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「神の子」  作者: 新竹芳
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第12話 「神の言葉」

 意識の戻らないオオジコバを担ぎ上げ、他の3人と共に学生会議役員室に入った。


 警備を担当した国家騎士団から、オオジコバを引き渡すように言われたが、直接彼を止めた「神の子」を前に悔しそうに戻っていった。

 官憲にはこの学校の学生会議では太刀打ちできなかったが、どうやら「神の子」は特別らしい。


「私達「神の言葉」教教会は、この国での【言霊】が降りてきた場合、例外なくそれを知ることが出来る立場にいます。」


 だが、【言霊】がその受けた者や周辺に必ずしも祝福されるとは限らないという事だ。



「ディッセンドルフ様の場合、「神の子」という【言霊】が祝福すべきものでした。これは教会の上層部に籍を置くものの魔導に直接関与しますので、みな祝福するためにディッセンドルフ様のご自宅に馳せ参じたわけです。ルードヴィッヒ伯爵はそれとは別の神の【使命】が降りたようですけれども…。」


 だから俺は養子になったという訳か。

 本来なら「神の言葉」教の庇護下に入るところだろう。

 とすれば、自分で選べる人生が送れているだけ、まだましなのかもしれない。

 ディッセンドルフはそんなことを考えていた。


「ですが、「神殺し」などのような物騒な【言霊】は、普通の人々にはわからないように降りるようです。とはいえ、10歳くらいの子供がその意味を正確には解らないのが常です。そして家族がその【言霊】を知った時に様々な行動を取ります。最悪な場合、家族に殺され死体を魔獣に与えて、子供が行方不明になったと、我々に頼ってきたこともありました。」


「つまり、子供の死体を魔獣のいる森にまで捨てに行くというのか?」


 ディッセンドルフはアンドリューの語りに、人の醜さを再認識した。

 言い換えれば、かなり自分が神に守られているようだ。


「ストラストスティー侯爵家は「神の言葉」教の熱心な信者です。その直系の子に「神殺し」というあまりにも神に対する不穏な【言霊】。」


「侯爵家は、オオジコバを切り捨てた。」


 サーマルがアンドリューの語ろうとした言葉を引き継ぐ。


「オオジコバ自身も親たちの影響で熱心な信者と聞いているよ。それが「神殺し」となった。想像でしかないけど、かなり自分の身を呪ったんじゃないかな。」


「まさしくサーマル・テラノ様のおっしゃる通りです。」


 アンドリューがサーマルの言葉を肯定した。

 しかし、サーマルが片頬を引き攣りながら、そんなアンドリューに顔を向ける。


「聖女様。身分的にも、年齢的にも、わたくしにそのような丁寧すぎる言葉は…。」


「何故ですか?貴方様は「神の子」ディッセンドルフ様の認めるご学友ではありませんか。丁寧な言葉どころか、本来であれば、言葉を交わしていいかとも思われますのに…。」


「いや、それはおかしいでしょう。「神の子」を敬うのは分からなくもないですが、その同級生に言葉遣いどころか話すこともできないっていうのは…。現に、ディッセンドルフとはお話になってらっしゃいますよね。」


「ディッセンドルフ様にはすでにお許しをもらっています。ですが、サーマル・テラノ様とお話してよいかという事はディッセンドルフ様からも、テラノ様からもまだお許しを頂いておりませんので。」


 呆然とした顔で聖女アンドリューの言葉を聞いていたサーマルが、情けない顔でディッセンドルフに視線を向けた。

 ディッセンドルフは面白そうに見ていたが、そんなサーマルの願いを無視するわけにもいかないと感じたようだ。


「アンドリュー様。是非、サーマルとは普通にお話していただければいいかと。私からもお願いします。」


「ディッセンドルフ様がそうおっしゃるなら…。では、サーマル君とお呼びすることで、よろしいでしょうか?」


「もう少し砕けて頂ければ尚いいのですが…。まあ、そんな感じでお願いします。」


 サーマルはアンドリューの態度の変化を、肯定した。


「それで、オオジコバは何故「神の子」を殺すような態度で向かって来たんですか?」


 ディッセンドルフは先の話の続きをアンドリューに促す。


「自分自身に【言霊】「神殺し」が降りてきた。自分が崇拝する者を殺す力。畏れ多い事だと思った事でしょう。ストラストスティ―侯爵から縁を切られたのも仕方がない。それ以上に自分は生きていてはいけない、と思ったと聞いております。」


 熱心な信者であればそういう事もあるのだろう。

 サーマルはアンドリューの話に納得はした。

 しかし、話し方が、まるで他人事だ。

 教会の聖女、神のしもべとさえいえる立場のアンドリュー・ビューテリウムが語る話としては不可解に思えた。


「どうやら、サーマル君は私に不信感を持っているような表情ですね?」


「いえ、決してそのようなことは…。」


 自分の気持ちが胴やら表情に出てしまったようだ。

 サーマルは慌てて否定しようとしたが否定しきれなかった。


「私も【言霊】持ちです。「神の巫女」として。」


 ディッセンドルフが微かに笑った。

 自分に対するアンドリュー・ビューテリウムの態度に教会の代表者以上の感情を持っているとは思っていたが、丸2年を経て、その気持ちを理解した。

 この感情はオオジコバの心情と全く一緒だという事だ。

 その想いの裏表という態度でディッセンドルフにぶつけている。


「ですから、オオジコバの心は手に取るようにわかります。その【言霊】の導く先に、人として現れたお方。ディッセンドルフ様こそが、「神」なのです。」


 その時の聖女アンドリュー・ビューテリウムの表情は妖しく輝いていた。

 恍惚の人、そんな表現がしっくりするとサーマルは思った。


「つまり、自分の信じる「神」を殺すのではなく、「神の子」を殺す力、そうオオジコバは解釈した、という事ですね。」


 その言葉に、アンドリューは頷いた。


「だとすると、こいつはまた俺を狙ってくるな。殺しといたほうがいいだろう、こいつ。」


「ディッセンドルフ。いつになく荒れてるな。普段、そんな事言わないだろう、お前。」


「普段はな。今日も、基本殺さないように気を付けていたつもりなんだが。障壁で学校に被害を出ないようにしたが、あいつの魔導力、使い方酷かっただろう?」


「そうですね。ディッセンドルフ様があの防御障壁を張っていただいて、被害者は警備のものだけで済みました。当然学校側でも処罰対象でしょうが…。」


 言い淀む。【言霊】持ち、そして熱心な信者故の行動。

 聖女アンドリューは近親者でもあるオオジコバに対しての、自分のとるべき態度も定まっていないようだ。


「一つアンドリュー様にお聞きしたいんですが、よろしいですか?」


「それは、私に答えられることでしたら、何でも。」


 即答だった。


「【言霊】を受けた時、天からの声を聴きましたよね?」


「はい。「神に仕えよ」。そう聞こえてきました。」


「それ以外は?」


「それ以外?いえ、他には何も…。」


「具体的な指示や、筋道みたいなものはありませんでしたか?」


 ディッセンドルフの問いに、しばし考え、アンドリューがこたえた。


「いえ、そういうものは一切ありません。」


 明らかに、ディッセンドルフはその顔にはがっかりした表情を浮かべていた。


「ディッセンドルフ様は神のお言葉を多く聞いた、ということですか?」


 アンドリューのその言葉にディッセンドルフはあいまいな表情を向ける。

 アンドリューはその顔に、「これ以上聞くな」という意味を汲み取り、静かに顔を伏せる。


「やはり、このままでは危険だな。おそらく、多少の修行ではこの私を超えるほどにはなりますまい。今回のように周りを顧みずに、ただその力だけで私に襲い掛かってきては、私は問題なくても、他の学生や教官、職員に迷惑が掛かってしまう。今回、私に負けて自重していただければいいが、事あるごとに破壊的に術を使われても、この学校自体がなくなってしまいそうだ。」


 サーマルが二人の会話を静かに聞いていたが、ここでおもむろに口を開いた。


「何か、彼の力に制限をかけることはできないでしょうか。ディッセンドルフでも、アンドリュー様でもよろしいのですが。あっ、そうか。オオジコバは「神の言葉」教の信者でしたね。アンドリュー様がそう言った力の封印のようなことができれば、オオジコバも納得する気がします。」


 サーマルの言葉に、少し考えを巡らせたようだ。


「確かに、それが一番問題がありませんね。わかりました。意識を取り戻しそうになったら、二人きりにしてもらえますか?」


「さすがにそれは…。」


「オルネイドリー会長に来ていただきましょう。彼女は一応魔導士科に所属しています。それに剣の腕も一流と聞いています。我々、特に私がいるよりは、こいつを刺激することはないかと。」


 すでに学生会議室の外から中を窺っているライトブラウンの髪を肩の所で切りそろえている碧い目が印象的な少女、この騎士魔導士学校学生会議会長、オルネイドリーがドアをノックして入ってきた。


「校内は落ち着きましたか?」


「オオジコバ君以外の新入生は、指定の講義室で待機してる。ただ、警備部長のサラマンダーさんがオオジコバ君に事情聴収したがっている。当然ディッセンドルフ君もね。」


「わかりました。こっちの件が済み次第二人で警備室に顔を出しますが…。会長は何処から聞いていましたか?」


「割と最初の方から…。」


「ならば話が早い。アンドリュー様についていただいて、まずオオジコバの話を聞いてあげてください。あと、何かしそうであればアンドリュー様の防護を最優先に。私たちは外で待機しています。」


 腕を後ろで縛られ、そこに魔術印でさらに強化、足もひざと足首を縛られ同じように魔導で封印をされている。

 口に薬品を染み込ませた猿轡をかませ、拘束されたオオジコバのくちもとにディッセンドルフが近づいた。

 猿轡を外し、軽くその頬に触れた。


「もう少しすれば意識を取り戻します。よろしくお願いします。」


 ディッセンドルフはそう言うとサーマルを伴い学生会議役員室を出る。


「オオジコバに何かしたのか?」


 サーマルが尋ねた。

 ディッセンドルフがサーマルに悪戯した悪ガキのような笑みを浮かべた。


「意識を取り戻すようにしたのと、聞かれたことには素直に答えるように少し魔法をかけた。」


「まさに何でもできるという訳か。「神の子」って一体どういう存在なんだ?」


「自分自身でもわからん。」




 二人が部屋の外に出てドアを閉める。

 しかし気配はそのドアのところにいることをアンドリューは感じていた。


 出る際に、ディッセンドルフが意識を戻す処置をしたのは解ったが、さらに何か複雑なことをしたようだが、それがなにかまではアンドリューにもオルネイドリーにもわからなかった。


 オオジコバが体をゆすり始め、すぐに瞼を開いた。


 そして自由の利かない体をゆすり、周りを見渡す。


「完全に負けたわけか…。」


 そして、自分に視線を送る二人の女性に気づいた。


 一人は「神の言葉」教支部代表にして、聖女アンドリュー・ビューテリウム。

 だがもう一人の制服を着た少女には覚えがなかった。


「初めまして、かしら。本当であれば、君が式を途中で台無しにしなければ、在校生代表として挨拶する予定だった学生会議会長を務めるオルネイドリー・アッセンブラと申します。「神殺し」オオジコバ君。」


 オルネイドリーの挨拶に「ああ」と返し、何とか自分を拘束するロープを魔導で切ろうと試みる。


「君の力で切ることはできないと思いますよ。オオジコバ・ゴルネイエフ君。私のことは覚えていらっしゃいますか。」


「はい、ビューテリウム様。ですが、この拘束ロープを解いていただかないと、礼を尽くすことができません。聖女様の前でこのような失礼な態度は、私のプライドが許しません。」


「そういう訳にはいきません、オオジコバ・ゴルネイエフ君。あなたがこの騎士魔導士学校で犯した罪を償わねばなりませぬゆえ、私どもの質問に答えていただき、しかる後、校内で警備にあたる詰所の引き渡すことになります。」


 アンドリューの言葉に、オオジコバの体が緊張した。

 が、すぐにその力を緩めて、アンドリューを見つめる。


「お言葉ですが、私は神より申し付かった使命を全うしようとしただけです。「神の子」と呼ばれるあやつを殺すことこそわが使命。今回は失敗しましたが、あやつを殺しさえすればこの命、惜しくなどございません。アンドリュー様、今一度「神の子」を殺す機会を!」


「なりませぬ。わたくしは「神の巫女」として、あの方をお守りすることこそ使命です。あなたはその「神殺し」の【言霊】の意味することを、しっかりと考えなさい。」


 凛とした強めの言葉を使うアンドリュー・ビューテリウムのその姿は、まさに「神の巫女」聖女そのものの神々しい姿であった。


 オオジコバは身動きの出ないその姿で、それでも瞼を閉ざし、動かすことのできる頭をアンドリューに垂れる。


 そばにいたオルネイドリーは、「神の言葉」教の信者ではなかったが、自然と片膝をつき、右手を胸に当て、深々と腰を曲げた。


 「神の巫女」であり、「神の言葉」教に支部代表、聖女アンドリュー・ビューテリウムはまさしく神の使いを体現していた。


「もう一度問います。オオジコバ・ゴルネイエフ、そなたの役割について、神よりお言葉を頂くことはなかったのですか?」


「私が【言霊】を受けた時に頂いた言葉は、その授けた言葉の役割を忠実に実行せよということのみです、聖女様。」


 やはりわたくしと同じですね。

 ディッセンドルフ様は、この言葉以外に何を頂いたのでしょう?


 アンドリューは先程のディッセンドルフの言葉を思い出し、疑問を浮かべた。


「聖女、アンドリュー様、かの者の処遇はいかがいたしましょう?」


 アンドリューはオルネイドリーの言葉に、思考の海に沈んでいた心を引き上げた。


「まず、オオジコバ・ゴルネイエフ。そなたは何故、あんなにも人の多い場所で、力に訴えたのですか?」


「正直に申し上げます。わたくし、オオジコバ・ゴルネイエフは、神を殺すなどというこの【言霊】を嫌悪しております。【言霊】と共に魔導力や知識も賜れましたが、神を殺すなどという恐れ多いことを忠実に実行など出来るはずもありません。その時、ルードヴィッヒ伯爵家での悲劇の噂を耳にしました。「神の子」を亡き者にしようとした集団がことごとく神の業火に焼かれ死んだと。「神の子」ディッセンドルフに邪心を抱けば神罰が下ると。」


 拘束された態勢が苦しいのだろう。

 そこまで喋ると微妙に体を動かし、落ち着ける体制に変えたようだ。

 元来ストラストスティ―侯爵家で何不自由ない生活をしてきた者に、このような仕打ちを受けたことなどないのだろう。


「私はその話を聞き、「神の子」を名乗る者こそ、この「神殺し」の意味ではないかと。普段であれば顔を合わせることもできない人でしょうが、この騎士魔導士学校に入学したということは願って見ないチャンスでした。この身が果てようとも、「神の子」を殺すことこそが、私の使命であると。」


 言い切って、明らかな恍惚の表情になった。

 そのオオジコバを冷たい目で見るアンドリュー。


「仮にディッセンドルフ様を殺すことが使命だとして、だからと言って、周りの関係ないものことを全く考えずに暴力を働いたのは、まさしくあなた、オオジコバ・ゴルネイエフです。その罪をどう償う気ですか。ディッセンドルフ様であったからこそ、周りのものを助けながら、あなたを拘束して見せた。あの状況下で殺されても文句の言えない状態であったのに、です。」


 アンドリューの突きつけるオオジコバの罪。容赦なくそれをぶつけることにより、アンドリューはこの学校での彼の心持を諭しているようだ。


「聖女様は私に何をしろというのですか?」


「まず、あなたが殺そうとした「神の子」をよく知ることです。」


「そうです。聖女様の言う通りです。まずディッセンドルフ君を知ることから始めるべきです。」


 二人の女性から同じことを言われ、オオジコバは考え始めた。


 そう、現段階で「神の子」には勝てない。

 奴を知り、その強さと、付け入る隙を見つけるべきかもしれない。


「わかりました、聖女様。まずはその「神の子」ディッセンドルフとかいう奴について知ろうと思います。」


「いい心がけです。ではあなたに神の封印を施します。」


 聖女の言葉に、オオジコバは焦った。封印だと!


「恐れることはありません。これは神のしもべであることを自らに記す儀式でもあります。オオジコバ・ゴルネイエフ、静かに目をつむりなさい。」


 すでに「神の巫女」の力が発動していた。オオジコバはその力に抗おうとしたが、拘束され身動きがとれぬ状況で、アンドリューの指示に従うように目が強制的に閉じられる。


「あなたは本当に、「神の子」を見続けることができますか。」


「いや、無理だ。俺は隙を見て奴を殺す。」


 ディッセンドルフが残した術と、アンドリューの神の力により、オオジコバの本心がその口から発せられた。


「やはりそうですか。では、わが聖なる力を纏いし神の使徒たる精霊たちよ、この者の力の邪念を封じ、災いを防ぎたまえ。」


 その時、オオジコバを柔らかな輝きが包み、そしてオオジコバの中に吸収された。


「これが神々の封印、ですか。」


「それほど大層なものではないのよ、オルネイドリー会長。ただ、自分の欲望のままに力を使おうとすると急激に力が抜ける感覚を味わうことになるのよ。」


 オオジコバが体全体に駆け巡る力の流れに、アンドリューの言葉が正しいことを感じた。


「ディッセンドルフ様、終わりました。」


 その言葉にディッセンドルフとサーマルが入ってきた。

 オオジコバが睨む。


 ディッセンドルフがオオジコバに近づき、軽く手をかざす。

 するとオオジコバを拘束していたロープが自然に外れた。


 その瞬間、オオジコバが飛び上がり、ディッセンドルフに殴りかかろうとしたが…。


 全身に激痛が走った。

 そのまま床を転げまわる。


「ふう~。」


 アンドリューが大きなため息をついた。

 うまくいったようだ。


「ありがとうございます、アンドリュー様。当分はこの状態を維持していきましょう。ではサラマンダー警備部長に連絡を入れてきます。」


 ディッセンドルフはそう言うと、詰所まで走り出した。


 オオジコバはいまだ床で荒い息をして倒れていた。


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