の実力を示したのち、有利な条件で和睦する。完璧な計画であります。そのための高速艦艇の製造なのですから。」
この若造は、自分の作戦案に完全に酔っていた。
ただの馬鹿な軍事狂信者だ。
「今、この場を持ってレナルディアンの防護省政務次官の任を解く。また我々「真実党」から除名とする。カナバリ大臣、早急に手続きを。」
「了解しました。」
「何を馬鹿げたことを言ってるんですか、総統。私なくして、ジョバンニュ・クリミアン連合王国に勝つことはできませんぞ!」
「バカは貴様だ。意味のない戦争を仕掛けることも、相手の実力を調べもせず暴走することもバカのやることだ。どうせ誰かにそそのかされたのだろうが…。」
総統の侮蔑に顔を真っ赤にして、レナルディアンが何かしゃべろうとして体が震え出した。
ストレスからくるヒステリー症状だ。
すでにミルクルスは何人も見てきた。
我が肥大しきった者が強く責められたときに起こるのだが、政務次官まで昇ってきた者が起こすことは珍しい。
「医務官に連絡して、こいつを病院にぶち込んでおけ!」
ミルクルスは自分の秘書官に命じ、カナバリに視線を向けた。
「できうる限り早く、ジョバンニュ・クリミアン連合王国に連絡を取ってくれ!こちらに戦争を起こす意思はないと。」
「わ、わかりました。」
その時に、「神の言葉」教に連絡を取りに行った防護省大臣の秘書官が戻ってきた。
「連絡はとれたか?」
大臣の言葉に、その若い秘書官が頷いた。
「レオパルド級1番艦に「神の言葉」教の司祭が乗り込んでいるとのことで、至急連絡を取ったそうですが…。」
「何かあったのか?」
カナバリ防護省大臣が秘書官の報告に、そう聞き返した。
「既に出港しているとのことです。」
「なぜ?政務次官はあと10分くらいで進水式だと言っていたぞ。」
「教会の話によれば、進水式の前に試運転を行うと連絡があったそうです。」
秘書官の言葉に、総統も大臣も心が凍る思いがした。
鉄製艦船、レオパルド級1番艦「リヒテンシュタイン」に乗り込むこの艦隊司令海軍中将アッセンドラ・グルムスは防護省大臣の名で下された命令書に興奮していた。
それでなくとも新造艦の進水式は心躍るものだ。
通常は陸から進水式の式典が終わり、そのトリを飾る華としての進水を行うのだが、今回はジョバンニュ・クリミアン連合王国に対してのデモンストレーションをしたのちの進水式式典というスケジュールである。
しかも、連合王国がこちらに対しての敵対行為を行えば、新兵器の大砲の砲撃許可も下りている。
海軍幹部としては40年前の屈辱の海戦敗退という汚名を返上する機会でもあった。
中将は心の中で敵対行為という奴をこの海の先にいる者たちがしてくれることを望んですらいた。
この新造軍艦7隻からなる艦隊にすぐにでも実戦を経験させ、勝利という美酒に酔いしれたいと欲していた。
この軍艦の艦長は艦隊司令よりも年齢も軍隊経験も豊富な准将であった。
名をオスワルド・イージスという。
40年前の敗退を余儀なくされたオーストウッド海戦の生き残り兵である。
魔導士の戦闘力を間近で見た一人でもあった。
見た目にも興奮している若い艦隊司令に何度か忠告もしたが、聞き入れてはもらえなかった。
防護省政務次官を含む「新世代」と呼ばれる彼らは、連邦成立後の苦難を知識としては知っているが実感を持てない世代であった。
魔法が便利なものだが、それを使えるものも多くはなく、技術が魔法に変わると思っている世代でもあった。
彼らは優秀である。
ペーパーテストにおいては、という条件でなら。
そう、挫折を知らない彼らは、失敗をしたうえでのさらなる成長が必要なのだ。
だが、その1度の失敗が命を失うこともある。
そうならないことを願うばかりだ。
イージスはこの新造軍艦のジョバンニュ・クリミアン連合王国に対する示威行為が、回復できる失敗に終わることを考えていた。
いざというときは、この艦隊司令という若造を押さえつけても極力整然と後退、撤退へと繋げるつもりだった。
「伝令!岬に敵斥候部隊を確認。」
艦首で望遠鏡という遠くまで見ることのできる技術で警戒をしていた兵から艦橋に連絡がきた。
自分の顔が渋くなるのをイージスは感じた。
「ふっ。馬鹿な奴らだ。だがいい標的だな。全艦に伝令。砲撃の準備に移れ!」
「待ってください、艦隊司令!」
そう声を上げた者がいた。
「神の言葉」教司祭、ロマネスク・ミッドガルドという30代の男性である。
「彼らはあくまでも偵察が任務のはずです。この艦隊を見せるだけで今回のこの艦隊の命令は果たせるはずです。攻撃状態への移行は必要ないはずです。」
艦長が思ったことをそのまま若い司祭が伝えてくれた。
黒い髪に深黒を思わせる瞳は、なにを考えているかわからない雰囲気だったが、非常にまっとうな神職の者であることがイージスを安心させた。
自分が言うよりも神に仕える者からの進言の方が、若い艦隊司令には聞き入れてもらえるかもしれない。
イージスはそんな希望を抱いた。
しかし、そうはいかなかった。
「あなたは教会の司祭という立場で、この艦に同乗しているのは式典の都合による。軍の行動に口を出さないで頂きたい。」
明確な拒否の行動である。
連邦政府にとって「神の言葉」教は、魔導士不足のこの国において救世主的な立場にある。
「魔導士戦争」、その後の共和国の成立、連保政府の樹立と歴史が動く中で、荒廃した国土の回復、インフラの整備、国民の救済には教会の力、魔導士の派遣がその礎になっている。
今の艦隊司令の言葉はその教会に真っ向から敵対するような行為出ることに気づいていない。
艦隊司令の言葉に、この若く聡明な司祭は何も反論しなかった。
おそらく、この司祭はかなりの力を持つ魔導士だ。
その気になれば、この艦橋を支配することもできるのだろう。
だから黙っている。
しかし、この司令は自分の言葉に反論しない若い司祭に満足げな笑みをしていた。
権力の行使に喜びを覚えるタイプであることを艦長は知っていた。
黒髪の司祭は何事かを考える仕草をしながら、黙って自分に与えられた席に着席した。
もしかしたら教会と思念を交わしているのかもしれない。
いまだ通信手段が早馬か、伝書鳩、手旗信号、近い場合はランプの明滅による信号しか持たない一般人に対し、教会の魔導士は思念波を用いて遠距離も瞬時に連絡を取っているらしい。
こういったことも、ジョバンニュ・クリミアン連合王国に遅れているところだ。
「伝令!標的の部隊近くにいきなり5人程度の部隊が出現。魔導士の可能性があります。」
イージスは今、最強の魔導士がこの艦隊の前に現れたことを知った。
「鉄の船とは、なんだ。」
オオジコバがゴルネイエフ商会の連絡係にそう尋ねた。
「レオパルド連邦軍の新造軍艦のようです。わが国の船とは明らかに異なるもので、騎士団の近い斥候部隊が偵察中であると、商会ネットワークから連絡が来ました。蒸気機関を動力としているだろうとのことです。」
「最新鋭艦と言ったところだな。」
ガマンデルが連絡係の言葉をそう評した。
「どこの部隊が斥候に動いたのかわかりますか?」
真っ青な顔でイザナミ・バーニングが連絡係を務める短く刈られた黒髪に白髪が目立ち始めた男性に詰め寄った。
普段は兄と違い控えめにしていることが多いイザナミには珍しいことだと、ディッセンドルフは思った。
それはサーマルも同じだったらしい。
「イザナミさん、何かあるのかい。」
そうサーマルがイザナミに尋ねた。
「兄の部隊のいるセキノコ駐屯所は、シーセキノ海軍基地に近いんです。もし、斥候部隊が派遣されたとすると、兄の所属する騎士団「鷹の目」の可能性が高いんです。」
「確か、「鷹の目」の斥候部門がシーセキノ海軍基地の右側に突出しているセキノ岬に派遣されています。」
「ああ、お兄様…。」
銀髪を後ろで束ねたイザナミが崩れ落ちるように床に落ちる瞬間、サーマルが後ろから抱えるように支えた。
そういえばこの二人は仲睦まじく話すことが多かった気がする、とこの場の雰囲気にそぐわないことをディッセンドルフは思い出していた。
「教会の方からも同じ情報が伝えられております、アンドリュー様。」
「本来なら直接、緊急思念が来るんじゃないのか、アンドリュー様。」
ディッセンドルフの問いかけに、何故か顔を赤らめる聖女アンドリュー。
「いえ、わたくしにとって最優先事項は「神の子」ディッセンドルフ様です。この騎士魔導士学校に来るときは、基本緊急通信の受けを通さないようにしておりますので…。」
そう言うと、耳飾りの一つを外した。
「それが魔道具か。」
「はい。思念波をカットする仕組みになっています。」
とんだ聖女様だ。
緊急事態になってもこの国の教会のトップに連絡が取れないというのは、頭痛の種にしかならない。
「そのため、私共聖女様の侍女は、こうして連絡係を設けております。」
アンドリューの侍従長でもある淑女然とした白髪赤目で細身の体形のアーミヤ・テンがディッセンドルフに説明した。
その説明にさらに顔を赤くする聖女様。
その姿に、ディッセンドルフを除く一同が唖然としていた。
ディッセンドルフは常々から侍女たちの行動を見ており、そうではないかと思っていたので、あまり驚きはなかった。
「これからイザナギ・バーニング元会長の手助けをしたいと思う。私一人でも問題はないかと思うが、手伝ってくれると助かる。」
おもむろにディッセンドルフがそう言い始めた。
その言葉に変な雰囲気になりつつあった学生会議役員室に緊張が走った。
「当然手伝わせてもらうよ。」
サーマルの言葉に、他の者も頷いた。




