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三百六十二話 ヒロインシンドローム

 

 酢酸ビニル樹脂 40%

 水 50%

 アリスの涙 10%


 伽羅様の使う木工ボンドの成分に目を丸くする。


「なんで? アリスってあのアリスっ!?」

「そうだよ、アリスちゃんは1人しかいないよ。ギルドランキングで1位になった時に同じ名前の人はみんな改名させられたから」


 そ、そういやそんな設定があったな。あまりに初期すぎて忘れていたよ。


「な、なんでアリスの涙がそんなボンドに入ってるの? てか子供の時以来、アリスが泣くの見たことないんだけどっ」

「それはタクミが知らないだけだよ。アリスちゃんは今すごく傷ついてるんだ。慰めるついでに、こっそり涙を拝借してきたんだよ」


 ついでにこっそり拝借しないでっ!!


「でも、どうしてアリスの涙が入ってるだけで、こんなにピッタリくっつくんだ? もう首なんかガチガチにくっついてちぎれてたのが嘘みたいだ。もしかして宇宙最強の力が作用してるのか?」

「それは違うよ、宇宙最強の力は純粋なパワーそのものだから、回復とは真逆のものだよ。この涙は……」

「最終破壊兵器クロエやレイアカットと同じものだね」


 答えたのは伽羅様じゃなかった。俺の背中から追い出された文字人間が久しぶりに文字だらけの姿を現した。


「出番のなかった者、活躍を省略された者、負の感情が力となり2人は進化を遂げた。そしてアリスもまた新たな負の力に目覚めようとしているんだ」

「ええっ!? アリスもっ!? もういいよっ!! クロエだけでも世界滅亡しそうだったのにっ!! アリスまで進化したら、宇宙ごと終わっちゃうよっ!!」


 だいたいアリスはクロエと違って、そこそこ出番はあったはずだ。


「伽羅様っ、どうしてアリスが負の感情をもってるのっ!?」

「ちょっと僕からは言いにくいよ。乙女の事情だし」

「いまさらだよっ、涙勝手にパクってるのにっ」


 文字人間の話だと、まだ目覚めようとしている段階だ。いまならまだ進化する前に止められるかもしれない。


「ダメよ、タクミ。女の子には踏み込んではならない領域があるのよ」

「そんな場合じゃないよっ、ママンっ、クロエやレイアでもラスボス級に進化したんだ。最初から最強だったアリスが負の感情で進化したら、もう誰にも止められないよっ!!」


 はっきり言って、そこにいる文字人間や伽羅様より、はるかに恐ろしい者が誕生しそうだ。もうトーナメントなんか切り上げて、早くアリスを止めなければならない。


「俺が説得したら進化を止められるかもしれないっ、行かせてくれっ」

「タクミには難しいと思うよ。張本人だし」

「え? もしかして俺に関係してる?」


 伽羅様が、すん、とした顔で俺を見る。え? その表情初めてみるよ、何フェイスなの?


「わかってないの? こいつフェイスですね。たぶんタクミ君以外はみんな原因をわかってますよ」

「そうなのっ!?」


 遠くから見つめるクロエやレイアもコクコクと頷いてる。なんで? なんで俺だけわかってないのっ!?


「おかしいわね、鈍感の設定は付与してなかったはずだけど。なんでそんなに鈍いのかしら」

「そういう経験がないらだよっ! 母親の前で悲しい告白をさせないでっ!」


 そっち方面は戦いよりもさらに最弱なんだよっ。


「カルナもわかってるのっ!? 教えてくれっ!!」

『え? うちが言うていいん? こういうのって自分で気づかんと経験値あがらへんで』

「いいんだよっ、いまさらちょっと経験値あがってもレベル上がらないからっ」


 やめて。みんな、そんな悲しい生き物を見るような瞳で、俺を見つめないで。


『ヒロインやで』

「え?」

『元々、アリスはずっとタッくんのメインヒロインやってん。タッくんを好きな子はいっぱいおったけど、一番気にかけてたのは、幼少期から面倒みてたアリスやってん』


 そ、そうなの? あんまり自覚してなかったけど、そうだったような気もする。


『でも最近、アリスはメインヒロインの座を奪われそうになってるねん。もっと面倒かける厄介な子がやってきたからや』


 おでこに穴が空いた少女が満面の笑みで頭の中に浮かぶ。


「そんなことで、アリスが負の感情に支配されちゃうのっ!?」

『そんなことちゃうわっ! めっちゃ大事なことやわっ!!』

「……そうだよ、タクミ」


 地の底から響くような低い声がして、ビクンっ、と身体が震えた。


「え? 今どこから?」


 黒い影に覆われたシルエットがゆっくりと近づいてくる。あれは、もしかして……っ!?


『ただいま無限界層トーナメントダック戦の途中です。関係者以外は近寄らないで……』

「うるさい」

『くださ…ぼへらっ!!』


 まるまるJRがセリフを言い切るまえに、謎の重圧に、ぺちゃっ、と押し潰された。


『よ、よかったな、タッくん。説得に行かんでも向こうから来てくれたで』

「も、もう手遅れじゃない?」


 こんなに近づいているはずなのに、まるで姿が見えない。

 どこまでも深い漆黒に染まった、闇堕ちアリスがやって来た。










コミックス5巻が9月8日に秋田書店様の少年チャンピオンコミックスから発売されました! この巻から小説版とかなり違うオリジナル展開になりますので、ぜひぜひお手に取ってみて下さい。よろしくお願い致します!

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