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18 レイヤとエミルの攻防

 時間移動事象対策部が法隆寺周辺で網を張っているのは間違いなかった。昨日も空中を飛翔するレイヤとエミルを捕捉されたし、エミルはそのあと生け捕られている。

 かれらがレイヤたちの計画を邪魔だてするのは、法隆寺倒壊防止の阻止が目的ではなく、進んだ未来テクノロジーの獲得だ。あきらめるわけはないし、となると、レイヤとしてみれば、地震発生を防いだのを見届けたのち、さっさとこの時代から去らなければならない。

 話し合いで解決できるとは思っていなかった。そもそも、できる限り人との接触を避けるよう申し渡されている──話し合いという選択はない。

 レイヤは法隆寺カントリー倶楽部から出ると、法輪寺の近くから南へ下っていった。

 早朝からセミが激しく鳴いていた。

 法隆寺東院の東を通る道路で、接近してくる車両を認識した。レイヤの体内に内蔵されたセンサーが、人間には捉えることのできない電波や音波を捉え、ネット上の情報や痕跡まで集めて総合的に周囲の状況を人工脳内に設定した仮想空間に構築した。

 追っ手に気づかないフリをした。

 レイヤの目的はできるだけやつらを引きつけることだ。

「さぁ、餌に食いついてこい……」

 レイヤは走り出した。

 国道25号線まで一気に走りきり、相手の動きをうかがった。

 早朝ということもあって25号線はまだ交通量が少ない。だから勢いよく走ってくるワゴン車は嫌でも目にとまる。

 レイヤは国道を横切ると路地に入った。

 農地と古くからある村落と新しく造られた住宅地が、寄せ木細工のように入り組み、それらの間を通る道は、元々は農道だったりして狭いところも多々ある。

 クルマでの移動に適した新しい道路も通っているが、そこから外れれば捕まらずに逃げ続けられるだろう。

 東小学校のさらに東へ回り込み、レイヤは富雄川に沿って南下する。

 追っ手を振り切ってしまっては囮の役をなさない。安心して立ち止まった──フリをした。

 比較的新しめの住宅が立ち並ぶ区画から出て、田畑の広がる見通しのよい道路に出た。

 富雄川にかかる橋を渡って黒いワゴン車がやってきたのが見えた。

 レイヤは、「今気づいた」といった体で逃げ出す。さらに南へ移動して法隆寺から遠ざかる。

 追ってくるワゴン車が加速する。レイヤは走るスピードを上げる。

 JR大和路線に突き当たった。ちょうど奈良・加茂行きの白い221系が通り過ぎようとしていた。後ろから接近するワゴン車。

 追い詰められた形のレイヤだったが、あわてない。

 八両連結の電車が通過した直後、ジャンプした。線路を飛び越えた。

 ワゴン車は急停車。

 レイヤは背後を振り返る。堤ごしにワゴン車が後退していくのが見えた。しばらくは時間が稼げそうである。

 踏切を渡って線路の南側に来ようとすれば、富雄川近くまで大回りしなければならない。

 この間にさらに法隆寺から遠ざかって時間移動事象対策部を引き付けていれば、エミルが妨害を受ける確率はより低くなる。

 このまま南へ進む。

 周囲は田畑で見通しがいい。東へ行ってもいい。どこまで離れていっても、目的がこちらの体にあるのだろうから、追いかけ続けてくるだろう。

 ──さぁ、来い。どこまでも逃げてやる。

 そう思ったとき、南からまたべつのワンボックスカーが一台やって来たのが見えた。畑のなかの農道を全速力で。

 レイヤは直観的に危険を感じた。

 ──きっとあれもやつらの仲間だ。

 余裕をもってゆっくりどこへ行くか考えていたレイヤは、あわてて後戻りした。JR大和路線の盛土に駆け上がった。そして今度はそれを越えずに左右を見やり、電車が来ていないのを確認すると西へ──大阪方面の線路に沿って走り出す。すると思った通り、ワンボックスカーはくるりと向きを転じ、線路と並行する道路でレイヤを追い始めた。

 線路を走っていると、やがて前方に法隆寺駅が見えてきた。いくら早朝とはいえ、電車にも負けないスピードでそこを通過してしまうと厄介な問題が起きるだろうと想像できるが、具体的にどんなことが起きるのかわからないまま駅を通過してしまう。ホームで電車を待つ数人の客の視線が感じられたが、かまってはいられない。人間離れしたスピードで走り去るのを駅員に知らせた客がいたかもしれない。確認できないが、もうそれどころではない。

 相手の組織力がどれほどのものか正確にはわからない。互いに連絡をとりながら包囲を狭めてくる作戦だとみた。多方面から車両が向かってきている最中だとして、レイヤはどの方面へ移動すべきか考える。

 法隆寺から遠ざかるには、単純により南へ行けばよい。しかし奈良盆地の北の外れにあるこの地域から南へ行くということは、おそらく盆地全体に網を張っている敵の真っ只中に自ら入っていくのを意味する。うまく包囲網を突破できればいいが、地の利は相手側にある。この時代の道路情報はネットにアクセスすることで簡単に得られたが、相手を出し抜くにはより詳しいデータが必要で、たぶんそれは相手が持っている。

 大和川の堤防の上を走る道路に出た。クルマもすれ違えないほどの狭い道路の上に立って見下ろすのは大和川だ。大阪湾に流れ出る一級河川だが、この辺りではその川幅は正味六十メートルほど。天井川で、水量もそれほどでもない。それでも大雨による洪水が過去あったため、高い堤防が築かれており、両側の堤防間の距離は一五◯メートルもある。

 目の前に橋はない。西名阪道・法隆寺インターチェンジにつながる新御幸橋が数百メートル東にかかっているが、そこまで回っていられない。もたもたしていると何台もの車両によって囲まれてしまう。

 堤防から見下ろすと、草に覆われた河川敷からムッとする湿気がたちこめていた。川面が太陽光を反射して攻撃的なほどまぶしい。

 レイヤは左右を見た。西からはセダン、東からはRV車。偶然通りかかった一般車ではないだろうと確信した。

 空を飛んで逃げたいところだが、加速度変移装置は二台とも地震から法隆寺を護るためにエミルに持たせてある。大和川を飛び越えるのは無理だ。かといって歩いて川を横断するのもためらわれた。浅いとはいえ川のなかでは思うに動けないだろう。その間に捕まってしまう。

 レイヤは河川敷に駆け下りた。ところどころ夏草が盛大にのびている河川敷は、堤防に近いところがコンクリートで舗装されていた。ゴミを蹴散らしながら下流、西へと走る。クリーンキャンペーンと称する自治体の呼びかけで、年一回は住民たちによる清掃活動がおこなわれるが、梅雨明け前の大雨によって増水し、上流からゴミが流れ着くので、何年たってもきれいにならなかった。

 堤防上を東に向かっていたセダンは、レイヤの動きに合わせるように急ブレーキ。バックしようとするが、おりしも後続の一般車がいて果たせない。クラクションを鳴らされる。

 ところが、東から西に向かっていたRV車が、大胆にも道路を外れ堤防をおりだした。四輪駆動の太いタイヤが斜面のコンクリートをがっちり捉え、大きく揺れながらも力強い走りで河川敷に到達した。

 レイヤは逃げる。

 さすがに簡単にはあきらめてはくれない。真剣に逃げなければあっさり捕まってしまう。囮役を買って出たからには、それを全うするつもりだが、相手の組織力がどれほどのものなのか、当て推量では思わぬところで下手を打ってしまいかねないと、レイヤはRV車に追いかけられながら気を引き締めた。

 今日一日、なんとか乗り切れば、明日の朝には、無事に任務完了となる。

 レイヤは走る。法隆寺を守るため。



 地震のエネルギーの伝達メカニズムは複雑だ。

 活断層が動くことによって発生する巨大地震は、地面の下の構造によって地表の揺れの程度が大きく変動する。あらかじめ揺れの規模を予測するのは、地震そのものの発生時期の予測同様、不可能であった。

 加速度変移装置は、地震の揺れ、つまり加速度を別の向きに変えて中和する機能をもつ。問題はそれのセッティング場所である。いくつものポイントに順番に装置を仮設置し、地下のエネルギーの伝わり方を計測する。

 地震の被害状況と照らし合わせ、最適の地点に装置を埋めるのに、エミルは懸命に働いた。装置のはじき出した数値が、あらかじめ計算された数値をこえる地点にあたるまで続ける。だからいつ終わるかわからない。一時間でその地点が見つかるかもしれないし、夕方までかかってもまだ探しているかもしれない。

 タイムリミットは明日の朝。余裕があるようだが、あくまでなんらかの妨害が入らないのが前提である。レイヤがいつまでも時間移動事象対策部の注意を、ギリギリの状況で引いていられるわけではないだろうから、勝負は早めに決してしまいたいところだ。さもなくば任務の失敗だけに止まらない。レイヤが捕まったりしたら──。「過去」での技術流出は、どんな影響を未来にもたらすかわからない。

 エミルは法隆寺の東から順次地面に設置し計測していく。計測値が目標値に届かない場合は設置場所を変え再度計測、を繰り返すのだ。

 東院伽藍の東の道路から場所をずらしながら順番に装置を地面に置き、エネルギーの伝達係数を計測していく。朝から照りつける太陽の下で地味で退屈な作業だったが、ロボットのエミルは苦痛を感じない。レイヤが時間を稼いでいる間に設置ポイントを確定させようと懸命に計測作業を続けた。

 だがすぐには見つからない。

 計測した数値が大きく目標に届かないのを見ると、すぐに移動し、またそこで計測。計測に必要な時間は地下の微妙な構造によって幅があったが、およそ数分から数十分だ。

「ここも違う」

 加速度変移装置のディスプレイに表示される数値を見て、エミルはつぶやく。鍋のような装置を抱え、次の計測地点へ向かった。装置は二つある。ひとつは両手に抱え、もうひとつは背負っていた。その二つともセットすることで、地震の揺れを回避させる。あくまでエネルギーの流れの方向を変えるのだけであり、エネルギーそのものを相殺できるわけではない。エネルギー保存の物理法則はどんな未来であっても揺るがない。

「もう少し外側かな……」

 大和郡山市内までいったん後退した。法隆寺を囲む範囲とはいえ、設置地点の特定できそうな場所は広い。しらみつぶしに調べていくしかなく、地道な作業だ。

 だがエミルたちはこのために未来から来た。必ずやりとげることを期待されて。

 青々と成長している稲が植わる水田の脇の道路で、エミルがしゃがみこんで計測していると、滑り込むようにやってきたクルマが背後で停止した。

 エミルはそのクルマに気づいたが、一般車だと思って無視した。

 が、クルマから降りてきた三人の男たちがエミルを取り囲んだ。

 そして、そのうちのひとりが声をかけてきた。

「探したよ、エミル!」


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