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スーパーの一角にバレンタインデーのコーナーがいつの間にか出来上がっている。
買い物ついでの奥様方と、小学生の少女達がコーナーを行き来している。
この季節特有のピンクと赤が中心の様々なパッケージ。その一部に、手作りキット用品が販売されている。
瑠璃花はその前で腕を組み、商品を眺めた。
事の発端は昨日。
いつものように最近入り浸っている化学実験室で、皐月が言った一言だった。
「…俺、トリュフが食べたいな」
少しずつ片付いてきた実験室で、プリント作成を手伝っていた瑠璃花は手を止めて皐月を見た。
「高級思考だね」
「いや、そのトリュフじゃなくて、チョコの方だよ」
この時期なので大体わかってはいたが、瑠璃花ははぁ、と気のない返事をする。
「…誰かがくれるんじゃない?」
「いや、そこは一ノ瀬が作ってきてくれるとこじゃない?」
嫌だと言わんばかりに瑠璃花は大袈裟に顔をしかめた。
「何で?」
皐月は不満そうに唇を尖らせる。
「いやいや、お世話になった恩師に贈るチョコだろ!…くれよ、トリュフ」
「えぇー……皐月ちゃん、生徒にたかるのはどうかと思う」
「正論だな!…でも欲しいんだ!これは教師とか生徒とかの垣根を越えた、今を生きる日本男子の日頃の評価を認識する一大事なんだ!」
「……バレンタインデーはそういうものじゃないよ」
何故か饒舌に語り出す皐月に瑠璃花は呆れた顔をする。
「…バレンタインデーは好きな人に女の子がチョコを贈る日で、義理チョコとか友チョコとかそういう日頃の感謝を伝えるのは最近の流行だよね…」
何故か遠い目をする瑠璃花に皐月はウンウンと頷き、両手を差し出した。
「だから、お世話になっている恩師に!チョコを!」
「…そんなに欲しいもの?」
少々困惑ぎみに瑠璃花は首を傾げた。
その様子に皐月も首を傾げた。
「いや、まぁ欲しいんだけど。…一ノ瀬はバレンタインデーになんか嫌な思い出でもあるの?」
あまり乗り気ではない様子で瑠璃花は頷いた。
「…去年とかは、後輩が手作りチョコくれたんだけど…なんか…一部に髪の毛とか入ってた…」
ぶるり、と瑠璃花は身震いする。
そういうチョコがあるとは、聞いたことがある。
ただの部活の後輩からのチョコならば瑠璃花も笑ってお返しできたのだが、そのチョコは送り主の名前も書いていないチョコであり、それが余計に恐怖を感じさせた。
そう話すと皐月は出していた両手を引っ込めた。
「…怖いな…」
しみじみという皐月に瑠璃花はこくりと頷く。
「バレンタインデーって怖い日なんだよ…。皐月ちゃんも誰彼構わずチョコ欲しいとか言ってると危ないよ」
「いや、俺、一ノ瀬にしか言ってないし、他に言う気もないよ」
頬杖をついて皐月は瑠璃花を見つめた。
まただ、と瑠璃花はぴくりと反応する。
そうやって惑わせるように見つめてくるのだ。
恋愛経験なんてない瑠璃花は見つめられるとドギマギしてしまう。
皐月と視線を合わせないように顔を背けて瑠璃花は怒った声を出す。
「皐月ちゃん、なんでそんなことばっかり言うの?」
瑠璃花の声に皐月はわざとらしく首を傾げる。
「そんなことって?…本当に一ノ瀬にしか言ってないよ。一ノ瀬からチョコが欲しい」
にこりと笑う様子が目の端に写って瑠璃花は熱くなった頬を押さえた。
瑠璃花が好きなのは笹本の筈なのに。
こうして見つめられれば、胸は高鳴る。
経験がないからこうなるだけなのか、それとも。
あまり認めたくないが、そんなことはないと思うが、ひょっとして、皐月の事が好きになってしまったのだろうか。
悶々と考え始めた瑠璃花の耳に皐月の言葉が聞こえてくる。
「どうせ笹本先生にも作るんだろ?俺のは簡単なトリュフでいいからさ」
「……作る…?」
作るとは、チョコの事だろう。
皐月は瑠璃花の話を聞いていなかったのだろうか。まさか市販のチョコに髪の毛が入っていたと勘違いしているのだろうか。
「いや、作らないから。…話聞いてた?手作りチョコはヤバいんだよ?髪の毛入ってるよ?」
「一ノ瀬こそ何言ってんだ!バレンタインデーだぞ!手作りチョコ一択しかないだろ!?」
「そんなことないから!バレンタインデーのチョコは市販のでも充分だから!」
「それは友チョコで!…俺は手作りチョコが欲しいんだ!トリュフでいいから!」
懇願するように皐月は拝むポーズをしてみせる。
その必死な様子に瑠璃花は一歩後退りした。
「皐月ちゃん必死すぎて怖い…」
ちらりと皐月は瑠璃花を伺い見る。
「…ダメ?」
少し甘えたような口調と上目遣いに瑠璃花は言葉に詰まる。
皐月の背後に甘えてくる大型犬が見える気がして瑠璃花は仕方なく頷いたのだった。
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