三百六十三話 うちのヒロイン
黒い。真っ黒だ。黒の中の黒。世界で1番深い漆黒の闇がアリスの全身に広がっている。
「なんでそんなことになっちゃったのっ!?」
アリスは答えない。答えてくれない。
無言のプレッシャーが重くのしかかってくる。
「あ、あのさ、アリス。今大事な戦いの途中なんだ。は、話があるなら後から聞くから、ここは一旦……」
『え? タッくん、試合を投げ出してアリスを説得に行こうとしてへんかった?』
「無理だよっ、もう手遅れだよっ、こんなに怖いアリス見たことないよっ!!」
伽羅様や彼女にやられたほうが何倍もマシだと、俺の本能が告げていた。
「そ、そうだ、まんまるJRはっ!? アリスの乱入は反則だよねっ!?」
上を見上げるがその姿が見えない。
『無理やで。アリスが現れた時に、ぺちゃんこになってしもたで』
「ジュニアァァァアァっ」
お好み焼きみたいになって地面にへばりついている。
もういないのっ!? 3代目は存在しないのっ!?
「伽羅様っ」
「無理だよ、タクミ。これはタクミの問題だから自分で解決しないと」
「ママンっ」
「息子の恋愛に口を挟むような、野暮な母親にはなりたくないわ」
ぐう正論。でも助けて。だってアリスの目が闇そのものなんだもん。絶対説得なんてできないよっ!!
「カルナっ」
『自業自得やで。タッくんが鈍感なんが悪いねん、うち、知らん』
「クロエっ」
「我もはっきりしないタクミ殿が悪いと思います。世界は滅ぼせますが、アリス殿は止められません」
「レイアっ」
「この出来事はカットできません。してはいけないと思います。私も誰がヒロインなのか気になりますから」
いないっ、俺の味方がいないっ! 周り全部が敵に見えるよっ!
「も、文字人間っ」
「え? 無理です。無理無理です。男女の機微なんて、文字では表現できませんから。タクミ君の想いをそのまま、ぶつけるしかないんじゃないですか?」
お、お前、1番の敵なのに1番いいこと言うじゃないか。
「ちょ、チョビ髭っ」
「……」
「ソ、ソッちん?」
「あ、違います。私、今重症ですから……ガクっ」
だからこんな時までソッちん呼びならいけそうな雰囲気出すなってっ!! しかも自分でガクっ、て言ってるし!!
「……タクミ」
「ひゃいっ」
地の底から響くような声がして、反射的に答えたが声が裏返る。久しぶりに聞くアリスの声は、もはや別人と思えるほどに暗く沈んでいた。
「……タクミのヒロインは誰?」
知らないよっ、俺にヒロインなんていたのっ!?
でも、正直に答えたら全てが終わる気がする。
『タッくん、これ答えなあかんわ』
「え? どうして?」
『気づかへん? アリスの圧力で身体、地面にめり込んでるで』
「ええっ!?」
ほ、ほんとだ。足が膝くらいまで土の中に埋まっている。
「た、体重が重くなってる。まさか進化したアリスは重力を操作するのかっ」
まんまるJRがぺったんこになったのも頷ける。黙ってたら、どんどんと圧力が強まっていき、身体がずぶずぶと沈んでいく。
「いや、これはまだ進化した力ではないですね。ただの予兆。純粋な圧だけで重力が歪んでいる。真の進化が起こればどうなるか想像もつきません」
何があっても飄々としていた文字人間の声が震えている。それほどの事態なのっ!? 世界滅亡よりも酷いことが待ってるのっ!?
「アリスはバグで生まれてきた。私の数字と宇宙最強の力で構成された、本来なら存在すらしていない存在。それがさらに異常な進化を遂げたなら……」
「ど、どうなるのっ、ママンっ!?」
「宇宙の終焉。全てが消滅して二度と再生できない」
ぎゃあああああっ、絶対に進化したらダメなヤツだ、これっ、俺の解答に世界どころか、宇宙のすべて、無限に広がる階層世界の全部がかかっている。
「こ、ここは、とりあえずアリスと答えればいいのか?」
『とりあえず、とかあかんと思うで。嘘は絶対バレそうやから。文字人間の言うたとおり、タッくんの想いをぶつけるしかないんやないの?』
そ、そうなの? でも俺、自分の想いもよくわからないよ。アリスは子供の頃に拾ったから、どちらかと言うと愛情よりも親心のほうが強い。それをそのまま言ってもよいのか?
いや、ヒロインは誰、という質問だから人物名を言わなきゃならないのか、だけど俺には本当に、ヒロインなんてものはいないはずなんだが……
考えてる間もアリスの重力プレッシャーは、どんどんと増していき、ついには頭を残して、全部地面に埋まってしまった。
『タ、タッくんっ、もうギリギリやっ、早くっ!!』
こ、これ、クロエの時もやったよね? あの時は彼女と答えたけど、たぶんアリスには通用しない。
そのまま、もう何も考えずに、俺は頭に浮かんだヒロインの名を口にした。
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