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教室を飛び出した瑠璃花は自身にできる一番速い駆け足で下駄箱まで駆け降りた。
普段から運動しない人間が一気に階段を駆け降りたせいで、下駄箱に手をついて肩で息をする。
体は汗をかく程に熱く、呼吸は息切れしている。
呼吸を整えるまで暫くの時間がかかり、瑠璃花は漸く下駄箱から手を離した。
忘れようとするほど、先程の皐月の声が思い出されて、瑠璃花はその場に座り込む。
そのまま皐月の腕の感触と、見つめてくる視線も思い出し、更に顔が熱くなるのを感じた。
あんな風に男の人に見つめられたことはない。
漫画や小説で読むのとは違う。
現実はあんなに恥ずかしいものなのか。
瑠璃花は頬に手を添えて深い深いため息をついた。
「…ナニあれ…反則じゃない…!」
あんな目で見つめられたら、経験のない瑠璃花は平静ではいられないのに。
思わず溢れた言葉は自分で聞いても熱を持っているように聞こえた。
そんな瑠璃花の背後から恐る恐るといった様子の声がかかった。
「…一ノ瀬さん?あの…大丈夫スか?」
瑠璃花はそろそろと顔を上げる。
そこには同級生の大畑雄大がいた。
「…あ、大丈夫。ごめん、退くね」
そろりと動くと雄大は瑠璃花を心配そうに見た。
「ホントに?なんか顔赤いけど熱でもあるんじゃないんスか?」
「大丈夫!ありがと」
顔の前で手を振る瑠璃花を怪訝そうに眺め、雄大は鞄の中に手を入れた。
「…じゃあ、いいスけど…」
ごそごそと鞄の中を漁り、雄大はそこからペットボトルの容器を取り出した。
「これ、どうぞ」
「…へ?あ、でも…大畑くんが飲むんじゃ…?」
「飲まなかったから。…はい」
ぐい、と押し付けられたペットボトルは瑠璃花の手に収まる。
返そうとした瑠璃花の横を雄大は恥ずかしそうに通り抜けようとする。
その様子を見て、瑠璃花は思わずペットボトルを握りしめた。
「…あの、ありがとう」
背中越しに声をかければ、ぶっきらぼうに『うす』と返事が返ってくる。
雄大はそのまま振り返ることなく玄関から出ていった。
残された瑠璃花はペットボトルを見つめ、雄大の鞄に目を止めて、小さなため息を漏らした。
「…鞄、忘れた…」
雄大の背中に見える鞄をもう一度眺め、瑠璃花は嫌そうにため息をついて、教室へと戻っていった。
教室にはまだ皐月が残っていた。
いないだろうと思っていた瑠璃花はドアを開けた手前、引き返す訳にもいかず、その場に立ち尽くした。
「…なんでまだいるの…?」
皐月は不満そうに瑠璃花の鞄を指差した。
「…一ノ瀬が鞄を置いてくから。鞄と一緒に誰か残ってないとマズイだろ」
校内といえども盗難が全くないことはない。
滅多に起こらないが、それでも誰か残っていた方がいいのは確実だった。
「…なんかすみません…」
「いいけどさ。俺、ちょっと傷ついたよ?助けたのに逃げられて…一ノ瀬なかなか戻ってこないし…仕事終わんないし…」
遠くを眺めてため息をつく皐月に瑠璃花はハッとする。
「あっ、すみません…」
確かに瑠璃花は助けてもらったのだ。それなのに、恥ずかしくて逃げるように教室を飛び出してしまった。
皐月の言う通り、皐月には仕事だってあるだろうに、教室に残っていたのだ。
「職員室に持っていってくれても良かったのに…」
「それも思ったけどさ、行き違いになると困ると思って。…あと、一ノ瀬は鞄なかったら焦ってまた転ぶんじゃないかと…」
「転ばないよ」
皐月から少し揶揄する様子を見てとって瑠璃花は少し口を尖らせる。
その様子を眺めて皐月は瑠璃花の持っているペットボトルに目を止めた。
「それは?一ノ瀬お金持ってたの?」
「あ、これは…大畑くんから貰ったやつ」
「大畑?…へぇー…」
興味深そうにペットボトルを見つめ、皐月は瑠璃花に近づいてきた。
鞄を瑠璃花に手渡し、そっと耳元に口を寄せる。
「今日は悪かった。…また明日」
耳元にかかる吐息に瑠璃花はびくりと肩を揺らす。
そのまま去っていく皐月を顔を赤く染めながら忌々しげに見送った。
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