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17 揺れる決意

 夕方。蒸し暑さを引きずったまま、夜がこようとしていた。

 エミルは帰ってきていない。

 父親と母親が仕事から帰ってきても、エミルだけはまだ帰ってこなかった。

 灯雅と秀電、それに両親の四人の食卓は何年も変わらないいつもと同じ光景のはずなのに、まるで火が消えたように暗い雰囲気に包まれていた。

 もくもくと箸を口に運ぶ作業を続けるさまは、まるでお通夜のよう。おかずが家族のみんなの好きな唐揚げでもテンションが上がらない。

「結局おれたちは、エミルのことをなにも知らなかったんだな」

 長い沈黙に耐えかねて、秀電が口を開いた。

 父がうなずいた。

「時間を越えて過去へやってくるタイムトリップは、未来のテクノロジーをもってしても簡単なことじゃないんだな。ロボットを派遣してくるには、それ相応の役目があったんだ。エミルだけが動いていた、ってなわけがない」

 昼間あったことを、秀電と灯雅は話していた。レイヤという、もう一人のロボットと出会い──。そして、明後日、エミルはレイヤとともにこの時代を去る。つまりは未来に帰ってしまう。

「どんな大事な用事があるっていうんだろ……?」

 何度もつぶやいたその言葉が、また灯雅の口をついて出た。

「明後日帰るんなら、明日は確実にエミルはこの時代にいるということなんだよな。そしておそらくはこの町内に。会える機会はあるわけだから、なにをやろうとしているか見られるかもしれん」

 と、父が考えを整理して述べた。

「やっぱり法隆寺に関係あるのかな?」

 そうこだわるのは灯雅。

 父は同意する。

「可能性はあるな。未来からわざわざやってくるとなれば、ごく個人的な理由だとは思えん。この近所に存在する値打ちのあるものといえば、法隆寺以外思いつかん」

「でも会えるかな?」

 秀電は懐疑的だった。

「──だって、極秘任務なわけだろ? エミルはともかくレイヤってやつはしっかりしているからドジは踏まないだろう。簡単に住人に見つかるようなことにならないんじゃないか?」

「いや、そうとも限るまい」

 しかし父が反論する。

「住人に見つかってもだいじょうぶなように未来人が人間型ロボットをよこしたんなら、町の真ん中で堂々となにかをおっぱじめてもバレないかもしれん」

「ああ……それはそうかも」

「…………」

「…………」

 話が途切れた。かもしれない、という話だけではどうにもつかみどころがなく、父子は黙り込む。

「昨日の空き巣は、レイヤだったのかな?」

 不意に、灯雅は話の方向を変えた。

「いや、違うだろう。レイヤはおれたちがエミルと接触したことを知らなかった」

 すかさず兄が否定する。

「となると、あれはやっぱり、ただの空き巣?」

「いや……違うな……」

 父はなにかに気づいたように、ハタと視線を上げる。

「さっきの話に出てきた、鍋のような形の機械……。本来、エミルもあれを持っていた……。空き巣の犯人はそれが目的だったかもしれない。しかし見つからなかった。エミルはそんなもの持ってなかった。やむをえず本人から聞き出そうとエミルを誘拐した……」

「そんな面倒なことするかなぁ……」

 秀電は頭の後ろで手を組む。

「眠ってたとはいえ、部屋にいるおれたちに気づかれずにエミルを誘拐するなんて芸当、簡単にできるかい?」

「だいたいその話だと、レイヤとはべつの何者かがこの件にからんでくることになるけど……それって……だれ?」

 灯雅は、疑問になんらかの解答が得られると期待して父を見つめた。

「レイヤは怪我をしていたんだろ? おそらく怪我を負わせたやつがその『べつの何者』かだろう。何者かはわからん。しかし、レイヤとエミルの邪魔をする存在がいるのは確かだ。それが空き巣を働いた──となれば一応、整合性はとれる」

「なんでエミルの邪魔をするんだろう?」

「エミルとレイヤの目的が達成されたら困るやつ……そいつの目的さえわかれば、敵対勢力の正体もしぼれるかと思うんだが、なんともそれ以上は推理が進まない。それよりも──」

 父は兄弟の目を交互に見る。

「──うちに空き巣に入ったらしい何者かは、おそらく一人や二人での個人プレイではないだろうから、おれたちが深入りしてなにかとんでもない災厄が降りかかってきやしないかと、それが現実的に心配だ。おれにとって家族は一番大事だからな。なんにしても、あと一日ではなんともならん気がする。明日、おまえたちはどうする?」

 父の問いかけは、秀電と灯雅に覚悟のほどを試していた。

 そこへ、食卓を離れていた母親が、皿を持って戻ってきた。

「はい、桃がむけたよ」

 大きな皿に皮をむいて小さく切った桃が山のように盛られていた。

「話は終わったのかしら?」

「いや、結論は出てない──」

 秀電は桃に刺さった爪楊枝をつまみ、一つ口に放り込む。

「おれは明日もエミルを探すよ。たとえ別れがくるとわかってても、このままサヨナラなんてのはイヤだ」

 灯雅は思いつめるような口調で言う。

 そのまっすぐな感情に、秀電は気持ちが傾く。

「わかった、おれも、空手部の練習休んでエミルを探すよ。町内にいるなら、見つけられる可能性は高いからな」

 声に出して言ったのは、それを信じたかったからだった。



 法隆寺。一三〇〇年前に聖徳太子によって建立され、五十棟を超える建築物が国宝・重要文化財に指定されている。一九九三年、現存する世界最古の木造建築物として、姫路城とともにユネスコの世界文化遺産に日本で初めて登録された。

 築地塀で囲まれた東院・西院から成り、とくに西院伽藍内には、もっとも古い、法隆寺の象徴ともいうべき五重塔、金堂、大講堂があり、伽藍の周囲には大小の子院が存在し、多くの仏像等の宝物が納められていた。二〇〇メートルほど離れた東院伽藍には八角形の夢殿が建ち、太子の等身であるという救世ぐぜ観音が祀られている。

 それらの倒壊を防ぐために設置する二基の加速度変移装置。

 問題はそれをどこに設置すべきか、ということだった。

 あらかじめ未来世界で調べた「被害地域の状況」から今回起きる地震の揺れがどの向きにどの程度なのかはわかっているので、ある程度は場所を絞れたが、確実に地震の揺れを抑えられる設置地点を決定するには、地面の下の状態をいちいち測って調べていく必要があった。

 それをエミルが担当した。

 本来、それをおこなうには夜間が最適だった。政府の時間移動事象対策部の目も届きにくい。法隆寺カントリー倶楽部の林のなかで夜が明けるまで待機することはない──のだが、ひとつ問題があった。

 レイヤとエミルのエネルギーだ。

 太陽電池を主な電力源としている二体のロボットは、夜間に活動するとバッテリーの電力を使い果たしてしまうのだ。

 かといって、夜間に活動できる電気を急速充電するため近くの電線から電気を拝借したりすると、送電線が電圧低下を起こし、すぐに時間移動事象対策部に察知されてしまうだろう。

 食べ物を食べても電力を得られるが、あくまで補助的なもので、有機物の摂取のみで活動に必要な電力を確保するにはかなりのカロリーが必要で、その辺に生えている草を食ってどうにかなる問題ではなかった。

 夜明けを待つしかない。太陽が昇れば思う存分活動できる。それまではジッと潜んでいた。

 そして日の出──。

 朝日の強い光が草の露を光らせる。人工的に整備されたゴルフ場とはいえ、緑に囲まれた場所は湿気を含んだ空気が淀んでいてすがすがしい。

「活動開始だな」

 林から出て、全身に陽光を浴びるレイヤ。今日も夏らしい暑い一日が始まる。

 ゴルフ場は朝が早い。早朝から利用する客がコースに出てくる。だれかに見とがめられる前に退散だ。

「当初の予定どおり、ぼくが先に出て政府のやつらを引きつける」

 レイヤは確認する。

「その間にわたしが設置地点を割り出して加速度変移装置をセットするのね。わかってるわ」

 エミルは加速度変移装置の一台を背負い、もう一台を手に持つ。

「頼んだぞ」

「まかせて」

 レイヤはうなずくと、背中を向けて先に駆け出していった。

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