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16 レイヤとの対峙

 エミルと加速度変移装置の両方が、同じ場所にあるのがレイヤにはわかった。

(やつら、エミルと加速度変移装置を分解解析するつもりだな)

 レイヤは気を引き締める。そうはさせない!

 西名阪道に沿って飛行。今朝から何度このコースを通っていることか──。深夜から未明にかけて、麦沢家から誘拐されたエミルを針付近で救い出したときに往復し、そして今回も──。

(まったくなんべん連れ去れたら気が済むんだ……)

 レイヤは呆れる。政府もしつこい。

 政府のやつらは未来テクノロジーを獲得することに血道を上げ、すぐそばに迫っている危機に気づかない。法隆寺が危ないというのに、なにも知らないでいる。

 レイヤは歯がゆく思う。

 時間がない。明後日の朝には地震が発生する。それまでの間にすべてのセッティングを完了しておかなければならない。

 加速度変移装置とエミルが分解されてしまっていたら、その修復に時間を要し、地震発生に間に合わなくなってしまう。急ぐ。

 レイヤは山を越え、山添村の上空に至った。周囲は森におおわれた山で、集落と田畑が山間に点在する。三重県との県境が近い。

 川に沿った「へ」の字のような形の上津ダムが見えたところで降下を開始。

 エミルと加速度変移装置の場所を特定した。──山道を進んだ奥の人家のないうら寂しいところに、忘れ去られたようにポツンと建っているプレハブ倉庫。

(あそこか!)

 まるで悪の組織のアジトのようである。

 レイヤはプレハブ倉庫から少し離れた道路上に降り立ち、カーブミラーで様子をうかがった。

 見張りらしき人影はない。だがまったくの無警戒ではないだろう。一度失敗しているわけだから、それなりに対策をしているに違いない。

 そう思って慎重に行動する。

 ロボットとはいえ、こちらは一人で武器もなく丸腰だ。相手の機先を制して素早くエミルと加速度変移装置を確保し、離脱するのがよいだろうと決断した。相手の戦力が不明な以上、できる限り対決は避けたい。

 木々の陰に身を隠しながら、油断なくプレハブ倉庫に接近する。監視カメラが仕掛けられていないか、上空にドローンが飛んでいないか、確かめながら近づいていった。

 倉庫まで三十メートルほどの距離で木の陰に入って、勝負をかけようと思った。

 倉庫の近くに立つ電柱から電線が引き込まれている。それに狙いを定めた。

 加速度変移装置を背中からおろす。パネルを操作し、足下に転がっていた拳大の石を拾い上げて装置の前へ置く。

「うまくいってくれよ」

 祈るようにつぶやいて、レイヤは装置を作動させた。

 目にも止まらぬスピードで石が弾け飛んだ。コンクリート製の電柱に直撃し、真っ二つに切断した。電柱の上半分が、電線を垂らしながら落下し、火花が散る。

 これで倉庫内は停電だ。

 レイヤは間髪入れずに次の行動に移った。すかさず加速度変移装置を自分に向けた。

 今度はレイヤ自身が、凄まじい速度で飛び出していった。

 プレハブ倉庫のベニヤ板の壁を突き破り、さらに倉庫内の事務室の壁も、いともあっさり貫通した。

 倉庫内は暗かったが、ロボットであるレイヤには、それは行動を制限する障害ではなかった。クリアに見えた。シートに横たわるエミルと、そのそばに置かれた加速度変移装置。

 駆け寄り、エミルを抱き起こす。正義のヒーロー参上の図である。

「逃げるぞ。立てるか?」

 音声言語ではなく、直接人工脳に意思を流し込む。一瞬で会話が可能だ。互いがロボットだからこそ可能な高速コミュニケーション。

「レイヤ……来てくれたのね」

「まったく、世話のやけるお姫さんだぜ」

「ごめんなさい。なぜか立てないの」

「運動機能を無効化されているんだな。抱えていく」

 のんびりしてはいられない。どさくさにまぎれての脱出なのだ。態勢を立て直されて反撃を食らう前に、ここを出なければ。

 レイヤは、エミルに加速度変移装置を背負わせ、抱きかかえる。

 そして、コンクリートの床を力強く蹴ると、あけた壁の穴から飛び出していった。

 突入してからわずか一・三秒の早業だった。



 法隆寺まで間にいくつもの罠が張ってあるに違いない。エミルと加速度変移装置を確保できたとはいえ、また奪還される可能性を考慮して、別働隊を配していると考えられる。それぐらいの仕込みをするほどの用心深さを、時間移動事象対策部部長・鉄村は持っていると思っていたほうがいい。

 それらをくぐり抜けていくには高速で飛行するしかない。

 前回は加速度変移装置一台での飛行だったから、高速飛行できなくて撃ち落とされてしまったが、今回は二台ある。罠に補足される前に法隆寺にたどり着けるだろう──。

 飛行中、エミルの運動機能障害も復旧できた。

 あとは明後日の朝までに装置のセッティングが完了すればこちらの勝ちだ。法隆寺を大地震から救うことができる。

 だが、かれらもしつこい。明後日の朝までこちらの自由を許すほど甘くはないだろう。かれらの目を逃れつつ、行動するにはどうすればいいか──。

 レイヤが思案するうちにJR大和路線を越えた。間もなく法隆寺だ。

(よし、あそこに着陸しよう)

 レイヤが選んだのは、法隆寺の北側にあるゴルフ場だった。

 法隆寺カントリー倶楽部。18コースが「へ」の字に配された昭和四〇年から営業している老舗ゴルフ場である。

 コースとコースの間、木々のなかに降りた。勢いを殺せず転倒。ガサガサと草が鳴る。

 立ち上がったレイヤは周囲を確認する。不審人物や不審物がないか──。

 油断なく見回した。それらしきものはなかった。

「ひとまず安心だな」

「あの……」

 エミルがおずおずと口を開いた。

「救けてくれて、ありがとう」

「礼には及ばないよ。ぼくたちには使命があるんだからね」

「そのことなんだけど……レイヤは、あくまで法隆寺を守るために行動するんだよね?」

「なにを今さら。当たり前じゃないか。きみも使命については思い出しただろ?」

「うん……思い出したというか、教えてもらったというか……」

「地震で貴重な文化遺産が失われてしまうのを阻止するのが大事なことだって、それに異を唱える人などいないだろ」

 たしかにレイヤの言う通りだ。文化遺産は失われたら二度と戻らない。けれども、とエミルは思う。

「それはそうだけど……地震が起きるのは法隆寺だけではないんでしょ? 周囲の住宅地も被害を受けるんじゃないの?」

 レイヤはまっすぐエミルを凝視みつめる。たっぷり間をおいて、そして口を開いた。

「なにが言いたいんだ?」

「だから、わたしたちが救うのは文化財だけであって、人間ひとは救わないのかってこと──」

「そういうことか」

 レイヤはうなずくと、困ったような表情を見せた。

「呆れたな。なにを言うかと思えば。政府になにを吹き込まれたんだ?」

「時間移動事象対策部は、わたしたちのことをかなり詳しく知っていたわ。目的も。あの人たちは、わたしたちのテクノロジーを無闇に欲しがっているわけじゃなくて、それを人命を守るのにも使いたいと言っていた。わたしもこの時代の人々を見捨てたくない」

「なんてこった!」

 レイヤは天を仰いだ。

「この時代の人々に大きく干渉してしまったら歴史が変わってしまう。古の文化財は後世に残しても歴史に影響しないが、人間はそうはいかないんだぞ。それはぼくたちがやってはいけないことなんだ」

「でも……わたしたちが見ている目の前で人が死んでいくなんて、そんなのひどすぎる」

「人道的な考え方はぼくも理解できるよ。しかしそれとぼくたちが未来からもたらされた使命とは別だ」

「未来の人にとっては、この時代の人はとっくの昔に死んだ人にすぎないかもしれないけれど、わたしはそんなふうに割り切れないよ」

「まぁ、落ち着け」

 レイヤはエミルの肩に手をのせる。

 取り乱してしまっていたエミルは、唇を結んだ。

「現実的な話をしよう。加速度変移装置は二台しかない。だから制御できるエネルギーには限度がある。被害が生じる震度の大きな場所をすべてカバーするのは不可能なんだよ。時間移動のできる質量には限界があるから、何十台もの加速度変移装置を用意するのは理論的に無理なんだ。そんな予算もない。ここはあきらめてくれ」

 理路整然と説明するレイヤに返す言葉もなく、エミルは黙り込む。

「わかったら、当初の予定通りにやろう。明後日の朝までにセッティングをやってしまおう。問題は時間移動事象対策部だな。絶対に妨害してくる。──ぼくがやつらをひきつけておくから、エミルはその間にセッティングを頼む」

囮役おとりやくならわたしが──」

「いや、きみではまたハッキングされて人工脳を制御されてしまうかもしれない。ぼくがやったほうがいいだろう」

 頼りないとはっきり言われて、しかしまったくその通りなのでここでも反論できず、エミルは従うしかない。

「わかったわ……」

「じゃ、今から手順を説明する。その通りにやってくれ」

 エミルはうなずく。

 レイヤはホッとした表情を見せた。

「わかってくれてよかった。それでこそ、選ばれて派遣されてきたというものだよ。未来のためにがんばろう」

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